嘘吐きは猪狩りの始まり
「ミィル! 猪さんの足止めをお願いしますよ!」
「分かってるって! えいえいえーい!」
心配してミィルとリィルを探しに来た銀太郎だったが、双子の弓使いはすでに巨大猪の魔物パイアと交戦していた。
「ミィル! リィル! 何をしているんだ! 早くそいつから離れろ!」
「あっ、ししょー! 見ていて! 私たちでこの魔物を倒しちゃうよ!」
「これが私たちの修行の成果です」
リィルは弓に矢をつがえ、弦を引いて猪に狙いを定める。
「ユニークスキル発動。【不動の渾身】。このスキルは発動後に一歩も動かないことで経過した時間の分だけ攻撃の威力と命中精度が上がり続けるスキルです」
猪はリィルに向かって突進しようとする。
だが、ミィルが猪の進行方向に立ち、衝突する直前に矢を放つ。
「ユニークスキル発動! 【刹那の逆境】」! こっちは相手との距離が近いほど投擲系スキルの効果が上がるスキルだよ! そして、さっき放ったのは弓使いの攻撃スキル【朦朧の一矢】! 麻痺状態を付与するこの攻撃はユニークスキルの効果で麻痺の発動率が二倍になっているよ!」
身体が痺れた猪は一歩も脚を動かせずに倒れ込む。
「トドメです! 【螺旋徹甲弾】!」
リィルの弓から大気を捻じ切る一本の矢が放たれた。
矢が猪の腹を貫通する。
猪は腹に風穴を開けられて息絶えた。
「いえーい! 私たちの大勝利!」
「突然現れた時は驚きましたが、大したことのない相手でしたね」
「……心配して損した」
「あっ、ししょー見つけた!」
「やっと戻って来ましたか」
ミィルとリィルが銀太郎の姿を見ると嬉しそうな様子で駆け寄ってくる。
「ふむ。どうやらあの魔物は双子ちゃんたちに比べてそこまで強くなかったみたいね」
「そこまで強くはないと言っても、この周辺の魔物に比べたらかなり強いという話だっただろ。そんな相手をこうも容易く倒してしまうとか僕の弟子は化け物かよ」
彼がミィルとリィルに出会ったのは半年ほど前のこと。
彼女たちはエルフィンの孤児院で暮らしているが、冒険者を目指して銀太郎に弟子入りを申し込んで来た。
一応、剣士ということになっている銀太郎は弓使いである二人の弟子入りを断ったが、彼女たちは頑なに引こうとはしなかった。
銀太郎はその時に根負けして彼女たちを弟子にしたことを今でも後悔している。
何故なら、ミィルとリィルに秘められた能力は銀太郎の手には負えない程の強さだったからである。
自分よりも勇者と呼ばれるに相応しい彼女たちの実力を銀太郎は重荷に感じていた。
「(今はまだ年齢が足りないから冒険者として正式な登録は出来ないけど、この二人の実力は並の冒険者よりも遥かに上だ。そんな相手に僕が何かを教えるなんて恐れ多いし、僕が大したことのない男だと知られて蔑まれるのも怖い)」
「ししょー! さっきの戦いどうだった?」
「ミィルとの連携が前提となるのですが、なかなか良いコンビネーションだったと思いませんか?」
「ん? ……ああ。確かに良かった。二人のユニークスキルは発動条件があるけど、お互いの欠点をカバーし合っている攻撃方法だな」
銀太郎が褒めると二人は笑顔を浮かべて喜びを表現する。
二人の笑顔を見ていると銀太郎は罪悪感で心臓を握り潰されそうな気持ちになるのだった。
「どうするの、銀太郎。こんな可愛い弟子たちを騙したまま君は逃げ出しちゃうつもり?」
「……わかってるよ。ミィルとリィルには近い内に本当のことを話す。それでこの子たちに蔑まれても文句は言えないよ」
「ししょーと女神様、何を話してるんだろう?」
「聞き取れないですけど、きっと勇者と女神の会話なのですから崇高なものに違いありません」
「(弟子たちの眼差しが痛い……)」
直後、森に再び爆発音が響く。
「こ、これは!? パイアならもう倒したはずだろう!?」
「銀太郎! 強い生体反応を感じるわ! だんだんとこちらに近づいてきている!」
銀太郎たちがソラリスの言葉を聞いて顔を上げると、彼らの目の前に巨大な蟹が木々を薙ぎ倒して現れた。