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愛殺新訳外伝  作者: 松コンテンツ製作委員会
第八章「シャーク海賊団、夏の大冒険」
23/29

第22話『シャーク海賊団、夏の大冒険:第三楽章』

 東京都千代田区永田町──首相官邸。


 首から身分証をぶら下げた黒スーツの官僚たちがエントランスホールを慌ただしく行き来する。

『集約センターより第一報の連絡です。スペースシャトルオパール号が大気圏突入の際、ミサイル攻撃を受けました。ラムズとメアリが空中に投げ出され、北朝鮮領土に墜落。内閣危機管理監を室長とする官邸対策室を設置しました』

『30分後に、関係各省庁局長級幹部による緊急参集チームが情報集約センターに入ります』

『閣僚の帰京のため、警視庁による一時的な交通規制を実施する』

『国家公安委員長と警察庁長官の協議が終わった。内閣府特定事案対策統括本部設置法第33条に定める特定事案と認める。特事対すべての担当者は首相官邸二階大会議室に集合せよ』

『外務省異世界局愛殺担当室からの総理レク終わりました。』

 官邸ロビーをクリーム色のスーツにパンプスで闊歩する東城美咲。


「なんでよりによって北朝鮮なんかに墜落するんだ……!」


 日本政府高官がもろびとこぞりて頭を抱えた。

『魔力反応を覚知(かくち)。プルシオ帝国の識別信号です──』

 日本国政府の中枢に魔法円(ペンタクル)が回る。

 現代日本と魔法文明が同居するのは奇妙な感覚だ。

 「リジェガル王配殿下。よくぞ来てくださいました」

「余計なことはいい。状況を話せ」

 金髪碧眼(きんぱつへきがん)の王子の凍りつく眼が日本政府を沈黙させた……



 ……プルシオ帝国王子の正面に、茶髪に髭で伊達眼鏡三十代半ば、着物に袴の男性が座る。

 その立ち居振舞いに、剣を使いこなせる武人の所作を感じた。

「日本国内閣総理大臣、斯波高義(しばたかよし)と申す」

 それが令和の刀剣男子(とうけんだんし)の名前だった。

「これは失礼しました。プルシオ帝国のリジェガルです」

 総理大臣が名乗ると、リジェガルが座りながらも姿勢を正す。

 リジェガルは斯波総理大臣の腰の刀を見咎めた。

「日本国ではprime ministerまでもが剣を携えるのか?」

「私は斯波家(しばけ)の当主でね」

 室町時代、幕府の重臣を担った武家、斯波家の末裔が彼である。

「プルシオ帝国にも剣士生まれの重臣や元老院議員はいる。親しみを覚えます」


 葡萄酒が出され、礼もそこそこにリジェガルは一口で飲み干す。

 午前の来客が置き土産にした生ハムの塊を、持っていた剣を包丁に、持っていた盾をまな板にして切り捌き、平らげた。

「まるで中国の古典の鴻門之会(こうもんのかい)だな」 

 斯波総理大臣が呟く。教養のある総理大臣のようだ。

「私は死すら恐れないのに、どうして酒を断る理由がありましょうか。いまだに帝国と王国と聖国への対価もないのに、メアリの捜索を打ち切るというのは、あなたがたは日プ同盟を傷つけるおつもりか」

「まあひとまず座っていただこうか」

 あまりの剣幕に斯波総理はそれしか言えなかった。


 上座下座(かみざしもざ)を意識して、リジェガルを北に、斯波首相が南に、西に美咲大臣が座る。東の席には紺色の髪に紫の瞳のイケメンが座った。彼は誰だろうか?

「防衛大臣を務める秋津悠斗(あきつゆうと)です」

 それが彼の名だ。

 そして、総理総裁経験者でもあるが、ここでいちいち前歴を披露する必要もないので盟友の斯波は押し黙る。

 秋津はすらりとした足を組み、カッコつけてリジェガルに問うた。


「リジェガル王子、いや、サフィアと呼ぶべきだな。ただちに日本国政府の保護下に入ってもらおう」


 サフィアと呼ばれてしまった男は目をかっぴらき、秋津大臣を睨む。てかネタバレ……?

「何故それを聞く?」

 リジェガルは腰のサーベルに義手を伸ばす。

 国立国会図書館から持ってきた愛殺書籍版を秋津悠斗(あきつゆうと)はパラパラとめくる。

「メアリが数年前に出会った王子様は金髪で青い瞳。該当者は殿下です」

 廊下から物音がする。特殊部隊がこの部屋を包囲しているのだ。

「もし自衛隊が本気を出せば、プルシオ帝国を一日で征服することができる」

 とんでもないハッタリだ。

「Japanese governmentが恫喝(どうかつ)する気なら、帝国は聖ナチュル国、ニュクス王国と連携し、すべての人的交流と資源エネルギーと食糧の輸出を停止する」


 この時代の日本は愛殺世界のキャラを日本に招待して観光などの経済効果を得る見返りに愛殺世界と貿易していた。

 例えば単純に愛殺コンテンツのメディアミックスでの展開でオタク業界がにぎわっている。

 プルシオ帝国軍と陸海空自衛隊が合同軍事演習を重ねている。

 ルテミスが体力を生かしスポーツ用品の開発に協力。

 ヴァニラが利き酒。

 パメラが新宿歌舞伎町の女の子と接客ノウハウを交換しているらしい。

 いずれも国連のやり方とは違う。戦略的互恵関係でフェアトレードだ。日本側が金を払う場面も、愛殺側が金を払う場面もある。


「……それもまた、恫喝(どうかつ)ではないのですか」と秋津。

「違う。対等な国どうしでの交渉(こうしょう)だ」とリジェガル。


 秋津に言われたがリジェガルは毅然と返した。

 リジェガル王子と秋津防衛大臣がにらみ合う。


「zero-sum状態は避けたい。いいでしょう。手を引きましょう」


 ゼロサムとはお互いに潰しあう不毛な争いのことである。だから秋津防衛大臣はあっさりと引いた。

「その代わりリジェガル殿下、我々に少し協力していただきたい。と言っても帝国に損はさせません。殿下ご自身の武勇が必要となりますが」

「ほう、心得た」

 リジェガルがマントを翻し、燻銀(いぶしぎん)の義手から微かな金属音を奏でた。


 ……リジェガルが先に退室し、愛殺キャラがいなくなった部屋で、秋津以外の全員が秋津に対して、kneelした!


 総理大臣までもが格下の肩書の防衛大臣に跪いているではないか。

「悠斗殿下のお手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「それは別にいい。ノブレスオブリージュだ」

「悠斗様は日本の皇子様(おうじさま)ですから」

 

 秋津悠斗(あきつゆうと)は、(みかど)の血を引く男子であったのだ!


    ◆◆◆

 

 一方、リジェガルとラピスフィーネも妙な展開になっていた。


「リジェガル。貴方、メアリを愛しているのね」

 ラピスフィーネの白い手がリジェガルの三つ編みの髪に優しく添えられる。

「あの子が無茶をするたびに、胸が苦しくなる」

「そう……」

 ラピスはメアリが憎くてたまらない。そのクソデカ感情のせめて何分か一でも自分に向けてほしいのに。

「君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな」

「何かしらそれ、知らなくてよ」

「日本で昔の貴族が詠んだ恋の歌らしい」

「リジェガル、貴方は消えてしまうの? そうしたら私はメアリを許せなくなるわ」

「たとえ一回死んでも、七回生まれ変わって貴女と貴女の国に忠誠を誓おう」


「ねえ、リジェガル、もしも生まれ変われたら──」


 抱き寄せ接吻するリジェガル王子とラピスフィーネ王女の頭上をF35戦闘機が超音速で出撃した。


「──って言ってほしいわ」


 轟音に遮られて、リジェガルの言葉はラピスフィーネには届かなかった。


    ◆◆◆


『……こちらアメリカのニューヨークでは、国際連合安全保障理事会を開くため、各国代表が揃っています。ロビーでは早速事務所方での打ち合わせがあちこちで見られます』

 BBCにCNN、共同通信、新華社通信など世界各地のメディアが揃う。


 マスコミのカメラの隙間を颯爽と歩くマントを羽織った人影が過ぎる。

 三つ編みにした金髪。腰に差したサーベル。


『ちょっとカメラ向けて! 信じられません、全く信じられません! リジェガル王子その人が国際連合本部に現れました! 彼が何を語るのか、全世界が注目しています』


 警備隊がわらわらと出てくる。

 洋介と美咲、リジェガルとラピスらが揃い踏みだ。


「(行きますよ……打ち合わせどうりに!)」

 洋介がリジェガルの頬に拳を叩き込んだ!

「これは大変、プルシオ帝国の高貴なる血が垂れ流しだ……!」

 リジェガルが口腔に溜まった血を吐き捨てる。そして不敵な笑みを浮かべる。

「(やるな)」

「(そちらもな)」

 洋介がリジェガルの心臓に拳銃を突き立てる。

「ヨウスケよ、その引き金を引いてみろ」

 リジェガルがサーベルを洋介の首筋に添える。


 プルシオ帝国王子と海上自衛隊司令官が互いを人質にした!


「国連総会議場に案内していただこう」

 洋介がライフルを構え、脅す。

「貴様ら! 国連本部でこんな狼藉が許されると思うな!」

「はあ? 愛殺世界の資源を対価なしに収奪することは狼藉ではないのか?」

 洋介のカッターナイフみたいな鋭い目がさらに細くなる。

「規則に従いたまえ!」

 その詭弁には美咲が反論した。

「ふざけないで。いつだってあんたたち大人は理不尽な規律を縦横無尽に敷き詰めて、ちょっとでも違反すると目を真っ赤にしてペナルティを与えるじゃない」

「Ms.ミサキ、貴女も36歳だ。政治家で36歳は新人の部類とは言えど、君も大人ではないのか?」

 美咲の迫力に警備が日和(ひよ)る。

「汚れたことをして自分より年下の人間に理不尽を押し付ける生き方が大人だと言うのなら、私は大人になんかなりたくなかった!」

 美咲は烈火鮮血のごとき激情を吐き捨てた。


「そこまでだ」

「「事務総長……!」」

 国連の最高責任者が現れ、ばつが悪そうに葉巻を吹かす。


「……君たちがうらやましい」


 事務総長はそう言って、素直に演壇を譲った。


 

 ……美咲の演説は地球全土津々浦々にテレビ中継されている。


『……ある女の子の話をさせてください。水の神ポシーファルに作られた人魚であることを除けば、どこにでもいる普通の女の子です』


 国連総会議場がしんと静まる。

 言うまでもなく愛殺世界のヒロインの話を今している。


『メアリは戦うために生まれてきたわけじゃなかった。生き残るために、自分を武装して、男装をしてまで、王子様に会い、自分の運命にけじめをつけるために冒険の旅に出た』


『それで愛殺という物語が生まれたのは副産物でしかありません。彼女は、人間として陸で暮らす過程でこの世界に失望してしまった。自分の足にさえも!』


『メアリちゃんが人間に絶望してしまったのなら、地球人類の誇りにかけて、その贖罪をしたい!』


『メアリはあなた自身です! 世界と人間の残酷さにずっと裏切られて、メンタルを武装しなければ生きてこれなかった』


『悲劇のヒロインだから? 王子様だから? 犠牲を払ってでも救うのだとは思わないでいただきたい! もしメアリとラムズを救うことで、自分もまた救われると信じるのなら、この愚かしい選択の先に本当に大切なものを取り戻せると信じるのなら、ぜひ二人の救出作戦に協力していただきたい!』


 美咲はとっておきの一言を放った。


『皆さんは────愛した人を殺しますか?』


    ◆◆◆


 ジャンジャンジャーン

 ダダダダダッダ

 ジャジャッジャジャーン


 昭和の宇宙戦艦アニメのbgmが景気づけに鳴り響き、ヤマトがよみがえる。


『船体起こせ! 偽装解除!』


 岩盤がひび割れ、地響きが轟く。

 全長263メートル、65000トンの質量が動くのだ。  

 戦艦の舳先から砂がこぼれ落ち、甲板、主砲、艦橋、マストの威容を明らかにしていく。

 地中、岩盤の下に秘匿されていた護衛艦やまとが、今、目覚める!


『──ヤマト、発進!』


 黒地に金の軍服の東城洋介(とうじょうようすけ)が制帽をかぶり直し、胸いっぱいに息を吸い込んで高らかに命じた。


『ノーザンクロス作戦開始! 反撃の嚆矢を放て!』


 護衛艦やまとが主砲をめいっぱい持ち上げ、砲口が天空を睨みつける。


『核ミサイル発射!』と北朝鮮。

『主砲レールガン、撃てえ!』とヤマト。


 敵味方が同時に叫んだ。


『電波妨害成功! 高高度核爆発による一時的な電波障害が発生しています!』


 宇宙空間での核爆発により敵の防空レーダーがお釈迦になった。


『荒垣閣下、リジェガル殿下、ロミューさん、ジウ君、エディ君、ラプラスさん、出撃してください!』


 荒垣が一人乗り戦闘機。

 リジェガル王子も一人乗り戦闘機。

 ロミューとジウが二人乗りの戦闘機。

 エディとラプラスが二人乗り戦闘機。


 六人の戦士と四騎の戦闘機(ドラゴン)が白煙を纏い、空母型護衛艦いずもの甲板に待ち構える。

 最初に出撃するのは荒垣だ。

 総理大臣をやった重みのある人物が戦闘機パイロットを務めるのだ。いや、戦闘機パイロットとして古今無双の英雄であるから政治家に転身して総理大臣になれたのだろう。

 整備員が膝をつき、右手を挙げ、真っ直ぐ水平線に指さす。

 いよいよ羽ばたく時だ。


 空気圧を翼いっぱいに受け止められるように角度をつけて滑走し──大空へ舞い上がった! 


『テネイアーグ1発艦。テネイアーグ2発艦を許可する』

 リジェガル王子も飛び立つ。異世界の王族とは思えぬ操縦の要領の良さだ。

 そして戦闘機には愛殺世界の炎と戦いの神の名が冠されていた。

『テネイアーグ3発艦。テネイアーグ4発艦』

『よし、護衛艦やまとはこれより先制攻撃を行う』

 テネイアーグ編隊(フライト)が全て発進した。ここで一旦ヤマト艦隊の仕事だ。

『火力支援用意! レールガン攻撃はじめ!』


 ──砲撃開始!


 テネイアーグフライトの頭上数キロメートル上空を極超音速で砲弾が通過していく。目指す座標はほぼ同じ向き。先に基地などを破壊しておくためだ。


 ──爆破!


『間もなく北朝鮮領空を侵犯します』

 ラプラスが早速航海士としての本領発揮だ。さすが彼女、地球世界の地理の呑み込みが早い。

 ガ、ガ、と荒垣が慣れた様子で操縦桿を器用に傾け、機体も派手に揺れ動き、高い負荷を身体で受け止めながら、ルテミスたちも耐える。


 機体が音速を突破し、シュパ、シュパ、とドーム状の雲をまといながら峡谷を潜り抜ける。

 針葉樹が風で煽られ、湖に鋼の機体が反射し、水面がざわめく。



 ──愛しい人よ、待つがいい。

 必ずこの手で抱きしめる──!



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