第1部第4章 行方不明
台風は夜の間に通過した。翌朝、雲一つない快晴だった。昨日の暴風雨はうそのようだった。
生徒たちが登校してくると、教員たちが騒がしくしていた。そして誰かが言った。
「裏山で土砂崩れがあったらしい。」
始まりはこの一言だった。
裏山を見に行く生徒たち、それを止める教員たち。
幸成が登校してくると、既に裏山での出来事は広まって、グラウンドの方に生徒たちが集まっていた。
教室にくると、ほとんどの生徒が野次馬をしていた。残っている生徒は数人だ。
智樹も野次馬をしに行くところだった。
「おはよう、ユキ。なぁ聞いたか?裏山で土砂崩れだってさ。あの裏山がだぜ?見に行かないか?」
「智樹、やめた方がいい。どうせ見に行っても人が多くてまともに見えないさ。ここは中学校も併設されているんだから、野次馬の数はすごいことになってるぞ。」
「ん?ユキ、興味ないの?」
「まったく。てか、人混み、嫌い。」
幸成はかばんを置いて席に座った。智樹は幸成の前の席に座った。
「そういえば、香知らないか?」
「え?香?今日はまだ見てないけど、どうかしたのか?」
「うーん。昨日、香から変なメッセが来たろ?あの後こっちからもメッセ送ってるけど、いくら送っても返事なくて、朝電話したけど繋がらなくてさ。」
「充電切れたのに気付かず放置とか?香、そういうとこあるし。」
「でも、電源切れてたらコール音なしに何かメッセージ流れるやろ?あの、電波が届かないとか、電源が切れてるとかなんとか。」
「あぁ。携帯会社によって微妙にメッセが違うやつな!」
「朝電話したけど、そのメッセージが流れなくて、コール音が鳴ってたんよ。だから、電池切れはないと思う。」
「じゃぁ、マナーモードとかにして気づいてないとか?」
「うーん。」
智樹は落ち着きなくスマホをいじりだした。
「お前、何かしたのか?香を怒らせるようなこと。」
「は?してねぇし。絶対ねぇし。」
智樹は怒って自分の席へ戻っていった。
8時30分になりHRが始まった。廊下にいた生徒たちが教室に入り、自分たちの席に座り出した。少し遅れて担任の深山裕子がやってきた。
「Good morning. Every one. Sorry I’m late.本当にごめんね!電話がかかってきて遅れちゃいました。すみません。」
深山は若いがしっかりしていて授業やHRに遅刻したことは一度もない。真面目だが授業中やHRでも英語を使い、明るくて生徒からも人気が高い先生だ。
そんな深山がHRに遅刻したことに、生徒はみな驚いていた。
「OK. I call your name, so when I call your name please up your hand.出席とるよー。秋山君。井上さん。」
深山は順に生徒たちの名前を呼び上げ、出席を取っていく。そして、宮村の番が来た時、先生は彼女の名前を呼ばずに飛ばした。
「先生、宮村さん飛ばしてますよ。」
誰かが言った
「宮村さんは今日欠席なの。さっきお父さんから電話があった。昨日の雨で風邪ひいたそうです。あまり気にしないでくださいとのことです。」
これで智樹も一安心だろうと幸成は思った。だが、この時の先生の様子がおかしいことに気が付いた。
HRが終わると幸成の元へ智樹がやってきた。
「香、風邪だって。だからメールも電話も出なかったなんだな。電話はともかく、メッセに返事がないということは、風邪、ひどいのかもな。」
「風邪ひいてるときって、どんなやつでも寂しく感じるもんだから、返事無くてもメッセは送ってやれよ。」
「あ、田郷君、ちょっと来てくれるかな。柏木君も一緒に。」
突然2人は深山に呼ばれた。
「なんですか?荷物運びですか?あ、デートのお誘いならすごく嬉しいですけど、俺にはもう心に決めた人がいるんで。」
「なーにバカなこと言ってんの。柏木君、あんた宮村さんと仲いいよね?てか彼氏だよね?」
「え?はい。知っているならデートに誘わないでくださいよ。」
「誘ってない。」
深山は持っていた出席簿で智樹の頭をたたいた。
「二人とも、今から一緒に職員室に来て。質問は行ってから聞くから。」
「いや、でも授業が・・・・」
「いいから、来なさい。田郷君も、いいね。」
「は、はい。」
いつも明るく優しい深山。今まで一度も怒ったことがない深山が、珍しく怖い顔できつく言った。
2人は黙って深山についていった。何か緊急事態であることはすぐに分かった。職員室に入ると、先生はほとんどいなかった。後で聞いた話だが、どうやらほとんどの先生がグランドで土砂崩れの跡片付けを行っていたらしい。今いるのは電話番の事務員さんとHRから帰ってきた先生が何人かだけだった。
ふと、智樹を見ると、自分の腕時計を見ていた。1時間目の現代社会は小テストがある。それを気にしているのだろう。
深山先生は職員室を横切って奥へ奥へと入っていき、校長室の前で立ち止まった。
「ここ、校長室ですよね?深山先生、俺たちに何の用ですか?」
「良い?この中で今からする話はまだ生徒たちには秘密にしてるの。だから他言無用で。」
深山先生は扉をノックした。中から男性の声で返事があり、扉を開けた。中には見覚えがある顔と見覚えがない顔がいた。
2人は中の人たちを見回した。校長はともかくとして、ソファーに座っていた夫婦は見覚えがあった。香の両親だ。おばさんはハンカチで涙を拭き、おじさんはおばさんの背中をさすっていた。そして窓際に立っている中年のがっちりした男性と若い女性の2人。幸成たちをみて軽く会釈した。
「校長、田郷幸成と柏木智樹を連れてきました。」
「深山先生、ありがとうございます。」
幸成と智樹はこの状況がまったく理解できていなかった。校長は2人に笑顔を向けた。校長が口を開こうとすると、別の女性が先に口を開いた。
「柏木、智樹?あんた、香と仲が良かったわよね?香は?香はどこ?ねぇ、知ってるんでしょ?香は?香はどこなの?ねぇ教えてよ。香はどこにいったの!?」
香のお母さんはフラフラとこちらに歩いて来ると、智樹の肩をつかみ、強く揺さぶった。以前会った時とはまったく別人のように顔が白くなっていた。
奥から香のお父さんが慌ててやってきて、おばさんを引きはがした。おばさんをおちつかせると、座っていたソファーに戻っていった。
ソファーに座ると、おばさんはうつむいてハンカチで目を抑えた。
「田郷くんと柏木くんだね。事情は今から説明するから、とりあえず座りなさい。」
2人は校長に言われた通り、ソファーに座った。深山はその後ろに立った。そして校長は全員を見回した。
「田郷君と柏木君、こちらは宮村香さんのご両親だ。会ったことはあるかな?」
「はい。」
2人はともに返事をして挨拶したが、おばさんはうつむいて涙を拭いていた。おじさんはかろうじてこちらに会釈をしてくれた。
「それから、あちらの二人は湖東警察署の刑事さんたち。」
「どうも。初めまして。湖東警察署の前島修です。こちらは部下の笹木。」
「初めまして。笹木鳴です。」
2人は胸元から身分証を出してこちらに見せた。
幸成と智樹は驚いた。そして智樹は立ち上がって笑い出した。
「まったく。刑事さん。香、何をしでかしたんですか?万引き?窃盗?何にしても、それは何かの間違いですよ。香のやつ、多少バカなところもありますけど、根はしっかりしててまじめです。何かと問題に巻き込まれやすい体質なんで、きっとそれも巻き込まれただけですって。もぅ。学校にご両親まで呼んで大騒ぎしなくても。」
幸成にはわかっていた。香になにかよくないことが起こったのだ。それは警察が関与するような大事で、自分たちは何か知っていると思われている。そして、それは智樹もわかっている。それを認めたくなくて無理に笑っていると。
幸成は智樹を座らせた。それを見て、校長は話をつづけた。
「今から話すことはまだ生徒たちには伏せていることだから。他言無用で頼む。実は、君たちのクラスメイトの宮村香さんが、昨日から家に帰ってないようだ。今朝になっても帰ってこなくて、ご両親が警察に捜索願を提出なされた。」
2人は耳を疑った。香が昨日から帰っていない。つまり、どういうことか?
「香・・・・」
智樹はうつむいて黙ってしまった。
「香が、昨日から行方不明ってことですか?」
幸成は口を開いた。
「校長先生、ここからは私が話ましょう。田郷くんと言ったかな。今現在、宮村香さんの足取り、あ、どこで何をしてたかってことね。その足取りは昨日学校に来て、生徒会の集まりに出た。その後、君は宮村香さんと一緒に正門を出たよね。そこまでは正門の監視カメラの映像で確認が取れたんだ。ちょうど2人が確認できたすぐ後から、人が多すぎて確認できなくなったんだ。その後、宮村さんはどうしたのかな?」
「そのあと・・・・正門を出たあと・・・・・」
「そうだ。正門を出た後、どうしたのかな?宮村香さんと田郷君、そして柏木君の三人は出身中学が一緒で仲がいいよね。よく一緒に帰ってるって聞いたけど、昨日はどうだったのかな?」
「昨日、正門を抜けた後・・・・バス停でバスを待ってました。」
「バス停までは宮村香さんもいたんだね。それから?」
「それから、香は定期を忘れたって、生徒会室に戻って・・・・」
「ほぅ。生徒会室に戻ったのか。それで?」
幸成は前島の質問に素直に答えていた。すると智樹はボソボソと何かを言い出した。
「ん?柏木君、だったかな?何か知っているのかい?」
「・・・・が、・・・・・・ば。」
「ん?すまない、もう一度言ってくれるかな?」
「・・・前が、・・・・・れば。」
智樹はボソボソと言った。すると、さっきまでうつむいてハンカチで目を抑えていたおばさんがゆっくりと顔を上げ、幸成を見つめた。
「お前が、香と一緒にいれば。」
「そうよ、あんたが、あんた香を、香をどこにやったの。返して、香を返して。」
おばさんは間にあった机に乗り、幸成の肩をつかんで訴えた。おじさんと深山先生、校長の3人がかりで引きはがされたおばさんは、まだ暴れていた。おじさんと深山先生が引きずるように別室へと連れて行った。
応接室は一気に静かになった。
前島刑事はため息をついて、幸成への質問をつづけた。
「えーと。宮村香さんは生徒会室に戻ったんだね。田郷くん、宮村さんにはそれ以降会ったかな?」
「いえ、その後1人で帰ったので、香を見たのはそれが最後です。」
「そうか。その時の宮村香さん、何か変わった点とかはなかったかな?悩んでいたとか、どこか行くとか言ってなかったかな?」
「何も・・・・。いや、そういえば・・・・。」
幸成は昨日の出来事を思い出していた。
「昨日、香と別れた後、変なメッセが智樹のスマホに来ました。」
前島刑事はポケットから手帳を出し、めくり出した。
「どんなメッセージが来たのかな?できれば見せてもらえるかな?」
智樹はスマホを操作してメッセージを表示させた。
「ごめん、迎えが来る。いかなくちゃ。さようなら。」
前島刑事はメッセージを読み上げた。そして手帳の開いたページを見た。
「このメッセージ、君にも届いていたんだね。ふむ。」
「君にも、って。他にもこのメッセージが送られていたんですか?」
「ん?あぁ、まぁいいか。柏木君に来たこのメッセージと同じメッセージ、同時刻にご両親の元にも届いていた。おそらく3人とも一斉送信されたんだろう。」
前島刑事は立ち上がり、笹木と何かを話していた。
「お前が・・・・」
ふと、智樹が口を開いた。
「お前が・・・・」
再度智樹は口を開いた。うつむいて、肩を震わせていた。
「お前が一緒にいたら・・・・」
智樹はゆっくり立ち上がった。
「智樹?どうした?」
幸成は智樹の様子がおかしいことに気づき、声をかけた。智樹は顔を上げ、幸成の方を向いた。いつもの智樹とは違い、その目からは何か恐怖を感じた。目はうつろで瞳は暗く、目をそらせなかった。
そして、智樹は幸成に掴みかかった。
「お前が!香と一緒に戻っていれば!」
智樹は声を荒げて叫んだ。幸成の胸倉をつかみ、前後に揺らした。
「なんでなんだ!お前が、お前が香と一緒にいれば、なんでなんだ!」
幸成は目を背けた。背けることしかできなかった。
智樹は手を放した。そして、幸成の顔を力強く殴った。
校長と前島刑事は慌てて智樹を止めに入った。智樹は幸成に叫び続け、手足をばたつかせていたが、幸成から引き離され、応接室から連れ出された。
幸成は口元を触った。血が少し出ていた。口の中を切ったらしい。殴られて痛みがあり、少しほおがしびれていた。笹木が幸成に近づき、ハンカチを渡した。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。」
幸成はハンカチを受け取り、口元を抑えた。血の味がする。
立ち上がり、ソファーに座りなおした。
「宮村さんと柏木君のこと、教えてもらってもいい?」
「智樹は、香のことが好きでした。恋人同士になってから、あいつら、お互いに もっと好きになり出したと思います。誰が見ても、あの2人は普通の恋人同士よりも仲が良かった。子供のお遊びと思われるかもしれませんが、本当に2人はお似合いでした。香がいなくなって、智樹は混乱したんだと思います。誰かを攻めないと、自分を保てなかったんだと思います。だから、最後に会った俺のせいだと。間違いではないですよね。俺が一緒に戻っていれば・・・・」
「そんなことは・・・・」
「笹木さん、でしたっけ?」
「えぇ。」
「香は、本当に行方不明なんですか?」
「ご両親から捜索願が出されてからまだ時間がそう経ってないから詳しくはわからないけど、宮村香さんの行方はまだわかってないわ。」
「香に、何かあったんでしょうか?事件に巻き込まれたとか、事故にあったとか?刑事さんたちが調べてるということは、事件性があるってことですよね?」
笹木は首を横に振った。
「今現在、この地域で事件や事故の発生の報告は無いの。私たちが捜査しているのは、ご両親に本人から謎のメッセージが届いたから。柏木君にも同じメッセージが届いていたのよね。前島さんも、まだ理由はわからないけど、宮村さんは自分の意志で行方をくらましていると考えているの。」
幸成はゆっくりと顔を上げ、笹木をみた。
「つまり、どういうことですか?」
「現時点で私たちは、宮村さんの失踪は、事件性はなく、ただの家出と判断しています。」
幸成は再びうつむいた。