第20話:浮遊大陸に、御用心!?
目が覚めた。
カッと熱くヒリヒリする頬を両手で包み込むと視界いっぱいに広がる少女の顔を涙目で見詰めた。
なんぞ?
と、ヒイロはそんな己の状況に困惑するも目の前にはハッとする様な美少女が居おり、彼はそれ以上身動きが取れない。
すると、少女はヒイロの目をジッと見つめ返してから、サッとその場から離れていく。
「なんだ、起きるじゃない!!」
そうして、ヒイロの横たわっているベッドを見下ろしながら、その小さな鼻先をツンっと上げては偉そうな口ぶりで少女・カレンはヒイロにさっさとベッドから起きる様に命令を下した。
ヒイロは状況の訳の分からなさに困惑しつつその命令に従って、ベッドから起き上がり、地面へと足をおろす。
「あんた、運がいいわ」
カレンはそう言ってヒイロの姿をまじまじと見ている。
しかし、彼女が何をそんなに納得しているのかさえ分からないヒイロは徐々に苛立ちを覚え始めた。
「いや、あのさ? 訳が分かんないんだけど? なに一人で納得してる訳? この状況なに!?」
説明せよ。
状況を教えよ。
と、ヒイロは語気を荒めてカレンへと問いかける。
「は? なに?! 私に逆らおうって訳!?」
しかし、返ってきたのは問いへの答えではなく苛立ちの感情への返答。
そんなカレンにヒイロも感情で感情を返そうと再度、口を開こうとした。
「貴方は空賊との戦いで傷付き、疲弊し、倒れてしまったのでこちらの魔術学院の職員によってここ療養室へ運ばれ、その治療を受けて寝ていた所です」
が、しかし、その前にカレンの傍に仕えていたメイド、侍女マリルに知りたい状況を一気に言われてしまったので、穴の開いた風船の様に怒りが萎しぼんでいく。
「あ、そうなんですか…」
ただ、そんなヒイロの感情の変化など知った事かと怒りを隠さないカレンはその右手に力を入れるとおもいっきりにヒイロの頬を平手で打ちぬいていった。
なので、バチーンという物凄い音が室内に鳴って、同時にヒイロの目にいくつかの星がチカチカと映りだす。
「ぬ、にゃ?! なにしやがる!!」
何とか顔を振って、正気を取り戻すとヒイロはカレンに怒鳴り声をあげた。
「はぁ!? 御主人様に逆らおうと生意気な口をきくからよ!!」
しかし、『調教よ!!』と叩いたその手を腰にカレンは踏ん反り返り。
そんな彼女を前にヒイロは何て女だ?! と不条理を思った。
だから、この生意気な少女に何とか一泡吹かせようと当然の如く魔剣アイゼルを持ち出そうとして彼は気が付いた。
「あれ? 剣…俺の剣は?」
魔剣が無い。
右を探しても、左を探しても、先ほど寝ていたベッドの上も、部屋の壁側も、見渡す限り何処を探しても魔剣アイゼルの姿は無かった。
あれ、これなんというデジャヴ?
「剣ならば…ここの職員が持っていかれましたが…」
そんなオロオロとするヒイロの姿を哀れに思ったのかマリルがそう答えた。
「え、なんで!?」
言われた言葉にヒイロは当然に疑問を抱き、思わずして声を出す。
「さぁ? 珍しいマジックアイテムだからじゃない? 何より、貴族の従者とは言え、武器を検あらためない訳にはいかないしね」
すると、今度はカレンが何やら不穏な答えを返してきた。
一瞬、カレンの言葉にヒイロの動向が完全なる静止にて停止する。
検める? 確認?
そして、動き出した思考と内心でヒイロは慌て始める。
「え、なんで!?」
それから、得た答えにヒイロは先ほどと同じ言葉を繰り返す。
その額にはブワッと一気に汗が噴き出して流れていく。
魔剣アイゼルを事細かく確かめられるという言葉に不安が隠し切れないのだ。
なぜなら、だって、あれは魔剣。
魔法の剣という括りならば、まだしも魔をつかさどる剣。
いくらその手のマジックアイテムがあるというこのカレンの言う魔術学院でも、それは異端である可能性が高い。
一見しただけならまだしも詳しく調べられるとなるとその異端さはどう判断されるのか…。
アイゼルはきっと普通の剣とは違う訳で、その異常さはヒイロも身に染みて知っており、そして、本人(?)、本剣(?)が言う事が確かならばその力は非常に危険な代物という事になってしまう。
そして、ならば、それが調べられて理解されてしまうという事、そして、そんな非常に危ない代物を所持していたという事、そんな事が明るみになったとしたら…?
それは即ちヒイロ自身にも危険ワーニングお触り禁止のレッテルが直結して貼られるという訳になりはしないだろうか…?
「はぁ?! だから、いくら貴族の従者の物とはいえ、検められるのが義務なの!! 別に取り上げて返さないって訳じゃないわよ!」
分からない奴ね。
と、ヒイロの焦る気持ちなど知らぬとばかりにカレンは飽きれたという様な言い方をして、銀色のトレーをヒイロへと差し出してくる。
そこには、茶褐色の丸いパンと赤色のスープに青野菜のサラダと食べ物が盛られたお皿が乗せられていた。
「こ、これは…?」
「あんた、食事してないでしょ」
ヒイロの問いにカレンは簡潔に返事をする。
そして、彼女はそのトレーをヒイロに持たせると用は済んだばかりに先ほどの激情も無かったかの様に、そのまま何も言わずに部屋を出ていってしまう。
突然の事でそれにヒイロは何も反応出来ず、また、彼女が部屋を出て行ってしまったのでヒイロは無言で銀色のトレーに乗せられた食事へ視線を向ける。
焦る気持ちを余所に室内には静寂だけが広がっていく。
「3日…」
「うわ?! は、はい??」
が、突然の突風の如く現れては過ぎ去りていったカレンとは違い、良く言えば静かに悪く言えば気配を消していると思えるマリルの呟きに完全に意識外だったヒイロは驚いて声を上擦らせる。
カレンの侍女であるマリルも普通にカレンと一緒に出て行ったのだと何故かヒイロは思っていた。
というか、そもそも、この侍女さんは御主人様の下僕たるヒイロの事などそこらのゴミくずを見るような視線しか送って来ないので、カレンが居なくなった状況で話をするなんて事になるとはヒイロは微塵も思っていなかったので、余計に驚いたのであった。
「貴方が空賊たちと戦い倒れ、3日ほど経っております」
その証拠に今尚、淡々と喋ってはいるがその視線はヒイロの事など目にも入れておらず、ただ部屋奥の窓の外へと向けられている。
「空賊襲撃の後、学院の魔法船は何事もなくその日の内に無事、目的地であるこのヴァースレイド魔術学院へと到着いたしました。しかしながら、貴方は気絶したままであり、また、傷付いていたのでお嬢様が学院側に、貴方の治療とその間の療養室の使用の許可を願い申し出たのです。そして、それから3日、時間が経過致しまして現在へと至ります」
「は、はぁ…」
お嬢様が何だって?
ヒイロは綺麗だが抑揚のない侍女マリルの言葉に耳を傾けるが、その真意を図ることが出来ないでいた。
すると、そんな呆けた返事をしたヒイロを心底軽蔑したかのような鋭さを持って侍女マリルの視線が彼の瞳を射抜いて行った。
「あ、あ…感謝? 感謝しなさい、と…言っている? ですかね?」
そんなあまりにも唐突な女性の鋭い視線に若干、いや、かなり免疫の無いヒイロはサッと顔を反らして、それらしい言葉を口に出す。
「……あり大抵に言えば、そうです。以後、このような事が無い様にお願い致します、護衛殿」
すると、どうやら正解に近い答えだったらしく。
マリルは、たっぷりの間を置いてから、そうヒイロに言葉を返してきた。
あ、当たったのか…なんて、ヒイロはなんとかいきなり責められていた様な状況からの脱出口を見つけられて安堵した。
「…ん。護衛、殿?」
が、何やら聞き捨てならない言葉が侍女マリルの口から言われていた事に気が付いて反らしていた顔を彼女の方へと向ける。
「い、居ない!?」
しかし、やはり、良く言えば静かに悪く言えば気配を消していると思える侍女マリルの行動をヒイロが捉える事など出来る訳が無く。
振り向いた先に居た筈のその彼女の姿は、煙の如く消えていたのであった。
「に、忍者かな?」
馬鹿な事を口にしながらヒイロは意外と真剣に侍女マリルのその行動の速さに畏怖の念を抱いていた。それから、これからは彼女を心の中では忍者の称号を授けて侍女忍者と呼ぼうなどと考えていた。
勿論、心の中で。
阿呆である。
「腹減ったな…」
そんな馬鹿げた事を考えている余裕が出来た為か、ヒイロはその身体の訴える空腹感に気が付いて、先ほどカレンにより差し出された銀のトレーとその上にある簡素な食事に目をやった。
一口、そしてまた、一口。
次第にそのスピードは速さを増して行き、あっという間に簡素な食事はヒイロのお腹の中へと消えていった。
「た、足りねぇ」
だが、しかし、侍女…忍者マリルによれば3日ほど眠っていたヒイロの胃袋に対してその食事量は比例しておらず、胃袋はさらなる追加、つまり、おかわりを要求してくる。
どうしたものか。
部屋を左右と確認するが人は居らず、ましてや食べ物などもってのほか。
というより、聞かされた話によればここは療養室? 病院の一室か保健室の様な場所。
傷薬などはあっても食事になる物はないと思われる。
「と、なると」
ヒイロは銀のトレーを持ち上げて、ベッドから立ち上がる。
カレンがどこからこの食事を持ってきたのかは知らないが、あの天上天下唯我独尊少女が自ら持って来たくらいだからここからそう遠くにはないだろうとヒイロは考えた。
それから、この銀のトレーを返すついでに更なる食べ物を分けて貰おうと部屋のドアを開いて、廊下へと歩みだす。
「石造りってどこの国の歴史遺物だよ!!」
そして、出た先の廊下、壁、その一面が規則正しく並べられたレンガの積み合わせによって造られた物である事に思わず心の叫びを漏らしたのであった。
ヒイロが寝ていた部屋は、木造の様な場所だったのだが、たぶん、石造りの上にさらにその様な加工がされていたのだろう。
理由は謎だが。
模様替えか、何かでそうなったのだろう、たぶん。
「いや、あの部屋の木造建築も時代的にあれだったけど、俺ん所もそなんだし違和感は…あったけど、そんなに無かった、よ」
だけど、完全石造りの壁や廊下は、馴染みがないだけにインパクトが違う。
こんなのは映画かテレビの中でしか見たことのない光景である。
「いや、違うな…もうこんなんばっかだよ…分かってた、この世界に来てから見る光景ってこんなんばっか…」
今まで死ぬか生きるかの狭間にあったヒイロはこの世界に来て見聞きしたものは、もうさらっと流すことに努めていた。
しかし、ここにきて何度目かの不馴染みな光景に彼は片膝を付き、そのあり様に嘆いてみせたのである。
人間、心に余裕が生まれると折れる場所が出来るものである。そして、この世界ではヒイロのその出来たばかりの心の余裕は、いつもすぐさまに折られてしまうのだ。
なんか、よく分からない光景なんかによって…。
「…ふっ、飯だ、いまは飯の事だけを考えよう…」
だが、何とも逞しい事にヒイロはその何度目かの心折(心が折れるの意)に立ち上がり、また、歩き出す。
この世界に来て何度目の事か。
慣れはしないが、負けはしないと意気揚々に、半ばやけくそに彼は歩き出したのである。
「ふぐぅ…」
そうして、この魔術学院というどこかの魔法船より大きく複雑な迷路に物の見事に迷ってしまい、ヒイロは再び、心を折られて両膝を付いたのであった。
「長いよ、ここの廊下…部屋、何処よ…てか、ここ何処よ?」
なんというか、この魔術学院、意外と?広かった。
そして、部屋と部屋の間隔が広い上にその入り口たるドアの数も少ない。
なので、一個一個、確認しては無人、空き部屋の連続が数回続いただけでも結構な距離を歩く事になる。
更に言えばほぼ変わらず石造りの壁と廊下と同じ光景が続くので位置の把握が取り辛い訳である。
窓も極端に少なく、外の光景もあてにはならない。
というか、窓が少なく、ランタンの様な明かりが壁か天井に有る訳でもないのに、この石廊下は明るい。 それは不気味なほどに明るかった。
一体、どこから光源を取り入れて明るさを保っているのか理解不能な現象にヒイロはもう怖かった。
ここまで人っ子一人出会わず、その静まるかえる静寂さはまるで、幽霊屋敷にでも迷い込んだかの様な感覚をヒイロにもたらした。
すでに、来た道、元居た部屋の場所も分からない。
これでは、まるで、魑魅魍魎の住まう魔宮に迷い込んだ哀れな子羊だ。
ヒイロは銀のトレーを右手に持ちながらも両腕で体を抱きしめてブルブルと震えだす。
「んっ? おまえ、そんな所でどうした?」
「うぎゃああああっ!?!?」
「フン!!」
「ぐふっ!?!?」
なので、急に話しかけられたら叫ばずには居られなかったのだが、そうすると何故か、声を掛けられた相手に鳩尾を殴打されてヒイロは無力化されてしまった。
ぐたりと倒れるヒイロに声を掛けて殴打してきた人物は、その細目でじーっとヒイロのことを観察する。
「おまえ、あれか? 雑務員か? 迷ったか?」
何を思ってそういう考えに至ったかのかはヒイロには分からない事だが、雑務員という言葉にカレンお嬢様の下僕という言葉を思い出したヒイロは鳩尾に走り続ける痛みに耐えながら無言でコクコクと頭を縦に振る。
はい、イエス、ダー。
答えは、肯定。
だから、殴らないでとヒイロは涙目で目の前の体躯の良い糸目の青年に懇願した。
だって、さっき食べた中身が出ちゃうもの。
「なるほど、はやまった。スマンスマン」
糸目の青年は茶色の髪を揺らして頭を縦に振る。
どうやら、謝罪している様子だ。
それに命の危機は去ったとヒイロは安心して、この茶髪の青年の謝罪を受け入れる。
というか、そうしないと、まず、不審者 in Comingと処罰されなかねないし。
ようやく出会えた第一学院人だ、道案内もして貰いたい事もあって許さざるを得ないのである。
「んっ…なるほど、銀の色のトレーか。食堂のやつだな、おまえ」
茶髪の青年が何か一人で喋っているが腹痛なヒイロは受け答えが出来ない。
いや、そんな事を言っている場合…この場合は、考えているか? とにかく、そんな場合ではない。
なので、ヒイロは青年に事情を説明しようと息を吸い込み、声を出そうとする。
「あの俺、…は」
「おーーーい!! あんたぁあっ!!」
が、腹痛なヒイロのか細い声を打つ消すように青年が雄たけび、ではなく大きな声で誰かを呼び付ける。
地鳴りがしているかとも思えるその声に遠くからいそいそとやって来たのは、麦わら帽子? に汚れたシャツとズボンを身に纏ったおっさんだった。
「へえ、なんだすか? おぼっちゃま?」
それはもう、かなり田舎のおっさんだった。
「んっ、お坊ちゃまじゃねーが…まぁ、ほれ。食堂とおまえの所じゃねぇが雑務員が迷ってた、元の職場に連れてってやれ、それだけだ」
「は…へえ。なるほど、わかりました」
訛り調のおっさんが青年に頭を下げると青年は、『そんじゃ』と行ってしまう。
取り残されたのは、だいぶ鳩尾の痛みが引いてきたヒイロと頭を下げ続ける田舎のおっさん。
訳が分からず、ヒイロはそのおっさんに声を掛けようとする。
「あの…」
「そったら、いぐべか」
が、またもや、ヒイロの声は先に発せられたおっさんの声にかぶせられて打ち消されてしまう。
しかも、このおっさんやたらと力が強い。
ヒイロの腕を掴むとグイッと引いて歩き出したのでヒイロは若干たたらを踏みながらおっさんんと一緒に歩かなくてはならなくなる。
そうしないと、力負けして倒れてしまうからだ。
え、なに? おっさんに負けるの? 力で?
そんな訳にはいかないとヒイロはもう何とかおっさんの歩みに遅れないように、腕を引かれて倒されないように一生懸命に歩き出す。
なんか、目的を見失いつつあるヒイロであった。
「お前さん、新すぃい人? 駄目だよ? 貴族のおぼっちゃまに迷惑かけちゃあ、クビになったらお前さんも困るべ? せっかく、こんないい所で働けるんだ、頑張るんだよ?」
そのせいか、何やら凄く。
もの凄く勘違いされているのだが、ヒイロは倒れないように歩くのに一生懸命な為に気が付かない。
此奴、相当な阿保である。
「をぉおい、セドリックやぁん!! をぉい!!」
それで、結構な距離を結構な速さで歩いてきたヒイロと田舎のおっさん。
息も絶え絶えなヒイロと違って、おっさんは元気で何やら吠えている。
「なんじゃ、ゴンジ、うるせぇぞ」
すると、その叫びに呼ばれてか、おっさんBが現れた。
「をぉ、わりぃわりぃ。んでも、ほれ、これ。お前さん所の雑務員だべ? 道さ、迷ってて貴族のおぼっちゃまに捕まってたでさ」
「はあぁあん?!」
おっさんBは、そのオレンジ色の顎鬚を撫で上げながら、黄色く光る鋭い眼光で息も絶え絶えなヒイロを見やる。
「知らん!!」
そして、また大きな声で一喝して、ヒイロの所属を否定してみせた。
それはそうだ、だって、オレンジ顎鬚のおっさんの職場に所属していた事なんて一度もないし、というか、初対面だし、とヒイロは思った。
ここにきてようやく物凄い面倒くさい誤解が解かれる。
「んでも、この子、ここの銀のトレー持ってるべ? 誰か貴族のおぼっちゃまかおじょうちゃまに頼まれて取り下げに行って迷ったんだべ?」
「おぉ、確かに、こりゃあウチの食堂のお貴族様用の銀トレーだ、なんで、持ってんだ?」
「んだから、セドリックやんとこの新しい子だべ、この子? ほれ、学院長が雑務の補充要員増やすって言ってたしよ」
「あぁ、どこも手が足りねぇって他の職場でも言ってて学院長様がそんな事を言ってたな、が、新顔の顔まで知らんぞ俺は。人事の事は下のフロップスにぜぇーんぶ丸投げだからな、ガハハハハハ!!」
「可哀想やなぁフロップスやんは…」
かと、思いきや、そんな事は無かった。
何やら、それらしい話が学院にあって、話の流れ的にヒイロはまるまるその話の関係者として収まってしまった様である。
「あ、いや、あの俺は…」
なので、何とか声を出してこの誤解と状況を変えようとするヒイロだが、もはや、流れ出した場の空気は激流の様に重くて速い。
「しかし、こいつが居なくても俺ん所は今ん所、回ってた訳だし、過剰要員かねぇ? フロップスに他の所に回すよう言わにゃならんかな、他の職場と人員の取り合いでごたごたしたくねぇしなぁ…」
「そったら、セドリックやん、ウチさ頂戴よ。ウチさ、まだ、補充されてなかったっさ、学院長にも言おうと思ってた所だったべな」
「おう、いいぜ。お前の所なら後々面倒にもならねぇだろうし。連れてけ連れてけ、フロップスには後で言っておくしよ」
そして、その中に巻き込まれてしまたが最後。
そんじょそこらの中途半端な心の持ち主であるヒイロにその流れに逆らう事など出来よう筈はなく。
「んだば、決まりだべ、君、これからはウチの雑務員だ、一緒にがんばっべ」
そんな言葉を皮切りにヒイロはこの田舎調の喋りのおっさんの元、何故か斧を持ち、ヘルメットらしき兜を被り、魔術学院の庭先に生える巨木たちを切り倒すお仕事に従事する事となったのであった。
「え…なんで…?」