3話 桃源郷と男の尊厳
遅れてすみません!
「ちょっとまって……」
「ん?何ですか?」
僕はミルカに連れられ、近くにあった銭湯へと来ていた。モースレンから逃げ惑った事もあって、汗が肌にくっつかり気持ち悪いからだ。ここまでは自然な流れだっただろう。しかし、僕は銭湯に来て重大な問題に直面していた。
「何で女湯しかないの……?」
そう、普通なら男湯もあるのに、何故かこの銭湯は女湯しか無かったのだ。
「何でって……この国、男性禁制ですから」
(そうだった〜……!)
ミルカに言われ、僕はその場で頭を抱え込む。確かに男禁制なのだから、男湯作る意味もないわけだ。そんな事に気付かなかった自分に怒りが沸く。
「まぁ、貴方なら大丈夫ですよ!」
「何も大丈夫じゃないよ……」
僕のいた世界では、男が女湯に入った日には、警察沙汰になり社会的に死んでしまう。ここでは人生的にも終わってしまうけど……。一番露出をする銭湯で、男の僕が入るのは難しい。仕方がない、今日は諦めるか……。
「言っておきますけど、入浴するのはこの銭湯が基本なので、家にはありませんよ?」
「はぁ!?」
まさか、僕一生風呂に入れないのでは……?そんな考えが一瞬脳裏を横切る。流石に一生風呂に入らないのはまずい。匂いやハエなどがつきまとうし……。
「さっ!諦めてお風呂入りましょう!」
「何でミルカは平気なんだよ!?」
ミルカは一応女の子だ。男と風呂に入るなんて、ましてや出会って数時間の奴となんて躊躇するだろう。
「?何言っているのですか?人間なんて全員体の構造一緒ですよね?」
「え?」
何言っているんだこの子。男の体と女の体は見るからに違う。そんな事一目瞭然だ。そうか!これは僕を風呂に入れようと嘘をついているな……。
「ミルカ……僕はそんな嘘にはーー」
「え?違うのですか?」
「…………」
乗らないよと言いたかったが、どうやらミルカは本気らしい。本気で男と女の体は一緒と思っているらしい。……まじて?
「ミルカって小さい頃、人の体のこと教わらなかったの?」
「教わりましたよ?女性のだけでしたけど」
その一言で合点がいった。ここは男禁制。禁制なのだから、男が入ってくるわけがない。だから、男の体について教える必要ない……ということか。この国の学校、許すまじ。
「いいかい?男と女の体はちがいがあるんだ。それも決定的な」
「どんな違いがあるのですか?」
「…………」
なんだろう……小さい子に物事を教えるパパさんの気持ちになってきて、いたたまれなくなってきたぞ?……もうこの話は終わりにしよう。
「まぁ、今回は遠慮しとくよ。ミルカだけで入ってきて」
僕がそういうと、ミルカは明らかに不機嫌そうに頬を膨らませた。
「一人じゃつまらないです」
「子供か」
ミルカはますます不満げな顔をして、僕の袖を引っ張った。え?何?
「悪あがきをしていないで、早く行きますよ!」
「いやっ、ちょっと!?」
グイグイと僕の袖を引っ張る。この子、こんなに力強いの!?僕も鍛えている方ではないが、女子に負けるほど軟弱でもない。なのに、ミルカの力に僕は手も足も出なかった。
「離せーー!!」
僕の悲痛の叫びは、誰の耳にも届かぬまま静かに消えていった。
◇ ◇ ◇
「恥ずかしがってないで、早くきてください!!」
「そっ、そんなこと言ったって……」
僕は今、胸までタオルで巻いている。まさに女子がするタオルの巻き方だ。でも、こうでもしないと男バレてしまう恐れがあったのだ。
「うぅ……男としての尊厳が……」
女湯とは元々、男は決して立ち入れない禁断の桃源郷だ。僕ら男に許されているのは、壁にあるほんの小さな穴から見える桃源郷を覗くくらいだ。しかし、僕はその桃源郷に踏み入ってしまったのだ。男が決して入れない場所に。
「ん〜!気持ちいい〜!」
そんな僕の気持ちも知らず、ミルカは温泉でリラックスしている。まだこの温泉に客が僕達だけだから良いもの……もし、誰かが入ってきたら大変なことにーー
ガラッ
『今日も疲れたね〜』
『あのギルマス、人使い荒すぎ〜……』
「…………」
ドアから冒険者らしき女性が、無防備な姿で温泉に入ってきた。女湯だからって安心しているのか、タオルを巻いていなかった。僕は咄嗟に視線を逸らし、岩陰に隠れる。うん。僕にしては、無駄のない冷静な対応だ。
『ふぅ〜……気持ちいい〜……』
『本当だね〜……』
しかし、まずい状況になった。この場をやり過ごすには、ここに止まるか、リスクを覚悟に全力でドアに向かって走るか、この二択しかない。この場で止まっていたら、いつ見つかるかも分からないし、のぼせてしまう。だからといって、全力でドアに向かって走ったら、それこそ大きなリスクを背負う。そして僕は、少し考えてーー
「止まろう」
この結論を出した。ドアに向かうのは、あまりにもリスクが高すぎる。ここはここに止まってやり過ごそう……。
『ねぇねぇ、あの岩陰に行ってみない?』
『おっ!いいね〜』
「…………え?」
僕はいま、最大のピンチに直面している。
お読みいただいてmありがとうございました!