第4話『リジェガル王子の花嫁・序』
第二章「リジェガル王子の花嫁」
序、破、急でお届けします。お楽しみください。
夕焼けに染まる東京にはたくさんの風船が飛ばされ、入港するガーネット号をサイリウムを振りながらたくさんの女性が熱狂しながら迎える。
黒い紙を貼りつけたうちわにはラムズやジウやロミュー、レオンなどそれぞれの推しの名が飾られる。観客席の様子をみる限り同担歓迎の界隈ではある模様。
東京ドーム舞台巨大スクリーンには映像が投影されるとオーディエンスの黄色い声が一段と大きくなる。
単独公演とはなんとも贅沢なものだ。
その映像はいわゆるオープニングというものか? 皆が注目する。
……神秘的な海の中の世界。赤い髪の人魚が楽しそうに、だが少し寂しそうに泳ぐ。そして人間の足を手に入れた彼女が両足を抱え込んで一糸纏わぬ姿で海を漂う。
彼女のくちびるから小さい泡がひとつ。綺麗な睫毛が揺れて、青空を溶かしこんだのような瞳はどこか虚ろ。
映像が切り替わり、海賊旗がスクリーンめいっぱいに高らかにはためく。
彼女のもとへ現れたのは光のオーラを身に纏った海賊の王子様。
人魚姫の手を優しくとり、砂糖菓子より甘いくちづけを強引に彼女にプレゼント。
彼女の頬から鎖骨のあたりまでが紅潮する。耳まで真っ赤だ。
映像を見ていた女性ファンが興奮し一段と歓声が大きくなる。
そのまま軽々と彼女をお姫様抱っこすると、海賊の王子様の回りを彼の仲間たちが取り囲む。
僕たちと一緒に行こうよ!
とでも言いたげだ。
人魚姫に足が生え、その綺麗な足はブーツを履いている。
ちょっとビターな綺麗なドレスに変身した彼女は海賊の王子様にお姫様抱っこされ、海面へ昇っていく……
そして、バシ! バシ!と動き出すスポットライトが次々にステージ上の一点を指し示す。
それに合わせ皆がペンライト、サイリウムを光らせ、これから始まるラムズの舞台に心踊らせ、会場を盛り上げていく。高らかな弦楽器のしらべと小気味良い打楽器のリズムで皆の一体感は最高潮となり、金管楽器が勇ましいファンファーレを奏でる。
オープニング映像とリンクして、昇降機でメアリをお姫様抱っこしたラムズが最初にステージにせり上がる。
【 ラムズ・ジルヴェリア・シャーク 】
『帰ってきたぜ────あんたたち、いや、あんただけのためにな!』
「「キャー!!」」
【 メアリ・シレーン 】
『ねえ教えて? 人間の世界のこと』
「「キャー!!」」
【 ジウ・エワード 】
『みんなー! 大好きだよ!』
「「キャー!」」
【 ロミュー・ヴァノス 】
『すまんが、みんなの声援をくれ!』
「「キャー!」」
【 川戸玲苑 】
『俺の第二ボタン、君たちにもあげるよ!』
「「キャー!」」
【 ヴァニラ 】
『みんなはシラフでも盛り上がれるはずなの!』
「「あ、ちっちゃい、かわい~!」」
コケるヴァニラ。
『むー、なんか違う気がするのお~!』
観客爆笑。
とりあえずツカミはOKだ。
ライブ会場は魔方陣のようなレイアウトとなっており、六芒星の各頂点に設えられた昇降機からも愛殺キャラたちがこれみよがしに登場する。
光の粒子がラムズたちの手の平に集まっていってマイクの形になる。
それをぎゅ、と握りしめたラムズが官能的に熱く冷やかな声で会場に告げた──
「いくぞ日本! 愛殺フェスの開幕だ───!!」
愛殺世界と現代日本が踏み出す新訳外伝、その原典の名を観客が唱和する──
「「「せーの、────愛した人を殺しますか?」」」
愛した人を殺しますか? と電飾の施されたドローンがドーム上空で隊列を組みタイトルロゴを夜空に輝かせ観客が拍手。ドローンはその勢いでフォーメーションを組み替え、はい/いいえ というのも表現し、さらに力強い拍手が巻き起こる。
ライブパフォーマンスの演出を借りて、読者の皆様に一発ド派手にタイトルをぶちあげたわけであるが、第二弾と銘打ったように、愛殺世界と現代日本との外交の成立、そのお披露目を東京ドームで大々的にやっけのけたちょっとだけ近未来の日本。
時に西暦2033年。
「いやしかし意外と早かったな。アポロ作戦はあんたらの暦でつい八月の話だろ」
愛殺世界とは桁違いの日本の残暑にラムズの細い首筋から綺麗な汗のしずくがしたたり落ち、はだけたワイシャツを色っぽく濡らす。限りなく白に近い肌が透けてみえる。宝石狂いの船長は自身の汗ですら宝石のように美しい。
いまだ愛殺フェスの興奮冷めやらぬ東京ドームをあとにするシャーク海賊団と東城家が談笑しながらバスに乗り込む。
ラムズは細い腰を後部座席に沈ませる。腰回りをスリムにひきしめている黒革のベルトがわずかに軋む。装飾品の類いがかすかな音を奏でる。
バスの後部座席は上座とされているのでそちらを愛殺側に譲り、日本サイドは前側。
「どうもすいませんね、俺たちの世界の創造主がどうしてもというもんで」
「洋介、メタ発言やめーや!」
「あっ!」
【 海上自衛隊自衛艦隊護衛艦隊第一護衛隊群群司令 海将補(少将) 東城洋介(33) 】
「まーったくこれだからうちの旦那は、それだから二軍の残念なイケメンポジションなんだよ」
保育園から高校まで腐れ縁幼馴染みである洋介の妻が蜂蜜色のセミロング、そのアホ毛をくるくると指でかき回す。
【 内閣府特命担当大臣(異世界政策統括・クールジャパンコンテンツ統括担当) 東城美咲(33) 】
「こら~! イチャイチャするななの!」
ジト目のヴァニラが背もたれに両手をちょこんと乗せて顔をのぞかせる。もちもちとした白いほっぺたがむにっと乗って口を尖らせてめっちゃ可愛い。
一行を乗せたバスのディーゼルエンジンが動き出す。
空調の匂いと合わさり、遥は校外学習の気分を思い出す。
美咲が通知音にスマホを取り出すと、古今東西の英雄がプレイヤーの忠実なる騎士となり代理戦争を繰り広げ世界秩序を築く某ゲームでラムズ船長が当選した模様。
「よっしゃ!」
「……まさかそれは俺か? いつの間に開発したんだ」
「あ、私、ゲームとかアニメとか漫画のサブカルチャーも担当する大臣だからね?」
「異世界担当大臣だけじゃなかったのか?」
「ま、創作クラスタの創造した世界、あるいは出会った世界も言ってみれば異世界だからね」
遥は左右のユニットが分割できるゲーム端末で兄弟衝突の乙女ゲームを楽しそうにやっていた……
◆◆◆
……東城家の顔ぶれもそうそうたるもので、ラムズにときめいた娘の遥に海上自衛隊海将補の父、東城洋介、異世界担当大臣の母、東城美咲。
そして祖父母の幸一と藤子だ。
そして洋介の妹の麗雪が新しく東城家に婿入りするであろう彼氏の太田拓海を引き連れて、待合わせ場所の寿司屋にいた。
手をぴらぴら振って合図を送るふたり。
太田は護衛艦やまと艦長であり、洋介の高校時代の後輩、しかも同じ出版部である。
「席取りさせて悪いな」
はにかむ太田に麗雪が腕をからめる。
「拓海さんと一緒にいられたからね」
「麗雪! おっといけね、麗雪さん、よしてください」
うっかり名前で呼んでしまう麗雪の彼氏君。
洋介の目が北海道の性欲の強いマリモみたいないやらしい目付きになる。
「俺の妹を気に入るとは太田君もさすがお目が高い」
「洋介も房総高校で私のお兄ちゃん兄貴呼ばわりしてなかった?」
「房総高校率たけえなおい」と幸一。
「なんだか相関図がややこしいなあ」と遥。
幸一が一行を引き連れ入店したが、店は暗いまま。
「まさかやってない??」
幸一が踵を返し、店の照明をつける。
壁には木目調の格子がはめこまれ、和紙が貼られた行灯がほのかな優しい明かりを灯す。
「はいどうも、板長の東城幸一です!」
「ええ~!? おじいちゃんおしゅし握れるの!?」
【 前防衛省自衛隊統合幕僚長 幕僚長たる海将(大将) 東城幸一。(63) 】
九十九里の漁村にて生まれ育ち、水産高校卒業後、海上自衛隊に一番下の階級、二等海士(二等兵)で入隊。現場の叩き上げで、護衛艦やまと艦長拝命を機に防衛大学校のエリート幹部自衛官より早く昇進し、自衛隊武官トップである統合幕僚長にのぼりつめた男だ。
「中トロです」
「生魚と聞いて少し心配していたが……活きがよさそうだな」
白無垢のシャリにみずみずしいマグロが可愛らしく乗る。トロの脂が白銀に輝き、ひとたび口に入れれば中トロの旨味が酢飯の酸味で引き立てられ、わさびが爽やかな辛みを添える。
「メアリちゃん? あまり進んでいないようだが?」
「え? あ、ううん」
そして話題を戻し再び盛り上がる一同。
……バスに乗り込み座席に向かう途中、東城美咲は歌手であるからメアリがぽつりと言った一言すら聞き逃さなかった。
「(なんで人魚の前で生魚を食べるのよ)」
「(え……?)」
◆◆◆
ホテルの窓には繊細な布地がふわふわと揺れて、背景の夜空が透けて見える。
その窓にもたれかかり、新鮮なオランゼを生搾りしたグラスを口に含み、艶やかな吐息を漏らすメアリ。
「……どうした」
「ラムズ」
ちゃっかりと同室を取ったラムズが今はよき相談相手だ。
足を組み、自身の組んだ手を枕にベッドに寝そべるラムズがメアリを視線で誘い、自身の懐へといざなう。
メアリはラムズを信頼して腕枕にその頭を静かにのせ、月明かりが二人を淡く包む。
なめらかな赤い髪が腕枕からたゆたい、ラムズがそれをすくい、指を這わせる。
「本当は……嫌だった」
「スシとかいう食べ物のことか?」
体を少しもぞもぞと動かしラムズに無言で頷く。
「私人魚よ? はっきり言って無神経じゃない?」
どぎつい論評に、ラムズはメアリへの視線を天井に向け鼻で軽く息をする。
「まあ、確かに、日本という国は大層な飽食文化だな。部屋のルームサービスを見てみろ。陸の料理店より種類がある」
「日本の宗教についてミサキに聞いてみたのだけれど、太陽の神様が最高神でその末裔が代々皇帝として君臨し、山の幸、海の幸は太陽の神様の賜り物だそうよ」
「特に戒律もなく何でも食うみたいだな」
「私も食べる気かしら?」
「まさか」
「お前は俺の宝石だ。絶対に手は出させねえ」
感情がなくても相手の求めることを理解し動いてくれるラムズが世界中の誰より心優しく思えた。
と言うより、メアリの顔を覗きこむラムズの顔は切なくて、優しくて、一瞬だけ人間の男のように感じた。
「(遠い昔に……あの人と……)」
ラムズの白くて綺麗で強そうな手に彼女の小さい手が添えられる。
頬と手と手が重なりあう密着感。
「宝石ね……それでいいわ。ラムズは愛がないからこそ生身の相手に執着しないし憎しみも差別もしないもの」
「もう、人間なんて、信じたくない──」
「……そうか」
太陽はとっくに沈んでいて、宝石箱をちりばめたような満天の星空の静寂と切なさにラムズとメアリは寄り添い、時間を重ねる。
夜明けまではまだ時間があるだろう……
◆◆◆
東城家の朝は早い。
「おはよ」
「おはよ」
朝のシャワーを浴び顔をほのかに上気させた色っぽい東城美咲が灰色のブラトップに黒のショーツのままで洗面所で艶やかに濡れた髪をドライヤーで丁寧に乾かしていると、黒Tに短パン姿の東城洋介が寝癖頭をぼりぼりかきながら歩いてくる。
「きゃー! 洋介くん、今日もカッコいい!」
「美咲ちゃん、かわいいな」
これまた北海道のマリモ野郎みたいな目付きになってバカップルを演じる洋介と美咲。数秒の気まずい沈黙ののちふたりはかぶりを振った。
「やめやめ、俺たちのキャラじゃねえ」
「かしこま!」
あくびをしながら洗面台のシェービングクリーム缶を手に持ち、口回りに吹き掛けた洋介は続いてシェーバーのスイッチを入れ、顎を押さえながら髭を剃る。この時のために新しく買った五枚刃で根元がフレキシブルに可動するタイプ。
髪を留め、化粧水を肌になじませながら美咲が洋介の腹を横目で見る。
美咲が目を閉じているうちに新しいシャツに身をくぐらせたはずだが、
「あ、腹筋六個に割れてるね」
「数えるな。夫の腹筋を数えるな」
洋介が慣れた手つきでデジタル模様の迷彩服に袖を通す。
「そういうお前の腹筋は……は? え? ムキムキじゃねえか。少年漫画雑誌の表紙で解禁された立体的に機動する装置で戦うヒロインの腹筋並だ」
「つまむな。嫁のお腹をぷにぷにすんな」
美咲はペースト状の化粧下地を指にとり、まず額、鼻、頬、顎につけて顔全体に塗り込んでいく。
「お父さん、お母さん、おはよ~」
パジャマ姿の遥が体の割に大きな枕を抱えて歩いてくる。
「おはよ」
「おはよ」
遥が眠たそうな目つきで歯ブラシに歯みがき粉をつけ、大雑把に磨く。
その間に美咲は下着の上から灰色の襟つきのシャツを羽織り、ボタンを留め、青い下衣に足を通し、腰まで持ち上げ、股のファスナーを引き上げ金具を留め、中着をしまった上でベルトの金具を閉める。
「なんで防災服?」
「なんか起こりそうな気がしてね、動きやすいし」
「そうか」
「そう言えばさ、メアリちゃんが夕べさ──」
青い上衣を着込むのを待ちきれず、美咲は口を開いた。
「ん?」
「どーしたのおかーさん」
遥が泡だらけの口を開け、よだれが垂れる。
美咲はファンデーションをまぶす手を不自然に止めた。
「美咲ちゃんどうした」
「お、親父、おはよう」
「あ、お義父さん」
「おじいちゃんおはよ」
「うむ、おはよう」
いかつい軍服姿の幸一が銭湯にありがちなコーヒー牛乳をすすりながら興味津々に場に混ざる。
三人の頭をなるべく近くに寄せ、口を近づけた美咲が吐息ばかりで一向にしゃべらない。
「まさか──」
「言いづらいんだけど──」
美咲がアイライナーのペンを宙にくるくる回し、待ちかねた洋介が顎の陰の剃り残しに気づき、シェーバーを当てた、その時──
「──みんな、大変よ!」
────東城藤子あらわる!!!!
「うおおおおお!」
洋介がカミソリ負けして血液ぶっしゃー!
「きゃああああ!」
美咲のアイライナーが目玉に直撃して涙ぶっしゃー!
「ぐおおおおお!」
幸一がむせかえしてコーヒー牛乳ぶっしゃー!
「わあああああ!」
遥が口に含んでいた歯磨き粉がぶっしゃー!
藤子から見て左から遥、美咲、洋介、幸一がコンマ一秒のずれもなく同時に回れ右し、右足を踏み出す──
「「「「────馬鹿めが!!!!」」」」
驚かせるな! と言わんばかりに東城一家親子孫三世代もろびとこぞりてカミソリ負けと涙とコーヒー牛乳と歯みがき粉が撹拌された汚い水溜まりを、ダン! と一斉に踏みしめ飛沫を散らしながら驚かせた藤子を一喝した!
「ニュースみてみなさい! リジェガル王子殿下とラピスフィーネ王女殿下が電撃結婚よ!」
で、テレビをつけてみれば、女の子ってこういうのが好きなんでしょ? と言わんばかりに四頭ものヒッポスが小気味良い馬蹄の音色を奏でながらノスタルジックな馬車を引いてその馬車にはリジェガルとラピスフィーネが手を振っているではないか!
「「「「「え~~~~!? このタイミングで!?!?」」」」」
東城家三世代のぶったまげた声が朝の空に響いた。
登場人物
【東城洋介】(33)
海上自衛隊幹部自衛官(海将)。第一護衛隊群司令。前護衛艦やまと艦長
黒髪短髪。
【東城美咲】(33)
内閣府特命担当大臣。衆議院議員(比例)。政権与党保守党女性局長。
蜂蜜色の髪。セミロング。
【東城遥】(9)
小学生。洋介と美咲の娘。
茶髪ボブ。
【東城幸一】(63)
元防衛省自衛隊統合幕僚長(幕僚長たる海将)。自衛艦隊司令官、やまと艦長を歴任。洋介の父。
銀髪。
【東城藤子】(64)
女スパイ。洋介の母。
茶髪ロング。
【東城麗雪】(28)
海上自衛隊幹部自衛官(三等海佐)。護衛艦くあま艦長。
黒髪ストレート。
【太田拓海】(32)
海上自衛隊(一等海佐)。護衛艦やまと艦長。
茶髪に伊達眼鏡。