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妖狐お婆ちゃん  作者: 海蛙
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【過去1.陽ノ狐山】 (1908)

妖狐である彼女は一体何者なのか。

古くからその山には九尾や妖狐が住み着いていて、

野生の狐も多く生息している。

伝説や伝承ではなく、昔からの事実。

何時からか人間と九尾の間で互いに不干渉ということが暗黙の了解となっていた。

その内に山の中に村ができていて、

其処は自然豊かで穏やかな妖狐たちが住んでいた。



「山菜を採ってきてくれんかえ?」

「分かった、儂が行ってくる!」

元気な返事をした彼女は親の手伝いで山菜を採るのが習慣で、

村のはずれの林が彼女の山菜収穫スポットである。

「ここら辺のはずなのじゃが…あった! 群れておる群れておる。」

予想以上に生えていることに彼女は驚き、喜んで収穫に其処へ向かう。

虎ばさみに気付かずに。

「これはなんじゃっ!? ぁ、足が!!」

彼女の足に噛み付いた足枷は非常に硬く閉じており

非力な女狐の腕では開けることなど大抵できない。鋭く砥がれたその刃先は彼女の足を深く噛み込み、出血させていた。

「誰か、どうか助けてくれんかっ!!」

彼女の声に反応したように高い草陰から人間が出てきた、

本来人間と妖狐は互いに不干渉の筈だが今の彼女にはそれどころではなかった。

「其処なる人間よ、どうかこの罠を外してはくれぬか…?

酷く足に食い込んでしまったのじゃ…ぁいたたっ…。」

だがその人間は彼女の十歩前程で止まり鉄の筒を向ける、

その先には彼女の眉間があった。

引き金を引く速度よりも彼女の反応が早かった。

「っ!?」

左頬を掠る何か、その軌道に沿って彼女の頬には浅く傷ができていた。

傷に沿ってじわじわと痛みが走り、彼女の背中に悪寒が走る。

「お、お主…何てことするんじゃ…。」

人間はその問い掛けに応えることなく鉄の筒に鉛玉を込め始める。

だがそこまで早く込めることができないらしく、隙ができた。

幸いにも此処は林、丈夫な枝などごろごろと落ちていた。

彼女は枝を使い、てこの原理で虎ばさみをこじ開けた。

だがそれに人間が気付くのも当然であり腕で取り押さえようとしてきたが、

彼女の挟まれていない片足の蹴りが速かった。人間の顔面に足が当たる。

片足を引きずり逃げるが、

発破音と共に飛んできた鉛玉が左腕を深く抉る。「ぅあぁっ…!!」

そのまま人間が追って来るが彼女のほうがこの林に関して詳しく、

出血を上手く抑えたことで撒くことは容易だった。



嗅覚から人間の匂いが消え、更に密集した林の奥でただ静かに泣き、震えていた。

彼女にとって人間に会うのは今回が初めてであり、

人間に命を狙われるのも今回が初めてである。

「ううぅ…嫌いじゃ…人間なんて大嫌いじゃ…ぅ…。」

自分は何もしていない、なのに命を狙われた。

筋の通らぬ不可解な人間の行動に怒りと憎悪が芽生えてきた。

その時、人間の匂いがしてきた。

だが殺しにかかってきた人間の匂いとは違う、

でもあの人間の仲間かもしれない。

逃げなければ、しかし先の出血と踵を接するような出来事が自分の体力を奪っていた。

腰が抜けて体が上手く動かない、死を覚悟する。

「…お母さん、ごめんよ…。」

静かな泣き声を聴き取ったのか、足音がこちらに向かってくる。

「おや、この山に妖狐とは。」

明らかに山菜取りの格好をした人間の若い男だった、

鉄の筒の匂いはしない。匂うのは今日収穫しようと思った山菜の匂いだけ。

「お前も、儂を殺すのか…?」

男はキョトンとした顔になる。

「何を言ってるんだ、初対面の相手を殺そうとするわけ無いだろう? それに血まみれじゃないか。」

男は彼女を軽々と持ち上げる。

「何するんじゃ!? は、離せっ! っあいたた…へぬぅ…。」

傷に響き、力が抜ける。そのまま互いに黙々として、抱き上げられたまま山の中を行く、

"大人しくしていろ"と言わんばかりに骨細な彼女をしっかり抱える彼の腕は力強かった。

仄暮れになるころ、彼の歩が止まる。

「ほら、家に着いたぞ。」

気付くと彼の家に着いていた、家と言っても小さな小屋である。

少しボロボロなその小屋に入っていく、中は意外に綺麗だった。

「傷を見せろ、治してやる。」

すとんと座らされたと思ったら後ろを向かされ

服の上を脱がされるが、余りの手際の速さに反応が追い付かなかった。

「なっ、なんじゃ!?」

男は真剣な顔つきになりながら彼女の頬の傷についた血を拭き取り、

腕の傷を薬草で消毒し包帯を巻き始めた。

「随分深い銃創だな…さっきの銃声かい?」

初めて聞く言葉に彼女は首を傾げる、鉄の筒のことだろうかと。

「銃とは何のことじゃ…あの鉄の筒のことなのかえ?」

包帯を巻き終えた男は、ゆっくりと頷く。

「人殺し…いや、生き物を殺す人間の道具だ。」

それを聞いた彼女はもし反応が遅れて

それが眉間に当たっていたらと考えると、涙と震えが止まらなくなってきた。

「…ぁぁぁ…儂、何か人間に悪い事を…したかのう…えぅっ…」

男は黙って綺麗な布で涕泣する彼女の涙を拭きとり頭を撫でた。

「お前は何もしていない、ましてや悪い事なんてしている訳が無いだろう。

君はただあの林に山菜を採りに来た、そうだろう?

実は俺もあそこが山菜の収穫に適していると思ってな。

ほれ、処置はしたぞ、だけど今日は此処に泊まっていきな、

まだそのお前を殺そうとしたヤツがうろついているかもしれんからな。」

まだ傷も治っていない状態で無事に帰れるとは勿論思っていなかったので

彼女は泊っていくことにした。

「危難だったろう…警戒してくれても構わんよ、

お前は人間に命を狙われたのだから。恨んでも仕方がない、

だがどうかお前を匿うことだけでもさせてくれ。」

そう言って彼は夕餉の準備を始めていた、

彼女にとってこの材料の種類から見覚えのある料理だった。

彼女の村でもよく作られる伝統料理、山菜の汁物、彼女の好きな料理だった。



・・・・・

何故いきなり過去の話に飛ぶのかというと早めに明かすのもまた有りかと思い。

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