第26話『ジュアナと時空の迷宮─Ⅲ──』
前線の幕陣でヴァロレンス国軍を指揮する王太子はジュアナの到着を信じて待った。
必ず、王旗を持ってきてくれると信じている。
「ジュアナは必ず帰ってくると言った。必ずだ!」
王太子の決然とした声に応えるように、伝令が吉報を持ってきた。
「王太子殿下、草原に高らかに掲げられたわが軍の旗を確認しました! あれは──ジュアナです!」
残酷な世界を嘆く代わりに彼女は走った。ヴァロレンスの聖女として歴史を変えるために──。
ヒッポスにまたがった軍服姿のラムズがやや遅れて登場した。
洋介と戯れていた時間軸のラムズではない、この時代に生きていた正真正銘の若きラムズだ。
踵をそろえ、左手を背に回し、右手を差し出す王子様ムーヴだ。
「おかえり、ジュアナ」
◆◆◆
兵隊たちが城壁の街並みを凱旋し、出店、カフェテリアのテラス席には人々がにぎわう。
「宝石、まだ返してもらってないのがあるんだけど」
チョコレートケーキを挟みながらジュアナがラムズに迫る。ラムズはちょうどケーキを三口ほど食べたところだった。
「もういらねえ。お前食って」
彼はフォークにひとくちぶんケーキを乗せると、彼女の口元に差し出した。
今度は素直に口に含むジュアナ。
ケーキをかみしめる彼女の傍ら、ラムズは彼女から奪った首飾りを楽しそうにいじる。
「″宝石が死んだら″お前の銅像に寄贈してやるよ」
「最低」
その約束は、また数千年後……
ヴァロレンス国王の即位を讃える民衆の声が青空に響いていった。
◆◆◆
数千年後、約束を果たす時がやってきた。
……ヴァロレンスの港町。海の向こうには島国イルドゥラントが眺望できる。そのような一面の大パノラマを背景に、小高い丘の上、長い赤絨毯が続く白亜の神殿が海賊の王子様の到着を待っていた。
赤絨毯をヒールブーツがゆっくりと踏みしめ、漆黒の外套が潮風ではためく。
彼は銅像の前で立ち止まると、海賊帽を取り、綺麗な白い指で古びた宝石をつまみ、銘板の上に置いた。
彼はふさふさした白い睫毛を伏せて思い廻らす。
──ジュアナ。
それが数千年前の英雄の名であった。
「長いこと借りっぱなしだったな」
使族に寿命があるように、宝石にも寿命がある。数千年も経てば煌びやかな光もくすんで朽ち果てる。
その宝石は、かつてはヴァロレンス国に用いられるものであった。今、それは宝石狂いの船長のコレクションを卒業し、ヴァロレンスにある聖ジュアナ記念館に捧げられた。
最小の労力で飄々と生きてきたラムズはこと宝石に関しては最大の労力を惜しまない。
だからこそ、宝石が持ち主のもとに帰りたがっていれば、可能な限りは応えてやる。
……現実世界で目を覚ましたラムズが数千年ぶりに宝石を返したことで、仮想空間は閉じ、洋介ら美咲らも帰還することができた。
時空の迷宮に囚われていたジュアナの魂も無事解放された。
聖ジュアナ•ラピュセルの歴史は、洋介らの手を借りて正史とは違う方向に書き替えられたのだった。
《 ジュアナと時空の迷宮─終─ 》
聖ジュアナ記念館には王旗を掲げる甲冑姿のジュアナ•ラピュセルの肖像画が飾られていた。




