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第25話:浮遊大陸に、御用心!?(6)

今回は短めです。




「ふぅ…」



 大きく息を吐き出すヒイロ。

 一気に頭に血が登り、それをアイゼルへとヘイトを向けて発散した事が良い方向にいったのかヒイロはなんとか人心地を付く。

 それに彼はこの時にあって相も変わらずマイペースな魔剣ことアイゼルに妙な安心感を覚えた。

 それから、その魔剣というアイゼルの可能性に気が付く。



「魔法使いが何だって? あぁ、怖ぇえさ。だけど、こっちには………」


 漆黒の刃を掲げてニヤリと笑うそのヒイロの顔は邪悪に満ちていた。


 不平不満、不幸不条理、負の感情が魔という物に繋がるのなら、魔剣というまさにそれを体現するアイゼルを持つという事は、自ずと知らずにそちら側へと引っ張られていく。

 これは、魔剣アイゼルが黒髪の少年ヒイロへと既に正直に告げていた事である。

 それを、良しとしないと彼、ヒイロは語っていたが、それを出来るかといえば、それはまた別の話になる。


 人、(すべか)らく、強大な力を手にする事が出来たならば、その力に魅入られる事は多少なりとも仕方ない事なのかもしれない。

 ましてや、これこの時に置いてヒイロの精神的苦痛はオーバーフローしかけていた。

 故に、魔剣アイゼルの意思があろうとなかろうと、その身に纏う魔の力によりヒイロの心が荒ぶり、驕る事もまた仕方のない事だったのかもしれない。



「クククッ、くはははは!!」



 意味もなく悪辣に笑みを浮かべて笑い声をあげるその姿は、まさに不良と言えた。

 横切る魔術学院の学徒たちのそれぞれがそんなヒイロを見て、関わり合いになりたくないと背を向け、視線を(そむ)けて、ただ通り過ぎるのを待ったのだった。

 そして、これがまたヒイロの高ぶる気分を増長させた。

 このままでは彼は決定的に取り返しの付かない間違いを犯してしまう事は確実であった。



「オラァ!! 魔法使いがなんぼのもんじゃあいっ!! こっちとrっぶるるふぉおおおっ!!!」



 が、しかし、魔剣を持ってしても使いこなす事も出来ないであろうヒイロを制する事など簡単だとばかりにガニ股でチンピラの如き歩き方をしていた彼の腹部をワンパンした男が居た。



「あ、すまん。なんか、悪い奴が学院に侵入して来たのかと思った」


 


「せ、先生…グフッ…」


「おぉ、意識が飛んでない。結構、ガッツリ殴ったのに。偉い偉い、ちゃんと鍛錬に励んでいるみたいだな」



 ヒイロが先生と呼ぶその人物の名は、セイブ=アセルガード。学院で目覚めて初めて迷った時、カレンにボコボコにられて迷った時、とにかくヒイロが道に迷った時に現れる糸目の謎の格闘王である。

 何とは言わないが、きっと、タイプは岩とか地面だ。



「でも、なんでバカ笑いしながら歩いてたんだ? 怪しくて制圧してしまったじゃないか」


 顎に手をやり、首を傾げながらセイブはヒイロに問いかける。

 それを聞くやヒイロはかばっと身体を起こしてセイブへと詰め寄る。


「それが! 聞いてくださいよ先生!!」


 そんなヒイロの勢いに何だか面倒ごとの予感を感じたセイブだが、聞いてしまった事には仕方がないと細い目を更に細めて眉を寄せながら、神妙にヒイロから飛び出してくる不平不満を聞いていく。


「どう思いますか? 変でしょ? 先生?」


 そうして、何故か自分に同調してくれと言わんばかりに聞いてくるヒイロに彼は一言に言う。



「変ではないかな…」



 セイブの知る貴族とはそういう物だ。

 大抵の貴族は傲慢で偉そうで、下々の事などあまり気にしない生き物だ。

 また、カレンの言う別の誰かが雑務員の仕事を奪ってしまってはいけないという言葉は正しい。

 彼らは働き、それを対価に金銭を得て生きているのだ。それを誰かに奪われたり、任せたりしたり、したならば正当な評価がされず、正当な金銭が受け取れない可能性が出てくる。

 故に、セイブはヒイロの言葉に否定こそしないが賛同もしなかった。



「そんな…先生までそんな事を…」 


「いや、別にお前の言うことが一概に間違ってる訳ではっ…て、おーい…」 



 セイブも出来ればヒイロのやりたい事、言いたい事が理想的ではあれば思うと言おうとするが、それを聞く前にヒイロはフラフラと先程までの勢いもなくあてどもなく歩き出して、セイブの前から離れていく。



「まぁ、いいか」



 そして、そんなヒイロに別に自分の持論を展開するつもりもないセイブも止めには入らず、少しだけ目で追うと、彼もその場から去っていく。

 フラリフラリとセイブと逆方向へと向かうヒイロを止める者は居らず、彼はまたこの広大な魔術学院を彷徨う事となる。



「………」



 それから、どれだけか歩いてヒイロは、案の定何処に居るのか分からなくなっていた。そうして、城壁と見紛うばかりの魔術学院の壁に寄り掛かり、目前に広がる森を見ていた。

 少し小高い場所のお陰もあって、眼前に広がるのは完全に木々の生い茂る迷いの森と化している事が分かる。その先には平原があるのだが、それは途中でぶつ切りされたかのように消えていて、ここが真に空を飛ぶ浮遊大陸である事を知らしめていた。


 鳥の囀りの中で体育座りで、その景色をぼーっと眺めるヒイロ。

 不平不満から怒り、それが少し落ち着けば次には慢心。そして、放心。

 ここまで来れば、誰でも分かる事だがヒイロの情緒は不安定だった。

 唯でさえ、後ろ向きな性格をしている彼がこんな未知、奇々怪々な場所へと放り出されて幾月ほどか。

 完全に彼はホームシックという感情を引き起こしていた。

 誰かに言いたい。

 この気持ちを、誰かに打ち明けたいこの心の内を…。

 しかし、それを出来る相手は居ない。

 魔剣アイゼルに話したとして、ヒイロにとって所詮は武器か道具。

 人に、誰かに話して、何かを言って欲しい。

 ここに来てヒイロの心は折れかけていた。



「ここからも月が見えるんだね」



 ふと、空を見上げて夕暮れの異世界を昇り、薄っすらと出始めている月を見て、ヒイロは声を掛けられた事にハッとした。



「やぁ、店員くん」



 そこに居たのは、天才魔術師と呼ばれる学院でもカレンなどと1、2を争うアリウスという少年だった。

 夕風(ゆうかぜ)が彼の色素の薄い白銀の髪をサラサラと流していく。

 一瞬、その美しい顔にドキリとヒイロの心臓が打ち付けるが、直ぐに頭で彼が男である事を再認識し、ヒイロはぶにぃと渋い顔をさせる。



「何か用か? 雑務なら他を当たってくれよ」



「そう邪険にしないでもいいじゃないか」


 そんなヒイロに苦笑いをしながらアリウスはヒイロの側に座り込む。

 アリウスが座るとぶにぃとしたヒイロの顔がもっとぶにぃと渋くなるが、アリウスは気にしない様だ。



「………」 


「………」



 夕焼けが陰り、薄かった月が明かりを鮮明に輝かせ始める。

 それくらい、長い沈黙。



「月に人が住んでいるってホントかな?」



 それを破る様に言葉を発したのはアリウスだった。

 聞かれたヒイロは何を言ってるんだコイツ? と思ったが、異世界なら、もしかしてあるのか? と思い直して



「……さぁ……住んでんじゃねぇーの? 知らんけど」



 と、適当に返事をする事にした。



「だよね!! やっぱり!! 月に人は住んでるんだ!!」



 しかし、そんなヒイロの適当な返事にアリウスは我が意を得たりと目を輝かせてヒイロへと詰め寄ってきた。



「ぅぉ、おう…」



 男と分かっていても美少女と見紛う程の美しい顔を寄せられてヒイロは怯む。

 


「…そうだなぁ…君にはね…教えてあげようかな…」



 しかし、アリウスはそんなヒイロの事など関せずと彼の耳元に口を寄せて、小声でヒイロへと言葉を紡ぐ。



「ボクのお父さんは月から来た人らしいんだ…」



 はい?

 アリウスのいきなりのトンデモナイ話にヒイロはアリウスから顔を離して、マジかお前?! という顔をする。




「あのさ、ボクには…お父さんやお母さんの記憶がないんだ…分かっているのはお父さんが月から来たってことだけ、後は分からないことだらけ」



 だが、アリウスはそれすら関せずと話を続ける。

 何故、アリウスはヒイロにそんなに話をするのかヒイロには分からなかった。

 ただ、アリウスは夕暮れに佇むヒイロを見て、何だか自分の事をヒイロに話したくなったのかもしれないと思った。

自分と同じセンチメンタルな気持ちになっているのだろうと。

 だから、アリウスが言葉を紡ぐ事を止めなかった。



「…ボクが何処から来てどうしてここにいるのかも分からないんだ」



 分かっているのは、この魔術学院で魔術を使って何かをしなければならないという漠然とした理由だけ。



「とても小さい頃からだから、なんで、そんな事をしてるのかも忘れちゃったけど、たぶん、お父さんとお母さんに会うためにボクはここで魔術の研究をしているんだと思うんだ…」



 大抵は、担当教諭の言ってる事に従っているだけだけど、とアリウスは笑う。



「だから、いつかボクは月に行くよ…だって、きっと月にボクのお父さんが…お母さんが…居るかもしれないから」



 そう言葉を告げるアリウスの横顔は先程の笑顔と違ってどこか儚い物に見えた。

 それを見てヒイロもポツリと言葉を漏らす。




「…俺もさ…その…なんだ、ここの人間じゃないんだ…いや、ここのってか…この世界の人間じゃない?…何処か遠く別の世界から来た人間なんだよ…信じちゃくれねぇかもしれないけど…」



 そう漏らして、ヒイロはしまったと思った。

 いきなり、変な事を言い出した事に変な事で返して、茶化した様に聞こえたかもしれないと思ったし、そうでなくても真に受けてられて自分の立場の悪さをわざわざ言う必要はなかったからだ。

それでも話してしまったのは、アリウスの話も馬鹿みたいな話で、要領も特に得ない話だったが、ヒイロにとってはアリウスがとても固い意を決して打ち明けた話の様な気がして、ヒイロ自身も同じ様な事を話さなければならないと感じたからだった。



「…へぇ…そうなんだ…そっか…だからか」



 だからだろうか、アリウスもヒイロの話に一定の理解を示したのだった。



「月の人に異界の人。だから、ボクらはなんだか似ているんだね…」



 だから、ボクはキミを覚えていられる。

 ポツリと呟かれたアリウスの最後の言葉にヒイロは疑問を抱くが、それを聞こうとアリウスに向かい合おうとした時に



「アリウス=ベナ=ツィクト!!」



 酷く甲高い金切り声が割って入ってきた。

 ヒイロがその方向を向くと紫の髪色と銀縁眼鏡が特徴的な中年の女性が怒りを顕すようにした表情で立ってきた。



「マリース先生…」



 その人物をアリウスは知っているらしく、女性の名を口にする。



「アリウス=ベナ=ツィクト、何をしているのですか? 時は既に廻っているのです。貴方に無駄な時間など在りはしないのですよ!?」



 甲高く、また強い口調で話すそんな女性にヒイロは忌諱の気持ちを抱く。

 そも、女性というものが得意でないヒイロだ。

 その上で強く来られるとなると萎縮してしまうのだ。その為、意味は不明だが女性のアリウスへの言いように何かを思ったヒイロだが、それを口にする事はなく。

 すげなく腕を取り、連れていかれようとするアリウスに同情の念を送るも黙って見過ごす事にした。

 先ほどの共感めいた盟友の様な状態から多勢無勢の他人ですと言わんばかりのその姿勢にヒイロという人間の卑屈さと卑怯さが垣間見えた瞬間である。


 が、天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさずとでもいうべきか、他人を装って場を逃れたヒイロであったが、その後ろには桃色の髪色をした少女が憤怒の表情で構えて立っている事に彼は気付かない。



「アンタって、一時もじっとしていられない馬鹿犬なの? それともわざと私から逃げようと未だに悪足掻きしてる訳なの?」



 気が付いた所で時既に遅し。

 荒げられた言葉に振り向くヒイロの顔、主に頬にガッツリとフェイスロックを決め込み、桃色の髪色の持ち主たるカレンが憤怒と共に相反する筈の笑みを浮かべてヒイロを見据えていた。


「ヒョワッ…」


 何か言い訳をと考えるヒイロだが、今度は背中に重圧が掛かり、右腕をロックされた事を認識する。



「カレンお嬢様、右腕を確保致しました」



 そういって、ヒイロの右腕に俗に言うアームロックを掛けるのはカレンの侍女マリル。



「そう…。じゃあ、とりあえず、コイツ、部屋にぶち込んで置いて!!」



 世に言う美少女と称しても構わないそんな二人からされるその仕打ちをその界隈ではご褒美と言える事柄かもしれないが、されている本人のヒイロにとっては脂汗が止まらない程に強烈で堪ったものじゃない。

 だが、抵抗虚しくヒイロは彼女たちのされるがままに扱われて、翌日には決闘の盤上の人となっていたのであった。












 








だいたい8000文字前後を目安に1話を書いていたのですが、筆が乗らないと全然駄目ですね。切りの良い所で、なんてやっていたら技術が足りない足りない。全体を見たら4000文字辺りが私の中の限界値みたいです。でも、そうすると見栄え的に短すぎるんですよねぇ。上手くいかないものです。

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