第12話『トルティガーに泊まろう──day1──』
愛殺新訳外伝シリーズ
松コンテンツ製作委員会presents
華やかな金管楽器の旋律に弦楽器が重みを与え、宮廷音楽を演出する。
式部官が儀式の主役の名を高らかにうたいあげた。
「ラムズ・ジルヴェリア・シャーク殿!」
銀髪碧眼の海賊の王子様は……ニュクス王国の男爵でありラピスラズリの姫君の忠実なる騎士であった。
ニュクス王国の騎士の装束で赤絨毯を闊歩し、うやうやしく跪く。その動作で甲冑から小気味良い音が奏でられる。
「シャーク男爵、今回の武勲、誠に素晴らしいものでした」
プライベートでは月光の下で夜想曲を奏でながらあ~んなことやこ~んなこともしてるくせに、ラムズは姫君に一騎士として忠実なる臣下を演じてみせる。
「畏れ入ります。これもラピスフィーネ殿下の御稜威の賜物にございます」
ラピスフィーネがサーベルの刀身をラムズの肩に軽く添える儀式ののち、式典は終わった。
《 愛殺新訳外伝 第五章第11話 トルティガーに泊まろう──day1── 》
護衛艦やまとの応接間にはシャーク海賊団、日本側からは荒垣総理、東城一家が座る。
儀式を終えたラムズが戻ってきた。
「Prime minister Aragaki、この度は閣下のご尽力を賜り……」
ラムズが敬語モードになる。
「ああラムズ船長、タメ口でいいですよ。俺来週で総理大臣引退するし」
「助かる」
ラムズは荒垣総理に上座を譲りつつも緊張を解き、足を組む。
「次の総理は斯波高義衆議院議員ですな」
幸一が煙草をしまいながら荒垣に確認する。
「美咲さんには斯波総理の下で外務大臣をやってもらうことになる」
「おお……」
昇格する者もいれば、降格する者もいる。
「で、東城洋介海将補の処分だが」
きた、と洋介は身構える。
「政府の追認を得たとはいえ、シャーク海賊団の反乱に同調し死傷者を出したことはさすがに看過できない。東城海将補は一等海佐への降格とする」
一階級の降格。自衛隊の規律としては極めて寛大な処分と言えるだろう。
「ただし、やまと艦長の任務を与える」
戦艦の艦長と海賊船の船長でラムズとおそろいだ。なかなか悪くない人事だ。
「洋介君の後任の新しい司令だが──西村竜太空将補だ」
美咲が顔を跳ねあげた。
「え! お兄ちゃん!??」
東城美咲の旧姓は西村である。
「それと、宿題を与える」
何だろうか?
「トルティガーを体験し、見聞録を提出したまえ」
それで処分をチャラにしようという上の判断だ。
「やまとが入れる港は……」
「──待て、お前らまさかヤマトで直接トルティガーに寄港するつもりか?」
ずっと黙っていたラムズが口を開き、皆が顔を向ける。
「駄目なのか?」
「駄目だね。目立ちすぎる。263メトルもある戦艦、どう隠すんだよ」
ラムズは細い手をぴらぴらと振ってあきれている。
「まぢでそれな」
美咲が洋介の頬をむにむにする。
「そもそもお前ら大臣と艦長だろ。海賊を取り締まる側の国の人間だ」
「あっ、忘れてた」
ラムズはけだるそうに息を吐く。
「ガーネット号で連れていく。準備しろ」
◆◆◆
ニュクス王国の軍港に、レールガン搭載型護衛艦やまと、イージス護衛艦まや、イージス護衛艦ちょうかい、汎用護衛艦たかなみ、多機能護衛艦くあまがその巨体を寄せている。
ラムズを通じてラピスフィーネに要請しヤマトはニュクス王国が預かることになった。
姫君の寝室の宝石が少し減ったことを付け加えておく。
そしてその艦列に空母型護衛艦いずもが加わる。
いずもに乗り込むのは第一護衛隊群司令の西村竜太空将補だ。
覇気のあるヘアスタイルに太く凛々しい眉。パイロットの飛行服に身を包む美咲の兄は現役の戦闘機パイロットであり空母艦隊の司令だ。
「わーい、お兄ちゃん!」
美咲が兄貴に抱きつく。
「おう、元気そうだな美咲」
「えへへ……お兄ちゃんもトルティガーに来るの?」
「いや、俺はこの港で留守番だよ」
「えー……まじか」
再会を喜ぶ兄妹の傍ら、その姪が父親をせかす。
「お父さんまだ~?」
「ヤマトのシステムを閉じるからちょい待ちー」
ヤマト。これは松作品の世界観において特別な意味を持つ。決して昭和の宇宙戦艦アニメにかぶれているわけでないことを読者諸氏に断っておくが、ヤマトとはOSの愛称で頭字語となっている。
Yamato´s
Assult
Muddle for
Aegis ship
Tactical
Operating system
(ヤマトのイージス艦艇戦術作戦行動のための急襲モジュール)
制御卓の表示画面を見たラムズが洋介に容赦ない一言。
「なんだこれ、でたらめな文字列だな。響きが良い単語を適当に並べたんだろ?」
「なんか耳が痛いな……よし、シャットダウン完了」
「俺たちの訳者なら詳しいから教えてもらえ」
……キャリーケースを持った荒垣、幸一と藤子も加わり東城一家がふたつの船に架けられた橋を渡る。
「そういや拓海君は?」
「俺が司令から艦長に降格されたので玉突き人事で太田はいずもの艦長に転任となったんだ」
きょろきょろとする美咲に洋介は答えた。
いずももくあまもニュクス王国の軍港にいるわけだから太田拓海と東城麗雪は仲良く留守番だ。
やや年季の入った木の甲板を日本一行の革靴が踏み鳴らす。
今、日本国政府高官と海上自衛官がガーネット号の甲板に降り立った。
海賊の王子様はブーツヒールの踵を揃え、左手を後ろに回し、右手を胸に当てて恭しく一礼。これぞ愛殺世界の乙女たちを射止めた王子様ムーブだ。
「ようこそガーネット号へ。ここからはお前たちがゲストだ」
ラムズは両手を華麗に広げ、宣言した。
美咲は乙女ゲームのワンシーンを思い出す。
細い三日月が妖しくかがやき、ラムズの輪郭を美しく照らしあげた。
◆◆◆
「おえーっ!」
「荒垣閣下さっそく船酔いしてんじゃないすか!」
荒垣前総理がエチケット袋にゲロゲロゲー!
「俺は戦闘機乗りだぞ。船は久しぶりなんだ」
そんな茶番劇を繰り広げつつも、入港までにはまだ時間がある。
互いに保存食を交換して甲板で車座で食べる。
塩漬けの肉に果物にラム酒がつく。ファンタジー映画のワンシーンのようで気分は冒険者だ。
「肉とラム酒あうな」
「ところでラム酒ってライムと関係あるの?」
「いい質問ですねえ!」
「どこの池上さんだよ」
「イギリス海軍で栄養のために酒にライムを入れていたらしい」
レオンのおかげで新鮮な食材もある。
酒を積んでいるのは聞けば水を腐らせない工夫だと言う。
何の肉かは聞かないことにしたが、アプルやオランゼなど地球世界のものと似たものもあった。
「防衛大学で聞いたことがあるが収斂進化だな。異世界でも物事が同じ進化をするということだ」
そう言った洋介がナップザックから自衛隊の戦闘糧食を出す。
ジウが身を乗り出して興味津々で可愛い。
「なになに……ハクマイ……セキハン……ヤキトリ……タクアン……カレー?」
カーキ色の缶詰にレトルトパウチだ。
「おっといけね、缶切りある?」
「カトラスしかないけど」
ラムズが応じた。
「カッチカッチやぞ!」
なんとか数ミリの穴は空いたが、まだ食えない。
「俺に貸してみてくれ」
ロミューが髭面に笑みを浮かべ、缶詰を受けとる。
「よいしょ!」
空いた! ルテミスぱねえ。
「おお~」
洋介がやるのを見てメアリが見よう見まねでやってみる。
「この茶色いスープをハクマイにかければいいの?」
「ヤキトリってのは特に旨いな。酒がほしくなる」
ロミューは日本食に舌鼓を打つ。
「カレーおいしい!」
メアリがもぐもぐしてめっちゃ可愛い。
で、翌朝までガーネット号で雑魚寝となる。問題なのは美咲が妙齢の女性ということだが……
「ん? 気にしないよ、洋介いるから平気」
と言って美咲が洋介の腕枕に甘える。洋介もさりげに筋肉質な腕で嫁をホールドして俺のだとアピール。学生時代も仲間内でのお泊まりではよくこうしていたものだ。
美咲側の隣にメアリら女性陣、洋介側にジウ、ロミューら男性陣が寝そべる。
「んじゃ、おやすみー」
「あっ!」
「どうした美咲」
「お風呂ってどうするの?」
「浄化魔法かけてやるから」
「かしこま!」
「愛殺世界は俺たちはまだ知らないことだらけだな」
◆◆◆
ラピスフィーネの瞳みたいに綺麗な濃紺の星空が愛殺世界を訪問した日本一行を祝福する。
三日月を雲が撫でていき、月明かりで雲が淡い虹色に染まる。
美咲が洋介を抱き枕にして爆睡。いびきでけえ。
皆の寝息とさざめく波の音が奏でられる。
「ラムズ様」
「ハルカ……様?」
ラムズはすらりと長いブーツヒールの、片膝を甲板につき、遥と視線を合わせる。
数え切れない命を拷問して奪ってきたくせに自分には優しくしてきて、ぞくぞくして、くらりとする。
「なんで敬語なの?」
「それは貴女のお母様がいずれ二ホンの内閣総理大臣になるからですよ」
遥の母、東城美咲衆議院議員は異世界担当大臣、与党政調会長、外務大臣と相応のキャリアを踏み、早くも斯波新総理大臣の次代の総理総裁と目されている。
娘の遥も無関係ではいられなくて、教師も忖度して小学校でも係や委員長に推薦されたりしている。
でも、そんなこと、関係なくて。
世界一格好良いラムズ様といつまでも無邪気に遊んでいたくて。
ひとりの女の子として扱ってほしくて。
柔らかい夜風が遥の栗色の前髪をくすぐって、ちょっとふくれたほっぺたがちらりと見える。
ぽつり、ぽつりと星のかけらが降りてきて、かざした手のひらに舞い降りると、儚く消えてしまう。
「でも! ラムズ様も貴族様なんでしょ? 普通の話し方にして」
「お嬢様は聡明ですね──これでいいか?」
ラムズはけだるそうに船尾楼甲板の階段に細い腰をかける。
遥はラムズの隣にちょこんと座る。
「小さなお嬢様は何をお望み?」
「ラムズ様。私を、ううん、私たちをみんなの思い出の中に混ぜてほしいの」
なんとけなげでいじらしいお願いだろうか。
「お望みとあらば」
宝石狂いの船長の右目、白銀の睫毛から世界で一番綺麗な雫がつう──‥‥‥っとこぼれていく。白皙の丸い頬を伝い、華奢な首筋へ流れていく。
「泣いてるの?」
「こうしてほしかったんだろ?」
「……いじわる」
どこまでがお芝居でどこからが本当か、ラムズのことをまだ全然知らない遥にはわからなかった。
無限の星空を背景に、海賊の王子様と幼女のシルエットが重なった。