それは核心に至る。
CYM.exeというVRゲームは、初回起動時以降にエラーによってプレイ不能に陥った。
Felixがアップロードした最新版で、再度プレイできるようになったが、ある日、ログイン後に不明なエリアにリスポーンした。
私はすっかりCYM.exeにハマっていた。
初回起動の異常終了から程なくして、Felixから修正版のファイルがアップロードされた。
ほぼ100%VR酔いした私がCYM.exeでは全く酔わない。三半規管が強化されたかと思って他のゲームを試してみたが、1時間後には便器いっぱいに吐き散らかした。
最新のゲームではVRに弱い人に向けたなんらかの対策も練られているのだろうか?
ふーっと大きく息を吐いてVRゴーグルを外した。
一気に2ミッションをこなして達成感に浸る。このゲームの臨場感は怖いほどだ。
Felix -> MicoちゃんまだCYMやってんの?
Mico -> ちょっと今休憩中〜 一気に2つクエ終わらせた
Felix -> やってるねー 俺もさっき1個デカいクエ終わらせたわ
Oshiruko -> Mico氏、VR酔いするんじゃなかったん?
Mico -> これだけ酔わないんだよね〜
Oshiruko -> カメラワークとかで酔いにくい環境にしてるんかね
CrimsonX -> おいっす
Felix -> クリちゃんおっすおっす!
Mico -> クリムゾンさんとかレアモンスターだ こんばん〜
Oshiruko -> クリムゾン氏、最近忙しかったん?
CrimsonX -> 最近修羅場でさぁ 機密だから言えないけど
Oshiruko -> ここは天下のディープウェブなのぜ?機密の1個や2個漏らしたとこで特定不能だぜ
CrimsonX -> 性格柄それは出来なくてな。ニュースになってるとだけ漏らしとこう。
Felix -> ニュースといえば警察の偉い人が殺されたってな 厳重警護されてる中で
Mico -> ターミネーターでも来たのかなってレベルだよね
CrimsonX -> 警察の警護をど真ん中から突き破って殺人とかもうファンタジーだよな。
Oshiruko -> 噂によると警察内部にも仲間がいて仲間割れもあったとかなんとか
CrimsonX -> 根も葉もない噂だな
Oshiruko -> まぁ噂っつっても俺が警察の資料にクラックかけて奪取した内容なんだけどな
CrimsonX -> あのさぁ・・・
Mico -> Oshirukoも結構ファンタジーだよね
Oshiruko -> いえーい俺氏魔法少女だぜ⭐︎ミ
Felix -> 独身実家暮らし社畜魔法少女wwwwwwwwww
Oshiruko -> 殺されてぇかIP Address:192.168.xxx.xxx
Felix -> ごめんなさい許してくださいマジ勘弁
Felix -> つーかなんで複数プロキシ経由してんのに生IPバレてんのwwwマジファンタジーwww
Mico -> そろそろゲームするから落ちるわ〜 おつかれさま〜
Felix -> またCYMやるの?
Mico -> うん
Felix -> 熱心だねぇ
Oshiruko -> あまり出所不明のソフトウェアやるのは感心しないぞ☆ミ
Felix -> 今日ずっとそのキャラ通すつもり?
CrimsonX -> キッツ
Oshiruko -> はーまた俺氏のことバカにしやがったな。落ちるからなこの野郎☆ミ
数時間この流れが続きそうだったので無言でIRCクライアントを落とした。
CYM.exeを起動し、VRセット一式を装着する。
接続開始・・・ログイン開始。
「ん?」
いくつかのエラーメッセージが表示され、画面にノイズが走った・・・が、問題なくログイン完了。このバグゲーが。
リスポーンした地点は・・・特徴のない空間だった。天井に照明が並んでいるコンクリート造りの窓のない空間。
[チュートリアル: Mind_Overrideについて]
[ナノボット製のあなたの意識はナノボット内に電気的な情報として記録され、エミュレートされています。]
[Mind_Overrideコマンドを使用することでErr_Noc_013_OpenErr]
「そこまでだ。」
空間の中央に霧、もしくは小虫の集団のような、小さな何かが集結する。
脚、胴体、腕と形作っていき、最終的には人型になった。
頭部はあるが顔面のない流線型が特徴的な人型ロボットのように見える。
HUDには「Noc_013」と記載されていた。
何かのイベントだろうか。
「お前は何をしているのか理解していない。」
「今すぐCYM.exeからログアウトし、その存在を忘れろ。」
この手のイベントは大抵ボス戦で、それを打倒すれば新たな力が手に入るお決まりの展開だ。
もしくはハックロム対策の攻略不能なボスか。
ファイティングポーズをとって挑発してみる。
「やはり理解していないか。」
「ならばお前は学ぶことになる。」
Noc_013が姿を消し、一瞬のうちに眼前に迫っていた。
「痛みを以て。」
Noc_013の掌底が私の胴体を破砕した。
同時に、激烈な痛みが全身の神経を這い回った。
「ーーッ!?何これ!?」
VRに痛覚同期なんて存在しない。精々瞬間的にコントローラやディスプレイを振動させてダメージを表現する程度だ。
痛みで体を動かせない中、Noc_013がゆっくりと迫る。
脚部に意識を集中して、飛び跳ねた。
しかし、空中に出現したNoc_013に叩き落とされ、再び死にかけの虫のようにもぞもぞと四肢を動かして痛みを堪える。
このゲームの設定では全身がナノマシンで構成され、受けた損壊が自動で回復する。
それは今も正しく作動しており、傷は全て癒えていた。
「あんたは何なんだ!」
と叫んではみたが、うちにマイクはない。相手には聞こえないし、そもそもマイクコントロールがCYMに実装されているかも不明だ。
「これは遊びじゃない。」
「お前は取り返しのつかないことをしたのだ。」
「ログアウトし、CYMを削除しろ。」
過度にのめり込みすぎて幻痛を味わっている?
この床の冷たさは何だ?
全てがあまりにもリアルすぎる。
こんなの、VRのレベルじゃない。
HUDにテキストメッセージが浮かび上がる。
[全身のナノボットの処理を一時的に加速させることで、あなたは相対的に時間を減速させることできます。]
[ナノボットに意識を向け、”Mind_Overdriver”を始動させてください。]
これもチュートリアルの一環なのか?とにかく相手を殺すか逃げるしかない。
私は全身に神経を巡らせ、加速させるイメージをした。
処理が加速し、相対的に世界が減速する。
今ならやれるか?これでダメならログアウトして仕切り直せばいい。
Noc_013の首を切断せんと、全力で突進し、手刀を振るう。
だが、全力の手刀はNoc_013の左手で容易く止められ、右腕には拳銃が出現していた。
「痛みでさえ学ばぬとは、畜生より愚かだな。」
ゆっくりと迫る弾丸が腹部に着弾した瞬間、弾頭が崩壊し、いくつもの破片として体内をズタズタに引き裂く。
加速した処理は痛覚さえも増幅させ、許容量を超えた痛みは意識をシャットダウンさせた。
CYMから切断され、全身に冷や汗を流したまま自室に倒れ込んでいた。
シャツを捲って腹を見てみる。外傷はない。
全てゲームの中の出来事だということにまず安堵した。
シャワーを浴びて汗を流しながら思案する。
思えば最初のチュートリアルから違和感があった気がする。
銃の反動や地面に着地したときの衝撃も現在のVR機器じゃ表現できないもの。
それに、痛み。地面に着地したときは衝撃だけで、痛みなど一切感じなかった。
最早”最新のVRゲームだから”という理由では通らない。
部屋着に着替え、再びCYM.exeを起動すると、
ログイン画面も表示されず、白く輝く部屋の中に出現した。
[またログインしていただけるとは思いませんでした。歓迎致します、白城 美子さん。]
[または、Micoさんとお呼びした方がよろしいでしょうか。]
HUDに表示されるテキストメッセージには私の名前が記載されていた。
[あなたの声は我々に届いております。どうぞ、疑問点等がございましたらお訊ねください。]
[あなたにはその権利と資格がある。]
私が聞きたいのはただ一つだ。
「このアプリケーションはなんなの?」