第18話『海賊の王子様と人魚姫の泡沫──Ⅰ──』
これまでの愛殺新訳外伝byヴァニラ
おいしいお酒~ヴァニのお酒~もっとちょうだいなの!
日本酒も爽やかな辛さでなかなかのお酒なの!
……ツマミ? クラーケンでも焼くかの?
あれ、時系列を説明した方がいいかの?
ううん、今日はヤマトは登場しないしただの夏休み回なの!
ⅠとⅡの二部構成はⅡを楽しんでもらう布石なの!
シラフじゃだめなの、本能の奥で楽しむの!
……ねえ、逃げないで。ヴァニと最後まで見届けよ?
目の前に広がるのは、絵の具を塗りたくったように真っ青な空。
耳に入ってくるのは、遠く波が砂浜に打ち寄せる音だけ。
千葉県九十九里海岸は美しい。
エメラルドグリーンの透明な波が満ち引きするのを傍目に、革靴を履いた謎の男が漁港を歩く。中肉中背で四角い眼鏡をかけ、黒髪がもさもさ。眉間にしわを寄せなんか機嫌悪そう……海辺と黒スーツが不自然な取り合わせだ。
と、男がカメラ目線になり、笑みを浮かべる
その男こそまさに──
「はいどうも! とや松です!」
なんということだ! 作中にとや松本人が登場したではないか! 自作ではなく二次創作でやるもんだからべらぼうにタチが悪い。
東城洋介がとや松にデコピンし、東城美咲が頬をむにむにする。
「なんでお前が出てくるんだ!」
「あんた何考えとるん!?」
「うるせえ! 二次訳者の趣味だ!」
とや松が手から謎の電撃を放ち洋介と美咲を苦しませる。
「ぐははははははは! こんなこともできるんだぞ」
「「職権乱用だあ~!!」」
「……なにやってんだあいつら」
港を遠眼鏡で覗いていたラムズが目を細めため息をひとつ。
宝石を紡いだような白銀の髪が潮風に揺られ、長い睫毛が儚げだ。いつでも彼は王子様だ。
遠眼鏡をジウに戻し船長室に踵を返した。
「前まではヤマトに送り迎えしてもらってたよね」
「日本政府の意向でペイナウ大陸に転移ゲートが設置されたからな」
遠眼鏡をおもちゃみたいにいじるジウにロミューが腕を組み答える。
「じゃあ私は海上自衛隊と打ち合わせしてくるから」
「頼んだ」
甲板長ロミューに航海士ラプラスが告げ、先回りして舟で港に向かう。
それを目線で追いながら、千葉県の陸地を視界いっぱいに収める川戸怜苑。
「宇宙戦艦でヤマトか、とや松さんどんだけヤマト好きなんだろう?」
「──ハックション!」
とや松のくしゃみが港に響き渡った。
泡沫を纏いガーネット号が一宮の漁港に係留されていく。
海賊の王子様と人魚姫が日本で紡ぐ恋の物語、その名は……
《 愛した人を殺しますか?──はい/いいえ 二次創作企画 愛殺新訳外伝 『海賊の王子様と人魚姫の泡沫』 》
「夏だ! 海だ! 海水浴だ!」
ヴァニラと東城遥が浮き輪を抱えて砂浜を走る。もう着替え終わっている。
「あ、ヴァニちゃん、海でお酒はだめだってさっきおじいちゃんが言ってたよ?」
遥のおじいちゃんにして洋介の親父は東城幸一。千葉県の漁村出身だ。
「ひどいのお~~~!」
ヴァニたんほっぺに涙を浮かべてやけ酒。はい飲んで飲んで飲んで飲んで!
『え~今回一行がお世話になるのは海の家やまと! 洋介君のひいおじいちゃんの代からお世話になっている海の家です! バラエティー豊かな屋台メシとプライバシーが確保されたシャワールームで1日500円!』
とや松がフォロワーに撮影機材を持たせてスタッフごっこをする。
男子は楽でいい。下に海パンを履いているからさっと脱げばいいだけ。
女子は……詳しく描写するとノクターンに投稿することになるのでやめておく。シャンプーとか持ち込むらしいから大変であるのは間違いなかろう。
洋介の親父とお袋はアロハシャツ。
洋介は黒の海パン。筋肉分厚くて固定資産税かかりそうだな!
美咲は青いビキニにクリーム色のパーカー。ちなみにÇカップ。妊娠線は美容整形で消した。いい波乗ってんねえ!
遥ちゃんはスクール水着。健全でよろしい。
で、肝心の愛殺サイドだが……ちょっと要領を得ない感じ。特にメアリなんだけれども、
「えっ? 水着着なきゃいけないの?」
「えっそこから!?」
みたいなやりとりがあったり?
白い砂浜とエメラルドグリーンの海。ビーチサンダルを履いていなければ火傷しそうな熱い砂浜だ。海水は少し冷たい。
爽やかな暑い風に包まれ、潮の匂いで鼻が満たされる。
理性が吹き飛んで、感性でこの海を楽しもうと彼らは思う。
「洋介~日焼け止め塗ってえ~」
美咲が甘えた声で羽織っていたクリーム色のパーカーを脱ぎ、さらに背中に手を回し紐をほどく。
「わかった」
バストを手で隠しながら寝そべり、今度は楽な姿勢をとる美咲。
洋介は慣れた手つきで塗っていく。
洋介と美咲は告白してから20年、結婚してから10年、いや、生まれた時から一緒だ。
女性読者の皆様は実は洋介より美咲が好きらしい。
とや松が構わず撮影していると、洋介がカメラを奪い、とや松の首から下を砂に生き埋めにする。
「お前俺の嫁なに勝手に撮ってんだ?」
自衛官なので土木作業が素早い!
「スイカ割りしようか?」
「ひいいいいい!!」
着替え終わったシャーク海賊団が群がってきて、なんだなんだとわちゃわちゃする。
ラムズがまっさらなシャツに紺色の七分丈のボトムでインスタ映えしそうでおしゃれ。メアリがパレオでロミューやジウ、エディのルテミスたちが赤の海パン。
「スイカ割りですよ~地球ではこうして人間を隣に生き埋めにんです」
「いやちげーよ!! マナー講師じゃあるまいし謎の新ルールを作るな!」
洋介が無言でとや松の眼鏡を叩き割る。微細なガラス片が頬に刺さる。
「何か言ったか? ああん?」
「勘弁してください! 僕怖いです!」
ジウ君にバットが渡り、舌なめづりをしながら見積もる。
今、直撃した!?
ぶしゃっ! ととや松の頬に鮮血みたいなスイカの果汁が飛び散る!
「ひいいいい!」
……皆でスイカを頬張っていると、サングラスで黒髪短髪のマッシブなイケオジがサーフボードを乗りこなし波間を駆ける。
「あれは誰だ?」
ラムズの問いには洋介が答えた。
「荒垣健──人類を救った英雄です」
◆◆◆
サングラスを外しながらその男は言った。
「英雄ではない、ただのエースパイロットさ」
そう語る背中は逆三角形で筋骨隆々で男の色気があった。
荒垣に連れられてラムズとメアリがやってきたのは飛行場だった。
燃えるような夕焼けを背景に航空自衛隊戦闘機F15J“イーグル”が離陸準備を整える。
機体に群がっていた整備員が電源ケーブルやホースを抜き、離陸準備が完了した旨、パイロットの荒垣に告げる。
荒垣がコックピットに収まり、コントロールパネルに電源を入れる。
ラムズが騎士ムーブで手を胸に当てメアリに一礼。
そのままメアリをお姫様抱っこして梯子から後部座席に収まる。
コックピットの窓が閉じ、荒垣が整備員に親指を立てる。
荒垣は景気づけに音楽をかける。
しびれるようなベースに軽やかなシンセサイザーが絡み合い、ドラムが力強く打ち鳴らされる。洋楽のようだ。
滑走し──離陸!
車輪が機体内に格納され、目指すは成層圏。
ほぼ垂直に近い角度で戦闘機は高度をぐんぐんと上げエンジンバーニアから炎を噴く。
操縦桿を引き込みながら荒垣は熱唱する。
『Highway to the danger zone
I'll take you
right in to the danger zone』
(危険な領域へのハイウェイ
君を連れていくよ
スリル満点の舞台へ)
雲といっても近づいてみると濃霧みたいなものだ。
それらが窓ガラスのすぐ表面を吹き抜けていき、若干の雨粒が垂れる。
雨の日の特急列車をイメージするとわかりやすいだろう。
『Highway to the danger zone……?』
ラムズも爽やかなイケボで一緒に歌う。
分厚い雲を飛び越えて夜空へ駆け上ると──満点の星空と天の川が広がった!
濃紺の星空に赤、青、黄、緑、紫の星が輝き、天の川の濁った星間物質までがはっきりと見える。
視線を下にやれば、藍色の海とエメラルドグリーンの陸地の地球が丸い稜線で青いベールに包まれている。
危険な領域ではなく桃源郷であった。
魔法の絨毯ではなく戦闘機ではあるけれども……ちょっとムードぶちこわし?
でもメアリは喜んでいる。
「綺麗……!」
後部座席で海賊の王子様と密着して満点の星空を見上げる人魚姫はあまりにもエモい体験と情報量の多さに語彙力喪失していた。
魔法の絨毯で星空を散歩、じゃねえや、戦闘機のツアーは終わった。
音速のツアーを終え、ラムズとメアリは宿に入っていく。荒垣はフランクに手を振って見送った……ちなみに宿の名は“13人と依授”ではない……




