第6話:君成す出逢いに、御用心!?(2)
「信じられない! あんたなんで、こんな所でお昼ご飯を広げているのよ!?」
何な訳!?
と純白のドレスでは無いが純白の姫君カレンは、体ごとダイビングしてしまった漆黒の少年に文句を言う。
「知らねぇよ!? 関係ねぇよ!? てか、お前に非があるとは考えねぇのかよ!?」
だが、それに対して漆黒の少年ヒイロにも意見があって、彼はひたすらに己の膝元で倒れ込んでいる純白のドレスでは無いが純白の姫君を睨み付ける。
「うっさいわね! うっさいわね! うっさいわねーっ!! 私はいちいち回り道するのが面倒だったから、直進する為に壁を乗り越えようとしたのよ! 悪いっ!?」
なんて、目の前の少女の見事な逆ギレにヒイロはややたじろぐ。
(いや…悪いだろ? 普通にお前の方に非があるだろう?)
そんな訳で純白の姫君と漆黒の少年の果てしなく、譲り合いのない会話が延々と続く。
ドタバタとまるで仲の良い友達。
バタドタとまるで仲の良い兄妹のように。
「まったく、私は貴族よ? それが、平民のあんたなんかに文句言われる筋合いは無いわ!」
「はっ!? 貴族がなんぼのもんだ? 俺の知ったことじゃないねっ! だいたい、その……へにゃパイのどこが貴族だってんだ!?」
ズビシッと、ヒイロはカレンの心少ない胸元を指差す。
「なぁ〜!? ふざけじゃないわよ!? へにゃパイって何よ!? 大きくなったら、大きくなるんだからっ!?」
ヨ〜ソ〜ロ〜…と、船の進路の如く、2人の会話も進路が変わる。へにゃパイ、ふにゃパイ、ぺっちゃぷにゃパ〜イ!
瞬間、ヒイロのその言葉ともにズバンという鈍い効果音。カレンの右ストレートが見事にヒイロの顔面にクリティカルヒットを決めた音である。
「まったく〜、なによ、まったく〜……」
ふんっ!とカレンは、未だのし掛かったままだったヒイロの上からひょいと降りる。
そして、ぱっぱっと服のホコリを払い。
「ふん、平民の浮浪者のくせに……」
ちゃりんちゃりんとヒイロに数枚の金貨と銀貨を渡して、去って行ってしまった。
「………」
あとに残されたヒイロは呆然とその場に座っている。
いきなり現れて、いきなり去って行った少女。よく分からないが、その少女は数枚の金貨と銀貨をその場に置いて立ち去っていった。しばし、呆然とその金貨と銀貨を眺めているヒイロ。と、彼は突如、その金貨と銀貨を握りしめ立ち上がる。
「……同情された!?」
異世界の住人、鏡乃 緋呂。
馬鹿にされても、同情される謂れは無いわっ!?
ヒイロは手早くシネアの弁当を片付けると、急いで純白の少女が消えた方向へと走って行った。
通路を真っ直ぐ進み。
裏通りから表通りに出てくる。
ヒイロは先ほどの少女を探して辺りを見渡す。
だが、辺りは街を行き交う人々で少女を見付けることが出来ない。
「っ、なんだってんだよ?勝手に人を哀れな住人にしやがって、そんなに俺の顔は運無し顔か? ちくしょ〜…」
そんな訳でヒイロは、街中を走り、名も知らぬ少女を探すこととなったのだった。
…
…
…
カレンはぶつぶつと街中を歩く。
(どうしてかしら?なんでかしら? むぅ、なんで私はあんな見ず知らずの男にお金を恵んであげたのかしら?)
わからない。
カレンは先ほど出会った少年の事を思い出す。黒い髪をしていた。今どき黒い髪をした人間は珍しい。
というか、黒い髪の人間の話なんて物語の中でしか聞いた事がなかった。
(だから、かしら? うん、そうだわ。だからよ。珍しいかったから、だから、思わずお金を恵んであげちゃったのよ…)
そう、断じてあの少年のあの姿にあの顔にあの瞳に、心を奪われたからじゃない。
ただ、黒い髪が珍しかったから…カレンはそう言い聞かせて当初の目的のふわふわーんと香ばしい匂いを放つパン屋を目指して、ひたすら歩いていく。
(……残したお金の方が、あげたお金より少ないなんて、なんか馬鹿っぽいけど……って、誰が馬鹿よっ!?)
そんな独り言をぶつぶつと言う姿は周りから見るとかなり奇妙で、そんな周りからの視線にカレンは気付かずに、目的のパン屋までやってきてしまった。
『パン屋・よいどれ』
「………」
居酒屋のような、そうではないような名前。実に判断に苦しむ名前だ。しかし、パンを焼く香ばしい匂いはこの店から漂ってくるし、なによりパン屋と書いてあるのだからパン屋に間違いないであろう。そんな事を考えながらカレンはおずおずと店のガラスドアを開ける。
カランカランと、パン屋のドアを開けるとドアに付けられていた鐘が音を奏でた。
「いらっしゃ〜い」
パン屋は街中の向こうまで香ばしく良い匂いを漂わせるだけあって、店の中にはまぁまぁの客の数。店の主人と親しき仲なのか店の主人とぺちゃくちゃと話に耽る男の客と、2人の子どもを連れた母親の親子。それから、どこかの貴族の屋敷で働いているらしいメイドに近所に住んでいるらしい仲良さげな老夫婦がいくつかのパンを選んでいた。なにより、小さい店だ、これだけ人数が居れば儲かっていると言えよう。
とりあえず、カレンは店内を見渡して目当てのパンを散策する。
ふわふわ熱々の出来立ての食パン。中身は白くてふわふわでモチモチしていそうだ。次は小さいながらも歯ごたえのよさそうなクルミパン。甘いクルミとプレーンなパンが合わさって絶妙な味を醸し出しそうだ。それから甘そうなクロワッサンやチョココロネ。チーズを乗せたパンもあれば、なにやらあれはどでかいバゲット?とにもかくにも、このパン屋には出来立てでとても美味しそうなパンたちが並んであった。
「知ってるかい? なんでも昨日、そこの裏通りで怪人ギュソーに女性が襲われたらしいよ」
と、カレンがいまにも口に入れたくなる美味しそうなパンを選んでいると、なにやら先ほどの店主と話をしていた男が昨日あった噂話をしはじめた。
「あぁあぁ、知ってるとも。なんでも、居酒屋アルテミの従業員の女の子が店裏のゴミ捨て樽にゴミを捨てようとした所に襲われたらしいね」
2人の話にカレンは王宮で聞いた話の事を思い出した。
怪人ギュソー。
それは果たして何者か? 心の病んだ殺人鬼か? それとも暴走するモンスターなのか?昼夜を問わず現れる。それは、まがまがしく、奇っ怪で、どんな攻撃も効かず、どんな強者でも倒せない。
「これを頂くわ…」
「あっ、まいど〜」
カレンはいくつかのパンを選び、店主のいるカウンターまで進む。値段分の銀貨を渡して、カランカランと『パン屋・よいどれ』をあとにする。それから、いくつかの出来立てのパンを胸に抱え、カレンは考える。
(本当に怪人ギュソーなんていたのね。オルグ隊長の嘘だと思ってたけど…)
そこでカレンは、先ほどの裏路地での少年を思い出す。そういえば、なぜ彼はあのような裏路地に座っていたのか。それから、見たことのない出で立ちと、ぼろぼろの服装。思い出せば、思い出すほどに何やら怪しい感じがしてきた。まさか、あれが巷で有名になっている怪人ギュソー!?カレンが何の気なしにそんな事を考えてしまっていると…
「おい、ちょっ、お前!?」
後ろから何者かによって肩を掴まれ呼び止められてしまう。
ビクンとカレンが体をはね上がらせ、振り向くと、そこには先ほどの黒い髪と黒い瞳の少年が立っていた。
…
…
…
…
…
…
見つけた。
ヒイロは、先ほどの少女をパン屋から出てきた所をやっとの思いで見つけ出した。
軽くウェーブがかかった桃色のブロンド。瞳も薄い桃色で、その唇も同じくやや薄い桃色。背丈は自分の胸元辺りまでしかなく小柄。紺色の洋装に同じ柄の帽子。チェクのスカートがやや淡いグリーンなのがミスマッチで暗い印象を与える服装だが、そのどこかキラキラした姿はやはり金持ちのお嬢様っぽかった。
(まぁ、見ず知らずの俺に何の躊躇い無しに金貨銀貨を投げ付けるんだから、金持ちのお嬢様なんだよな…)
とりあえず、ヒイロは彼女がまたどこかに消え失せてしまう前に捕まえなくては、と少女に話し掛ける。
「おい、ちょっ、お前!」
ヒイロは小走りでその少女の近くまで近づくとポンと肩を掴む。すると、彼女はビクンと体をはね上がらさせ、ふるふると頭をこちらに向ける。
(なんでコイツは、こんな挙動不審なんだ?)
ヒイロが分かるはずも無いのだが、少女は今しがた、巷で有名な怪人の事を考えていた。そのため、いきなり知り合いもいない街で肩を掴まれたので、一瞬、怪人が自分の前に現れたのかと思ってしまったのだ。
「あっ、ああああ、あんた、なによ?」
いや、なによと言われても、お前が何なんだ?
ヒイロは少女の異常なまでの警戒心に頭を傾げる。
「まぁ、いいや。ほら、さっきの金銀貨!俺は見ず知らずの奴から金を恵んで貰うなんて趣味はねぇよ!」
ヒイロは彼女に、持っていた数枚の金貨と銀貨を渡そうと手を差し出す。
が、彼女はそれを受け取らない。んだよ?とヒイロが頭を再度傾げて、少女の顔を見る。
「あんた、私の物が貰えないっての!?」
なにやら鬼気迫る表情でヒイロを睨み付けていた。
なんですか?
なんなんですか?
何が何でなんなんですかー?
ヒイロはその桃色少女の鬼気迫る表情にビクンと両手と片足を上げながら驚きの表情を表す。
桃色の少女カレンは、何やらムカムカしていた。
何がこれ程までに自分をムカムカさせるのか彼女自身分からない。
さして理由を挙げるならば、この少年。
そう目の前のこの少年にあるのだとカレンは思う。確かに、見ず知らずの人間にお金をあげるなんて変だ。変だし、おかしい。そりゃ、そんな物、さっさと返却するのが当たり前。
だが、何だか、何だか…
(ムカつくのよね。普通だったら、ハイそうですか〜ってお金をむしり取ってスッタカタ〜って行くんだけど。何か、いまコイツからお金を返却されるのは許せない気がする。なんか、貴族ってか王族ってか、私のプライドが許せないのよねぇ……なんでかしら? でも、なんか分からないけど……ムカムカ〜ッ!!)
そんな訳でカレンは少年に背を向け走り出す。
少年が『えっ? ちょっ、待てよ!? ふざけんな、なんで逃げんだよ!?』なんて言って追いかけてくるが気にしない。カレンはひたすらに少年に背を向け走り出す。ッタカ、ッタカ、ッタカタ〜なんて擬音が似合いそうな走り。
「馬鹿かぁ〜!? んだよ、なんだよ、なんなんだよ、おまぁーっ!?」
その後を、そんな感じで追い掛ける少年。
ここに奇妙な鬼ごっこが始まった。
本気で逃げる必要があるのか疑問の少女と、何も言わずに貰って置けばこんな苦労をしなくてすむ少年。
2人はお腹が減っていたにも関わらず、そんな事をすっかり忘れ、しばし、奇妙な鬼ごっこを夕暮れ時まで堪能する事としたのであった。