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第2話:月夜の森で、御用心!?





 ここは地球。

 蒼く広く輝く太陽系の1つの命の惑星、地球。

 だが、ここは諸君らの知る地球とは違い。魔法と剣とドラゴンの世界。

 そう、ここは、諸君らの知らない異なる世界なのである。







「ここは、どこだぁー?」




 謎の遺跡で世界をも支配出来る力を持った魔剣を手に入れた少年・ヒイロ。

 ようやく、枯れに渇れる荒野砂漠を抜けた彼だが、抜けたそこは緑生い茂る森。

 ヒイロは果てない道ならぬ道に途方にくれていた。




「主よ、我らいつになったら人の居る村に着く?」




 そこへ、ヒイロが果てない道ならぬ道に、うだぁーと途方にくれていると背中に差した魔剣が声をかけてきた。



「しらん!」




「しらん…と、威張られてもなぁ」




 未だ、道ならぬ道に途方にくれる主にため息をつく魔剣アイゼル。

 そんなアイゼルのため息に、ヒイロは憎々しげに皮肉を口にする。




「けっ、お前はどうせ、村の女の子が目当てなんだろーが?」




「違う!」




「へっ?」




 だが、なんとも予想外な返答が返って来た為、ヒイロはそんなアイゼルの予想外の返答に少々驚きを隠せず間抜けな声をあげてしまう。




「そうか、わりぃ。俺はてっきり…」




 そして、魔剣アイゼルの意外な言葉に彼は、ややバツ悪そうにアイゼルへと頭を下げた。







「若くて綺麗な姉ちゃんたちだっ!!」

「へし折るぞ、この馬鹿剣!?」




 まったく、なんなんだコイツは!?

 やっぱり、魔剣アイゼルはこういう奴なのか…?

 と、ヒイロは苦笑しながらも、どこかアイゼルに親しみを感じながら道ならぬ道を進むのである。

 しかし、もうそろそろ日が沈んでしまう時刻だろう。

 なんとか、日没までに近くの村まで辿り着かなければ、今夜はこのモンスターがウヨウヨ居そうな森で野宿をする事になりそうである。




(それだけは勘弁して貰いたいなぁ…)






 そんな事を思いながらヒイロは宛ども無く森を進んで行く。




 そして、呆気(あっけ)もなく夜である。 フクロウと呼ばれる鳥類が羽ばたき鳴き、月によって下界が明るく、澄んだ空気の気持ちの良い紛う事なき、夜である。




「ほとほと、主は月明かりの下で野宿するのがお好きとみえる。なんだ、主は人見知りする派か?そんなんでは、可愛い子ちゃんと仲良くにゃんにゃん出来んぞ?」




 アイゼルはぐったりと、そこらに生える木によたれかかるヒイロに皮肉を語る。

 すると、ヒイロは体をあげて、自分の足下にあったアイゼルをぽいっと投げ捨てる。




「ぬわ?なにをする、主よ?皮肉が気に食わなかったか?ならば、何を食う?土か?食料も無く、水も昨日で無くなったのであろう?我は主を心配してだなぁ…」



「可愛い子ちゃんとか……にゃんにゃんとか……死語だから……オヤジじゃん……」




 そんなアイゼルの言葉を聞いてか聞かずか、ヒイロはごろりと横になったまま、それ以上何も語る事をしなくなってしまった。




(ぬぅ、我は本当に主が心配なのだぞ。我は魔剣だから、別に飲まず食わずでも生きてゆけるが主は人間であろう。何日も前から食べ物を口にしていないのであろう?)




 そんなヒイロにアイゼルは、心の中から心配をする。

 成り行きとはいえ、契約を期した主。

 そんな、主が死んでしまう事はアイゼルの本意では無い。

 だから、どうにかしてヒイロには頑張って貰いたいと思っているのだが――




(……もっとこう、必死になっても良いだろうに? なんて諦めの早い御仁なんだ我が主は…)




 だが、そんなアイゼルの心配とは余所に、ヒイロは早くも寝息を立てて眠りについてしまう。


 そして、夜は淀みながら、深く、深く、深まっていく。


 旅の疲れもあり直ぐさま意識を手放し、夢にうつつを抜かしているヒイロ。

 彼がアイゼルを地面へ投げやった時から、どれほどの時間が経ったのであろうか。

 大分と経ったように思えるし、そうでないようにも思える。




「あ…るじ! 主! あぁぁるぅじーーぃいっ!!」





「うぇいっ?」



 そんな中、ヒイロは聞こえてくるアイゼルの大声に起こされてしまう。

 はて、空は、まだ月明かり。

 未だ、時刻は夜中のようだが…?




「…んだよ、まだ皮肉り足りねぇのかぁ?ふぁ~…まったく」



 ヒイロは眠り眼を擦り、暢気な欠伸ををしながら大声で自分を起こしたアイゼルへブツブツと文句を垂れる。

 だが、それに反してアイゼルは何やら真剣だ。



「主、モンスターだ。この森の何処かでモンスターの気配がする。しかも…」




「んだよ、嘘つけ。全然、モンスターなんか居ないじゃねぇか? 何処にそんな…」





 ――グオオオオーーーン!!



 と、ヒイロが二度目のアクビと背伸びをしようとした所。

 何処からともなく聞こえてくるモンスターの雄叫び。

 それは、かなり近い様子だ。

 だが、ここら辺りから聞こえてくるものではない。



「ん、ん~、まぁ、お前の嘘じゃないのは分かった。ゴメン。でも、全然大丈夫じゃねぇか? 近いけど遠いみたいな?」




 未だ暢気に首の骨をコキコキと鳴らしながらヒイロは地面にと投げっぱなしにしていたアイゼルを引き寄せる。




「違うのだよ…主。襲われている。モンスターと別に人の気配が感じられる。たぶん、同じ場所に2つの存在はある。だから、誰かがモンスターに襲われている!」



「なっ!?」




 ようやくアイゼルのその言葉にヒイロは顔を強張らせる。


 襲われている?


 誰が?


 何に?


 すると、意を決した様に突然にしてヒイロは立ち上がり、勢い良く走り出す。




「主、何処へ行こうというのだ?」




 そんなヒイロにアイゼルが当然な疑問を投げ掛けた。




「決まってんだろ?」



 それに、ヒイロは当然と言ったように答える。




「逃げる!! 巻き添えを喰らわん内にな! 誰かが襲われているって事は、移動しているって事だろ? ほら、雄叫びもなんかさっきより近くに聞こえてくるしさ」


 どうやら、ヒイロのその言葉の通りにモンスターの雄叫びは聞こえてくる毎に近付いて来ている感じである。



「…しかし、主よ、助けに行きはしないのか?」



 そこで、アイゼルは更に森をひた走る自分の主人へ、そう問い掛ける。

 てっきり自分は、主が襲われている人間を助けに行くものと、そう思っていたのだが? と、問い掛けた。




「アホか!? 誰がそんな危険な事をするか? ガキのケンカと違うんだぞ? そ、それに…」




「それに?」


「それに…助けに行って、裏切られて、逃げられて、また1人ぼっちになるのは…嫌だ。余計な正義面をやって馬鹿を見るのは、もう嫌なんだっ!!」





 そう叫ぶように言うとヒイロはモンスターの雄叫びから逃げるように森を走り抜けた。

 余計なのだ。

 正義といった正しい事などをしたって意味なんて無い。

 裏切られ、逃げられ、それで馬鹿を見るのは自分自身なのだ。

 ヒイロはそんな事を思いながら一心不乱に走り抜ける。


 何処からともなく彼の心に吹き荒ぶ嵐が巻き起こる。


 ズキンッと痛むのは胸の奥底。

 心臓という器官を越えて、心中という魂にまで突き刺さる痛み。


 自分は逃げなければならない。

 例え何者にも恨まれようとも、己を最優先させて、逃げ出さなければならないのだ。


 そう、巡るようにして追い掛けて来る『アレ』らから…。




 暗い森道は険しい。

 舗装されたコンクリート道とは違い、でこぼこで足場が悪く。

 森の枝など草木がヒイロの行く道を邪魔する。

 そして次に、ヒイロの行く手を邪魔するのものは、ガサガサっと草木から飛び出してくる、何か――




「っは!?」




 ヒイロは飛び出してくる何かに驚く。

 ひたすらに走り、走り逃げるヒイロの前に飛び出してきた何か、それは――




「っあ!?た、助けて…助けて下さい!モンスターに…モンスターに襲われているんです!お願い、助けて…」




 なんという事だろう。

 ヒイロは目の前の光景に目を疑う。

 モンスターの雄叫びは、まだ向こうの方から聞こえてくる。

 だから、襲われている誰かもまだ向こうにいると考えていたのに…。

 なんという事だろうか。

 そのモンスターに襲われ助けを求める女性は、逃げるヒイロの目の前から出てきてしまったのだ。




(うそだろ? なんで、なんで? だって、まだ雄叫びは向こうに…なんで襲われている誰かが俺の目の前に!?)




 これが、この男。

 ヒイロと呼ばれる男の運命である。

 不幸と呼ぶなら、そうであって。

 幸運と呼ぶなら、そうである。

 ただ当人である彼、ヒイロにとって、これは不幸という思いでしか無いようだ…。



(クソッ!! 何でっ!?)



 かくして、ヒイロはモンスターに襲われる女性を助ける事となってしまう。




「お願い…妹が…妹が襲われて…私を助けるために囮に…」



 フラフラっと女性がヒイロに歩み寄る。

 それを思わずして後退り、避けようとしてしまうヒイロ。

 モンスターに傷つけられたのか、彼女の肩には痛々しい程の引っ掻き傷。

 着ている服はぼろぼろで、顔は泥だろけ、しかし、そんな彼女は必死にヒイロに助けを乞う。



(じょ、冗談じゃねぇ…。なんで、なんでいつもこうなる? なんで俺が、なんで俺だけに…嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!? 俺は、俺は…)




「主よ……来たぞ!」



 アイゼルのその言葉と同時にモンスターの雄叫びが、ヒイロたちの真後ろで上がる。




「オォオオオーン!!」





 そこ居たのはオオカミの群れ。

 だがしかし、それをオオカミ呼ぶには禍々しい程の姿であった。

 毛の色は紫、瞳は眼球が有るのか無いのか黄色一色に染まり、その禍々しいまでに尖った爪と牙は血を塗りたくったかのように真っ赤に彩られていた。




 ――グゥルル




 だらだらと垂らすオオカミたちの涎はヒイロに恐怖という感情をより一層に植え付ける。




「なんという…主よ、こいつらただのオオカミでは無いぞ」




 そんな恐怖に駆られているヒイロにアイゼルが何やら驚いた口調で話かける。



「こいつらは、古代モンスターだ。主よ、気を付けよ!」




「遺跡の奴と同じって訳か…」




 オオカミたちはその大きな体でヒイロたちを威圧しながら近付いてくる。

 一歩、また一歩と、こちらの様子を伺いながら確実に歩み寄ってくる。




「戦う覚悟…あるのか、主?」




 

 オオカミたちが隙もなくこちらを睨んで今にも飛び掛かって来ようかというのに、アイゼルがヒイロにそう問い掛けてくる。




「たたかうかくご?」



 ヒイロはアイゼルのその問い掛けに少し考える。

 戦う覚悟?

 そんな物がこの自分に有る訳が無い。

 先ほどだって一目散に逃げ出していた。

 今だって逃げ出したいのだ。


 それに産まれてこのかた、命の取り合いなんてしたことが無かった。

 だって、いままで必要が無かったのだ。

 家で過ごして、学校に行って、勉強して、遊んで、家に戻って、1日が終わる。

 1週間前までの自分はおおよそ、そんな感じだったのだ。

 だから、高校に入学して、卒業して大学に行って、会社に入って、その後もそういう人生が待っていると思っていた。 だから、だから、こんな訳も分からない世界で命を賭けて戦うなんて思ってもみなかったのだ。




(だから、俺は元の世界に帰る為に旅をしてるんだ。命の取り合いなんてしないでいいあの世界にあの日本に…。でも、駄目なのか? やっぱり、ここではこんな風に命を賭けないと生きていけないのか?)




 アイゼルの問い掛けに、目の前の大きなオオカミたちからの恐怖に、ヒイロは何が何だか分からずそんな事を考える。

 一体、何なんだ?

 何故、自分はここにいる?

 何故、自分は命を賭けて戦わなければならない?




(逃げるんだ、いつもみたいに…。俺は平和な日本育ちの子どもだから、戦いなんて、命の取り合いなんて…)






「グルルァャァアッ!!」




 だが、時間は待っていてくれない。

 オオカミたちは待っていてくれない。

 一斉にヒイロたちへ飛び掛かってくる。




「っあ!? うわっ!? ひいっ!? あぐあ!?」




「主よ、避けるばかりでは意味が無いぞ! 我を抜け、我を抜けば主は魔王の如き力を…」



「うるせぇ!!」




「!?」




 ヒイロからの前振りの無い突然の怒号にアイゼルは驚く。




「俺は戦えねぇ…俺は日本人なんだ…戦った事なんて一度も…っ」




「主よ、震えて…いるのか?」




 あまりにも禍々しいオオカミたちを目の前にしてヒイロはガタガタと体を震わせる。




「主よ、そなたは戦う事が怖いのだな?」




「…っくしょう…ち…しょう…ちくしょうっ!!」




「主よ、そなた…、自分が傷付く事より、他人を傷付ける事に恐怖するというのか?」




 月明かりにて、男は恐怖していた。

 戦わなければならない状況に?

 自分が殺されて死んでしまうかもしれない状況に?

 訳も分からず見知らぬ世界に連れて来られた状況に?

 答えは否、であり、その通りである。



 彼は恐怖していた。

 戦わなければならない状況に、殺されて死んでしまうかもしれない状況に、訳も分からず見知らぬ世界に連れて来られた状況に。

 だが、いま彼が恐怖している事はそれだけではない。

 それだけではない恐怖。

 それは、誰かを傷付けてしまう自分に対しての恐怖である。

 たとえ、それが禍々しい程のモンスターであったとしても…。





「そうだよ、怖ぇんだよ。俺はいままで何かの命を自分の手で殺した事なんて無いだよ。そりゃ、虫なんかは故意にでは無いにしろ殺してしまった事はあるさ。でも、これは動物だ。モンスターでも動物だ。俺は、俺は…」







 だが、そうせざるを得ないであろう今の不幸に彼は恐怖する。




「ふむ、主よ…虫と動物の何が違う? 命に上や下の優劣があるものか? 主はいままで何を食べて生きてきた? 他の命であろう? 肉を食べ、野菜を食べ、他の命を食してきたのだろう?」




「だけど、俺は自分で殺してなんか…」




「同じだ。誰かが造り添えた食だとしても、それを食べたのは主だ。命は食べて生きていく。それが、命だ。そして、こやつらも…」



「いやぁーっ!?」




「!?」




 ヒイロは耳をつんざく甲高い叫び声に驚く。

 振り向けば女性が襲われている。

 先ほどの自分に助けを求めた女性だ。

 彼女はオオカミたちにより押し倒され、いまにもその獰猛な牙で噛み殺されんとしている。

 しかし、それを見ていて尚もヒイロは、なにも出来ないでいる。

 いや、しようとしない。




「主よ。それでは、食べられる側は捕食者の言うがままに殺されなければならないのか?いや、答えは否であろう?それは、言い訳かもしれぬ。それは、都合の良い言い訳かもしれぬ。だが、命に優劣は無い!」




 そんなヒイロにアイゼルは、言葉を告げる。

 いまの状況に、いま何をするべきか、いま何を考えるべきか、そして、何を考えないべきかを…。



「死にたくないから、捕食者に牙を立てる。その為に誰かを傷付ける。弱肉強食とまでは言わぬ、だが、生きとし生ける者の全ては生きなければならない。足掻かなければならない。逃げるな、戦え。理由などいま考えるな。いま己の命だけを考えて戦え。その過程で助けたい者を助ける為に戦え!!」




「……意味……わかんねぇよ…お前の話…」




 まったくもってヒイロには内容も意味も分からないアイゼルの言葉。

 何が言いたいのか、何を言おうとしているのか、彼にはさっぱりであった。




(俺は命を奪いたくない。でも、結局俺は命を食してきた。奪ってきた。だから、俺もこのオオカミたちの食として殺されなければならない。それが自然の摂理だ。でも、俺は死にたくない。元の世界に日本に帰りたい。そして…)




 ヒイロはゆっくりと腕に持ったアイゼルを巻いていた紺を薄汚した色の布から取り出す。

 黒く輝くアイゼルの刀身。

 闇に見事に溶け込み、そして、月明かりによりその刃を煌めかせる。




(理屈なんていらない。死にたくないから戦う。捕食者に牙を立ててはいけないなんて理由はない。傷付けるのは怖い。それは、いけない事だと教わってきた。でも…)




 オオカミたちが女性を襲い、彼女の上に乗り掛かっている。

 必死に抵抗するその女性。

 そのおかげか、いまだ彼女にオオカミの獰猛な牙は立てられていない。



(死にたくないから戦う。命を軽んじている訳じゃない。ゲームみたいにただ楽しんで奪う訳じゃない。生きるため、進むため、それでもやっぱり命を奪う事はやってはいけない事……だけど!)




「覚悟が出来たな、主よ?」




「…あぁ、出来た」




 ヒイロはアイゼルを持ち、オオカミたちに向かい走り出す。




「ガァァア!」




 そこへ、1匹のオオカミがヒイロに飛び掛かる。




 瞬間、ヒイロは飛び掛かるオオカミに対して即座に身を翻し、横に体を位置取る。そして、未だ空中に漂うオオカミ目掛けて縦に剣を奮う。ドスッという音と共にオオカミは声も無く地面に落ちる。




 頭を失った個体は、もはや、立つ事はないであろう。





「ギィガガガーッ!」

「グルガァァアッ!」




 次は2匹同時。

 右と左から、背筋の冷めるような牙と爪が襲いかかる。




「うっぉぉおーっ!」




 今度はその2匹に対して、ヒイロは剣を横一線に引く。

 生暖かい液体がヒイロの顔にかかる。

 ドスンドスンと地面に何かが落ちる音。

 ヒイロの足の下には2匹のオオカミ。

 もはや、その瞳に光は無い。




「っ!?……グルルル」





 3匹。

 オオカミを3匹倒した所で女性に乗り掛かっていた一番、体の大きなオオカミがこちらを見る。

 そのオオカミの片目は潰れ、一文字の傷痕となっている。




「主、あれがリーダーだ」


 どうやらアイゼルの言う通りのようだ。

 そのオオカミがこちらに向かってくると、周りのオオカミたちも同じようにこちらに体を向ける。




「残り4匹だな、主よ。さて、ここらで一発景気良く行くか?」



「なんか策があんのか?」




「あるとも…」




 オオカミたちはゆっくり、ゆっくりとヒイロの周りを囲むように近寄る。

 そして、4匹のオオカミがヒイロの前後左右に位置取った。




 一斉に飛び掛かってくるつもりだ。

 1匹や、2匹での攻撃や馬鹿正直な前方からの攻撃では、ヒイロの剣で一斉に斬られると考えたのだろう。

 だから、囲んだ。

 逆に自分たちが一斉にヒイロを襲う為に…。




 これでは、成す手無し、絶体絶命であろう。

 剣を奮うにも、1匹に奮った所で他の3匹に食い殺されてしまう。

 だから、ヒイロは聞いた。

 アイゼルに策があるのかと聞いたのだ。




「で、それは?」




「ふっ、魔法に決まっておろう?」




 ――ガルルァァァァァアアアーーッ!!




 アイゼルがそう告げた、次の瞬間。

 オオカミたちが一斉にヒイロ目掛けて飛び掛かる。

 だが、ヒイロは逃げ出さない。

 ただ、真っ直ぐにリーダーであるオオカミを見据えて、アイゼルを高らかに月夜へと掲げて唱える。




 それは聞いた事の無い言葉。

 発した事の無い言葉。

 だが、ヒイロは唱えた。

 そう聞いたように魔法の呪文を唱えた。




 そして、アイゼルから『轟っ!!』と。放たれた燃え盛る炎。

 ヒイロの全ての身体を包み、四方に向かい飛び出す火炎が4匹のオオカミに襲い掛かる。

 先に飛び出したオオカミたちはそれを避けられない。

 真っ直ぐヒイロに飛び掛かったオオカミたちに、燃えるその業火が襲い掛かる。




 ――ぎゅおおおお……おぉぉぉ……っ




 飛び掛かるオオカミたちは燃える業火にその身を襲われ、ヒイロに辿り着く事なく、ヒイロの体に触れる事なく、その場へと打ち落とされる。




 ――ぉぉお…オォォ…ォォ…ォッ



 パチパチと燃えるオオカミたちは声をあげる事も出来なくなる。

 そして、その命の炎が業火に取り込まれるが如く消えていく。

 そんな四方に燃える炎の真ん中に佇むヒイロ。




「…を…殺せると思うなよ、下朗…我…を…誰だと思っている? 我は、は……我…は……」




 その体を燃やし、命を消したオオカミたちの前に彼は何かを呟く。

 そこに魔剣を奮うヒイロが、魂も燃え尽きようとするオオカミたちに何かを語っていた。




「あ…あの…た、旅人さん?」




「!?」






 と、そんなヒイロに話かける声。

 先程までオオカミに襲われていた女性である。

 四方に燃える炎の真ん中で何かを語っていたヒイロに彼女は、おずおずとしながらも話をかける。



「……我…は……おれ…俺…は……」



「っ、あのっ…あの!! お願いです!! 助けて頂いて図々しいのは、百も承知です!! だけど、だけど、妹が、妹が、まだ!!」




 月夜の晩に戦う覚悟を決めた男が1人。

 力を持たず、勇気を持たず、魔剣を持った男が1人。

 彼は戦った。

 誰が為に、何が為に。

 それは、誰にも分からない。



 ただ、その日、その夜、月の(もと)、魔王の影が。






「…あぁ、わかった」








 ――いま、堕ちた。




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