プロローグ
なんか、ある意味推理小説です。
本文の補足が後書きでしてあるので、先にそちらを読んでから本文に入った方がいいかもしれません。
私の名前はルナ。性別は女。年齢は17歳。
今、麻でできたワンピースを一枚だけ羽織りつつ、とある邪龍の巣穴にいる。
巣穴とは言っても、龍の巣穴だけあって相当でかい。高さ10メートル、横幅5メートルくらいある。最早大きな洞窟と言って差支えは無さそうだ。
ただ、周りが真っ暗で殆ど何も見えない状況だ。
少なくともワンピース一枚だけで来ていい様な場所ではない。普通ならば。
今の場所から、小さい、けれど深い水溜まりを挟んだ絶壁の上に、巣穴の入り口はある。けれども、手錠を掛けられてて登ることはできない。
私はこの水溜まりに飛び込んだ、と言うより突き落とされてここに来た。
雰囲気からして、巣穴の最深部は相当奥にありそうだ。
邪龍について。古い文献には、こんな事が書いてある。
その邪龍の吐息を少しでも吸ったら、吸った者は石になる。ただ、完全な石になるまでに一日かかる為、直ぐには死なないらしい。ただ苦痛は物凄いらしいが。
その邪龍に少しでも触れたら、触れた部分から体がどんどん溶けて行き、最終的には何も残らない。
今その邪龍について分かっていることはこれだけ。
ただ、これらの情報は眠っている邪龍に触ろうとした偉大なる大馬鹿者の中で奇跡的に帰って来れた者達の記録が私達に伝わっているだけなので、邪龍の持つ能力の1割にも満たない可能性が十分にあるのだ。
そして、戻る事も不可能で、ここに居ても餓死するだけ。
奥には邪龍がいる。
何を言いたいのかと言うと、つまり、私は確実に死ぬ。
*
子供の頃の将来の夢は、お医者様。だけどもうお医者様にはなれない。なぜかって、お医者様になるためには、王都で試験を受けて合格しなきゃいけない。でも、その試験は凶悪犯罪歴があったら受けられない。そして私は凶悪犯罪を犯してしまったのだ。
説明すると、私が15歳の時まで通ってた学校にめっちゃイケてる男がいて、私はそいつに惚れてた。私は、何とかしてそいつと仲良くなろうとした。そして、経緯は割愛するが、ついこの間までずっと良好な関係でいられてた。
だけどそいつは、あるスライムの体液の愛好家だった。それを飲んだら、これ以上ない快感を得ることが出来るのだ。その体液の元のスライムは繁殖力が高い上に弱いので、体液が簡単に手に入ることから愛好家は大量にいた。私もその内の一人になるのにそう時間はかからなかった。
しかし、そのスライムの体液には毒が含まれていた。勿論、摂取したからといってそれが死に直結する様な危険なものでは無い。ただ摂った者の知能を著しく下げるだのものだ。
だが、それにより私は大きな失敗を犯してしまうことになる。
事の発端はつい一週間前。
スライムの体液を飲んだ後、意識が朦朧としたままあいつの家に遊びに行った。そして彼の部屋に行くと、そこには、ベッドの上に寝転がった彼と、それを見つめる知らない女がいたのだ。
私は考えた。
その女は誰なのかと。
そして、理解した。
その女は、彼の容姿に惹かれて彼に惚れてしまったものの、私の存在を知ってそれは叶わない恋だと知り、せめてと彼を殺して永遠に自分の物にしようとして殺したのだ、と。
実際はその女は長い間家を開けていた彼の姉で、彼はただ昼寝していただけなのだが。
私は激情に駆られ、その女を殺してしまった。
彼の家の台所にあった包丁で首を一刺し。彼女は死ぬ直前に何か叫んでいたのだが、言い訳を聞くつもりのなかった私は耳を傾けることはしなかった。
幸か不幸か、彼は普段寝たらそうそう起きず、件のスライムの体液を飲んだら更に起きなくなるため、彼が目を覚ます事は無かった。
その後、彼女の痕跡を処理し、少しの達成感と共に彼の死を悲しんでベッドを涙で濡らしていた私は、そう時間が経たないうちに彼が起き上がった事に歓喜する事になる。そして、彼が放った次の言葉で正気に戻ることになる。
「あれ?姉さんは?」
私は察した。ベッドの横で彼を見つめていた彼女の正体を。
そして、自分がやってしまった事を。自分の罪を。
私は泣いた。長い間。泣く権利もないのに。
彼は困惑していた。当然だ。姉の居場所を尋ねただけで私が泣くんだから。
私は彼に全てを話した。
彼は激昂した。そして、私を殺そうとした。
私は素直に殺されるつもりだった。それがせめてもの償いになればいいな、なんて思ってた。
だけど私は殺されなかった。
実にタイミング悪く衛兵が家に乗り込んできたのだ。
随分前の叫び声とさっきの泣き声を不審に思ったご近所さんが衛兵に通報したらしい。
当然、衛兵から見たらただ若い男が若い女を殺そうとしているようにしか見えず、彼が取り押さえられることになる。
しかし、私が事の顛末を説明し、自分が全て悪い旨を説明すると、彼の頭が冷めるまで取り押さえられていたもののすぐに解放されることになった。
そして、私は捕まった。これから刑を受けることになる。
程なくして、私の刑が決まった。
私自身、100%の悪意を持って彼女を殺したので、死刑は免れない事は覚悟していた。
だが、実際に執行される刑は衝撃的なものだった。
私の刑は、2000年生きる伝説の邪龍、毒龍の巣に放り込まれる、というものだった。
しかもその刑になった理由が「流行」なもんだから、たまったもんじゃない。巫山戯るな。
*
邪龍の巣穴は、私の生まれ育った国の中で一番高い山、トルン山の麓にある。
トルン山には、ある呪いが掛かっていると言われてる。その呪いとは、頂上まで登ろうとしたら生きては帰れない、だ。
実際生きて帰った者はいないらしいのだが…私の処刑場は麓にあるので、問題はない。
そんな訳で、私は今邪龍の巣穴にいるのだが……
なんだろう。さっきから時々指にビリって来る。乾燥した冬の時期に人と触れ合うと時々来る、あのビリって来るやつみたいな感じ。何か凄いパワーが私を包んでいる様な、そんな感じがする。
なんだこれは。私は知らないぞこんなもの。文献にもこんな事は載ってなかった。なんだこれは。
恐怖で足が竦む。
おっかない。怖い。行きたくない。帰りたい。
既に腰が抜けそうだ。
ただ別に、このビリってするやつは何か害がある訳でも無さそうだ。尤も、それに害が有ろうが無かろうが、何か不都合をもたらす訳でもない。
私はここに罪を滅ぼしに来たんだ。死にに来たんだ。彼の姉にやった事を忘れたのか。彼女はもっと怖い目に遭ったんだ。死ぬ覚悟ができてるだけマシではないか。そう自分に言い聞かせて、1歩ずつ奥へと進む。
まだほんの入り口だ。先はまだまだ長そうだ。
そんなこんなで、歩き始めてから体感3時間くらい経った。
ごつごつした岩場を素足で歩いてるから、足はぐちゃぐちゃになってる。痛い。
汗も沢山かいてるから、体がべたべたして気持ち悪い。ただ、不思議な事に巣穴に入ってから見かけた生物はいないので、ヒルとかが食ってこないのが唯一の救いだ。
それと、奥に行くにつれて、肌で感じた「ビリッ」がどんどん強くなるのと同時に、全身への圧迫感になって行ってて、物凄く息苦しい。
でも、邪龍の居場所まであと少し、そんな気がする。
そして、気がついた。
ずーっと奥に、白い何かが見える。
そう、見えるのだ。
つまりこれは、そこに光がある、ということ。
その光の在り処が自分の死に場所、毒龍の居場所だということは脳では重々理解しているのだが、やはり、光を求める本能の様なものは存在していて、まるでそこがオアシスであるかのように体が錯覚し、足が勝手に動いていく。
しかし、今までは辛かったけどそれでも全然耐えられてた足の痛みが、一歩進む毎に、前とは比べ物にならないくらいどんどん増していく。
かと思えば、直ぐにその痛みは消えた。
全部、綺麗さっぱりと。
そして、今度は歩く毎に、カッ、カッと音がするようになってきた。
容易に想像できる。足裏の傷口と邪龍の吐息が触れ合って、足が石になってきてるのだろう。
肌の「ビリッ」はチクチクに変わり、圧迫感は相当な物になってきてる。
光はだんだん大きくなっていき、そして。
光の正体が判明した。
それは淡く光る純白の爪だった。
まるで蜥蜴の様な形の爪。
だけど大きさは全然違ってて、私が手を思いっきり広げても、その爪一つの長さには及ばない。
ただ、それが放つ光は暖かさすら感じるようなものだった。
体が勝手に爪に近づいて行く。
それにつれて、巣穴が広がっていくのが確認できた。
だんだん、爪の他にも見えるものが増えていった。
見えたのは、吸い込まれるような黒。
ここまでの道のりより更に深い、黒。
まるで"絶望"を体現したような色。
それは、指だった。
更に体が近くに寄って行く。
淡い光に包まれる純白と漆黒の全貌を目にして初めて、それが伝説の邪龍、すなわち、
"毒龍"
であると理解した。
先刻までのチクチクは、最早ナイフで刺されているのでは無いかというくらい酷くなり、圧迫感に関しては、圧死してしまいそうなくらい感じている。
しかしその淡く光る漆黒は、恐ろしい程の神々しさまで放っている。
思わず、右手を漆黒に掲げる。
その瞬間。
バチンッ!!!
右手が大きな衝撃を受けたと同時に、体が吹っ飛んだ。
右手が弾け飛ぶかと思った。
そして、漆黒は、目を開けた。
その目はまるで水晶の様に透き通っていながら、真ん中に爬虫類特有の縦長を象った黄金の瞳が輝きを放っている。
「何だ、また人間か」
頭の中に、声が響く。
「最近は本当に人間が良く来る。しかも見たところ全てが同族を殺しているではないか。全く、ここを処刑場代わりにするとは、傍迷惑なものだ」
何だこれは。
「魔力に乏しい上に不味い人間ばかり寄越して、どうせなら勇者みたいな魔力に富んだ奴を寄越してもいいと思うんだが…なあ?そう思うだろう?」
いつの間にか漆黒を包む淡い光は消えていて、ナイ フで刺されるような痛みも消えていた。
それより、毒龍が語りかけてきているのだが…
「魔力……?勇者……?」
勇者って、あの伝説の…大昔に魔王を倒して人間に平穏をもたらしたあの?
魔力って、人類では勇者しか使うことのできない、魔法の元になる…?
「なんだ、儂はお前の微量の魔力にあてられて起こされたのだが…そうか、知らない口か」
私が…魔力を…?
「手を翳しただろうが」
頭が追いつかない。
「どっちにしろこれから死ぬお前には関係なかったな。冥土の土産だ。お前を寄越した傍迷惑な国を滅ぼすついでに、魔法ってモンを見せてやる」
この邪龍は、何を言っている?滅ぼす?
ああ、でも、いとも簡単にやってのけそうだ、この存在は。
次の瞬間、毒龍は大きく口をあけ、
―超特大の極光を放った。
私は、目が潰れたのと同時に体が炎上しているのを感じている。
「じゃあな」
やけに大きく声が響く。
嫌だ、死にたくない。
咄嗟に逃げ出そうとするも、膝がまるで石になったかのように固まって、動かない。
実際石になっているのだろう。
ただ、それはもう些細なことである。
既に体が炎上している上、目が潰れているのだ。邪龍から離れられても死は免れない。
余りの痛みの強さ故か、まだ痛みを大きくは感じていない。
すると、突然、胴体が掴まれて、持ち上げられる。
そして、少し後に、離された。
落ちた先は湿った場所で、邪龍が「不味い」とか言ってた事を思い出す。
ああ、食われるのか。
もがいた方が苦しみが長引くことは理解していても、やはり死への恐怖は出てくるわけで、必死で口から出ようともがく。
しかし、足が石になっているせいで動かずに、移動できない。
いつの間にか、壁を叩いてた手の感触がなくなってる。
おかしい。硬いところは殴ってないぞ。
少し経つと、肘から先の感触も無くなる。
だんだん腕自体の感触も無くなっていき、そして気付いた。
ここ、胃なんじゃないか。
顔に生温い液体が浸ってくる。
もう一切の抵抗はできない。
ここになって漸く痛みが出てきた。
顔だけでなく、感触のない手足にまで苦痛を感じる。
「う… あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
こんな事があってはならない。
こんなの、この世に存在してはいけない。
何だこの苦痛は。
何故こんなに苦しい。
助けて…助けて…
「自業自得だ」
2年間恋し続けてきて、この前私が地獄に突き落とした、彼の声が聴こえた気がした。
「あ゛あ゛……」
こうして、私…ルナの一生は終わったのだった。
なんか絶対に分かりづらいと思ったので、補足説明を。
・主人公がビリビリ感じてるのは魔力です。
・圧迫感は毒龍の存在感みたいなもんです。今までもこれからも、ストーリーの進行上あまり意味を持たせない予定なので、忘れて頂いて結構です。
・「淡い光」は、毒龍が眠ってる時に体に纏ってる魔力の塊で、なんか防御的な意味合いを持ってます。
・10人に1人くらいしか魔力を感じられません。
・文中にも書きましたが、基本的に人類で勇者以外は魔力を使うことはできません(理由は追々)。
・毒龍以外にも龍はいますが、生物の頂点的な扱いなので、世界で10頭もいないくらい少ないです。
・龍のスペックはやべーです、全ての生き物が魔力を保持してる設定ではあるんですが、全人類が保有する魔力量全部足しても龍一頭の魔力量には及びません。
・毒龍みたいな、バグってるとしか言えない様なめっちゃ膨大な量の魔力でもない限りは、10人に1人の人たちも魔力を感じることはできません。
・20歳過ぎた辺りからは、ほぼ確実に魔力を感じることはできなくなります。
・文献とやらに書かれてる毒龍に近付いた人達は全員おっさんです。
・その他魔力の定義等は今後のストーリーにて説明を入れる予定ではありますが、まあなろうに上げられてる大半の作品のそれと大きな相違点はありません。
補足は以上です
読んでくださりありがとうございます。
抽象的で分かりづらい部分や矛盾、誤字、その他改善点等ありましたら、指摘して頂けると幸いです。