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第3話:月夜の森で、御用心!?(2)



 夜の森。

 静かに寝静まる月夜の森。

 ホーゥホーゥと、(ふくろう)が鳴き、アオーンと狼が雄叫びをあげる。




 ――ウゥオォォオーン!!




 だが、いま上がるこの雄叫びは、ただの狼の鳴き声だろうか?



「はぁ…はぁ…んくっ……はぁ…はぁ…」




 ここに1人の小さな少女がいる。

 暗く険しく進み辛いであろう森の中を、一心不乱にと走り抜けているその少女、名前をルチアという。

 ルチアはこの近隣の小さな村に住む娘である。

 母親は早くに他界したが、父親と姉と3人で細々とだが幸せに暮らしていた。

 ただ、そんなある日。

 父親が得体の知れない病魔に冒されてしまう。

 何日も何日も高い熱が出て、うなされている父親。

 このままでは愛しい父親まで自分たちのもとから去っていってしまう。

 ルチアは苦しそうに呻きを上げる父親の看病をしながら1人、涙を流した。


 だが、そんなある日のこと。

 ルチアは村の村長から月夜に光る月見草という薬草の話を聞く。

 なんでも、それは魔力の集まるリーグスの森にしか生えていなく。

 月夜の晩にしか見つける事が出来ないらしい。

 しかし、それを煎じて飲めばたちまちにどんな病魔に冒された病人だろうと1日で良くなるという代物らしいのだ。


 それを聞いたルチアは直ぐに姉であるシネアに話をした。

 そして、さっそくその日の夜を待ち、ルチアとシネアはリーグスの森に月見草を取りに入ったのであった。



 月見草は直ぐに見つかった。

 月明かりに光るという話通りに光っていたため持ってきた袋いっぱいに集める事が出来た。

 だが、そこでルチアたちは思わぬ者と出くわしてしまう。




 ――モンスター。




 しかし、モンスターと言っても魔術師たちが連れる使い魔などから知られる通り、人間に友好的で、乱暴な者も中には居るには居るのだが、ほとんどの者は優しい者たちばかりなのだ。

 だから、普通は怒らせたりしない限り人間を襲うことはしないはずの者たちなのである。

 そう、普通ならば…。

 もちろん、ルチアもシネアもその現れたモンスターには一切危害は加えてはいない。

 むしろ、途中で一休みする為に家から持ってきた幾つかのパンを分けてあげようとさえした。


 だが、彼らはそんな2人に突然にも襲い掛かる。

 当然、2人は何が何だか分からない。

 何故、人間に友好的なモンスターたちが自分たちを襲うのか。

 自分たちは彼らを怒らせるような事はしなかったはず。


 なのに、モンスターたちは容赦なくルチアとシネアに襲い掛かってくる。


 2人は逃げた。

 訳も分からず、一心不乱に森をかけずり逃げた。

 途中、足を痛めたシネアを庇い、ルチアは自分の体をモンスターたちの目の前にと晒し、自らを囮として姉と別れ、走った。

 そして、モンスターたちは思惑通りに自分を追い掛けてきたようだった。




「グルルルァア、どこへ行こうというのだ。幼き娘よ、グルルル、諦めて我に食われよ…」




 と、ルチアがこの不運な出来事の発端を思い返していると、後ろから追い掛けてくる2メートルは越そう大男が大きな声でルチアに話しかけてきた。

 だが、それは人では無い。

 紫色の毛皮に黄色い瞳。

 禍々しいまでの赤い牙。

 その顔は狼そのもの。

 それはウルフマンと呼ばれるモンスターである。

 ウルフマンは、ゆっくりと森の中を歩いている。




「グルルル、いくら逃げても森のハンターであるオオカミに人間が勝てるはずが無いであろう。我と貴様が行く道は一緒。だが、歩み方が違う。貴様が荒れた道に、突出した枝木に気を取られている間、我はそれら全てを避け、前へと最短距離を進む。グル、だから…」




「っ!? そ、そんな…」




 夜の森を必死に走るルチアはその足を止める。

 目の前の光景に驚き、落胆し、恐怖し、足を止めてしまう。

 少なくとも100メートル以上は離していたと思う。

 姉の代わりに自分が囮になるとウルフマンの前に出て、逃げ走り出した時、少なくとも100メートル以上は離れていたはずなのに。


 ルチアは信じられないといった表情でその目の前の者を見る。



「どうして…歩いて…歩いていたはず…」




「グルァラララ、言ったであろう?我はオオカミ、貴様は人間。所詮、人間がいくら走ろうとも足で我に勝てるはずがない」



 ウルフマンである。

 ルチアの遠く後ろをゆっくりと歩いて追い掛けていたはずのウルフマン。

 しかし、いつの間にかウルフマンはルチアの目の前までに近づいてきていた。 誤算である。

 まさか、これほどまで自分とモンスターとの能力の差があるとはルチアは思いもしなかったのだ。

 そして、ウルフマンを目の前にして驚愕し恐怖するルチアは気が付いていない。

 ここにいるモンスターがウルフマン一匹ということは、他のモンスターたちは姉のシネアを追い掛けているということに…。


 信じられない光景に茫然自失となるルチア。

 そして、そんな信じられない光景に驚くルチアの体が、グッと宙へと上がる。

 ウルフマンの腕によりルチアのその細い首が掴まれたのだ。

 優に2メートルはあろうウルフマンの巨体。

 その腕に小さなルチアは、軽々と捕まえられ宙へと上げられてしまったのだ。

 ギリギリッと、ウルフマンが徐々に腕へと力を込めていく。

 そして、当然にルチアの首は締まり、彼女は息を詰まらせる。




「…げほっ…だれ…か…」



 絞る様に出した声はかすれ、森の淀みに消えていく。

 低い唸り声を鳴らしながらウルフマンは、その口元をニヤリとさせ、首を締めている腕により力を入れていく。



 誰か、誰か助けて…。。

 ルチアは、切なさに、虚しさに、絶望へと心を支配されていく。




(…もう…だめ。息が……出来ない……お姉ちゃん…逃げきれた…かな?私が死んでも、お姉ちゃんが生きていてくれるなら…)




 少女は薄れ行く意識の中、姉への思いを神に祈った。




(神さま、お願いです。私はここで死んでもいい。だから、だから、お姉ちゃんだけは無事に……無事にお家に帰してあげて……私は……)




 もう苦しさと涙で前が見えない。

 歪んだ世界は彼女の涙で揺れて、夜の空に浮かび上がる月も揺れて見え始める。

 そこで少女は諦めた。

 姉が助かればいいと、自分の命はいらないからと…。




 ――ドスッ





 途端、摩訶不思議な感覚が少女を襲う。

 苦しさと涙で揺れていた世界が急に消えた。

 目の前、数センチにあったはずのウルフマンの顔が夜空へと登っていく。

 いや、違う。

 ルチアはそこで自分の過ちに気が付く。

 落ちているのだ。

 ウルフマンの巨大な腕によって首を掴まれ宙に上げられていた自分の体が、地面へと着地したのだ。



 な、に?

 と、苦しみから解放された少女は辺りを見回す。




「ッウガ!! 我の…我の、我の腕がぁぁぁあッ!?」



 ウルフマンが叫び。

 無くなった己の右腕を押さえる。

 無くなった?

 そこでルチアは自分と同じく地面に落ちているウルフマンの腕を見つける。

 一体、何が起きたのだろうか?

 ルチアは未だ起きた出来事が理解出来ない。

 と、そこでようやくそんなルチアの前に1人の男が居るのに彼女は気がついた。




「……だ、れ?」



 ルチアは、その男の姿に息を飲む。

 漆黒を纏う男。

 黒い髪と黒い瞳。

 その男が持つ剣も黒く、ただその肌だけが白く映えて輝いている。

 闇に溶け込んだその姿は妖艶で、光を放つその姿は美しかった。




(…天使、さま?)




 男は一度、ルチアの方へ視線を向ける。

 その吸い込まれそうな程に黒い瞳に、ドキリとルチアは胸を高める。

 すると、男がルチアから視線をウルフマンの方に向け、そのままウルフマンへと近付いていくではないか。



「グルルッ、貴様…何者だ? 我の腕を、我の腕を切るなど!?我は恐れ多くも狼人族の最強の魔王・アルフ=ルファ=ウルファリオなるぞ!? 貴様のような人間如きが、そんな我の…」






 ウルフマンがその鋭い牙を露にして激昂する。

 その低く重く大きな唸り声はルチアの体を強張らせた。

 恐ろしいウルフマンの怒号。

 背筋が凍るような、ウルフマンの鋭い眼光。

 ルチアは思った。

 ダメだ、イケない!?

 勝てない。

 いくら、ウルフマンの腕を切り落としたといっても。

 正面から挑んだとしたら、いくら強者の王宮師団の衛士だとしても。

 この見たこともない凶悪なモンスターに勝てるはずが…、ない。



 だが、次の瞬間。

 少女はその信じられない光景に再び息を飲む。

 巨大であり、筋肉の塊であり、おおよそ剣なんかでは傷1つ付けられそうにないウルフマン。


 だが、少女は見た。

 たった一振りだ。

 たった一振りの剣筋にて、その凶悪なウルフマンの体が切り伏せられた様を。

 そして、呆気なくもその場に重く力無く倒れ込むウルフマンの体。


 終わった…のだろうか?

 その時、ルチアは言い様もない何処か熱い心の高揚に駆られていた。



 貴方は…、誰?

 貴方は、何者?

 もしかして貴方は、天から使わされた天使さまなの?


 少女ルチアは、熱に浮かされたかの様子でぼーっとその漆黒の天使を見詰め続けた。

 ドクンドクンと、心が、心臓が、静かな、ただ静かな森にてうるさく喚き声をあげている。




「ルチア!? ルチア!! あぁ、ルチア、私の妹。無事だったのね。よかった…良かった…良かった…」



 ルチアが目の前の男に気を取られていると、すぐ隣には自分の姉。

 姉は自分に抱きつき、ひたすらに良かった、良かったと何度も呟く。

 それから、次にウルフマンをたった一振りの下で倒した漆黒の天使に向き返り。




「あぁ、名も知らぬ旅のお方。ありがとうございます、ありがとうございます。あなたは私たち姉妹の命の恩人です」


 と告げたのである。


 しかし、そんな姉の言葉に天使は黙ったままだ。

 その手に持つ剣を持っていた布地に巻き上げ、沈黙を保っている。



「あの…あの、旅人さま。ここより暫く行くと、私たちの村があります。もし…もし、よろしかったら、お礼も兼ねて一晩の宿をお世話させて頂きたいのですが…」



 そして、姉、シネアのその言葉に天使は、ようやく顔をこちらに向けて…




「…あぁ、頼むよ」




 と、なんだか少し気分の優れないような顔で、笑顔を作ったのであった。










 イシスの村は、王都・アースラルから西方面に数十キロメートルばかり進んだ場所に位置している。


 イシスの村の役目は森で採れる森の恵み、木材や動物の肉、木の実などなどを王都へと供給すること。

 いわば、自然を活かした農場のようなもの。

 そして、こういった集落は国にいくつもあってそれぞれがそれぞれ、色んな材料や食材を王都へと運んでいる。

 もちろん、農場といっても村は村であり、そこに人が住み、そこで商いを行い、生きていく者もいる訳である。


 まぁ、その中で先にいったように農場としての役目を担う者がほとんどで、ここはそんな森を生業とする木こりと狩人の多い村であった。




「なぁ、魔剣…」



「なんだ主よ?」



 そんな木こりや狩人多き農村の中の赤屋根の一軒家。

 そして、その二階の部屋で荒れ狂うモンスターから2人の少女を助け、その夜の宿をお世話されることになった男が自分の手の中にある魔剣に話しかけた。




「あれはどういうことだ?」



「あれとは?」



 魔剣は主人の酷く曖昧な言葉に疑問符を投げかける。

 と、それに怒りを覚えた主人ヒイロは魔剣アイゼルに怒鳴り声をあげる。




「さっきモンスターと戦った時だ!?」



 先ほど狼型のモンスターと戦った時。

 アイゼルは、ふとその戦った時の事を思い浮かべる。

 が、やはり、何故に主人がこれほど怒っているのか分からない。


「分からないじゃねぇ!! どういうことだ? お前、魔法を使った時!! モンスターを切り倒した時!! 俺がなんて言った!? 俺はいつも自分の事を呼ぶ時は『俺』って言うんだよ!! なのに…なのに、魔法を使った辺りから俺の意識が変に薄らいで、終いには自分を自分で『我』なんて言っちまったんだぞ? お前、あれ、なんなんだよ!?」



 興奮しているのかいまいち上手く言葉を紡げないヒイロ。

 だが、そんな拙いヒイロの言葉であったがアイゼルは理解したらしく。

 ふぅ、とため息を吐き、話を始める。




「主よ、つまり。我を使った辺りから自分の意にならぬ言動や行動が思わしくないのだな?」




 あぁ、そうだよ。

 と、ヒイロはアイゼルに向かい鋭い視線を与える。

 ヒイロは困惑していた。

 モンスターと戦った時、魔法を使った時。

 急に自分の体が勝手に動き出したことに、自分の思ったこととは別の言葉が出たことに。

 更には、口調までもいつもの自分とは違っていた。

 『我』などと、まるで、そう。この手に握られる魔剣の口調のように……。




「お前、もしかして、力を貸すなんて調子のいいこと言って俺の体を乗っとる気じゃないだろうな?」




 遺跡では、考える暇などなかったため勢いでこの魔剣アイゼルを封印から解き放ち、契約などを交わした。

 だが、よくよく考えれば話しがうま過ぎではないだろうか?

 ヒイロは、アイゼルを睨み付けたまま、ぐっと考えを張り巡らせる。

 世界を支配出来ると豪語する魔剣。見返りは望まないと契約したときはっきりとこの魔剣は言った。

 だが、それは本当なのだろうか?

 もし、この魔剣が悪どい悪魔などのようなものだとしたら?


 上手い口車に乗せられ、一時の甘い誘惑に乗せられ、気付いたときにはその罠にはめられて体を乗っとられてしまうのでは?




「ふぅ、主よ。安心するが良い。そのような事は有りはしない。我が主の体を乗っとるなどと…」



「なら、あれは!? 言っとくけどな、俺は剣術なんてもの、まともに使ったことねぇんだよ!? それが急に体が浮くようにモンスターを斬って…。言葉だって、お前みたいに『我』なんて。どう考えたっておかしいだろう!?」




 すると、アイゼルは再びため息を付き。静かに語り始める。




「最初に言っておくべきだったな。確かに、主よ。我を使うことで主の体に何らかの変異が起こることは事実だ」


 やっぱり、とヒイロはアイゼルを投げ捨てようとする。




「まぁ、まて主よ。それは致し方の無いことなのだ。得る力には代価が付きもの。魔剣である我ならば尚更であろう?」




「だからって、お前に体を提供するなんて一言も言ってない!」




「だから、違うと言っている。我は主の体を乗っとるつもりも力も無い。ただ、我を使うことで主には…その…我の力を通して世に流れる陰の気を取り込むこととなるのだ」




 はて、陰の気?

 ヒイロはその言葉に頭を傾げる。

 確か、陰陽道などでは陰と陽なる区切りがあったと思うが。

 ヒイロはそれほど詳しくない陰陽道を考える。

 陰と陽。

 つまり、善と悪みたいな感じだろうか?




「っ!? まてよ、じゃあなにか? 俺はお前を使うごとに悪に染まるってわけか?」




「いや、いうなれば魔に近い存在になると言うべきだろうな」


「ふざっ…ふざけるな!?」


 ヒイロは、結局、アイゼルを部屋の隅へと投げ飛ばす。


 魔に近い存在だって?

 それは、つまりモンスターになるということなのだろう?

 つまり、使い続ければ自分は…?



「いたたた、主よ。心配するな。確かに使い続ければ主は魔に近い存在になる。が、力を抑えればそんなことにはなりはしない」




「抑えればって…。はん、誰がお前なんかまた使おうなんて思うかよ…」



「しかし、それでは力の無い主はこの世界では生きて行けないだろうに? 力が無ければ、元の世界にも帰れないのではないか?」



 ぐっ、とヒイロはアイゼルのその言葉に図星を突かれてしまう。

 それから、久しぶりのベッドに力無く仰向けに倒れ込むヒイロ。

 彼は天井を見つめ、暫し、物思いに耽いってしまう。


 あぁ、なんということか。

 手にした力は強大で、巨大なリスクを背負うもの。

 しかも、元の世界に帰るにはコイツが無ければ困ってしまう。

 外せない呪われた武器。

 目を瞑り、眠りに入ったヒイロの頭に、某有名冒険ゲームの『外せない。この武器は呪われている』という、言葉と音が流れていったのであった。




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