1話 毒りんご姫と俺
新連載です。よろしくお願いします!
昼休みになり賑わう学校の廊下。
購買へ向かう者、他クラスへ移動する者、誰も彼もが解放感に満ち溢れ、楽しそうに行き交う。
そんな中において顔を真っ赤にした男子生徒が、一人の女子生徒を呼び止めた。
「あ、あの! 桐谷先輩!」
緊張のせいか少し上ずる声。
手には店のロゴが入った小さな紙袋が出番を待っている。
いかにも高級そうと感じる雰囲気のものだ。
「えっと、先輩が甘いもの好きだと聞いて……。う、受け取ってもらえませんか?」
勇気を振り絞るように差し出された紙袋。
女子生徒――桐谷林檎はニコリともせずこう言った。
「は? 要らない。知らない人間から貰ったものなんて、気持ち悪くて食べられる訳ないじゃない。常識で考えたら分かるでしょ? バカなの?」
「……そ、そう……ですか」
消え入りそうな声とは反対に、中身が潰れそうなほど強く握られる紙袋。
まるで男子生徒の心とリンクしているようだ――。
「って、バカはお前だぁぁああ!! もうちょっと言い方ってもんがあんだろぉ!?」
堪らず割って入ってしまった俺、仲ヶ居渉。
突然の闖入者に林檎は不満そうな顔を、下級生くんは若干涙の浮かんだ瞳を向けてくる。
教室の窓から急に飛び出してごめん。
「だって渉、曖昧に断ってまた持って来られたら心底迷惑だし」
「お前いつか刺されるよ……?」
「誰に」
「手酷くフッた男子どもに、だ!」
高校に入って早二年。犠牲者は数え切れない。
「逆恨みするなんてストーカー予備軍ね。逮捕されればいいのに」
「ねぇきみ、何か言っておあげなさい」
「い、いいんです! ダメ元なのは分かってましたから……」
告白してきた相手を目の前に酷いことを言う林檎にも、健気に耐える美少年な下級生くん。
見た目だけじゃなく性格も良さそうなのに、勿体ない……。
「ごめんな。昔こいつ宛てのプレゼントに異物が入ってた事がよくあって、それから苦手なんだよ」
一応、情状酌量の余地が無くもないのだ。
『好き』とびっしり書かれた紙や家の合鍵、果ては髪の毛までお菓子やぬいぐるみの中からこんにちはしたのを何度も一緒に見たことがある。
愛が重い。
「……噂で、聞いたことがあります」
「それなのに持ってくるなんて嫌がらせ? ほんっと最悪」
「林檎……。『僕なら受け取ってくれるかも♡』っていうピュアな男心が、なぜ分からない……?」
「押し付けがましい、思い上がりも甚だしい。生理的に無理」
「鬼かお前は!?」
「っ、すみませんでした!」
この場にいることが耐えられなくなったのか、走り去る下級生くん。
取り残された形になった俺たちを、いつの間にか傍観していた野次馬たちが批評し始めた。
「さすが『毒りんご姫』だな……」
「あんな可愛い顔してパねぇわ」
「てか、仲ヶ居くんも毎回フォロー大変だよね」
「もう従者にしか見えねー(笑)」
わかりみ(哀)。
『毒りんご姫』こと桐谷林檎は、隣の家に住む幼なじみだ。
三歳の時に出会い、何の因果か高校どころか今年はクラスまで同じになってしまった腐れ縁である。
林檎は姫カットにした艶のある黒髪、くっきり二重に品良く色付いた唇と新雪めいた肌の清楚系美少女。
まるで童話の中から抜け出してきた、お姫様のような外見をしている。
が、物凄く口が悪い。もう容赦なく相手をぶった切る。
そうして付いたあだ名が『毒りんご姫』。
なにそのダークヒロイン童話。幼児に見せられないよ。
とにかく誰彼構わず毒を吐きまくるので、一緒にいることが多い俺が自然とフォロー役に就任するのは出会った時から変わらない。
もう少し円滑な人間関係を築けないのか言ってみたこともあるが、『正直で何が悪いの?』と一蹴され終了。以後、改善される傾向なし。
陰でコソコソ悪口を言わないところは好感が持てるが、いかんせんハッキリ言い過ぎるんだよなぁ……。
「林檎。正直なのは良い事だけど、もっとこう言い方なんとかならないの? 具体的にはオブラートを装備するとか」
「どう思われようと気にしないし」
「メンタル鋼か……」
「そもそも高校を卒業したら会うこともない人達なんて、もはやモブじゃない。気にする必要ある?」
「考え方えげつない!」
そりゃあ全校生徒ズッ友だぜ☆ とは思わないけどさ……。
「まぁ今に始まったことじゃないか。もうメシ食お……」
「私もお腹減ったわ。渉、お弁当ちょうだい」
「今度おにぎりに異物混ぜるよマジで」
「は?」
「俺が作ったものが食えるのは理不尽だろ!?」
食材費を提供する条件で林檎の弁当も作っているのだけど、今の発言はない。
あんな高そうな市販品を断っておいて弁当出せとか、美少年とパティシエが報われなさすぎる! なんなら俺が食べたかった!
「渉だから平気なのに」
「え、」
「単純バカだから小細工なんてしないし、お弁当だってきっと美味しくなれとか思いながら作ってる。違う?」
「その通りだよ、ちくしょう!」
なんなら鼻歌口ずさみながら作ってる時ある。
平野レ●くらい愉快で楽しく豪快な調理現場。
「やっぱりね。渉のそういうとこ好き」
「ぐっ」
林檎はサラッとこういう事も言ってくる。
ただの毒舌じゃなく、たまに嬉しい事もハッキリ言うから憎めないのだ。
「せっかく梅干しの代わりに苺ジャムでも入れてやろうと思ったのにな……」
「食材費踏み倒されたいの?」
「そうなったらおかずが全部もやしになるよ」
「なっ、横暴! あんなのほとんど水分じゃない!」
「金欠の救世主様を侮辱するな! 栄養だってあるよカリウムとか!」
うろ覚えだけど!
「とにかくやったら死刑ね。『渉はスク水大好きの変態』って言いふらす」
「変な方向の水攻め!? 俺はどっちかと言うと白ビキニ派もとい今日のメインは豚の生姜焼きなので勘弁してください」
「やった。渉、愛してる」
明日はもやしのフルコースにしてやろうと思う。
* * *
「――あー、では今日の授業は以上じゃ」
授業終了のチャイムを聞き、古典担当のお爺ちゃん先生が終わりの宣言をした。
六限目、古典、スローペースな先生というトリプルコンボは勘弁して欲しい。
加えて五月の陽気な気候。睡眠耐久レースかな。
そもそもあんな雅な言葉どこで披露すればいいの。AIの時代だよ?
半ボケ状態でホームルームも聞き流し、ようやく自由の身。
さて、帰るかー。
俺の放課後は家事で忙しいので部活には入っていない。
仕事の都合で県外にいる両親に代わり、スーパーで買い出し、夕飯の支度、風呂の準備に洗濯物の処理と目白押しなのだ。
林檎も知っているから一緒に帰るのも稀。
「林檎、先帰るからー」
あいうえお順で離れた席に座っている林檎に声を掛ければ、
「明日はチキンカツがいい」
誰が弁当のリクエストしろっつった。会話して!
まあいつものことなので適当に返事を返し、クラスメイトたちに挨拶しながら教室の外へと向かう。
「じゃあな~、仲ヶ居」
「迷子の人助けようとして一緒に迷子になんなよー」
「散歩中のワンコに気を取られてたらチャリに轢かれるぞ」
およそ高二の男子にする注意とは思えないことを言われた。
「きみたちは俺を何だと思ってるの?」
「「「「お人好しバカ」」」」
満場一致とか酷い!
「くそう、明日風邪で欠席した奴は問答無用で訪問看病してやる!」
我ながら微妙な捨てゼリフを残しスパーンと教室の扉を閉める。
三歩歩いて晩飯のメニューは何がいいかに考えをシフトしたところで、聞き覚えのない声に呼び止められた。
「あの、仲ヶ居先輩!」
ん? と思い振り返れば、そこに居たのは彼女にしたい女の子ナンバーワンとして知られている、一年の女子生徒。
林檎と並ぶ我が校の有名人だ。
林檎は口が災いして次点だよ。それでも次点とか凄い。話が逸れた。
目の前の彼女は佐藤愛梨ちゃん。
ふわふわしたセミロング、きゅるんと大きな瞳、潤った唇に日焼け知らずの白い肌。華奢な体躯で守ってあげたくなる系の後輩である。
うちの学校の制服は青いチェック柄のスカートとズボンが好評のブレザータイプなのだが、ゆるっとしたカーデの着こなしが超絶可愛い。推せる!
ていうか、俺呼ばれたよね?
仲ヶ居なんてそうある苗字じゃない。なんで?
接点まるでないんだけど――。
「と、突然すみません。先輩にお話があって」
「うん?」
何だろう。委員会とかも違うし。
「好きです! 私とお付き合いしてください!」
「あなや」
予想外のあまり言語が六限の古典に引き摺られてしまった。




