第20話『シャーク海賊団、夏の大冒険:第一楽章』
あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ
あをいめだまの小いぬ
オリオンは高くうたひ
アンドロメダのくもは
さかなのくちのかたち
五つのばしたところ
小熊のひたいのうへは
そらのめぐりのめあて
あかいめだまのさそり
(作詞作曲 宮沢賢治 銀河鉄道の夜 挿入歌 星めぐりの歌)
読者諸君、暑中お見舞い申し上げます。
洋介の実家、畳の上でラムズが寝そべりながらアイスキャンディを艶かしい舌遣いでチロチロと舐める。この色男め。いちいちえろいんだよ。
扇風機がラムズの白銀の髪を揺らし、風で持ち上げて、また額に戻す。白銀を糸に紡いで高級ドールに飾り付けたようなラムズのルックス。これでは扇風機が煽情機になってまうがな。この色男め。大事なことなので二度言いました。まる!
とや松のとんちを利かせた翻訳がスベったところで皆様お待ちかね、海賊の王子様にして宝石狂いの船長、web一次創作「愛した人を殺しますか?──はい/いいえ」主役、作中国家ニュクス王国男爵、ついでにラピスフィーネ王女殿下の好きピであらせられるラムズ様がようやく口を開いた。
「暑い」
ラムズは薄着でこそあるものの、汗をかいていない。
愛殺書籍版全巻をあと二巻で読破しようとしていた東城洋介が頭を跳ね上げた。
「えっ!? あんた人外だろ」
洋介はびっしょり。今着ている黒Tを絞ったら洋介の生搾りジュースができてしまう。
「感情じゃなくて数値的に神経でわかるけどな。お前らの世界の度量衡で40度くらい?」
スマホで確かめる洋介。合ってた。ラムズすげえ。
それにしても暑い。洋介は下はパンツ一丁。
女性読者の夢を壊して申し訳ないが洋介は基本的に家ではボクサーブリーフに黒Tだ。男の部屋着なんてそんなもんだ。洋介の女性読者人気がいまいち伸びない理由かも。
洋介はラムズをジト目で見る。洋介はメシも食うしトイレにも行く生身の人間だが、このお澄まし人形は老化しないし多分今後一万年後も生きているだろう。一年間も交流を重ねるうちに人外であることを実感してきた。
「──てかもう丸一年立つの!? 早いね」
「ガーネット号とヤマト艦隊で戦ったのもうそんな前だっけ?」
「俺たちの執筆担当のとや松がまだあんたらのこと勉強してなくてな、光堕ちしてたな」
洋介は笑っているが、ふと気になることができた。
「地球の訳者に聞いても教えてくれなかったんだけど、ラムズ様って何の使族なんだ?」
「あててごらん」
「宝石の擬人化」
「阿保か」
「パラメーター見せてくんね?」
「パラメトロン見たら殺す」
「依授された人形?」
「お前手元にHer Real mythの日本語翻訳版あるだろうが」
洋介が1巻を読みふけるが答えが出ない。
にぎやかしにテレビをつける洋介。てか洋介スネ毛剃れ。
地上波7ch午後のロードショーで、隕石落下を聖書のアルマゲドンになぞらえ、石油採掘企業がスペースシャトル二隻に分乗して隕石を掘削して核を埋設。社長が娘婿に娘を託し自爆して地球を救う超有名作品、その中盤のスペースシャトル打ち上げシーンがテレビに写されていた。
「へえ、地球の外側には宇宙という冷たい星空の世界があるのか」
ラムズの青い瞳に地球の丸い姿が綺麗に映されている。
「……宇宙旅行か、行ってみたいなあ」
ぽつりと漏らした洋介にラムズがむくりと起き上がる。
「ヨウスケはヤマトを持ってるだろ? 宇宙ってのに行けるんじゃねえのか?」
「空間跳躍で愛殺世界と往還してるから宇宙空間ほぼ素通りよ」
「素通り、ねえ」
「ずっと疑問だったんだけど愛殺世界って星なのか? こないだJAXAがそっちに人工衛星打ち上げようとしたら失敗したらしいぜ」
「丸くはないよ。星も大地も神が作った」
「天動説かよ。ガリレオが卒倒しそうな話だ」
ちょうどその時インターホンが鳴った。というか築五十年の実家だから外から聞こえる。
『洋介~ただいま~』
『お父さんいるの~? あ!ラムズ様のブーツヒールある!』
◆◆◆
「だあああああああああああああああああああ」
美咲と遥が帰ってきたので慌てて迷彩柄のハーフパンツを履く洋介、時間がないぞ急げ。洋介の下着など誰にも需要がないのだぞ。
足が絡まり下着姿の洋介がラムズを押し倒す。
セミが一瞬鳴き止んだ。
ラムズの美しい肢体が日本の畳に横たえられる。
海上自衛官の筋肉質に日焼けした手が海賊の王子様のしなやかな白い肩をぐいと掴む。
洋介の赤い瞳とラムズの青い瞳がまぐわう。
最悪なタイミングで遥ちゃんが襖を開ける。まぢ意味わかんない。
ラムズは自身を押し倒した洋介に対してゴミを見るかのような視線を向けて一言、
「──どけ」
声を低めて言われてどきりとした。
色々言いたかったがしょうがないので洋介がどく。
ラムズが白銀の睫毛を揺らし、瞬きを一回すると、優しい王子様の顔になった。
「お邪魔しています。東城美咲副総理兼外務大臣閣下。お嬢様」
ラムズはいつの間にか海賊服に身を包み、帽子を取って恭しくご挨拶。いつだって彼は王子様だった。
うっわ。あざとい。
「なんで俺の嫁と娘にだけ優しいんだよ」
「ミサキ閣下は日本のvice prime ministerでハルカ様はそのお嬢様でございます」
で、洋介はただの艦隊司令官。
「おとーさんずるい! 私だってラムズ様にぎゅーしたい!」
「してほしいの? いいよ」
ラムズの懐に遥がすっぽりと収まる。遥は嬉しそう。
幼い少女のお餅みたいにふっくらとした身体を、王子様の白く瘦せた手が撫でていく。
洋介の母がやたらと濃い口紅を引き、唇になじませる。
「ラムズ様は年上は嫌いかしら」
「おいお袋!? 親父にばれたらまずいってばよ」
「ぶっちゃけ洋介よりイケメンだよね」
「おい美咲!? これってラムみさ……?」
「ラムズ様だいしゅき」
「遥……ラムズに慣れたらもう一生、他の男じゃものたりなくなるぞ」
地球の訳者がその台詞にくしゃみする。
洋介の母と妻と娘がいっぺんにラムズに群がっている。
「もうめちゃくちゃだよ」
洋介パパ帰宅。ちなみに洋介のパパも海上自衛隊で、引退したあとは町内会長やってます。息子の嫁の地元後援会長でもある地元のドンだ。
地獄絵図に幸一と洋介が頭を抱える。ラムズ様の魅力は三世代の女を魅了した。
「ところで何の話してたの?」
「ミサキの旦那が宇宙行きたいらしいぜ」
「ほう? ほうほうほうなるほどね」
美咲が人妻から外務大臣の顔になる。
東城副総理兼外務大臣は仕事用のタブレット端末をいじり、東城海将補に渡す。
「NASAから打診があって、無重力状態が人外に与える影響を調べたいって」
洋介が話の急展開に驚き、ラムズに振り向く。
「宇宙旅行の話、知っていたのか……!」
「俺は運命がわかるから」
時の神ミラームに操られ、運命の通りにしか生きられない人外が憂いを帯びた顔になった。
◆◆◆
ここからはとや松の知識マウントにお付き合いいただこう。
小学生時代自由帳に宇宙船やロケットを書きなぐっていたのを思い出す。
読者諸君にお尋ねするが、スペースシャトルと聞いてどんなのをイメージするだろうか?
白黒で飛行機みたいなあれだろう。実はあれだけでは宇宙に行けない。
外部燃料タンクとロケットブースターにおんぶされる形になるのだ。
Shuttle、というようにスペースシャトル本体とロケットブースターはいちいち修理して再利用するのでぶっちゃけコスパ悪い。
「……スペースシャトル一回打ち上げるのに1500000000ドルかかる計算なのか」
ラムズの言うとおりだ。ドルと円の相場は変動するがうまい棒が15億本も買えてしまう。ラムズの大好きな宝石がいくら買えるだろう?
「ねえねえ船長、そんなの今まで女の子に貢いだ額をデートの回数で割るようなもんだよ?」
ジウがヘルメットの首元の金具を可愛くいじりながらラムズをたしなめる。
「スペースシャトルの名前はオパール号なのね。わたしはキリルと名乗ったほうがいいかしら?」
メアリが冗談を言う。
「HerrReaMythのウェブ版の元ネタだな。ミサキ閣下の秘書が内々に要請したらしい」
「誰なんだいそれは」
「ミスタートヤマツとかいったな。作者権限でミサキ閣下の秘書やってるらしい」
エディの疑問にはロミューが答えた。
「そんあのありかよ。職権乱用じゃん」
川戸怜苑が口を尖らせた。
「あいつは俺たちを役者扱いしたいらしい」
ラムズは断じた。
そうこうしているうちにスペースシャトルオパール号発進準備。
『これより発射シークエンスに移行する』
ホースやダクトが繋がれた赤さびた鉄骨フレームが今まで接続されていたが、解除されてスチームパンクみがある。
『シャーク海賊団の諸君。宇宙服のヘルメットをロックだ』
メアリ、ヴァニラ、ラプラス、ロゼリィら女性陣がヘルメットの透明なバイザーを閉める。オレンジのぶかぶかの宇宙服もロミューやエディやジウのルテミスにはきつそう。
『A・P・U start』
(発起用補助動力エンジン点火)
『Maine engine start』
(メインエンジンスタート)
オパール号本体のロケットエンジンが噴射して推進力の偏りで機体が若干揺れて傾く。
『S・R・B・booster ignition liftoff!』
(固体燃料ロケットブースター点火、発進)
つづいて、両脇のロケットブースターに点火。発射台の下に設けられた冷却水プールが高温高圧の爆炎で沸騰し、水蒸気になり空気で若干冷やされ白いスチームとして目に見える形になる。
スペースシャトルオパール号、発進!
小窓から見える大地がぐんぐんと小さくなる。水平線が丸くなる。
『エンジン出力106パーセントへ上昇』
『機体を120度ロールさせる』
座席が足元からボルトごとはじけ飛びそうなほど凄まじい縦揺れ横揺れに襲われる。
「これじゃあ船のほうがましだわ!」
メアリが泣き言を言うと、コックピットにしまってあったラムズの宝石箱がはじけ飛ぶ! もう船内はしっちゃかめっちゃかだ。はじけ飛んだ宝石が皆にカラフルな弾丸となって縦横無尽に襲い掛かってくる!
バシ! バシ! バシ! と川戸怜苑君のバイザーに直撃だ!
「いたたたたたたた」
「わりい」
ラムズが蔦を手足のように器用に扱い宝石をひょいひょいと絡めとる。
やっと振動が収まった。火薬爆発の反動で噴進しているに等しいロケットブースターを切り離したのだ。
『シャーク海賊団の諸君、こちら訪問団代表の荒垣健だ。スペースシャトルオパール号は高度100キロメートルに到達した。ここからは宇宙空間となる。君たちは星の旅人だ。宇宙を楽しんでくれ』