第2話『ラピスフィーネの首飾り・煉獄篇』
……すっかり日も暮れ、横浜の港町、その近代的な街並みを鮮やかなオレンジの夕陽が包み、夕焼け色と空色が天空でせめぎ合い、幻想的なコントラストを演出する。
工匠においてはガーネット号の修理が行われていた。……とは言っても今日のところは段取りだけだ。へし折れたマストの復旧は一日か二日では済まないだろう……
「……と、まあ、俺たちは陛下主催の宮廷舞踏会に招かれた訳だが……」
複雑に乱反射するシャンデリアの下ではドレスコードを守る紳士淑女がグラスを片手に社交辞令に華を咲かせる。
「愛殺世界のお姫様と王子様とラムズ船長を召還、か」
洋介が白手袋つきの海自の正装に身を固める。
先程まで護衛艦と海賊船で撃ち合いし、冗談抜きで死人まで出ているのが信じられない。
「乾杯」
美咲がグラスを傾けてくる。
蜂蜜色の髪に青いドレスがよく似合っている。
「おっと、乾杯」
洋介が応じる。
「かんぱ~い」
娘の遥はまだ九歳。オレンジジュースだ。
「まだ足りないの!」
とヴァニラの声が聞こえてくる。どれだけ飲む気だろう?
洋介がつまむサンドイッチは市販品などとは比べ物にならず、半熟卵が黄金にかがやき、塩のきかせた生ハムにみずみずしいレタスが挟まる。
「うん、うまい」
トマトのスライスにモッツァレラチーズが円く並び、バジルソースが赤と緑と白のコントラストを紡ぐ。
遥はラムズの足にぴとっと抱きつく。
「ラムズ様っ! 一緒に躍ろ!」
意外にもラムズは素直に応じた。
「ん? ああ、いいぜ──小さなお姫様」
ラムズのすらりとした長い足、その膝が床につき、ラムズの長い睫毛が伏せられ遥の手の甲に甘い口づけを落とす。
遥が顔を赤らめた。
高身長のラムズにエスコートされ、遥の白黒のチェックのワンピースがふわふわと揺れる。茶髪のボブが揺れ、とても楽しそう。
「これが本当のおにロリかな」
洋介が無邪気にラムズに遊んでもらってる娘に口角を上げる。
「ロリってなにかしら」
食いついてきたメアリに美咲が口を波線にする。
「ん~聞かない方がいいと思うなあ、あれ、メアリちゃんどうしたの?」
洋介に歩み寄ろうとするメアリだったが彼の妻の手前、立ち止まる。
【 メアリ・シレーン 】
「遠慮しなくていいんだよ、職業柄慣れてるし、」
美咲のセミロングの蜂蜜色の髪がふわふわと揺れる。
東城美咲は芸能人であり、専門学校東京クリエイター学園学園長である。
それなりの社会的立場があり、娘もいて、世の中の表も裏も知っている三十三歳である。少なくとも夫を独り占めするほど子供ではなかった。
「ヨウスケ……じゃなかった、東城少将」
自衛隊は軍隊ではないという建前、例えば少将は海将補、大佐は一等海佐と呼ぶ。洋介は高校時代出版部部長であったから相手の言葉尻をいちいち訂正するほど無粋ではない。
「洋介でいいぞ」
「……人間、しかも海軍の提督であなたみたいな考え方の男がいるなんて知らなかった」
と、そんな雰囲気を遮るように、宮内庁の侍従が高らかに政略結婚に悩む姫君の名前を列席者に告げる。
「ラピスフィーネ王女殿下、ご入来!」
【 ニュクス王国 王女 ラピスフィーネ 】
おずおずと歩みを進めるラピスフィーネの首飾りはエメラルドのごとく神秘的な深い緑に光り、まるで勾玉のような形に整えられていた。
「おお、あれが噂の首飾り!」
「綺麗だわ~」
それを複雑な顔つきで見届けたラムズが次に一瞥したのは、二〇三〇年の地球にあって超大国たるロシア連邦共和国のコムロフ・プシャーキン大佐。
筋肉質な軍服の副官はコムロフに声を低め何やら報告した。階級は武官の方が上だがコムロフはウランゲリ・プシャーキンの孫である。
低く官能的な声で副官に応じるツーブロックに刈り上げられた白髪に緑の瞳。きらびやかな軍服を身に纏う。
【 ロシア連邦共和国駐在武官 コムロフ・プシャーキン 大佐 】
「一曲踊りませんか? ラピスフィーネ殿下」
コムロフは遠慮なく彼女に平手を差し出す。
美しくかがやく月を薄い雲が覆い、淡い虹色に染め上げた。
◆◆◆
彫刻のような華美な鉄の枠に囲われたガラスにくるくると舞い踊るラピスフィーネとコムロフのシルエットがオレンジの背景に黒の影となり映る。
「どうしてわたくしを?」
コムロフの視線は彼女の鎖骨あたりに煌めく首飾りに注がれている。
「教えてやろうか」
ブチ、ブチ、と嫌な音を立てて首飾りが引き剥がされる。
「きゃあああっ!」
「!」
ラムズが社交程度に口に含んでいたワイングラスのガラス片が派手な音を立てて飛び散り、葡萄酒が血のように広がった。
「おい! 何をしている」
洋介が怒鳴る。
「嫌! やめてっ……! この宝石は……!」
ラピスフィーネの目尻から透明な雫が溢れ、頬をつたっていく。
ラムズとの夜伽のために探し当てた宝石は、日本国が保有する神器の勾玉。
東城美咲異世界担当大臣を窓口にラピスフィーネに複製品を贈与、代わりに日本の異世界調査研究を許可する取引だ。その国交を結ぶ記念の宴が今日だったのだ。
当のラムズが腰を上げ、宮内庁職員に預けていたカトラスを有無を言わさず奪い返す。
次の瞬間、コムロフの喉笛にカトラスを突きつけた。
「────俺の宝物に傷をつけるな!」
宝物が単に首飾りを指すのか、それとも自分を指すのか王女には分からなかった。
「ラムズ……」
それでも今は自分を助けてくれる海賊の王子様の姿をその瞳に焼きつけていたい。感じていたい……たとえそれが演技であっても
ラピスフィーネの涙が宝石にひとしずく零れていく……
それを凝視するコムロフはほくそ笑んでいた。
「ふん、馬鹿めが。自らトリガーを発動するとは」
「いけない!」
異世界担当大臣である美咲が顔面蒼白になる。
「どうした美咲!」
「あの首飾りは、恋する乙女の涙で呪術が発動し、時空間を転移できるの!」
美咲はラピスフィーネの涙に刮目したまま夫に答えた。
「嘘だろ、そんな!」
そうすると奇妙な現象が起こり、洋介は信じざるを得なかった。
魔法円が展開し、光がコムロフとラピスフィーネを包み込む。
次の瞬間催涙ガスが焚かれ、いくら一騎当千のラムズとは言えど隙が出来、見失ってしまった。
宝石の奪還に走ろうとするラムズの肩を荒垣健内閣総理大臣がぐいと掴む。
「何だ」
「ラムズ船長、申し訳ないが俺たちと作戦会議に来てもらいます」
「へえ、お前たちに何ができるんだ?」
「そちらの船は修理中。こうなった以上、愛殺世界と現代日本、双方の命運を揺るがす一大事です」
「総理、こちらへ」
SPが荒垣を取り囲み拳銃を構えながらフォーメーションを組む。
一同が小走りしながらサングラスをかけた秘書が荒垣に耳打ちする。
「オホーツク海にて領空侵犯発生!」
「わかった! 首相官邸に向かう!」
『天皇皇后両陛下の保護を最優先! こちらは荒垣総理、立花官房長官を伴いラムズ氏と内閣危機管理センターに向かう!』
黒塗りの高級車の後部ドアを開け、洋介、美咲、ラムズ、メアリ、ジウらが乗り込む。
ラムズが席に腰を沈めると、ドアが閉められた。
今夜の東京の夜景はやけに眩しかった。
『防衛省より官邸へ、我が国は、武力攻撃を受けている──!』
◆◆◆
照明が落とされた危機管理センター幹部会議室内にディスプレイの光のみがかがやき、中心となって指揮するふたりの顔を照らしあげる。
国枝晴敏防衛大臣と柏木神爾外務大臣は官邸に詰めていた。
「日露国境近くに、国籍不明機を確認」
「国籍不明機はミグ戦闘機とロシア製の大型輸送機です」
統合幕僚長からの報告に国枝は眼鏡を光らせる。
「ロシア駐在武官とこのタイミングでのロシア機の領空侵犯。拉致の可能性がある!」
「樺太に不穏な動きが見られます。輸送機も樺太上空を旋回中」
「モスクワはどうだ。繋がったか」
「関与していないとの一点張りです」
「刺刀内務大臣、至急、警官隊でロシア大使館を包囲してもらいたい」
「畏まりました!」
『空中管制機E767より、国籍不明機、東北沿岸に沿って南下中、ペンドラゴンフライト会敵予想時刻、ネクスト2100』
味方航空機のコースが緑の矢印、敵航空機のコースが赤い矢印でディスプレイに表示、その図に付随して数値がリアルタイムで表示される。その矢印は丁度津軽海峡で交錯する。
『北空SOCよりペンドラゴンリーダーへ。任務を伝える。国籍不明機を撃墜せよ』
『北空SOC、もう一度言ってくれ』
『繰り返す。国籍不明機を撃墜せよ、撃墜だ!』
「状況は!?」
荒垣総理大臣と立花官房長官が入室する。
「総理、ちょうど犯行声明が出されるようです」
モニターが切り替わった──
『我々は独立国家サハリンである。膠着する北方領土問題を解決するため、やむを得ず軍事行動を起こした。私は暫定政権指導者のコムロフ・プシャーキン大佐である』
コムロフが物々しい軍服姿で演壇に構える。
「独立国家サハリンだと!?」
『我々は、ロシアと日本との間で揺れ動く樺太を領土とさだめ、両国の橋渡しを務めるものである。日本には北方領土を差し出し、米軍には極東からの撤退を要求する』
飛行中にも関わらず輸送機の扉が開き、コムロフがラピスフィーネに拳銃を突きつけている。
時速数百キロの突風でラピスフィーネのシルクような藍色の髪が吹き上がる。
「いつの間に空中に移したんだ!?」
衝撃的な映像だ。だがそれよりも荒垣総理大臣には驚きよりも怒りが勝ったようで。
「ふざけるな!」
ダン! と荒垣がテーブルを叩いた。
「防衛大臣、攻撃中止だ!」
「了解! ペンドラゴンを帰投させろ」
立花は荒垣の怒りがわかるからか特に咎めもせず、彼の怒りを具体的指示に翻訳する。
「総理、至急、国家安全保障会議を開催します! 防衛大臣には防衛出動の下令、外務大臣には国連安保理への提訴を頼む」
◆◆◆
ラムズたちは車中の人となっていた。
黒塗りの車列が急ハンドルを切り、首都高を横浜方面へ向かう。
ワンボックスカーにはラムズ、メアリ、洋介、美咲、遥が同乗する。
美咲がタブレットを抱え、ラムズらに見せる。
『それでは、立花内閣官房長官による緊急記者会見を行います。冒頭官房長官から発言がございます。皆様からの質問はその後でお受けいたします。それでは長官、お願い致します。』
四角い眼鏡に流れるように分けられた黒髪。立花官房長官は五十路であるにも関わらずいわゆる圧倒的攻めオーラを感じさせる。
『先程、皇居宮廷舞踏会をロシア駐在武官コムロフ大佐が襲撃。我が国の国賓であるニュクス王国ラピスフィーネ王女殿下を拉致しました。時を前後してロシア軍機が東京に領空侵犯。樺太に連れ去りました。樺太を占拠する武装勢力は独立国家サハリンと名乗っています』
立花の一言一句に合わせ記者がノートパソコンを叩く音がうるさく鳴り響く。
『──官邸記者クラブ幹事社、産政新聞の石橋です。独立国家サハリンの目的は何なのでしょうか?』
『日本とロシア、アメリカを仲介し、日本には北方領土返還。アメリカには在日米軍撤退を迫り、最終的には極東から米軍を撤退を迫るつもりです。その秘密兵器としてラピスフィーネ殿下の首飾りが狙われました』
『朝陽新聞の木下です。日本国政府はこの要求を呑むつもりですか?』
『テロリストと交渉はしない!』
立花は決然と言い放った。
『政府の対応策は?』
『現在海上自衛隊横須賀港に東城美咲異世界担当大臣、東城洋介司令、ラムズ・シャーク船長、メアリ氏を護送しています。護衛艦やまとを中心とする第一護衛隊群を現地に派遣し、敵を排除します!』
『しかし、ガーネット号はマストが折れています。ラムズ氏は一体どうするのでしょうか?』
立花はニヒルな笑みだけ残し、ファイルを携え壇から降りた。
とうとう答えないまま会見は終わった。
官房長官記者会見が終わると、ラムズは東京湾の夜景に青い瞳に恍惚とした色を浮かべていた。窓ガラスに彼の白皙の顔が映る。
「そうか、ご苦労。やまとはいつでも出港できるんだな?」
洋介は耳に押し当てていたスマートフォンの電源を切る。
「ラムズ船長、もうすぐ港に到着します」
ラムズは彼に振り向く。
「ああ。どうすんだよ。タチバナ長官の言う通りだ。ガーネット号は今出られないぞ」
洋介も立花官房長官のごとく答えないまま、車を迷彩服姿の自衛官が誘導し、岸壁で皆が降りていく。
岸壁にそびえるは護衛艦やまとの灰色の巨体。それが各部のランプが点滅し、ラムズを迎える。
全長263メートル。64000トン。レールガンにミサイルをハリネズミのごとく搭載したまさに戦艦。
「ちょっとヨウスケ、答えて。自衛隊ってのはだんまりが好きなの!?」
ジウが赤い髪を揺らしながら糾弾する。
「俺たちは今は自衛隊ではない」
「「は?」」
「俺たちは只今を以て海上自衛隊から海賊に鞍替えする!」
サーチライトが閃き、やまとを四方八方から照らす。
あっけにとられるラムズ。
「「旗を掲げろ!」」
舳先の日の丸に竿がクロスし、海賊旗が高らかにはためく。
「「錨を揚げろ!」」
ばかでかい鎖が派手な火花と共に甲板で巻き取られる。
それを見届け、洋介はラムズに敬礼した!
「ラムズ船長、艦隊司令の席を譲ります。最初の獲物にこのやまとを差し上げます!」
ラムズのフロックコートが潮風に吹き上げられ、英雄が羽織るマントのごとく勇ましくはためく。そこから伸びる長い足は一歩、また一歩と船体に近づいていく。
「これがヤマト……俺の船」
その瞳はらんらんと野心的に光る。官能的なまでに美しい戦う男の瞳にメアリはどきりとした。
「ご命令を。ラムズ船長」
「上等だ──俺の宝石を取り返しに行くぞ」
◆◆◆
「……という訳で到着までは数時間あるから腹ごしらえといくか」
洋介は艦内見学を終えたラムズたちを士官室に通す。
さて、士官室と言う言葉だが。
自衛隊では将校や士官を幹部自衛官と呼ぶが、海上自衛隊だけは伝統墨守唯我独尊という言葉があるように戦前の帝国海軍の伝統が色濃く受け継がれている。
主だった幹部らが起立した。その中にあって上座よりの温厚そうな眼鏡の青年が敬礼する。
「護衛艦やまとへようこそ。ラムズ船長。艦長の太田拓海一等海佐です」
太田とジウの目が合う。
「ジウさんは操舵手でしたね。後ほど打ち合わせを」
「それはいいけど……なんで知ってるの?」
東城洋介が鞄から取り出したのは愛殺の製本版であった。
「そちらの世界の出来事は日本語に翻訳されているからな」
「翻訳、いったい誰が――?」
「それは……」
と、カレーが運ばれてくる。
新雪のようにかがやく白米に飴色玉ねぎにすじがほぐれた牛肉で数時間煮込まれた濃厚なルーがかかり、その上にさらに芳醇な肉汁をザクザクと歯触りの良い衣で揚げたトンカツがトッピングされ、鮮やかな福神漬けが彩りを添える。
美咲の綺麗な歯がざくりと噛んだ。
遥も顔を綻ばせる。
ラムズは食べなくても生命を維持できるが社交程度に一口。
「で、どうやって取り返すんだ?」
「簡単だ。ラピスフィーネ殿下をきゅんきゅんさせてもう一度魔術を発動、ロシアが干渉できない愛殺世界にワープして決着をつける」
「なるほど!」
「きゅん、きゅん……?」
聞きなれぬ言葉に海賊の王子様は首をかしげた。
◆◆◆
……どす黒く圧倒的な質量で押し迫る海原に護衛艦ひゅうが甲板からスチームが靡き、ライブビューイングで映し出される東京ドームでは虹色のペンライトが幾千本も振られているのがわかる。
いわゆるオープニングというものか?
昇降機でせり上がる人影はすらりと細く、それでいて覇気を感じさせる。舞台からの白い光が逆光となり、その針のように細い輪郭をビビッドに照らしあげる。
藍色の髪が儚く揺れ、紫の瞳が儚い色を浮かべる。
『──あの日、俺は日本を変えると誓った──貴女だけのために』
「「キャー!」」
やたらイケボなナレーションが流れ、そのヴォイスに女性ファンが色めき立つ。
次にせり上がる人影には男性ファンの推しが多い。男が惚れる男だ。
『君たち国民が投票してくれたから、今の俺たちがある』
「「キャー!」」
人影がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつと増えていく。
『僕たちのために来てくれてありがとう! 一緒に踊ろ?』
「「キャー!」」
『この国も君も僕が防衛する!』
「「キャー!」」
『そなたを戦に巻き込みたくはなかった。もう一度桜を見に来ようぞ』
「「キャー!」」
『貴女を苦しめた悪人など俺が逮捕します!』
「「キャー!」」
サーチライトが収束し、その六人を照らしあげる。
後方スクリーンを縦六分割して、登場順に、秋津悠斗前内閣総理大臣、荒垣健内閣総理大臣、柏木神爾外務大臣、国枝晴敏防衛大臣、斯波高義副総理兼財務大臣、刺刀一馬内務大臣が並び立たつ。
ネクタイがパーソナルカラーに色分けされている。秋津は紫、斯波は黒、荒垣は赤、柏木は青、国枝は緑、刺刀は群青色だ。芸が細かい。
舞台の電飾が光り、そのタイトルは──
《 にほんのプライムミニスターさまっ♪︎ 貴女だけにベーシックインカム五〇〇〇兆円♡ 》
……という光景をラムズが護衛艦やまと艦橋で呆け顔で観ている。
「きゅんきゅんってこういうことか?」
「う~ん、足らなかった?」
美咲がズレた答えを返す。
「足りないとかではなくだな、日本ではこれがきゅんきゅんなのか?」
とんでもねえクールジャパンを披瀝した異世界担当大臣の妻尻目に洋介はマグカップでコーヒーを啜り、双眼鏡を覗いた。
「動きがあったみたいだぞ」
洋介はラムズに双眼鏡を貸した。
魔法円がぐるぐると樺太上空に展開し、光の粒子が消えていった……
◆◆◆
……海上自衛隊護衛艦の尾部にアポロ宇宙船を月まで送り届けたサターンV型ロケットが突貫工事で溶接され、火花が宵闇に煌めく。
護衛艦はどれも全長百五十メートル越え、それにさらに百メートルもある宇宙ロケットが接続されるのだ。
『ガーネット号修理までまだかかります。同時刻の出発は難しいかと』
『やむを得んな。共闘といきたかったが、作戦中に合流となる』
『ロミュー氏が甲板長として残留するとのことです』
『太陽炉エンジン起動。太陽因子散布開始。フライホイール回転数上昇中』
オレンジ色にかがやく特殊粒子が海に巻き上がる。
強いてたとえるとすれば火の粉か?
『──艦隊全艦に達する! ガーネット号ならびに陸海空自衛隊統合任務部隊はこれより地球を飛び立ち、宇宙空間より愛殺世界に強襲! 儀式のトリガーとなるラピスフィーネの首飾りの武力奪還と宇宙空間から地球への帰還を以て完遂する【アポロ作戦】を発動!』
ブルーの魔法円が海面に広がり、何万トンもあろう護衛艦がふわりと宙に浮かぶ。
洋介は戦闘指揮所にラムズを案内する。
「船長、指揮官の席を譲ります」
「いいのか?」
海の男同士、この席の重みは理解できる。
ラムズは着座し、高らかに命じた──
『ヤマト、発進──!』
◆専門用語
【アポロ作戦】
歌と躍りで心を閉ざした天照大御神をいざなう意味での太陽神としてのアポロと、宇宙へ飛び立ち人間が月面着陸するアポロ計画をかけた作戦名。
◆登場人物
【秋津悠斗】(32)
前内閣総理大臣。
藍色の髪に紫の瞳。
【荒垣健】(54)
内閣総理大臣。衆議院議員。政権与党保守党総裁。
秋津政権で内閣官房長官、物部政権で防衛大臣、民衆党政権で内閣官房副長官を歴任。防衛省情報本部出身の元自衛官。パイロット。
【刺刀一馬】(29)
内務大臣。
警察庁長官、特別公安警察局長を歴任した警察官僚。