9話 イケメンがゲシュタルト崩壊
質問攻めにしようとする林檎と愛梨ちゃんを振り切り、姉さんが通う大学へとやって来た。
正門前で待っているのだが非常に目立っている。
一人だけ高校の制服を着ているのだから当たり前だ。
煌先輩が「上はカーデの方が似合うよ」と言って用意してくれていた(購買で購入)ものを着ているのも加えて落ち着かない。俺はエブリデイブレザー派。
「姉さんまだかな」
着いたとメッセージを送って五分は経っているのに、返事すら返ってこない。
何かあったのか、それともこれは晒し刑なのか……。
「ねぇキミ、そんなとこに一人でどうしたの?」
どっちも嫌だと思っていたら、誰かに声を掛けられた。
見れば二人組の女性で、どっちも胸元の露出がけしからんもっとやれ!
「えっと、待ち合わせをしてて。ここ邪魔ですか?」
「んーん。相手は? すっぽかされたの?」
「あ、いや……」
「よかったら~、お姉さんたちと遊びに行かない?」
「は!?」
なるほど、これが美人局ってやつか。
大学とは恐ろしい所よ。一歩も入ってないけど。
「すいません。怖いお兄さんが来てもお金はないです……」
「えっ。やだ、違うよー」
「キミ可愛いから、お茶でもしない? ってだけ~」
さり気なく俺の腕に胸を押し当ててくる巻き髪のお姉さん。
こ、この俺が逆ナンされている……だと?
煌先輩のコーディネート力が神ってる……ッ!
しかし「はい、喜んで!」と尻尾を振って叫んだが最後。
姉さんにもがれる。何がってナニを。
「血涙が出そうなほど残念ですが、姉を待っているので……」
「姉? なんだー。そんなの放っておけばいいじゃん」
「いやもう怒ると本気で怖……あ、来たみたいです」
視線を反らしついでに学舎に目を向けた時、華やかな集団がこっちに向かって来るのが見えた。
群がる男たちの先を行くように歩いていたのは一人の女性。
胸元にフリルをあしらった白いシャツ、淡いピンクのフレアスカートが歩く度に可憐に揺れる美女――姉さんだ。
「……何あれ。どこの逆ハー?」
背後にいるのが皆イケメンというのがまた凄い。イケメンパラダイス。
「ねぇ、姉って……仲ヶ居穂香?」
「はい。知ってるんですか?」
さすがミスキャンパスってとこだろうか。
「あの女の弟とかまじムリ。さよなら!」
青い顔でいきなり脱兎のごとく走り去るお姉さん二人。えぇえええ!?
なに今の反応……。
姉さんは大学で何をやっているのだろうか。教育学部なのに魔王降臨みたいなリアクションをされるなんて、未来の子供たちが心配。
「! 渉ちゃん!」
姉さんは俺に気付くと花が綻ぶように微笑み駆け寄ってくる。背後のイケメン集団はガン無視だ。
「渉ちゃん、遅くなってごめんねぇ。会いたかったぁ」
ぎゅっと腕を絡ませ、すり寄ってくる姉さん。おかげで視線のハリネズミです。刺さる刺さる。
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
「やだぁ。それより、その恰好どうしたの? カッコいいね♡」
えへへと笑う姉さんは女神。追い付いてきたイケメン達は夜叉になった。
どの人も背が高いので圧が半端じゃない。
「……穂香ちゃん、そのガキは誰かな?」
夜叉その一が黒い笑顔で有罪確定尋問をしてくるも。
「もしかして、気合い入れてオシャレしてきてくれたのぉ?」
「無視した! どうも、悲しい程に似ていない実の弟です。姉さんがお世話になってます」
「お、弟!? 天使みたいな美少年じゃないのか……」
「失礼かよ。初めまして、弟くん」
あなた同じ顔してましたよね? 裏切りが早すぎるよ。
「もう、渉ちゃん! そんなやつらより私のこと構ってよぉ」
ほんのり良い匂いがするセミロングの頭を、グリグリと腕に押し付けてくる姉さん。綺麗にセットした髪が乱れようがお構いなしだ。
「分かった、分かったから!」
ついでに手櫛で髪を直してあげれば一瞬で蕩ける笑顔に戻った。やれやれ……。
「……弟くんがクソ羨ましい」
「オレもだ。あんなに甘えられたら死ねる」
虚無るイケメンたちに姉さんの大学生活が俄然気になった。
「――おい。何の騒ぎだ」
イケメンの人垣から現れる新たなイケ(略)。
高身長、綺麗な弧を描くアーモンドアイ、漆黒の髪をサイドに流した別格の色男だ。
着ている黒シャツもピシッとしていて、雰囲気がセレブっぽい。
姉さんのイケメンホイホイ!
「さ、佐藤!」
……え、佐藤?
確か愛梨ちゃんの苗字も佐藤だ。まぁ……多い名前ではあるけど。
「穂香ちゃんの弟くんが来てんだよ」
「ほう。君が」
ジッと見つめてくる佐藤と呼ばれた色男。
何を言われるのかゴクリと唾を飲み込めば、姉さんとは反対側の手を握られた。
「初めまして。将来、君の兄になる佐藤将利だ。よろしく」
「は!?」
「戸惑う気持ちも分かる。ゆっくり理解し合っていこう」
「電波発言も大概にしないと警察に突き出すわよ」
姉さんの彼氏かと思ったら違うらしい。吐き捨てるように突き放された。
「渉ちゃん。こいつよ、お弁当をバカにしたやつ」
「ああ、例のセレブさん……」
この人が。いや、分からなくもない。漂うオーラが一般人じゃないよ。
「すまない、そんなつもりはなかった。心から謝ろう」
「い、いえ」
あれ、そんな悪い人じゃないのかな?
「慰謝料は一千万ぐらいでいいか」
「反省してねぇ!」
「何か間違っているか?」
困惑する佐藤さん。まさかマジで言ってる?
「弟くん。佐藤は大企業の御曹司なんだ。多分、悪気はない……」
「はぁ……」
一千万をポンとくれようとする辺り、相当な金持ちなのだろう。
加えてこの顔面。前世でどんな徳を積んだのか教えて欲しい。来世の俺の為に。
「渉ちゃん、いいから帰ろうよぉ」
「あ、うん」
「そうか。送ってやりたいところだが、生憎二人乗りの車なんだ」
フェ●ーリ? ランボルギー●?
「何人乗りでも御免だわ。行こぉ? 渉ちゃん」
「ちょっと待っ、で、では失礼します!」
強引に俺を引き摺って行く姉さんに慌てながら挨拶をする。
律義に片手を上げ応えてくれる佐藤さんが何か言っていた気がしたけど、よく聞こえなかった。
「妹共々、宜しく頼む」
***
「ねぇねぇ、渉ちゃん。その髪型、自分でしたのぉ?」
ニコニコ笑顔で隣を歩く姉さんが小首を傾げながら訊いてくる。
すれ違う通行人の目が痛い。
手を繋いでいるので姉弟には見えないのだろう。そうでなくても見えないけど。
「これは先輩がやってくれたんだよ。ていうか、恋人繋ぎはさすがにおかしいから!」
「だってデートだもん。その先輩って男子? メンズ?」
「女子という選択肢が端から無い!? 王子様系の男です……」
「そっかぁ。良い先輩がいてよかったねぇ」
不良という文言は黙っておくべきだろうか。
「友達も良い人ばっかりだから、安心して」
「うん。今年の文化祭はお姉ちゃん絶対行って挨拶するからねぇ」
「俺が安心できなくなった!」
去年は大学の用事と被って難を逃れたというのに。
「お姉ちゃんが行ったら不味い事でもあるのぉ? まさか林檎以外に粉掛けられてないよねぇ?」
「は、ははは。俺ノド乾いちゃったな! 姉さん、どこか寄らない?」
「……怪しい。けど今はいいかぁ。デート中だしぃ」
ホッ……。
「渉ちゃん、行きたいお店があるんだけどぉ」
「うん、いいよ」
息も詰まるようなオシャレなカフェに連れていかれた。五分前の俺のバカ!
「渉ちゃん。あーん♡」
そうして始まるイチャイチャタイム。
生クリームのたっぷり乗ったパンケーキを食べさせられる。拒否権はなかった。
「美味しい?」
この店の雰囲気に味覚が敵前逃亡したからよく分からないよ!
「あ、クリーム付いちゃった。取ってあげるねぇ」
「んぐっ。姉さん、こういうのは弟じゃなくて彼氏にしなよ……。佐藤さんとかは?」
「無い」
「真顔! なんでそんなに嫌なの?」
「価値観の相違かな」
離婚する夫婦じゃん。




