表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/35

第23話:浮遊大陸に、御用心!?(4)



 突き出される拳にアリウスが笑みを絶やさず、身を躱す。

 力強く振るわれる狂拳に臆する事無く対処している事にヒイロは関心してしまう。

 これが、魔術学院でも一目置かれる天才かと。



 「うがあぁああ!!」



 一方、同じく自称で天才と憚らないカレンはというと見事に当たらない己の拳に激怒の声を上げている。

 こっちの方が畏怖されるべきだよね、とヒイロは人知れず思うのだった。



「ちっ!! チョコチョコと埒が明かないわ」



 そして、そんなヒイロの思いが正しいかの様にカレンが腰に引っ提げていた魔法の杖を掴み、それをアリウスへと向けた。



「おいおいおいおい!?」



 それはマズいんじゃないですか?

 カレンの只ならぬ様子にヒイロは思わず声をあげる。

 同時にカレンとアリウスを遠巻きに見ていた周囲の生徒たちもカレンが何をするつもりなのかを理解して、逃げ始めた。


 瞬間、鈍く弾ける爆発音がして、並べられた食堂の横長のテーブルと長椅子が吹き飛んでいく。


「バッ…カ…おま…」


 メラメラとした火の付いた横長のテーブルと長椅子をヒイロは茫然として見つめる。

 テーブルクロスや装飾品、食器類など色々な所にも引火して、もはや大参事である。


「こ、ここには魔法を無暗矢鱈に使ってはいけないとかの校則はないのかよ!?」


 あまりにも簡単に、あまりにも当然の様に魔法を使って見せたカレンにヒイロはそう言葉を吐き出した。



「ないね」



 そんなヒイロの言葉にロックウォードが返答する。



「使えよ、学べよ。が、このヴァースレイド魔術学院の基本的な教えでね。使える時は当然の様に魔法を使うのさ」



 な、なんて危ない倫理観なのだ。

 あまりにも中世然とした決闘上等な教えに、ヒイロは眩暈を起こしそうになる。



「避、け、て、ん、じゃ、ないわよ!!」



 だが、しかし、そんな悠長な事もしていられなかった。

 このままカレンの暴走を放っておくと食堂全体が燃えて無くなる可能性があるからだ。

 たぶん、その事を厨房の雑務員たちは心配しながらも貴族階級であるカレンたち魔術学院の生徒たちに抗議する事を出来ないでいるのだ。

 だから、きっと彼らは、その貴族の従者であると知れたヒイロに願いを託したのだろう。


 どうにか、職場が無くなる前に止めとくれと。



「…いや、無理ぃっ!!!」


 ゴォッ!! と、炎が足を一歩踏み出そうとしたヒイロの目の前を通り過ぎて行った。

 それは、爆発で四散した移り火ではない。

 カレンが今しがた生み出した魔法の火炎である。



「燃えなさいっ!!」



 それが、グネグネと生き物の様に食堂の一帯をぐるりと廻り、勢いを付けてアリウスへと向かって行ったのだ。


 どう考えてもおかしい。

 そんな熱量の炎を人に向けて撃ち放つなんて、常識が違う。

 ヒイロは白目を向きそうなになりながら、これは無理だと厨房の先輩たちの願いを聞き入れられない事に心の中で謝罪した。



 死んじゃうから、あんなの…。

 あぁ、サヨナラ食堂。

 サヨナラ、アリウス君。


 そして、見知った人物が炎に焼かれる様を視界に捉えたくなくてヒイロは瞼を閉じ、躊躇なく人に魔法の火炎を差し向けるカレンという異常者から逃げ失せる算段を打つ事にした。




「とても凄い魔法だね」


「は?」



 しかし、炎に焼かれた筈の人物から漏れてくる言葉は何とものんびりとしたものだった。

 そののんびりとした彼の言葉にカレンもまた間の抜けた声を漏らして何事かとヒイロも閉じた瞼を開いてしまう。



「あ、れ…? 火が消えてる?」



 見えた光景に拍子の抜けた声をヒイロは漏らす。

 そうして、本当に何事かと彼は辺りを見渡した。


 焦げた匂いがする事や炭と化したテーブルや椅子、装飾品の類からあの魔法の火炎は本物だった事は確かである。

 未だ燻り煙を吐いている物もあるのだから、否定しようもない事だ。

 では、その火炎は何処に? それが生み出した炎は何処に?



「忘却の…魔術師…なるほど、これは確かに…」




 今度はロックウォードが信じられないといた風に呟いた。

 彼は驚愕といった様子でアリウスを見ている。

 それは、つまり、この光景の理由にはアリウスが何かをしたということで。

 ヒイロは何が起こったのかをロックウォードに説明を求めた。

 それに驚きを未だ隠せないままにロックウォードが答える。



「何が起こった…何が起こったって? 消えたのさ、いや、消した…のか…」


「消したって…」



 何を、と聞こうとしてヒイロは当たり前の事に気が付く。

 それが炎だという事を、あの魔法の火炎を指すのだという事を。


 だが、



「火炎そのものだけじゃない…この空間にある魔素そのものを消し去ってしまったんだ!!」



 それだけではないとロックウォードは声を上げた。



 この世界に漂う魔素という因子によって魔法は発生する。

 その魔素を扱う力を魔力と言い、また魔法を操る事、その技術を魔術と言うのだとロックウォードはヒイロに説明をする。


「まぁ、魔力もまた魔素による事象の一つなのだけれども…」


 そして、世界に漂う魔素を扱うという事は、間接的にも世界に干渉するも動議であり、それを行うことがどれだけ困難な事なのか。また、その様に魔術師が間接的に世界に干渉して、具現化させた魔法を消し去ってしまう事がどんなに凄い事なのかと、彼は興奮気味に続けた。



「それに彼はこの辺りにあった魔素、それ自体を消し去ってしまった…間接的な干渉などという生ぬるいものではない…世界を大きく動かす事だ…それはまさに神のごとき所業だ…」



 突き詰めれば、誰かを何処かをどの様にもどんな風にも動かし変化させ、また、始まらせ終わらせる事が出来る力を持っている事になるのだ。

 ロックウォードはそう言ってまた、信じられない物を見るようにしてアリウスの方を見る。



「ううん、そんな便利な物じゃないけどね。それにそんな世界全てを動かせるなんて事も出来ない」



 しかし、当のアリウスは、それは過大評価というものだと否定の言葉を告げた。



「ボクが出来る事は…ただ、消せるということだけさ」



 アリウスはそう言い薄く笑い、視線を彷徨わせる。

 そんな彼の仕草がヒイロにはどことなく悲しく思えた。

 とても凄い事だとロックウォードが語っていたのとは対照的にそれはとても、とても儚げな表情だったのだ。



「ふっざけんじゃないわよ!! このくらいで私が諦めるとでも!?」



 しかし、そんなアリウスの様子も激怒するカレンには気づかれない様で、次なる魔法が放たれようと彼女の持つ杖に力が集まり出す。



「そんな馬鹿な!? 未だ魔素が薄いこの場で、あれだけの魔力を集めるなんて!?」



 魔素を消し去ったアリウスが天才ならば、その魔素が消え去った空間で魔素を呼び込み集めて魔法を発動させようとするカレンもまた天才であった。

 故に、このままでカレンが大人しく引き下がる筈も無く。

 再びカレンとアリウスの二人の天才は激突しようとする。



「これ以上は、お止めください」



 だが、その寸前で女性の穏やかな声が割って入った。

 凛とした佇まいでダークグレーのローブを靡かせて、カレンたちの方へとやって来るのは茶色の髪と茶色の瞳をした中年の女性だ。



「ルヴァリス先生!!」



 その女性を見受けた瞬間にカレンが一番に声を上げる。

 それから、今にも攻撃的な魔法を放とうとしていた杖を仕舞い込んで、にこやかに彼女を向かい入れた。



「さて、何があったかは聞きませんが食堂がこのような姿のままでは学院の生徒並びに教員が困ります」



 ルヴァリスがそう言うとカレンがバツの悪そうな顔をして、そっぽを向いてしまう。



「まぁ、いいでしょう」



 そんなカレンの仕草を気にも留めないでルヴァリスは杖を振るった。

 すると、カレンの魔法で燃えてしまった机や椅子がたちまちに動き出し、一か所に集まり出す。

 あっという間に壊れた物が、食堂の角へとやられて、ガランと大きな広場となる。



「生憎と物を復元する術をワタクシは知りませんので、誰か倉庫から代わりの机と椅子を持ってきて下さい。それと、損傷した物はあそこの集めましたので、その持ち出しと処分。掃除もお願しますね」



 やはり、カレンがやった事は大事であった様だ。

 ヒイロは、カレンが先生と呼んだので、凄い魔法で一瞬に元通りになる事を期待したがどうやら現実はそんなに簡単にはいかない様子だ。

 ルヴァリス先生という女性は全て魔法で解決なんて事にはならないと言い、結構アナログな対応を指示を出していく。

 そんなルヴァリス先生の指示を聞いて、バツの悪そうな顔をしていたカレンも事の大きさに気が付いたらしく、そっぽを向かせていた顔を今度は暗く俯かせている。

 ここで、ルヴァリス先生が一言ガツンとカレンに言えば、彼女も反省する筈だ。



「す、すみません、ルヴァリス先生」



 ヒイロは一瞬、頭を殴られたのかと思った。

 だって、おおよそ、天上天下唯我独尊を形にしたようなカレンが殊勝にも謝罪の言葉を口にしたのだ。

 出会ってから今まで理不尽な態度だけを見せられていたヒイロとってそれは本当に衝撃的な出来事であったのだった。




「いいえ、構いません。貴女が我が学院で魔法を使うことは許された権利なのですから」



 しかし、そんな理不尽大王カレンの反省の言葉に返って来たのは、叱責の言葉どころか容認の言葉でヒイロを酷くガッカリさせるものだった。

 そんなんで、子どもが立派に育つか、ボケェッ!!?

 と、ヒイロは何故かニッコリと笑うカレンとそれを無表情ながらも受け止めるルヴァリス先生を睨み付ける。

 なんというか、釈然としない気持ちだった。

 アンタ、この惨状を見て本気でそんな事を言っているのか?! それでも生徒をより良い道へと導く教師か?! なにか、間違っているんじゃないのか?! 食堂で、その厨房で働く雑務員たちの気持ちを考えて、その結論に至ったのか?! せめて、彼らに謝罪をさせるべきではないのか!?

 グルグルと複雑で、しかし、明確な怒りの感情がヒイロの心に渦巻いていく。


 それで、いいのか!?


 と、叫び声を上げながら。



「なにか?」





「…い、いえ…なんでもないです…」



 しかし、ルヴァリスに視線を向けられてその無表情な顔で何かと問われて、ヒイロは顔を反らしてしまう。

 思っていた事を、その怒りをぶつける事もせずにヒイロはただ誤魔化してしまう。


 自分が何を言っても仕方がない。

 自分が言う事ではない。

 自分は関係ない。


 と、意味もなく言い訳を心の中で繰り返しながら彼は誤魔化してしまう。



「やれやれ、天才というのはなんてはた迷惑なんだ…」



 そんなヒイロの言葉を代弁するかの様にロックウォードがおどけて言う。



「あー、もう時間だから行かなきゃ。またね、店員君」



 しかし、そんなロックウォードの言葉も届かなかったのかマイペースにアリウスはさっさと食堂から出ていってしまう。

 その手には彼が騒ぎの前に注文した食事のメニューが乗せられたお盆がある。

 それはヒイロが持ってきていた物であり、さっきまで持っていた物だが、アリウスが食堂を出るからと受け取っていったのだ



 ヒイロは、やはり、釈然としないと思った。


 彼の視界に乱雑となった食堂を掃除する雑務員の先輩たちが見える。

 しかし、そんな事などお構いなしと去っていくアリウスと話を続けているルヴァリスとカレン。


 

「あの、ルヴァリス先生…あの、彼が、その、私の使い魔みたいな…なーんて? えへ?」



 何がおかしいのか、ここでこちらの方を見ながら意味不明なほほ笑みを浮かべたカレンを見てヒイロは顔をしかめた。

 何故、いま笑っていられるのだろうと。



「彼が?」



「あ、えっと…は、はい…そうです?」



 どういう訳か、事が終わってしまって様だが、それならそれで彼女たちは周りに何か言う事があるのではないのかとヒイロは思う。

 しかし、そう思うだけで、言葉にせず、彼女たちに何も言えない自分にヒイロは怒りと恥ずかしさを感じた。



「…なるほど、人間が使い魔というのは珍しいですが…可能性としてはあり得る事です」



「え?…あ、そ、そうなんですね…」



 だから、苦しかった。

 そして、そんな事を思う自分と思っていないであろうカレンたちを見比べて、ヒイロは自分がどこか場違いな所へ連れてこられた異分子である様に思えた。

 いや、実際にそうなのだ。

 だから、この剥離した場所で一人、空気に酔ってしまうのだ。

 とても気持ちが悪い、と。

 

 そう考えが至ると、もう駄目だった。

 クラクラと意識が酩酊し始めて、胸やけもし始める。



「ほれ、忘れ物じゃ」



「あ?」




 すると、胃の奥からこみ上げる気持ち悪さに、いよいよ、口からそれを吐き出そうとしていたヒイロに何者かが声を掛けてくる。

 そして、何かを渡してきたのである。

 ふと、ヒイロは手にした物を見やる。

 それは見覚えのある物であった。

 それは、つい最近、ヒイロが手にした物で、何故か、持っていると何かと優柔不断で気の落ち込む事が多い自分の心を穏やかにさせる物であった。



「アイゼル…?」



 その名前は、アイゼル。

 自我を持ち喋る事の出来る不思議な剣であり、己で魔剣と自称している魔法の剣である。



「気分を落ち着かせるがいい…」



 その言葉の通りに魔剣アイゼルを握る手から、熱い何かがヒイロの体を駆け巡り、そう感じたかと思ったら、ふと、気分の悪かった気持ちがだんだんと落ち着き始める。



「あ、ありがとうございます」



 そして、彼は大きく息を吐き出すと、改めて自分に話しかけてくれている人物に向き直り、頭を下げた。

 何故、その人物が学院に預けられているという魔剣アイゼルを持っていたのか、また、所有していたのが自分だと分かったのかと気にはなったが、まずはお礼をしなければと思ったのだ。



「なに、礼には及ばんよ。こちらにもこちらの理由があるからの…」


「ん?」


 一瞬、ヒイロの思考が止まった。

 声は男性で、しわがれて老人の物だという事が頭を下げるヒイロにも分かった。

 だが、その声をヒイロは何処かで聞いた事があるように思えたのだ。

 それは確か、この見知らぬ異世界にヒイロが初めて迷い込んだ時に、一番最初に聞いた声だった様に思える。

 ギギギっとヒイロは錆び付いた鉄の玩具の様に下げていた頭を上げていく。



「久しく、また会ったの、少年よ」



 灰色の顎髭に灰色の瞳、飄々とした態度だがその容姿は年老いた老人男性。

 服装は、元の世界の仏僧を思わせる黒い法衣。

 背中には何が入っているのか、緑色の大きなリュックサックを背負っている自称・旅人。



「ぁ、あ、あ、て、めぇ、じ、じぃ…」



 ヒイロにはその人物に見覚えがあった。

 その老人男性は、確かに異世界に来たばかりのヒイロが初めてあった人物そのものであったのだ。

 そして、老人はこの世界で一番最初にヒイロを謀った人物でもあった。

 だから、ヒイロは絶句の後に絶叫を持って驚きを表そうと、そして、その前段階と言わんばかりに切れ切れの言葉を口にする。

 


「あぁあああーーーーっ!?! アンタ、あの時のエセ商人!!! アンタ!!! 5万エクトも取っといて、偽物ってどうゆう事よ、あの魔導書ぉおおおーーーっ!!!」



「ひょっ?」



 なのに、ヒイロがいざ叫ぼうと肺に大きく空気を入れた直後にルヴァリスと話をしていたカレンが先に老人男性へ向けて絶叫したではないか。

 不意を突かれ、先に声を上げられたヒイロはやり場の無くなった肺の中の空気をブスブスと細かく吐き出していくと、何とも言えない顔で、



 釈然としない



 なんて思うのであった。

 



 







頭の中のものを文字に起こすのってホント難しい…(゜-゜)

話自体は大したものじゃないのに…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ