居酒屋店長
「あれ…。ボスが死んでる。貴方が殺したの?」
「…いや、俺は……、」
「ボスに戦いを挑んで、相手を殺したほうがボス。それがこのギルド『クライム』のルール。今日から貴方がクライムのリーダー」
「は、……?」
「私はリリ。よろしく、リーダー」
――――チリンチリン――――
扉に取り付けてあるベルの音を聞いて、タクミは掃除をしていた手を止めた。
「いらっしゃいませー」
今日一番のお客さんだ。
営業スマイルでそっちを向くと、そこにいたのはこの国で一番の規模を誇ると言われているギルド『リンドウ』の幹部様二人。
「今日はお早いんですね。リックさん、ハミルさん」
「お、今日は俺たちが一番客か?」
「はい。なににしますか?」
リックさんとハミルさんはギルド『リンドウ』の幹部の内の一人。
リンドウはメンバー数100人を誇る大規模ギルドでその幹部となればかなりのお偉いさん。
リックさんはいつも明るい感じの人で、ハミルさんは凄い謎。
ハミルさんはいつでもローブを着ていて体型も顔も全然分からないし喋るところも見たことないから女か男かも怪しいところ。
「じゃあいつもの酒となんかオススメ作ってくれ。ハミルの分も頼む」
「はーい」
俺は返事をして厨房に入った。
「リリ。注文入ったぞ」
「りょーかい」
厨房にいる小学生低学年くらいの背丈の少女。名前をリリ。
この子は俺がリーダーを務めるギルドの幹部。
見た目は幼くてあどけない感じだか、実際はかなりのやり手だ。
そしてこの居酒屋『ロサレス』の厨房スタッフでもある。
* * * * *
俺は約三週間前まで、普通の男子高校生だった。
モデルなんてものをなんとなくやっていて、まあそれなりにモテたしダチもいたし中々に充実してたんじゃねーかなとは思う。
そんな時に、ストーカーが現れた。それが可愛らしい女の子ならまだしもストーカーは同い年の男。
確かに俺はかっこいいというよりは綺麗のほうが似合うと言われるようなタイプで、街中でも何回か男に声をかけられたこともあった。
ストーカーなんて放っておけばいいと思っていたのだが、暫く姿を見なくなったある日。
今までこそこそと姿を隠していたのに、その日は俺の前に出てきた。丁度撮影帰りで、マネージャーに家の近所まで送ってもらったところだった。
そいつが現れたのは近所の橋の上。その日はかなりの土砂降りで、俺は傘をさしていたけどそいつは傘を持ってなくてずぶ濡れ。
どうすればいいのかと悩んでいると、そいつがいきなり飛びかかってきた。かなりの力で、今までフードのせいでひ弱な奴かと思っていたのだが、実際はモテそうな顔をしていたし背も俺より高かった。
そのせいで俺はそのままそいつと雨で濁流になっていた川に落下。まぁ所謂無理心中。
* * * * *
そして目が覚めたらこの世界にいた。
最初はかなり戸惑ったが、この世界に来たときには店も持っていて普通に生活が出来る環境だったから案外楽しい。
店も繁盛してるし仲間もいる。
まぁ仲間と言っても全員犯罪者だが。更に言うと指名手配級の。
なんでこうなったんだろうとは思う。勇者達の間でも有名な犯罪ギルドのリーダーになるなんて。店の経営までは上手くいっていたはずなのに。
「店長。お料理、運んできていい?」
「ん、あぁ。ありがとう、リリ」
リリがとてとてと歩いて料理と酒を乗せた盆を運んでいった。
俺がリーダーを務める犯罪ギルド『クライム』は、リックさんやハミルさんが所属するリンドウが目の敵にしているギルドで、まぁ正体がバレたら俺はヤバイと思うけど、この店を辞めたら金銭的にヤバイから致し方ない。
と、また扉のベルが鳴る音がした。
夜になるにつれて客がやってくる。この店は中々に勇者さんたちには有名になりつつある店なのだ。
この後はまたギルドの仕事があるけど、とりあえずこの間だけでもそんなことは忘れて店長をしていたい。