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愛殺新訳外伝  作者: 松コンテンツ製作委員会
第四章「川戸怜苑が選ぶ未来」
10/29

第10話『川戸怜苑が選ぶ未来:前章──TAKE OF──』

 二次筆者個人の政治思想を含みます、これらは「愛した人を殺しますか──はい/いいえ」原作とは一切関係ありません。


 レオン改め川戸怜苑(かわどれおん)は日本の最高機関を前に緊張していた。

「国会か、やばい、緊張してきた」

 学生の正装である学ランの襟をゆるめたり締めたりし、怜苑は上等な椅子に腰を沈める。

 衆議院予算委員会の席の並びはコの字型になっており、内閣を構成する国務大臣に与野党の議員が対峙し、それを左右に見据えシャーク海賊団が落ち着かない様子で座る。


 ラムズは今日は別の衣装で、胸元が空いた青いシャツに漆黒のスーツ。細い首筋に鎖骨が見えている。首もとにちょっと宝石をあしらったり。普段は三角帽で隠れている銀髪の頭があらわになってこれはこれでカッコいい。

 シャーク海賊団の他の面々も今日は国会出席という訳でドレスコードを守っている。

 ロミューは赤いシャツが筋肉ではち切れそうで男の色気がある。ヴァニラはブラウスのボタンを胸元まで空けていて谷間が……うん。まあ、うん。


「ラムズ船長ホストやってたら指名一位だろうな──いて!」

「何言うとるん?」

 美咲が洋介のほっぺたをむにむにとつねる。

 嫁のこの口調実は洋介好きだったり。ついでにつねられても半笑いでいよいよ洋介にM疑惑が出てきた。残念なイケメン。

「わりい」

 美咲(みさき)は衆議院議員、しかも大臣で洋介(ようすけ)は自衛隊の艦隊司令だから実は美咲の方が偉かったりする。

「てっきりお前らふたりが日本のトップかと思ったが」

「ああ、日本で一番偉いのは荒垣総理大臣」

「いやいや洋介、一番偉いのは天皇陛下じゃない?」

「畏れ多い、陛下は偉いとかじゃなくて特別だ」

「へえ、日本にも王様みたいなのがいるのか」

 ラムズも爵位と邸を持つ貴族である。

「あの方々はおよそ2700年前から日本に君臨しておられる」

「お前の国の王室……皇室より俺のほうが長生きだけどな」 

 

 ラムズは5000歳を超えてるからマジぱねえ。この場にいる年寄りの政治家よりもこの色男のほうが何百倍も年上なのだ。


「ラムズ船長、お久しぶりです」 

 青年向け漫画の主人公みたいに覇気のある黒髪に凛々しい眉の男が歩み寄る。

 愛殺世界の度量衡(どりょうこう)で言うと身長は175センチルほどか?

「これはどうも、ええと、あんたは?」

 ラムズは飄々した様子でソファーから細い腰を上げ、その人物に口角を上げる。

「私がこの日本国、内閣総理大臣、荒垣健(あらがきたける)です。この国、国民の代表です」

 航空自衛隊戦闘機パイロット出身で、防衛大臣、官房長官を歴任。美咲の上司にあたる。

 力強い手でラムズの細くひんやりとした手を握り振る。握り返す力は弱い。

「聞いたよ美咲ちゃん。ラムズインワンダーランドでド派手な演出をしたそうだね」

「えへへ」

「歌もいいけどな、政治家も頑張ってくれよ?」


 歌 も い い け ど


「(あ、やべ、総理が地雷踏んだ)」

 洋介が美咲の肩をさする。

 美咲はジト目で荒垣総理大臣をにらみつける。

 洋介と美咲にとって、この状況は初めてではない。高校の進路面談で担任に似たような台詞で新宿の大手クリエイター系専門学校への入学を反対され生徒指導食らうはめになった。

 洋介も幹部自衛官になろうとしたから反対されている。

 読者諸氏に創作クラスタがいれば大なり小なり似たような経験はしているだろう。

「俺は期待しているんだよ。俺は次世代の総理大臣は東城美咲だと思ってる」

「だからと言ってですね、荒垣総理、私は──」

「美咲、やめとけ」


 そうこうしているうちに公共放送のカメラが入り、国会が始まってしまう。

 美咲の不満はくすぶったままだ。

 

【 国 会 中 継 】

【 衆議院予算委員会 愛殺世界に関する集中審議 ~衆議院第一委員会室より中継~ 】


『これより予算委員会を開きます。本日はニュクス王国男爵ラムズ・ジルヴェリア・シャーク氏とシャーク海賊団に出席を求め、日本国政府と愛殺世界との交流に関する集中審議を開きます。冒頭、東城美咲異世界担当大臣からこれまでの経緯について説明を求めます』

 衆議院予算委員長は西村篤志。美咲の父親だ。  

 なにげに本邦初公開。

『委員長』

『東城大臣』

 美咲は仕事モードに頭を切り替えた……

 






 《 愛した人を殺しますか──はい/いいえ 二次創作 愛殺新訳外伝 川戸怜苑が選ぶ未来 前章 》








 ……護衛艦やまとの甲板にはいい匂いがたちこめていた。


 スライスされた豚肉の表面が泡立ち、細長くカットされた牛肉とともにふくよかな匂いが立ち込める。鶏肉の皮が焦げ、肉汁がしたたり落ちる。

 ピーマンが炙られ爽やかな苦味となり、黄金色のとうもろこしが焦げ、柔らかくなった人参に甘辛いタレが塗られていく。


 2033年の日本でもこういうのはおんにゃのこが食材を切り野郎衆が焼いて主導権を発揮し将来の家庭人としての資質を示すものと相場が決まっている。

 それを早いうちに理解し妻子に恵まれた洋介がトングを持ち、金網が小気味良い金属音を鳴らしながら1枚、2枚、、3枚、1枚足りなくね?と3の倍数で奇声を上げるネタは遥の世代には通じないだろうと考えながら肉を紙皿にてんこ盛りにしていく洋介……洋介よ、一枚足りないのは皿ではなく肉であることをわかっているはずだろう。


 国会で疲れた美咲の愚痴を聞いてやりながらテーブルをセッティングしていく洋介。なにげに洋介のほうが料理うまい。


「「いただきます!」」

 洋介が取ろうとした肉をひょいと横取りし運ぶ白髪の武人。洋介より頭半個分低身長だが、筋骨隆々の坂東武者体型の年配の男。

「うむ、うまい」

「あんたは?」

 ラムズにとってはこの年配の男は初めて見る顔だ。

「ああ、俺の親父」 

 東城洋介の父、東城幸一(とうじょうこういち)である。2033年現在63歳。

「改めてよろしく」

 最初はラムズに一礼、メアリと視線が合ったところで幸一はさらに深々と頭を下げた。

「すまなかった、メアリちゃん。人魚に寿司を食わせて」

「気にしてないわ。人魚だって海の魔物食べるし」

 ロミューの視線がまな板の海鮮に注がれる。

「なんだこりゃクラーケンか」

 ロミューが後退りする。

「ああ、さっき買ってきたホタルイカ」

「ちょっと幸一さん、懲りてないわね!?」

「わりい藤子ちゃん」

 目付きと髪質が洋介によく似た年配の女性が幸一の頬をつねる。

「もしかして」

「ああ、お袋」

 東城藤子(とうじょうふじこ)。2033年現在64歳。

「仲がいいのね」  

 メアリの言葉に洋介、幸一、藤子がかわるがわる顔を見合わせる。

「そうかな?」

 家族5人分の紙皿が仲良く並んでいた。


 ◆◆◆


 東城美咲(とうじょうみさき)異世界担当大臣は川戸怜苑(かわどれおん)を呼び止め、護衛艦やまと会議室に通したものの、いまだ説得できていなかった。 


 異世界担当大臣の美咲としては、愛殺世界に移住の意思を持っている彼に手続きを行ってほしいと持ちかけただけだが。

 若い怜苑には美咲の言葉はようやく慣れた異世界から引き戻すように聞こえた。


「見つけたんだ! 自分の居場所を! テストの点数やルールに縛られない自由で綺麗な世界を!」


 美咲の目が見開かれる。本心だった。

 レオンはそう吐き捨て、話し合いの席を立った。

 レモンティーの水面に泣きそうな美咲の顔が揺らぐ。

「私、馬鹿だった。レオン君は、戸惑いつつも愛殺世界に慣れようとしている。わかってないのにわかったふりして、レオン君を、傷つけた」

「美咲……それは本人にさっき言ってやれ」

 洋介が美咲の蜂蜜色の髪をくしゃっと撫で、背中をさする。


 美咲は異世界担当大臣である前に33歳の女性であった。父親が国会議員で母親が演歌歌手で今こうしてアイドル政治家をやっているが、


 ──歌もいいけど、政治家をちゃんとやってくれよ?


「理不尽を押し付ける大人側に、私なっちゃったんだね」

「ああ、辛いな」


 美咲は今、政府と怜苑の板挟みになっている。


 ◆◆◆


 洋介は通路を挙動不審に歩く怜苑を見咎め、呼び止める。

「怜苑君、どこへ行くんだ?」

 傍らにはラムズがいる。

「ああ、ちょっとトイレ」

「俺もトイレ」

「えっ? ラムズってトイレ行くのか……?」

 これこそ地球の訳者に聞くべきだろう。

 怜苑とラムズはそそくさと甲板に上がっていった……


 ……レオンはシャーク海賊団の面々に呼びかけた。

「俺は美咲大臣が信じられない。もしかしたら帰してもらえないかもしれない。みんな、力を貸してくれ!」

 口火を切ったレオンに、ジウも頷く。

「ボクもヤマトが信じられない。考えてみればせっかくのニホンなのに戦艦の中で寝泊まりさせて、おかしいよ」

「俺たちを日本に釘付けにしておいて、レオンを引き戻す、ってこと?」

 エディが目を細める。

「そうかの? ヨウスケやミサキなりにヴァニたちの身の安全を守ってるようにも思えるの」

 エディもヴァニも半分ずつ正解だ。

「シャーク海賊団には皆に投票権があるが……割れてるな」

 渋い顔をしたロミューはメアリに問いかける。

「ヤマトには思い入れがあるが……メアリはどうする?」

「乗るわ!」

 壁にもたれかかって行儀悪く足を組んでいたラムズが薄い唇から白い吐息を吐き、三角帽を被った。

「決まりだな。やるぞ」


 ◆◆◆


「護衛艦やまとで反乱ですって!?」

 スマートフォン越しに艦隊所属、イージス艦ちょうかい艦長にといただす洋介。

『海賊旗がマストに掲げられている! そちらから見えないのか?』

「確認しま──うわ!?」

『どうした!?』

 すかさずよけるが、洋介の頬がカトラスで切り裂かれる。地味に痛い。


 海賊の王子様が海上自衛隊司令を襲撃している!


 洋介もすかさず拳銃を発砲!

 2発とも確かにラムズに命中した、胴に命中したのだが、ラムズは平然と立っている。

「服に穴が空いただろうが」

「お互い様だ──ぐはっ!」

 洋介のみぞおちに蹴りを入れるラムズ。

「!」

 床に伏した洋介が顔を起こすが、ラムズはカトラスを洋介の鼻先に突きつけ、見下ろしている。

 ラムズはカトラスを喉笛に突きつけながら、洋介の黒髪

をつかみ、起こす。

「っ!……いってえなこの野郎」

 ラムズはそのまま落ちていたスマートフォンを拾い、耳に当てる。

『東城群司令、応答しろ!』

「残念ながら本艦は現在、自衛艦隊とは別の意志に従って行動している」

『群司令、言っている意味がわからないのだが?』

「ガーネット号船長のラムズだ」

『ラムズだと!? 艦長はどうした』

「ヤマトは既に俺が預かった」

『何を言っているラムズ船長、停船命令に従わないのなら、我々はガーネット号もろとも進行を阻止しなければならない』

「銃弾一発撃つのにいちいち大臣の許可を得なければならないお前ら自衛隊に、俺たちを撃つことはできない」

『頼む、シャーク海賊団と戦いたくないん──』 

 ブツン! とラムズは通話を切った。


『機関操縦室。戦闘指揮所(Combat Infomation Center)、ルテミスに制圧された!』

『リーチェちゃんがマストに登って日の丸を引きづり下ろしてるぞ!』

『艦橋でジウ君が暴れている! 止められない!』

『俺たちはいい、ハッチを締めろ!』

『メアリちゃんが甲板を制圧してる!』

『第二甲板、第三甲板を閉鎖しろ!』

『駄目だ! ロミューさんに格闘で勝てる自衛官を連れてこい──ぎゃあああああ!!』


「……んな奴いるわけねえだろ」

 自衛官の阿鼻叫喚に洋介は毒づく。

 もう護衛艦やまとはシッチャカメッチャカだ。

 戦艦に乗って大砲やミサイルや魚雷でしか戦って来なかった自衛官は海賊に負けている。

「さすがシャーク海賊団。数分で戦艦を強奪するとは」

 洋介が膝をはたき、立ち上がる。 

 カトラスの切先が洋介の顔をつけ狙う。

「海上自衛隊護衛艦の強奪。自衛官の殺傷。許されざる犯罪だ」

 ラムズは目を細め凍えるまなざしを向ける。が、


「なぜやる前に相談しない?」

「……は?」


 ラムズは洋介の顔を凝視するが、顔が軍帽のつばの影になり、目元はよく見えない。


「反乱も、人殺しも、こっちは経験者だぞ?」


 東城洋介の目は猛禽類より鋭かった。


 ◆◆◆

   

「リーチェ!」

「ニャ?」

「ヨウスケたちが協力してくれるってさ!」

「ニャッニャ」


 リーチェの手で護衛艦やまとのマストに海賊旗(ジョリーロジャー)が掲揚される。


 海賊旗が誇らしげにはためくが、灰色で大砲やミサイルを積んでいてなんとも図体のでかい海賊船だ。

「やっちゃったね洋介。ヤマトが海賊船だよ」

「ノーチラス号に名前変えるか」

「それ海底二万マイルの潜水艦じゃね?」 

「え、ナ●ィアじゃないの?」

「ネタが古いわ! その公共放送のアニメのさらに元ネタだよ、ネズミ遊園地にあるでしょ!」

「それにしてもノーチラス号は愛殺世界と相性いいと思うけどな」

「まあ確かに?」


「──本当にいいんですか? 洋介さん、美咲さん」


「!」

 美咲は後ろから声をかけてきた怜苑を見やる。

「怜苑君、君はまだ何も見てないし、聞いてないし、わかってないんじゃないかな? 洋介と私がどういう人間か」

「……もう一度大臣を信じてみます。ですけど、美咲さんと洋介さんがどういう人間か見極めるために乗らせてもらいます」

「ああ、今はそれでいい」


 東城洋介が立ったまま双眼鏡を持ち、司令席にはラムズが足を組んで座っている。


 海賊の王子様は乗っている戦艦よりも身につけた宝石にお熱だ。

 艦橋前方ではジウが羅針盤を預かる。

「ジウ、操艦をレオンに回せ」

 ラムズは視線だけジウを向く。

「あいあいさー!」

 ごくりと唾を飲み込み、怜苑が艦橋中央の制御卓につき舵を握る。


 メンタルが不安定だからこそ大役を与え気分転換してもらおうとする洋介なりの配慮だった。


 64000トンのヤマトの制御を預かるこの舵は、ずっしりと重い。

「川戸怜苑、いただきました!」

 それを見届け、洋介が軍帽のつばをつまみ、高らかに命じる。


「出航用意!」


 航海科隊員が赤い紐のついたラッパを口に含み、勇ましい音を奏でる。

 洋介は黒い受話器を手に取り、全員に告げる──


『ヤマトはただの戦艦ではない! 戦友が倒れていれば支え、泣いている女の子がいれば守り抜け! ヤマトはどこまでいっても人間臭い戦艦なんだ。だからこそ愛殺世界でも戦え、俺たちが俺たちであるために! 人間らしく生きることを諦めるな!』


 ロミューが丸太ぐらい太い腕でエンジンの操縦桿を思い切り押し込む!


『これよりヤマトは地球を脱出! 愛殺世界に飛び立つ! ──抜錨(ばつびょう)、ヤマト発進!』


 ◆◆◆


「追撃隊、発進しました!」


 鋭利なデザインのステルス戦闘機が海面すれすれを音速で猛追してくる。

 不快なアラームが神経を逆撫でする。

「F35、ミサイル発射! ミサイル2基がまっすぐ突っ込んできます!」

「ミサイルを撃墜しろ、戦闘機も撃墜だ!」

 ラムズは躊躇なく命じた。

「しかしラムズ船長、確実にパイロットが死ぬ」

 彼の横で洋介は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「撃たなければ撃たれる。やれ!」

 ラムズは隊員から制御卓を奪い、スイッチを押した。

 ミサイルを発射する鈍い轟音が船底から腹に響く。

 爆煙が東京湾にたちこめた……



 洋介はいきりたっている。

「ラムズ船長、あんた人を殺すことに何のためらいもないのか!?」

 開口一番、居住区ラウンジで休んでいるラムズに詰め寄るなり洋介はぶつけた。

 洋介は威儀を正し、わざと敬語を用いる。

「F35戦闘機はミサイルを撃ち尽くしていました。さらなる攻撃を仕掛けてきたでしょうか?」

「殺さなきゃ殺される。俺たちの世界の常識だ」

「さすが冷静だな、血の冷たい奴は」

 吐き捨てた洋介にラムズは凍るような視線を向ける。

「翻訳魔法の調子がおかしいらしい」

 ラムズもなかなかスルースキルがある。

「現代日本ってのはつくづく窮屈な世界だな。言葉遣いや細かい作法に気をとられてどんどん複雑な世界になって本質を見失う。だから現実と理想がかけ離れて手続きが煩雑になったり作家がくだらねえ言葉狩りにあったり春になるたびにに若者がブリキの兵隊みたいに同じ黒づくめの格好で何万人も会社に頭を下げて練り歩く。そんな窮屈な世界……俺はまっぴらごめんだね」

 ラムズの台詞は現代日本の社会システムに向けられていた。

「なかなか興味深い意見だな。ほぼ同感だが、だからこそ現代日本には愛殺世界にあこがれる者がいるわけだが」

「とにかく俺はヤマトから降りる」

「そうか。止めないぞ」

 ラムズはおもいきりよく腰を上げた。


「まっぴらだね、こんな腰抜けの戦艦」


 その捨て台詞に、洋介の顔が真っ赤になり、口元がひきつり、瞳が焦点を見失った。

「──り消せ」

 洋介が声を低めてラムズの胸ぐらを掴む。

「は? 服が手垢で汚れんだけど」

 洋介は刃より鋭い目をかっぴらき、手の甲には血管が浮き出ている。


「取り消せ、つってんだろ!!」


   ◆◆◆


 壁にもたれかかっていたラムズがその場から離れようとするたびに通路側の洋介が半歩動き、革靴でリノリウム張りの甲板を踏み鳴らす。

 動けない。

 めんどくせえ、と軽くあしらおうとしていたラムズが状況に舌打ちし、そろそろ彼も本気で怒ってくる。

「お前、怒るとめんどくさいタイプなんだな」

「ご明察畏れ入る」

「寿命縮むぞ」

「ニュクス王国の貴族様が庶民ごときを心配してくださるとはな!」

 洋介も精一杯ラムズを挑発する。

「肩書き抜きだ」


 そうしているうちにやまと乗組員とシャーク海賊団が群がってきて人だかりができる。

 彼らの目に飛び込んできのは、互いのリーダーが対峙して睨み合っている絵面。


「ちょっと本気なの!?」とメアリ。

「いいんじゃないやらせとけば、お互いスッキリしたほうがいいって」

 ジウが頭の後ろで腕を組み呑気に眺めている。

「そうだよ、やったれ司令」

「冗談じゃない、怪我じゃすまないぞ」

 囃し立てる若い自衛官にロミューは首を振る。


 遥がラムズと洋介の間に割って入り、幼いまなざしで洋介をにらみつける。


「私、ラムズ様をいじめるお父さんは嫌い」


 洋介の口元がひきつり、力なく拳を下ろす。

「そろそろ、パパのパンツと一緒に洗濯しないで! と言い出す時期だな」

 ロミューが年長者らしいことを言う。

「ああそれ私に言ってたよ。洋介には言わずにおいたけど」

 美咲がロミューに教えてやり、洋介が目を丸くする。

「おいそれほんとか!」

 洋介はとうとう吹き出した。笑う余裕はあるらしい。

「あはは……あ、遥?」

 笑っていた美咲だったがしゃがみこむ愛娘のおでこに手をやる。

 熱い。

 遥が知恵熱でも出したのだろうか?

「ラムズ船長、娘の看病を頼む」

「なんで俺が」

「うつす心配がないからですよ」

「全く人づかい(人?)が荒い」

 お姫様だっこで遥を持ち上げたラムズは颯爽と去っていった。


「さて、仕事にかかろう。日米安保でアメリカ軍が愛殺世界に来るはずだ」


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