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それは始まりだった。

警察官である雑賀(サイガ) 晴樹(ハルキ)はここ最近多発している殺人事件を追っていた。

その中、警察庁宛に送信された犯行予告の動画。


予告の日、警察は大きな出血を強いられる。

冷たい顔つきの男がディスプレイを見つめて顔をしかめている。

白昼堂々と街中で行われた殺人事件の資料に目を通し、各種目撃証言や監視カメラ映像の内容から報告書を作成している。


「またか」と男は類似の事件の資料を取り出す。

殺害方法は全て射殺。犯行は他人の目撃を恐れない大胆なもので、

人通の多い街中や日中のオフィス内など人目につく場所でも構わず実行されていた。


そして、最も気がかりなことは、逃走後の足取りがつかめないこと。

多くの市民や監視カメラを掻い潜って姿を眩ますことなど不可能ではないか。

警察の身分で言うのは憚られるが、今の日本・・・もしくは今の先進国はもれなく監視社会だ。

日本だけでも700万台近い監視カメラが24時間持ち場を監視し続けている。


犯行現場付近の監視カメラはもれなく故障。どの類似事件でも上記の現象が発生していることから、なんらかの方法で妨害されていることは自明だ。

SNS等で上記事件の書き込みや参考人聴取の結果から犯人は20代から30代の男であるが、

類似の事件では性別が一致しないこともあり、なんらかの犯罪グループが関わっているのか調査が行われている。


「雑賀さん、召集です。同席願います。」


ポニーテールの愛らしい女性・・・部下の森下文香というが、呼びかけられ召集に応じた。


会議室に所狭しと人が集まっていた。


「揃ったか。」


工藤警視。既に50代に近い彼が直々に会議を取り仕切ることは珍しい。


「本日、警察庁宛に犯行予告の動画が送られた。まずそれを見て欲しい。」


端末を操作し、スクリーンに動画が再生される。

ウジャトの瞳を彷彿とさせる青いマークが大きく表示され、女性の音声が流れるという内容であった。


「結論から述べます。”ジェノサイド・ジェイク”の釈放を要求致します。

別途送付したテキストに日時と場所を指定していますので、それに従い”ジェノサイド・ジェイク”の身柄を輸送して頂きたく存じます。」


「これに応じない場合は、羽田長官を殺害致します。」


会議室にどよめきが走った。


「これは児戯ではありません。その証明のため、来週の水曜日に松平警視総監を殺害致します。」


「貴方方がいかなる方法で御仁を警護しようとも、我々は必ず成し遂げます。

もしこれを信用し、要求に応じるとのことであれば別途送付のテキスト②に記載のラジオ局から、指定のAM周波数でその旨をお伝えください。」


「信用していただけるとのことであれば、警視総監の殺害は致しません。」


「無関係な人命が失われることは我々にとっても不本意なものです。聡明な判断を下していただけるよう、よろしくお願い致します。」


沈黙。動画の再生が終了しても、しばらく誰も口を開くことはなかった。


ジェノサイド・ジェイク。大規模なDDoS攻撃の実行犯だった男で、ディープウェブでサイバー犯罪の代行を行うなどして利益を上げていたブラックハット・ハッカーだ。


その名は彼自身が使用していたハンドルネームで、GJと名乗ることもあった。

雑賀が所属するサイバー犯罪対策課がGJの運営するサイバー犯罪コミュニティに接触し、囮捜査紛いの方法で強引に逮捕に漕ぎ着けた。


元は軍事目的で開発されたディープウェブが担保する匿名性の高さには定評があるが、

現在となっては軍事利用ではなく、犯罪者やクリプト・アナーキスト共の巣窟となっており、その匿名性の高さから捜査は困難を極める。


つまり、端的に言えばGJを逮捕するは骨が折れたし莫大な時間を費やした。

そんな奴を釈放しろというのは簡単に納得できるものではないし、我々は昔から犯罪者の要求には中指と拳銃を突き立てて応えるのがポリシーだ。


とりあえず、会議を動かさなければ。


「まず、犯人の要求は信用すると伝えてはどうだろうか。警視総監に警護をつける必要はあるが、もし動画内での発言が本当であるとするならば信用すると伝えるだけでリスクは軽減する。」


雑賀の言葉に、工藤警視が異議を唱えた。


「確かに要求を飲むと伝えるだけでリスクは減る。しかし、我々にアクションを起こさせて”警察を動かしてやった”なんて幼稚なイタズラに興じるだけの輩である可能性を誰が否定できる。」


「警視総監には厳重な警備をつけるだけで十分ではないかね。

AM電波という公共の電波で”動画を拝見しました。信用します。”というメッセージを安易に発信すれば模倣犯が現れる可能性がある。」


確かに、警視の言っていることは正しかった。警察庁長官や警視総監を殺害するなど、字面のインパクトは大きいが、警護をつけるだけで十分だ。

普通に考えて、もし本当に襲撃があったとしても訓練を積んだ警護のプロ集団を出し抜いて殺害を実行するなど不可能ではないか。


「考えが至らず、申し訳ございません。」


雑賀の謝罪に警視は「その必要はない、会議を動かしてくれたことを感謝する。」と言った。


「合理も面子も取らなければならないのが警察だ。慣れるまでは難しいだろうが頑張ってくれ、期待しているよ。」


警視はそうフォローして会議室を去った。


私は大学を卒業してからセキュリティ系のIT企業に入社し、キャリアを積んでから警察のサイバー犯罪専門の課にヘッドハントされた身だ。どうしても”面子を保つ”ということを意識することができないのだ。


「あの映像の犯人。もし悪戯ではなかったらすごい自信過剰なヤツですよね。」


森下はデスクにコーヒーを置きながら言った。


「我々は必ず成し遂げます。か。 この心配が杞憂に終わることを祈るよ。」



ーその5日後


7/11(水) 松平警視総監邸宅前。

邸宅の前は警護の警察隊で物々しい雰囲気が漂っている。

特型警備車や武装警官らが邸宅を取り囲み、招かれざる客を待っていた。


「各班警戒を継続。30分ごとの現状報告を行い、異常があった場合は適宜報告せよ。」


松平警視総監は狙撃対策に窓のない地下室への待機を指示され、些か不服そうな態度を見せていた。


「警視総監。少々辛抱ください。」


「わかっている。」とぶっきらぼうに言い放ち、タバコを咥える。


21:00 異常なし。

21:30 異常なし。

22:00 異常なし。

22:30 異常なし。


23:00ジャストに、邸宅の庭に巨大な砂袋を落としたような大きな音がした。


「こちらC班! 庭に何かが落下しました!」


警官の報告を皮切りに邸宅内に雪崩れ込む警察隊。


「地下室に急げ!」


「こちらC班、落下地点と思われる場所の地面が抉れているが、物体は視認できず。繰り返す、物体は視認できず!」


報告を行った警官の近くの生け垣から何かが勢いよく飛び出し、邸宅の窓ガラスを粉砕、突入した。


「動くな!」


警官が何者かに拳銃を向けたが、その時には”何者かは”懐に潜り込み、その右腕で激烈なアッパーカットを繰り出す。

脳が揺さぶられ、現状が把握できない。 次の瞬間には、”何者かは”警官の心臓に2発、頭に1発の銃撃を加えて邸宅内に戻った。


「一人殺された!正体は不明!」


邸宅内地下室の入り口とその通路付近には大量の警察官が拳銃を構えて警戒していた。


「うぅ・・・少し気分が・・・」


地下室入り口の通路を警護する警官の一人が顔を青くしながら崩れ落ちた。


「少し後方に行くか?」


その先輩にあたる警官が肩を貸したその時、顔面蒼白の警官が銃を先輩に突きつけ、発砲した。

続けて付近の警官2名に発砲する。


「お前ッ!何して!」


腕に被弾した警官は一瞬で拳銃を抜き、顔面蒼白の警官の両足を撃ち抜いた。

しかし、痛がる素振りは一切見せず、再度発砲の体制に入る。


「クソが!」


発砲される前に他の警官が顔面蒼白の警官の頭を撃ち抜いた。


直後、地下室への入り口のドアが跳ねるように吹き飛び、人ならざる速度で何者かが侵入。

地下室に繋がる通路を警護していた警察4人を秒殺し、地下室に飛び入る。


“何者かが”地下室に飛び入った瞬間、超人的な反射神経で警察官が発砲する。

腕と太腿に命中を確認し、追撃の体制を取る。


「動くな。それ以上動くと死ぬぞ。」


瞬きした瞬間、そこに”何者かの”姿はなく、背後を振り向こうとした瞬間に首をへし折られた。

残り2名の護衛警官のうち一人は明らかに殺意を持ってもう一名の警官を射殺し、拳銃を”何者か”に渡す。


拳銃を受け取ると、元の持ち主を撃ち殺し、警視総監の頭部に2発銃弾を叩き込んだ。


同時に地下室へ応援に来る警察隊。


しかし、彼らが目にしたのは全滅した警護と警視総監の姿だけだった。



落下物確認から、わずか5分足らずの惨劇であった。


大量の殉職者を出し、結果的に護衛は失敗。

護衛警官による2件以上のフレンドリーファイアも報告されており、その後始末に多大な時間を費やすこととなった。


実行犯の戦闘能力の高さから、特殊部隊経験者に絞られて調査が進んだが、一向に進展せず、GJ釈放を求める期限が訪れた。

GJを囮に、引き取りにきた犯人を狙撃にて逮捕する作戦が立案されたが、約束の場所に到着した瞬間にGJは痙攣を起こし死亡した。


もちろん犯人を捕まえることもできなかった。


後日、警察庁宛に動画ファイルが届き、「ジェノサイド・ジェイクは頂いた。協力に感謝する。」というメッセージだけが残されたのだった。

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