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短編

Running on the life

作者: zig

 「はっ、はっ、はっ……」

 

 気づいたら走っていた。

 物心ついた時からだから……そう、もう何十年以上も前から走っている。

 最初は、親と一緒に走っていた。親は僕と同じように歩幅を合わせて歩いてくれていたけれど、途中で父が立ち止まり、僕と母さんは二人で後ろを振り向きながら進んでいった。

 足は止まらない。どれだけ止めようとしても、せいぜい歩くのがやっとだった。

 母さんは泣いていた。僕も悲しかったけれど、僕の手を強く握りしめながら涙を流し続ける母親の顔を見上げていたら、次第に涙は出てこなくなった。

 それからも、僕たちは走り続けた。次第に見えなくなっていく父さんに手を振りながら。

 父さんはなぜか笑って僕達を見続けていた。「なぜ? どうして父さんは笑っているの?」と大きな声で呼び掛けたけれど、父さんは微笑を崩さぬままに僕たちを眺め続けて、ついには返事を返してくれなかった。

 

 「よっ!」

 「おう」

 小さな僕が少し大きくなると、同じ背格好をした子達が僕の隣に並んできた。

 歩幅が同じくらいの子達。僕と同じくらいの年齢の子。

 いろんな子がいた。元気快活な女の子。ガキ大将な男の子。泣き虫な子もいたし、勉強が得意な子もいた。

 あの頃は皆一緒に隣に並んで走っていたなぁ。今振り返るとしみじみしてくる。

 全く話さなかった子もいれば、もみくちゃにじゃれつきながら一緒の道をどたどた走った子もいる。一時だけ交わった子もいれば、だんだんと近づいてきてお互いを認め合った子だっている。

 僕が先へ進むにつれて彼らが進む道も次第に分かれ始めたけれど、相変わらず僕の隣を笑顔で走ってくれる奴もいる。そんな友達は僕のかけがえのない存在だ。たまに石に躓いてよろけたときや、横っ腹が痛くなった時、誰かに足を引っかけられた時だって、お互いにバカし合いながら手を取り合ってペースを保ったりする。

 僕が手を貸される度に、彼の事も助けてあげたくなる。この殺風景が続き、ひたすら進むだけのこの道も、話し合っていればいつの間にか時間が進んでいる。そんないい奴らだ。


 そういえば、一人。

 隣で息を弾ませるあの子がいたっけ。

 彼女は可愛かった。知らない道からいきなり僕の隣に現れ、軽やかな足取りで近づいてきて、「どうも」なんていきなり頭を下げてきた。

 僕は面食らって「どうも」と返したけれど、それ以来直向きに前を向いて走る彼女の横顔をちらちら見たくて、でも気恥ずかしくて見れないようなどぎまぎした時間を過ごしたことがある。

 結局、ろくに話さないまま彼女の道は僕とは違う方向にそれていってしまった。

 僕はたまらなくさびしい気持ちになったものだ。

 ああ……。彼女は元気だろうか。願わくば、いつかまた道が交差する瞬間に「どうも」と笑顔で挨拶を交わしたいものだ。


 時間が進んで、僕がかなり大きくなった頃。僕と母さんは離れて走ることにした。

 「お前ももう一人立ちをしなければならない頃だから……」

 周りも言うし、母さんも言った。

 言う事なんて碌に聞きたくもなかったけど、そういうものだと感じていたから僕は知らない土地へと顔を俯けて走りまくった。走り慣れた平坦な道はここで終わって、変化に富む道が新たに僕の目の前に現れた。

 平坦な道を懐かしめば、その度に躓いて転びそうになった。だから我慢して走り抜いた。碌に周りの状況なんか見もしないで、思うまま、足が踏み鳴るままに走り続けた。

 そうしてからふと顔を上げてみると、周りには僕と同じように一人で走っている人が何人もいることに気づいた。

 未だに悲しそうな顔の人。もう新しい環境に慣れて笑顔の人。一人しかめっ面をして黙々と身体を動かす人に対して、数人、道を絡めてバカをやっている眩しい集団だっていた。

 そうだ。僕一人が悲しいわけじゃないんだ。そう思ったら僕は道をあえて捻じ曲げて、他の人の走る道へ無理矢理コースを繋げてみたくなった。

 横切るかと思うくらいに捻じ曲げて、いろんな人と交差させていく。

 すると面白いことに皆同じ考えを持ってぐちゃぐちゃと走りまくっていたらしくて、もう僕たちはまとまったり離れたり今まで以上にしっちゃかめっちゃかになりながら糸の絡まったような道を走り続けた。


 そして、そんな遊びも終わって。

 本当の意味で一人立ちの時がきた。

 坂道が多い。雑草はぼうぼうに茂っている。そんな中で、年代性別問わず今まで以上に幅広い人達と一緒に走り始めた。

 この新しい道は今まで走ってきたどんな道よりもキツくて、でこぼこで、坂があったり下りがあったりの、超上級者向けのコースだ。

 ある程度走った今でも、躓く。

 そんな中で、肩を組んで走る人、歩幅は合わないけれど声を交わす人、酒を飲んで一緒に夢を語らい、赤ら顔になってくれる人もいたし、弛んだ足取りの僕へげんこつをくれる人もいた。

 時に容赦のない妨害が僕の足を傷つけて、とぼとぼ歩くことを余儀なくされたあの日々を忘れることはできないけれど、それ以上に僕の手を取って一緒に歩き続けてくれたあの人がいてくれた感謝は、鬱々とした暗い気持ちと同じくらい、いや比較にならないほどの想いとなって僕の胸を暖めてくれている。

 「なんで笑ってるの?」

 「なんでもない。ちょっと昔を思い出していただけだよ」

 「ふーん。へンなの!」


 そして今僕達は、新しいメンバーを迎えようとしている。

 幼くて、まだよちよちだってできない子供が、僕と彼女が走る道の間で走り出す準備の真っ最中だ。

 君が走る道は出来るだけ平坦にしたいと思うけれど、今後走る道の事も考えて、少し厳しく接しようかとも思っている。躓いても歩いていてくれればいいし、転んでも立ち上がってくれればいい。

 一人静かに暗闇の中を走り続ける勇気と自信を持ち合わせて欲しいけれど、隣を走る彼彼女達と明るく、時には手を差し伸べあって走ってくれるなら、僕は君を誇りに思うし、他に何もいらないと思うだろう。君が君の道を存分に、明るく、何があってもくじけずに、それでも幸せに走ってくれていることが、僕の幸せであり、恐らくは彼女も同じように幸せに思ってくれるだろうから。

 「あなた。またそんな顔してる。何をそんなに嬉しそうな顔をして笑っているの?」

 「ん? なんでもない。ちょっとね」

 隣を走る妻に笑われてしまった。

 そんな彼女もどことなく嬉しそうだ。

 「なぁ。そういう君も、一体何をそんなに待ち遠しそうにしているんだ?」

 「それはもちろん……。みんなで、手を繋いで走り始める瞬間を夢見てるからよ」

 そうか。君らしい。……そうだね。その通りだ。

 

 「ああ、疲れたー! ちょっとここで休憩したいな!」

 「じゃあ、休む? それとも、ちょっとペースを落として歩こうか」

 「ん。そうね。いつも通り。私達のペースで、ね!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでいて、なんだかいい意味で切なくなりました。 現実の話ではあるものの、人生をランニングに例えることでファンタジーっぽさが出てほんわか出来たのかもしれません。
[良い点] 安定して文章が読みやすくて、テンポがいいです。 最後までスムーズに読めて、ほっこりしました。
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