第8話:君成す出逢いに、御用心!?(4)
薄く平べったい月の光が、夜空を照らしている。
街灯が所々に並ぶ街では、星は数多く見ることはできない。
だが、それでも不夜城という訳にはいかないのだろう、早々に明かりを消した街には一部を残して静けさが漂う。
(……この国の街灯って、どういう風になってんのかな? 電気な訳…は無いよな?やっぱ、油かな? あ、魔法だったりするのかな?)
そんな静けさの漂う街道に黒髪の少年が、ぽつりぽつりと歩いていた。
体に纏うボロ切れは凄まじく、背中に刺した布切れは、やはりボロであった。
そんなボロボロの少年ヒイロは、こんな夜中に宿も取らずに街中を徘徊していた。
(はぁ、しかし、なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ? …あの女。そうだ、すべてあの馬鹿女が悪いんだ)
ヒイロは、この事の発端である桃色髪の少女の事を思い出す。
そう、そもそも自分が、こんな夜中に街を徘徊することになったのも、こんなみすぼらしい姿になったのも、あの馬鹿女、あの桃色髪をした少女の所為なのだ。
ボロボロの衣服を見て彼はそう思った。
そして、この街に到着した頃の自分を思い出す。
確かに、あの時も衣服とは言えないぐらいに服はボロだった。
しかし、かろうじてあれは服であった。しかし、しかしだ。
いま、自分が着ている物は何であろうか?ボロだ。いや、ボロボロだ。羽織ったマントは、ボロ雑巾。穿いたズボンは穴だらけ…。
もはや、これは服と言うより、布切れである。
ヒイロは己の姿にガクッと肩を落とす。
同時に夜で良かったと心からそう思った。
こんなみすぼらしい姿は、大衆の前でそうそう晒せるものでは無いからである。
「ボロボロだな、主よ?」
背中に差した魔剣・アイゼルがヒイロに問いかける。
「うるさい…しょうがないだろ? あの野良犬どもが好き放題やってくれたんだから…」
「ふぅ、オオカミにさえ勝ったというのに、ノラ犬には勝てぬのだな、主よ?」
主人であるヒイロのあまりにも無残な醜態にアイゼルが軽くもため息をつく。
それに、対してヒイロはムスッと、しかめっ面をするが、何も言わず無言のままで歩みを速める。
路地裏先の野良犬横丁。
ヒイロは、ここまでの事を思い返す。
ヒイロは桃色髪の少女を探す上で、町中の至るところまで調べ尽くしていた。
この広大な城下町は、本当に馬鹿みたいに広く、端からは端まで行くのにも、かなりの時間を要した。
しかも、この街の真ん中に、これまた馬鹿みたいにドでかいお城があるのだが、どうやら、それを守るために、街には色々な仕掛けが施してあるようなのだ。
敵が簡単に城へと、たどり着けないようにしてあるのだろう。
そのせいで街は、さながら迷路。
しかも、この迷路のように入り組んだ街には、地図というものが、まったく見当たらなく。
その為、ヒイロは泣く泣く普通の道を無視して、前へと進むしか無かったのである。
そして、そこへ路地裏先の野良犬横丁だ。
さながら迷路のような城下町。
いちいち行き止まりになったからといって、元の道に引き返してまた別の道を行くなどと毎回毎回、同じことを繰り返していては、日が暮れる……どころでは無いのだ。
そこで、ヒイロは考えた。
その行き止まりの向こうには、同じく道がある。
しかも、後戻りをして別の道を辿った結果の道らしい。
ならば、話は早い。
乗り越えれば良いのだ。
そういう訳で、ヒイロは、どこぞの姫君と同じ結論に至り、行き止まりの路地裏に置いてあった、ゴミ捨て樽に足を掛けて、塀を乗り越えることにした。
と、まぁ、そこまでは良かった。そこまでは良かったのだが、その乗り越えた先。そこにあった物。
それは、確かに道。
次へと進むことの出来る表道であった。
そう、その目の前に居た数匹の体格ある『野良犬たちを越えた先にある』のオマケ付きではあったが…。
後は、お察しの通り。
塀を乗り越えた先で、勢い良く野良犬たちの上に乗り込んだヒイロ。
そんな彼を、その野良犬たちがアレやコレやと噛みつき引っ掻きの大騒動。
命からがら抜け出したヒイロであったが、見るも無残に、生傷とボロ切れと化した衣服のなれの果てであった。
「えぇい、ちくしょう!!これも!それも!!どれも!!!あの馬鹿女の所為だ!!見つけたらただじゃおかねぇ!?」
もはや、ヒイロがあの少女を探す動機は、怒りへと変わりつつあった。
いきなり、同情という憐れみを与えられ、有無も言わさず渡された金貨と銀貨。
それから、その後の、金貨と銀貨を返却しようとした時の、あの態度。
そして、今に至るこの苦労。もはや、お金を返却するだけの事柄では済まない勢いのヒイロなのであった。
「……お出しなさいよ!?」
「?」
「さぁ、さぁ、さぁ!?」
と、内心ムカムカのヒイロ。
そんな彼の耳に何やら話し声が聞こえる。
(はてな、こんな夜中に話し声?)
こんな真夜中の道先で、向こうの道から話し声がする。
まだ、夜も早い時間だが、いままで人っ子一人見ない状況での話し声。
一体、なんだろう?
と、ヒイロは、恐る恐る声のする壁の向こう側の道を覗き込んだ。
「!」
そこに居たのは、桃色髪のあの少女…それと、もう1人。
金の髪色をした背の小さな女の子が桃色髪の少女の前に、それは偉そうにドデンと立って居た。
(はっはーっ!? 見ぃつけたぜぇ、コノヤロウ!? てめぇ、見てろよ!? いま、この右手に持った金貨銀貨を、その鼻っ面前に突き返してやる!!)
ヒイロは桃色髪の少女を見つけるや否や、金貨銀貨を握り締めた右手に力を入れて、ドスドスドスと桃色髪の少女のもとへ歩みを始める。
疲労困憊、その身もボロボロ。
そんなヒイロの恨み辛みが相俟って、その握りしめた右手に集まる。
風を切り、颯爽と目的の少女の元まで歩いて行く。
少女との距離がみるみる縮まる。
すると、そんなヒイロに桃色髪の少女は気づいたらしく、ヒイロの顔を見て、その目を大きく見開かせた。
どうやら、驚いているようだ。
ふふん、と得意満面なヒイロ。
今に見てろ、目にもの見せてくれる。
ヒイロは意気揚々と彼女の元へと、歩みを速める。
「…あれ」
「えっ?」
そんな瞬間、桃色髪の少女が、ズビシッとヒイロの方へ、人差し指を突き出したのであった。
…
…
…
…
…
…
あれ? えっ? どれ?
魔術界切っての水の系統魔術のエリートを自負するフローア=ミッドルナは、頭の中にクエスチョンマークを描いて、更には頬に指を当てて、くにゃりと首を傾げる。
だが、しかし、そこに居たのは何ともみすぼらしい姿をした浮浪者のような男であった。
服は引きちぎれ、布切れと化して、顔は薄汚れ、はっきりと男の顔さえ確認出来ない。
(それで…どこかしら? わたくしの、ライバルである神の子とも言われる、カレン=ギースライド・シュフォンベルトの、使い魔は…?)
まさか、こんな汚らしい男が、それだなんてフローアは、天と地がひっくり返っても信じられない訳で、きょろきょろと辺りを見渡す。
だが、そこには誰も居ない。
否、彼しか居ない。
(えっと、つまり?)
どういう事かしら?
と、フローアはカレンの方へと体を向けるが彼女は先ほどと同じ恰好で、即ち、その薄汚いみすぼらしい男を指差したままの姿で立っていた。
それにさらなる困惑を増して、フローアは黒髪の浮浪者と桃色のカレンを見比べる。
そして、何度も何度も見比べている内になんだか可笑しくなってきて自然と笑いが込み上がってきたのだった。
「ぶふっ!? ふっ、うふふふふっ…うふふ、うふふふふふっ、あっは? あははっ、あははははははっ!? そう、そうですの? こ、これですの!? こ、? ぷふっ!」
と、フローアがそんなヒイロの姿に高い笑い声を上げた。
そんなフローアに対して何やら、
カチン!?
と、ヒイロは不快な感情を抱く。
これ?
初対面の人間に対して…これ?てなに?
「アストリナムに、古くからあると言われる貴族である貴女の使い魔が、『それ』ですの?」
今度は、ガチ〜ンと鳴った。
この女は、人の事を見るなり、『あれ』だの『これ』だの『それ』だのと、なんと不愉快な…。
ヒイロは、笑いながら自分を横目で確認してくる金髪の少女に強い不快感を表した。
「まったく、ミス・カレン? 嘘を付くにも、もっとマシな嘘を付きなさいな?」
フローアは、ひらひらと片手を中でひらつかせて御冗談をとカレンの言葉に嘲笑を送る。
「……」
それに黙って、フローアの態度に顔を俯けるカレン。
「……あ、あら。ミス・フローアともある貴女が彼の姿形で早計なご判断ね?」
「え?」
と、しかし、今度はカレンがフローアに対して顔を上げて嘲笑とひらひらと片手をひらつかせた。
「どういう…意味かしら?」
そんな不敵なカレンにフローアが眉を顰める。
カレンはフローアが眉を顰めたのをじっと確認すると、ふっ、と軽く笑みを浮かべて…
「私の使い魔は、普通じゃなくてよ…」
ズビシッと、その右手の人差し指をフローアへ突き出したのだった。