2.魔力①
今日で7歳になった、リリカです。
お昼ご飯の後、お誕生日だから、って言ってお母さんにお願いしたら、今日の晩ご飯はカボチャのシチューになりました。やったー!
後、くーちゃんが家にご飯を食べに来ます。っしゃおら、って感じです。さっき言ったらお母さんに怒られたので、今は言いませんが。
後、くーちゃんが家に泊まりに来ます。よっしゃあおらあ、って感じです。さっき叫んだらお母さんに怒られたので、今は言いませんが。
ここまでは、くーちゃんと出会ってからの、私の誕生日とくーちゃんの誕生日の、こうれいぎょうじです。お母さんに言ってもらいます。「恒例行事。」ありがとお母さん。
それで、今日はもう一つお母さんにお願いがあるのです。
それは、料理のお手伝いをさせてもらうこと。
今までは危ないからって言われてできなかったけど、今日こそは!
やるぞ、絶対にやってやるぞ!
そして、くーちゃんに私が作ったシチューを食べて貰うんだ!
「ね、ねえお母さん…」
私は恐る恐る話しかける。
「あの、えっと、あの…」
あ、どうしよう。いつもみたいに断られたらって思ったら、急に口が思うように動かなくなって…
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
早く言わないと…でも…
「どうしたの?怒らないから、落ち着いて言ってごらん?」
お母さんは優しく話しかけて来る。
どうして、どうして言い出せないの?いつもなら言い出せるのに…
「あの…」
俯いていたら、ふと、お母さんが屈んで私の頭を撫でてくれる。
「どうしたの?」
あ、そうか。もし断られたら、くーちゃんに料理を食べて貰えなくなるから、怖いんだ。
だったら、尚更ちゃんと言わないと。
私は勇気を振り絞る。
もしかしたら誰もこんなに勇気を振り絞らないんじゃないか、ってくらい。
「お、お母さん、あ、あの、あのね、くーちゃんに、私の、あ、私が作った、シチューを、食べてもらいたいから、料理、手伝わせて、ください!」
言えた。
「えっ?」
「っ!」
あ、駄目って言われる。
何回も危ないから駄目って言ったでしょ、って、我儘ね、って、そう言われる。
「そんなこ…」
「うわああああああああん」
泣いた。
「ちょ、ちょっと…」
お母さんは、戸惑ってる。
「うえええん…」
「もう…」
お母さんが頭を撫でてくれる。
「ひっく…ひっく…」
次第に泣き止んでくる。
「どうしてそんなに手伝いたくなったの?」
お母さんが聞いてくる。
「だって…くーちゃんに…食べてもらいたい、から…」
「ふぅむ」
も、もしかして…作らせてくれるの…?
「リリカは本当にクリスちゃんの事が好きなのね。よし、今日だけ手伝って貰うことにしましょう!」
……え?
「え、本当に…いいの?」
「今日だけ特別よ?」
「本当に、本当にいいの?」
「本当だったら本当よ。ふふふ、嬉しそうねえ」
「っっっっしゃおらああああああああ!!!」
「こら、はしたないからやめなさい!」
ふふふ…くーちゃんに…くーちゃんに手料理を食べて貰えるぞ!やった!やったああ!!
くふふ…くふふふふ…
「くふふふふふふふふふ…」
思わず笑いがこぼれる。
お母さんが不思議そうな目で見てくる。
「それじゃあ、お母さんは鶏買って来るから、玉ねぎの皮剥いててね」
「はーい!…くふふ」
実は私、玉ねぎの皮むきプロフェッショナルなのです。
最初にお母さんのお手伝いしようとした時、これだけは教えて貰ってて、それからずっと玉ねぎの時は剥いているのです。えっへん。
そして、お母さんが買い物に行く時は、いつも競走です。
私が玉ねぎ全部剥くのが早いか、お母さんが帰ってくるのが早いか。
まあ、大体お母さんはおしゃべりをするので、いつも私の方が早いですが。
なので、最近はのんびり剥くことにしてます。
今日もそうします。
まずはさっき泣いた鼻水をかんで、手を洗って、それから剥き始めます。
途中で乾いた部分と瑞々しい部分が混じってたら、ちゃんと乾いた部分だけをちぎります。
それくらいのんびりしてても間に合う、と思っていたら。
「ただいまー!」
なんとお母さんが早く帰ってきました。
「お帰り!早かったね、今日は私の負けかあ…」
「そりゃリリカがあんだけ作りたがってるのに、油売る訳にはいかないからね」
何と、今日のお母さんは格別に優しいです。
「あと一個剥けてない…」
「ふふ、じゃあお母さんは、剥けてるやつを先に切ってるね」
「あ、私切りたい…」
「それが剥けたらね」
むむ、皮むきプロフェッショナルの力を見るがいいです。
私は、玉ねぎの皮を3枚掴むと、それを一気に剥がします。
こうすることで、すぐに剥けます。
そして、残った皮を剥いてから、お母さんを見上げると…
目が合いました。なんとお母さんは、私が剥いたやつを全部切り終わっていたのです。
「早いなあ、お母さんは切り切りプロフェッショナルだね!でも、切りたかった…」
「ほら、最後の一個、一緒に切りましょ!」
「うん!」
お母さんは台を用意して、私はそこに立ちます。
「食べ物を切る時の支える手は、猫の手」
そう言って、お母さんは手を丸めて見せて来ます。
「でも、ごろごろしてて切りづらいよ?指で押さえた方が切りやすいよ?」
「指が出てたらスパって切れちゃうかもしれないでしょ?だから、指を隠して切れないようにするの」
「確かに、切れちゃうのは嫌だ」
なるほど。
「それで、切る時は、包丁を真下に押すんじゃなくて、奥に押しながら下ろす」
「うん」
私は、お母さんの手に支えられながら、言われた通りに包丁を動かします。
「半分に切れたね、凄い!」
「うん!」
「そしたら、切ったところを下にして、もう一回半分に切る」
「うん」
とん、さくっ。
「わあ、上手にできたね!」
「うんっ!」
「それじゃあ、頭のちょんって出てるやつと、根っこのやつは、美味しくないし硬いから、切っちゃう。一つだけお母さんがやるから、見ててね」
「うん」
そう言うとお母さんは、玉ねぎに手を置いて、根っことへたの部分を斜めに切り落とします。
「分かった?」
「うん!」
「それじゃあ、やってみて」
「うん」
とん、とん。
「できた!」
「うん、上手!残りもその調子でやってみよう!」
「うん!」
とん、とん、とん、とん。
「頑張ったね!じゃあ、次は、食べる大きさに切っていくよ。お母さんが一つだけやるから、見ててね」
「うん」
お母さんは、玉ねぎを丸い方から縦に切っていきます。
「分かった?」
「うん…」
分かったのですが…
「お母さん、目が痛い。涙が出てくる。くーちゃんに食べて貰えるのが嬉しいからかな?」
そうです。涙が出てきて前が見えなくなるのです。
「あ、そうじゃないと思うなあ…玉ねぎとかねぎとかを切ったら、目が痛くなって涙が出てくるの。若い証拠よ」
「え、そうだったんだ」
これは驚くべきことです。もしかしたら私、玉ねぎの隠された秘密を知ってしまったかもしれません。
これはせいき、の大発見です。くーちゃんにも後で教えてあげましょう。ちなみに、せいき、の意味は、多分「物凄い」って意味だと思います。
「ほら、こっち向いて」
うおお、と驚いていると、いつの間にかハンカチを持ったお母さんが声をかけてきます。
「ん」
お母さんの方を向くと、ハンカチで涙を拭いて貰えました。
「さあ、続けるわよ」
お母さんは言います。
「あ、うん」
ちょっと忘れかけてました。
私は前を向いて、とん、とん、とん、と玉ねぎに包丁を入れます。しかし。
「あれ、お母さんみたいに綺麗にできない…」
私が切ったやつはいびつでした。
「ちゃんとできてるよ。最初でこれは上手い方だから、すごい!」
多分ね、とお母さんは呟きます。
「本当に?くーちゃん、気付かない?」
「うん、クリスちゃんは美味しいなって思うだけで、気付かないよ」
「くーちゃん美味しいって思ってくれるの?だったら大丈夫だ!」
一安心です。
こうして。
私は玉ねぎを切って、その後、ニンジンとじゃがいもの切り方を教えてもらって、切って、カボチャは硬くて切れなかったからお母さんに切って貰って、鶏肉は生で危ないから切って貰って。
シチューの具を切り終えた後、お母さんは言います。
「次は、具を温める」
そして、鍋を取り出します。
「これに油と具を全部入れて、ヒートステッキで玉ねぎが飴色になるまで温める。油をしいてからお肉だけお母さんが入れるから、後はリリカに任せるね」
そう言うとお母さんは、油をたらーっと垂らして、鶏肉をぼとぼとっとまな板から袋に落とします。
そして、手を洗ってからこう言います。
「それじゃあ、鍋はお母さんが持っておくから、入れてくれる?」
「うん」
すると、お母さんは屈んで、私のやりやすい位置に鍋を持ってきてくれます。
私は、野菜が入ったボウルを持って、鍋に野菜を落としていきます。
「よっこいしょ」
どばば。
どばばばばば。ぽとっ。
「終わった!」
「よくこぼさずにできたね!それじゃあ、鍋この台の上に置くよ」
「うん」
お母さんは眩しいくらい黒い色をした、小さな穴の空いた台を取り出します。
その後、野菜庫の横のケースからヒートステッキを取り出します。
ヒートステッキは白色で、丸くて、持つところのちょっと先に丸いスイッチがあって、先っちょだけちょっと太くなってます。
そして、体で隠しながらヒートステッキをがちゃがちゃします。
「それじゃあ、ヒートステッキ、お母さんと一緒にやろうか」
「お母さん、今何したの?」
「それはね、リリカが12歳になったら教えてあげる」
「えーー」
「じゃあ、まずは、スイッチを上にして、かちゃって鳴るまで台に差し込む」
「うん」
かちゃ。
「そしたら、中火で炒める。スイッチを入れてからステッキを捻って、台の色が青から緑になったら中火よ」
「分かった」
スイッチを入れてみる。ぽち。
すると…
「わあ、綺麗な色!」
台が、夜になる前の空の色になりました。
「でしょ?お母さんも、初めて見た時は感動したわ」
「うんうん!」
そして、ちょっと捻ってみると。
「うおお、すごーい!」
台の色はオオイヌノフグリの色になってきて、それからだんだん紅葉する前のもみじの葉っぱの色になりました。
「綺麗だね…お母さん、なんでこんな色になるの?」
思わず、不思議に思った事を聞いてしまいました。
「それはね、この台、魔光石っていう石でできてて、この石って、魔力を流すと、流した魔力の大きさによって違う色に光るの。それで、今はヒートステッキから魔力が流れてきたから、光ったの」
「魔力?」
「魔力っていうのは、勇し…」
「私も流してみてもいい!?」
「台が熱いから触っちゃ駄目よ。それで、魔力っていうのは勇者様しか使えないから、リリカは流せないと思うわよ?」
えっ?
「でも、ヒートステッキから流れるやつ、私、使えるよ?」
「もう、そういうのはいいから。でもね…」
ずいっ、と、お母さんが凄みます。
「もし万が一それが本当なら、ぜっっったいに、誰にも言っちゃ駄目。言っちゃったら、居るかも分からない魔王と死ぬまで戦わされるかもしれないんだから、ぜったいよ。お母さんとの約束ね?分かった?」
「う、うん」
え、死ぬのは嫌だ。もう言わない。やめる。
「ぜったいに言わない」
「うん、それでよし。でも、この辺りは王都の人達はほとんど来ないから、もしも使えるなら、森に向けて使うとかにしてね。なんかめちゃめちゃ強いらしいし」
「分かった」
「あ、分かってるとは思うけど、森には入っちゃ駄目よ」
「分かってる」
私たちの村を囲う森に入ったら、生きては帰って来れない。ずっと昔から言われてるそうです。外の町までの一本道はあるのですが、誰が作ったのかは分かっていません。そして、町までは歩いて一日以上掛かるので、私は町に出たことはないです。
「まあ、気を取り直して、シチューよシチュー!」
「あ、うん!」
実は、話してる途中ずっと、お母さんはシチューの具をまぜまぜしていたのでした。
「飴色になるまで結構時間がかかるわよ〜、絵本とか読んでてもいいわよ?」
「どれくらいかかる?」
「すっごいかかる」
「いいや、見てる」
「あら、そう」
これはくーちゃんに食べて貰うものだから、私はずっと見ていたいのです。
「それじゃあ、玉ねぎが飴色になるまで、この前してたクリスちゃんの可愛いところのお話の続き、してくれる?」
「うん!!するする!!!!あのね、くーちゃんが砂を掴む時にね、…
*
…だから、可愛いべろとか太陽みたいな歯とかも見えちゃうから、お山が完成した時のくーちゃんの笑顔を見た時、可愛すぎてぼろぼろ泣いちゃったの!それで、それを見たくーちゃんがね、…」
「お母さんも見たかったなあ。ところリリカ、玉ねぎが飴色になったわよ」
「え、本当?わあ、綺麗な色!これが飴色なんだ…」
「ふふふ、それじゃあ、一旦台が青に戻るまでステッキを戻してくれる?」
「うん」
ぐい。
「そしたら、小麦粉を入れる。大さじ3くらいね」
お母さんは小麦粉の袋と底の丸いスプーンを出してきます。
「このスプーンで3杯、小麦粉を入れてくれる?」
「うん」
いち、にー、さん。
「できた!」
「ありがとう。そしたら、馴染むまでまぜる」
「うん」
お母さんからへらを借ります。
くるくる。くるるる。
このくらいで大丈夫かな?
「どう?」
「うん、ばっちり!それじゃあ後は、牛乳と水をどばどばーって入れて、コンソメ入れて、煮込むだけ!お母さんは水を入れるから、リリカは牛乳とコンソメ持ってきてくれる?」
「うん!」
お母さんは、具の入った鍋を蛇口の下に持って行き、そのまま蛇口を捻ります。
私は、牛乳瓶を台所へと運んだ後にコンソメの入った箱も持って行きます。
そして、鍋が色の変わる台に戻されました。
「それじゃあ、牛乳をストップって言うまで入れてくれる?」
「うん!」
どばばば…
「ストップ!」
「んっ」
「オッケー!後はコンソメだけど、えっと…」
お母さんはスプーンの束から丁度いいのを探します。
「これで山になるくらい入れてくれる?」
差し出されたのは、小さめのやつ。
「んしょ…これくらい?」
掬って見せます。
「うん、ばっちり!」
「それじゃ、入れるね」
とぽん。
「よし、あとは煮込むだけ!お母さんも暫くは触らないから、クリスちゃん呼んで遊んでて大丈夫よ!」
「え!くーちゃんと遊べるの!?」
「うん、クリスちゃんのお母さんと一緒にお家に来て貰って、あとはクリスちゃんとおままごとでもしてるといいかもね」
「やった!くーちゃん呼んでくる!行ってきます!」
私は靴を履いて家を飛び出しました。
お母さんの口調多分安定してません。ごめんなさい。