3話 破滅をもたらす天使
「な、なん……」
「早く会いたくて来ちゃいました♡」
ポッと頬を染め、えへへと照れ笑う佐藤さん。
可愛い。可愛いが背後が恐ろしくて喜べない。
「仲ヶ居クン。ちょっといいかね」
「どういう事か我々に説明してもらおうか」
刑事みたいな口調と目の鋭さをしたクラスメイトに、力強く肩を鷲掴まれ無理矢理に振り向かされる。
「お、俺は無実です」
「罪を犯した人間はみなそう言うのだよ……」
「みんなのアイドルをどうやって誑かしたのか吐け。吐くんだ!」
ガクガクと両肩を揺さぶってくるクラスメイトA(阿部くん)。
このままだと朝ご飯を吐く……!
「あの、やめてください! 先輩に酷い事しないで……」
茶番劇が惨劇に代わる寸前で止めてくれたのは、事の発端である佐藤さんだった。
うるうると大きな瞳で見つめる後輩のお願いに、阿部くんはたじろぎ解放してくれる。顔真っ赤だよ童貞か。
さすが硬派な見た目を裏切らない。
「うっぷ……。ありがとう、佐藤さん」
「愛梨って呼んでください」
「助けといて窮地に追い込まないで!?」
純情ボーイ阿部くんが赤鬼に変わった。一緒に糾弾してきたクラスメイト――川持くんは笑顔なのが逆に怖い。
昨日、帰る前にアホな注意をしてきたのはこの二人である。
妙に存在感のある二人はクラスでも一際目立つ存在で、いつもつるんでいる事から俺は勝手にコンビ名『安倍川餅』と呼んでいる。
発音同じだから。
「つか、マジでどうなってんの? 愛梨ちゃんが誰かに告白したって噂になってっけど、相手渉っちだったん?」
いつもの砕けた口調に戻った川持くんが訊いてくる。
川持くんは服装も砕けたチャライケメン。整った顔を鼻にかけないので爆殺しようとは思わない。
「う、噂になってんの?」
「うん。みんな犯人探しに躍起。ちなみに渉っち説が有力」
「おうふ……」
「……その反応。やっぱ仲ヶ居なんだな」
「バレちゃいましたね、先輩?」
弁解する前に佐藤さんがアッサリ肯定してしまった。ちょっとおお!?
「私、先輩のこと好きになったんです。これから教室にお邪魔する機会が増えると思いますので、よろしくお願いしますね」
ついでに恥じらいながら安倍川餅に挨拶する佐藤さん。
俺の未来終了のお知らせ。
「あ、もう戻らなきゃ。先輩、お昼にまた来ます」
「待って待って。この状態で置いてくとか俺はお昼に保健室にいるよ!」
「? どうしてですか?」
後ろにいる仁王像を見て! 運慶快慶作みたいなのがいるでしょ!
「愛梨ちゃんは戻りな? 一限に遅れっからさ」
「でも、」
「仲ヶ居なら大丈夫だ。どこも悪くねぇよ。……今のところ」
おい阿部くん! 最後の一言が怖い!
「じゃあ行きますね。先輩また後で!」
可愛らしく手を振り自分の教室へ向かう佐藤さん。ああー……。
「さて、渉っち。眼鏡外そっか?」
「本気だ! 本気で殴る気だ!」
「黙ってねぇと舌噛むぞ」
「そんなケンカ慣れしたアドバイスは要らないです」
ガチ不良疑惑のある二人だということをなぜか唐突に思い出す俺の脳。
危険信号を出すのが遅すぎる。仕事して!
「――ねぇ、そこにデカいのが突っ立ってると邪魔なんだけど」
あわやというタイミングでよく知る声が割って入った。
気怠げに登校してきた林檎だ。
低血圧な林檎はギリギリの時間に登校してくる。無理に起こすと殺されるよ。
「り、林檎……!」
「何その捨てられたチワワみたいな顔」
俺より林檎の目が心配。
「もう一思いにやってくれ……」
「よしきた」
ガッと背後から俺を羽交い絞めにする川持くん。
阿部くんは手の関節をバキバキと鳴らし準備に入る。なんという連係プレー。
「いくぞ」
阿部くんの男らしい一言にギュッと目を瞑る。
しかし訪れたのは思ったのと違う衝撃だった。
「ぶはっ! ちょ、たんま! 何する……やめっはははは!」
「何って全身くすぐりの刑っしょ」
「殴ったらイジメじゃねぇか」
「良い奴!」
確かに眼鏡が飛びそうだし舌も噛みそうだけど、この発想はなかった!
「……バカしかいない」
林檎の呆れ返った一言が遠くに感じた昇天寸前の朝。
* * *
「…………渉。誰その女」
「初めまして、毒りんご先輩! 一年の佐藤です」
昼休み。
佐藤さんは宣言通り教室にやって来た。小さなお弁当を持って。
「誰が毒りんご先輩よ。変なあだ名で呼ばないでくれる?」
「あ、ごめんなさい。いつもそう呼んでたから……」
「はぁ……?」
出会って二秒で険悪ムードってどういう事。
クラスの男子全員に取り囲まれているこの状況はもっとどういう事。
安倍川餅はコンビニに行ったまま不在だよ。チャリ置き場で不良仲間とたむろってる説が俺の中で有力。
「り、林檎! ほら今日の弁当!」
「ん」
「まさか先輩が作ってるんですか……?」
林檎に弁当を手渡せば、佐藤さんが信じられないとでも言いたげに驚愕した。
「そうだよ?」
「ずるいです! 私も先輩の手料理食べたい……」
「えっ」
「ねぇ、さっきから何なの? ウザい」
今度はこっちが驚いていれば、再び林檎の機嫌が急降下。冷たさを爆盛りした瞳で佐藤さんを睥睨している。
「先輩の事が好きな後輩です」
「ぶふぉっ!」
「はぁ……?」
「えっと、紛らわしいので渉先輩って呼んでもいいですか?」
ほんのりと赤く染まった頬で小首を傾げる佐藤さん。
オ ー バ ー キ ル……。
「……仲ヶ居はバカだけど嘘の吐けない良い奴だったな」
「お前の事は忘れないぜ……」
「待って、男子諸君。なぜ急に俺を亡き者扱いする?」
「うるせぇ! 桐谷さんに止まらず愛梨ちゃんまで侍らすとは、独占禁止法違反で死刑だ羨ましい!」
「林檎については冤罪だ! 侍らせた覚えが一度もない!」
どこにそんな旨みがあったというのか教えて欲しい。
「傍にいることを許されてる時点で特別枠だろ!」
「バカな!?」
何者だよ林檎は。
「あの、先輩方。お昼を食べる時間、なくなっちゃいますよ?」
埒の明かない不毛な争いに終止符を打ったのは、おずおずと提案する佐藤さんだった。天使かな?
「だったら自分の教室に戻って一人淋しく食べればいいじゃない」
しかしご機嫌斜めの林檎が切り捨てる。悪魔かな。
「はい! みんな食べよう! お腹空いたなぁ!」
強引にでも空気を切り替え、自分の弁当箱を開く。
今日は林檎のリクエスト通りチキンカツがメインだ。もやし攻めにするはずが気付いたら鶏肉揚げてた。無意識って怖い。
「わあ、渉先輩お料理上手なんですね」
「そんなことないよ?」
「食べてもないのに褒めるなんておかしいでしょ。適当すぎて白ける」
「林檎……」
みんながゾロゾロと散開する中、近くの椅子を強奪した林檎が毒づいた。
一緒に食べるのはいつもの事。
「じゃあ渉先輩、食べさせてください」
「…………へ?」
「そうしたらおかしくなくなりますよね?」
俺がやるのはおかしくないのかと口にする前に、雛鳥みたくあーんと小さな口を開けて待つ佐藤さん。ま じ か。
「じゃ、じゃあ」
いつまでもそうさせておく訳にはいかないので、比較的小さめのチキンカツを一つ選び佐藤さんの口に運ぶ。
直後にバキッと割り箸が折れるような音があちこちでした。
俺は何も聞かなかったことにした。向けられている殺意も気のせいだ。
「やっぱり美味しいです!」
「そ、そう。ありがとう。最後の晩餐はチキンカツか……」
「渉」
「とんかつにしとくんだっ――ん? なに、林檎」
「箸が壊れた。食べさせて」
見れば真っ二つに折れた塗り箸。
「何が起きた!?」
「わぁ、箸折っちゃうなんて、林檎先輩って凄い怪力なんですね! ゴリラみたい」
「女狐はさっさと山に帰りなさいよ。人の領域でウロウロしてると駆除するわよ」
ズゴゴゴゴ。そんな効果音が適切。
もうやめて……!
「いくら機嫌が悪くても物に当たるのはダメだよ、林檎」
「誰にでも尻尾を振るバカ犬は黙って」
なにその動物シリーズ酷い。




