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第16話:空飛ぶ船に、御用心!?(3)





(やれる…のか?)



 心臓の激しい鼓動が身体の内側から叩き付けてくる。

 足は甲板に立っているが今にも膝を付いてしまいそうな程に頼り無い。



「びびってんだろ? なぁ? ひひっ、そらぁよぉっ!!?」



 しかし、敵は待ってはくれない。

 それはこれまでに何度も経験した事だった。

 だから、ヒイロにだって分かっている。



(やれるだろ?!)



 空賊が剣を振り上げてヒイロに飛び掛かってきた。

 もう考えている余裕はない。

 飛び上がった空賊は正しく重力に従って放物線を描き出し、ヒイロを目掛けて落ちてくる。

 同時に、空賊は振り上げた剣を勢いと共に目一杯にと振り下げた。

 瞬間、切っ先の尖った刃物が己の身体を傷付ける事が脳裏を過ぎってヒイロの身体が恐怖に震えた。



「コン、ちくしょうがーーーッ!!」



 だが、不思議な事にその最悪の想像は即座に決してその刃が自分の身体に当たらない想像へと変わる。



「ぎゃあっ!?」




 そして、実際に起こったものはヒイロが魔剣アイゼルを奮うもので、己に向けられた剣ごと空賊を打ち飛ばし、更にはその打ち飛ばした空賊ごと周りに群れる数人の空賊をも巻き添えにして吹き飛ばしたというものだった。



「…や、やれる!」



 魔剣アイゼルを見てヒイロは強く言葉を放つ。この魔剣が有れば自分は逆境を恐れずに前へと進めるのだと彼は己を奮い立たせたのだ。


 

「おいおい、マジか?」 


「あんなのアリか」



 吹き飛ばされたままに倒れて立ち上がらない仲間たちの姿と、先程の不安な様子と打って変わって今にも斬り掛かって来そうな鋭い様子のヒイロに空賊たちが困惑する。

 すると、それを好機と見てか船員の一人が声を上げた。



「船員たちよ立ち上がれ!! いまこそ反撃の時だ!」



 甲板に響くその声に答えて倒れていた他の船員たちが立ち上がっていく。

 そして、疲弊して動きの鈍ったであろう体に残る力を振り絞り、再び空賊たちに刃を向けた。

 再び、甲板は空賊と船員たちの争う声と音に包まれる。



「ォラッアッ!! 掛かってこいよぉ!?」 



 ヒイロも己を鼓舞する為に声を荒げて叫んだ。

 そうしなければ足が恐怖で震えてしまいそうだからだ。



「ぁあ!? テメェ、1人や2人…5、6人、吹っ飛ばしただけで粋がってんじゃねぇーぞ!?」


「そうだ! そうだ! 野郎どもやっちまえ!!」


「「「ぉおお!!」」」



 そんなヒイロに怒号を浴びせ、飛びかかってくる空賊たち。何人もの何人もの襲いかかる刃をヒイロは鞘に納めたままのアイゼルでなんとか捌いていく。

 何度も何度も何度も。

 空賊たちの攻撃を躱して、時には逆に空賊へと攻撃を仕掛けて、がむしゃらに動いた。

 ふと、そんな中でロックウォードが魔法使いの様なローブを着た子どもたちに何やら声をかけているのが視界の端で見えた。

 何をしているのだろうか。どうせなら此方に来て加勢して欲しいのだが。いや、いまはそんな事を気にしている時ではないか。

 息を荒げてヒイロは激しく動かす体とは別にゆっくりとした思考でそんな事を考える。

 ただ、見えてしまえば何となしにそちらの方が気になって、またちらりと確認してしまう。

 見えたのはロックウォードが幾人かの船員たちを従えて子どもたちに何やら指示をしている様子だった。

 しかし、周りで激しい剣撃の音が立ち上がるのを見て、少年少女たちは顔を真っ青にしてかぶりを振って拒否をしている。



(なんだ? 逃がそうとしてんのか? クソッ!! だったら早く行けよぉ!!?)



 よく見ればロックウォードが此方の方を見て、その後に子どもたちに向けて船内への入り口の方へ指を差していた。

 おそらくロックウォードは彼らにヒイロが空賊の気を引いている今の内にそちらの方へ移動する様に言っているのだ。

 ならば、自分ももっと空賊たちの気を引く為に派手に動き回らなければならないだろうか…。

 しかし、魔剣があるからといってヒイロとて余裕がある訳では無い。出来るならば早めに、事を終えて欲しいとヒイロは思った。

 そもそもの目的はあの生意気な桃色髪の少女を助ける事だった筈だ。その為に甲板まで上がってきたのだ。

 あの少年少女たちの中に紛れているかどうかは分からないが。しかし、他に彼女が居そうな場所は甲板には見当たらない。

 ならば、あの少年少女たちの中に居ると考えて、彼らを彼女らが逃げてさせしてくれればヒイロもこの場から逃げ出して良い筈である。

 ただし、逆に言えば彼ら彼女らと共でなければ、ずっとここで空賊たちの相手をしていなければならない訳でもあるが…。



(とにかく、早く行けよ!! ハリーッ!! ハリーッ!! ハリーッアップッ!!)



 暫くしてロックウォードの説得に少年少女たちがようやく立ち上がり歩き出す。

 だが、やはりゾロゾロと多くの学徒たちを連れて歩くその姿は目立ってしまっていた。

 暴れるヒイロや他の船員たちに注目していた空賊たちだったが何人かはロックウォードたちに気が付いてそちらへと襲い行ってしまう。



「がっ!? マズっ、危ねぇぞ! そこっ!?」



 思わずしてヒイロは声をあげる。

 だが、それをロックウォードが相対し、幾重にも続く刃たちを躱しながら子供たちを移動させていく。

 そうして魔法船の船員たちの協力もあって子供たちが次々と船内へと続くドアにへと押し込まれていき、最後の一人が中へ入れられてバタリとドアが閉められた。



(なんとか…逃がせたか…)



 ヒイロは空賊たちを睨み付け距離を置きながら、息を吐く。

 しかし、戦いはまだ終わりではない。

 子供たちを船内に逃した所で、この数多い空賊たちをどうにかしなくては意味がないのだ。

 何か良い手があるだろうか。

 そして、自分はどうやって逃げ出したものか。



「おいおい、なんじゃこのザマわぁ! ?」



 それは、剣呑な雰囲気の声だった。

 ヒイロは反射的にそちらに顔を向ける。

 すると彼の視界に辺り一面に真っ赤に燃え上がる炎と、その身を投げ飛ばされていくロックウォードの姿が入り込んできた。



「たく、コソコソとしてからに。おうおう、オメェらも何をグズグズしとるし! チチャっと終わらせるぞ!!」



 そう空賊たちに呼びかけるのは、のっそりとした巨躯な男だ。

 身の丈は高く横幅もあり、重戦士といったような出で立ちで、赤ら毛の髭を蓄えた口には無数の金色の歯がチラついている。

 男はまさしくバイキングと言える両角を付けた兜を被り、その手には大層立派な斧を装備していた。







  








 大食いのバルノン。

 赤髭の男はそう呼ばれていた。



「したっけ、アニキ。それとあれとがスンゲェ強いみたいやし」


「そうなんですよ、頭ぁ」


「俺らでもキツイって相当な奴等ですぜ、船長」



 そして、彼は空賊たちの元締めであり、空賊船の船長であった。



「ああ? ゴチャゴチャと五月蠅えぇえ!!」


「ひぃいっ!」

「ぎゃいっ! すんませんすんません」


「あっははは! アニキのがうるさいしぃ」


 

 バルノンがその野太い声を怒らせると周辺の部下たちは恐れ慄き身を萎縮させる。逆に平気などころか笑い声をあげるのは兄弟分である副船長だ。



「ていうか、アニキがやったソレ、やっぱ、強いし。ウチらの雑魚どもじゃ、どうにもならないよ。騙されたと違う?」



 その副船長は生意気にも船長であり、兄貴分であるバルノンに臆することなく意見を言える人物だった。だから空賊団の団員たちに頼りにされているらしく、いまも幾人かの雑魚が副船長の背にバルノンの睨み付ける視線から逃げる様にして隠れるていた。



「むぅ…騙されちゃあおらんし。現に魔法船はあって、貴族らしいガキ共がおった」



 そんないつもの光景を見ながらバルノンは副船長の言葉に眉をひそめて答えを返す。

 確かに情報を寄越した者から聞いた話とは多少の違いがある。

 しかし、空を疾走る魔法船はあった。 

 唯一無二だと思っていた我らが空賊船ダイダロスとは別に存在する空を疾走る魔法船が、だ。

 ならば、それだけで十二分に有益な情報だった。



「ワシらを脅かす様な輩、こちらが先に潰さなイカンし」



 空から襲撃出来るという利点があったればこそ、バルノンたちはここまで大きな一団となった。だから、それを脅かす存在を許してはならない。



「この魔法船はワシらが接収するし、接収出来なんだら、破壊するまでやし」



 振り下げていた真紅色の斧を肩に担いで、バルノンは歩き出す。

 チラリと先ほど吹き飛ばした金髪の少年を見やる。

 死んではいないだろうが、身動き一つない。

 それから、鼻先で暴れていた黒髪の少年に視線を移す。



「それ程のもんかねぇ?」



 魔術師の乗る船だと聞いていたが、未だ魔法の飛び交う姿は無い。未熟な見習いたちしか乗っていないからだろうか。

 ならば、用心をするのは護衛も兼ねて乗り込んでいる船員たちだけだ。が、その船員たちも自分たち空賊団の団員たちの物量に圧されている。


 ただ、そんな中で毛色の違う敵が紛れ込んでいた。

 一人は他の魔術師見習いたちと同じローブを着込んでいる。そのまま魔術師見習いという事なのだろう。

 違いはこの状況下で自分たち賊と戦えるかそうでないか。しかし、魔法を使ってこない辺り、やはり、未熟な見習いだという事に変わりは無い。そして、それはいま自分が手を下して無力化した。


 では、もう一人。

 バルノンはそのギョロリと見開いた瞳で部下たちに囲まれて呆然とこちらを凝視している少年を観察する。

 魔術師のローブは着ていない。

 魔術師ではないのだろう。

 では、この魔法船の船員かと思えばそうでもなさそうだ。

 戦いの中で他の船員たちとの連携は皆無。また、服装も船員たちが着込んでいる船の男という様な物ではない。

 旅人、か?

 ボロの布切れを纏った姿に革の鞘に収まっているものの剣を携えている。



(だが、甘っちょれぇ面をしとる)



 空賊団の団員たちは皆、抜き身のナイフや剣を手に躊躇なく敵を斬りつけている。

 そんな相手に目の前の少年は剣を鞘から出すことも無く向けている。容赦無く命を奪おうとする賊を相手にその行動は甘いとしか言えない。



(戦い方も知らんガキやし)



 ならば、そういう事だ。

 団員たちを吹き飛ばす程の腕力はある様だが技量も経験も、覚悟も無い。

 大方、少年は駆け出しの冒険者か何かなのだろう。そして、何処かの貴族の坊っちゃんである魔術師見習いに護衛を兼ねた雑用係として雇われたのだ。



「お前、運が悪かったのぉ」



 この魔法船は魔術学園とかいう場所に行くらしい。そして、その魔術学園は安全だという触れ込みだ。故に魔法船も安全だと思われていた。つまり、護衛は雑用係も兼ねた駆け出しの少年冒険者で充分な筈だった。少年はほとんどを何事もなく雑用だけしていれば良かった筈だった。

 だが、そこに安全ではないバルノンたちがやって来た。

 だから、"運が悪かった"のだ。



「じゃあの!!」



 バルノンはのっしのっしとその巨体を揺らして重そうな足で少年の冒険者に向かい歩いていく。それから手に持った巨大な斧を振り上げて躊躇なく少年に目掛けて振り下ろした。

 手加減はしない。

 少年といえどここまで空賊団の団員たちを叩きのめされたのだ。面子の問題もある。ここは、キチンと処理して置かなければならない。

 だから、バルノンはおもいきりに斧を少年へ叩き付けた。

 爆炎が発生してバルノンの髪とヒゲを揺らす。

 バルノンの持つ斧の効果だ。

 大抵は手加減無しのこの一撃で敵は皆、死に絶える。

 充分な程の破壊力だ。



「あ"っ?」



 その一撃を終えて、次の行動として団員たちに指示を出そうとして目の前から視線を逸したバルノンの顔に何か硬いものがぶつかる。

 それにバルノンが気が付いて声を漏らした瞬間に痛みと衝撃が頬一杯に広がって、終いにはその巨躯な体がよろけてドスンと甲板へと倒れ込んでしまう。




「アニキッ!?」




 副船長の甲高い声が辺りに響く。

 何が?

 起きた?


 と、バルノンば痛む頬と揺れる頭を無視して急いで重石の様な己の体を動かして立ち上がり、斧を構えた。




「アチっ、アチっ、アチっ…熱っ…」




 爆炎により出た灰色になりつつある煙が薄っすらと消えて、ソレは姿を表した。

 同じくバルノンの斧の効果によって出た炎に衣服が燃やせれて必死に消そうと動き回るソレ。

 巨大なバルノンと比べても小さく華奢なソレはバタバタとボロのマントを脱ぎ捨ててから漸く此方を見上げた。

 バルノンは握り締めた手に益々もって力を込めて斧を振り上げて、一気に振り下ろす。

 渾身の一撃を、ソレに与える為に。


 バキャッ!! っという音。


 斧が剣を当たった所でその衝撃と勢いで革の鞘がズルリと剣から滑り抜け落ちた。そして、それによって逸れた斧の刃が甲板の板をブチ抜いた音である。



「チッ!」



 バルノンは舌を打ち、再び、斧を構える。

 黒い刀身が見える。

 革の鞘が抜け落ちた事によりソレの持つ剣の刀身が露わになったのだ。

 珍しい色の物だ。

 嫌に艶かしく不気味に光りを放つ刃である。















 ヤバい。

 ヤバい…。

 ヤバいだろ、ソレは…。


 ヒイロは恐怖に慄いた。

 巨大な体をした怖い顔の角兜を被ったバイキング風の男に。

 血の様に真っ赤で痛々しい程に鋭い真紅の斧に。

 そして、その斧から繰り出される得体の知れない爆炎に。



(なんで…斧から…炎が出てくる!?)



 ヒイロは目の前の巨大なバイキングの後ろに見える甲板に倒れ伏せたロックウォードを見た。

 ブスブスと煙と音を立てながら横たわっている。

 死んでいるのだろうか。

 その体はピクリとも動かない。


 ブォッと巨大な刃が空を斬る。

 バイキングがその斧を横に薙ぎ振るってきたのだ。

 ヒイロは声にもならない声を喉から出してそれを避ける。

 激しく動く心臓がもはや破裂寸前に暴れ回っている。

 あの斧が体に当たれば真っ二つになる未来しか想像出来ない。

 しかし、魔剣で迎え撃った所で得体の知れない謎の爆炎が襲い来るだろう事も容易に想像出来る。


 一度目の時はアイゼルが何かをしたのか爆炎に包まれる中でその炎の半分以上がヒイロの体を避けていった。

 で、なければ今頃は丸焦げだっただろう。

 しかし、それでも触れた残りの炎は熱く、容易くヒイロの体を燃やしていった。

 今尚、ジンジンと肌の至る所が熱を帯びて痛みを発している。軽度の火傷が所々に現れているのだ。

 何度もこれを受け続けていたら軽度が重度になり、身動きも出来なくなり、最後には死ぬ。

 

 二度目も咄嗟にアイゼルで受け止めてしまったが、運良く鞘が抜け落ちて、刃からも爆炎からも逃れられた。



(クソッ…さっきみたいに迂闊にアイゼルで受け止めちゃ駄目だ…でも…)



 打つ手がない。

 このまま斧を避け続けるだけしか出来ない。

 こちらから攻撃を仕掛けようにも体を動かした所でバイキングの一撃が飛んでくるのだ。

 しかも、それはヒイロの振るう魔剣が届かない範囲からの一撃だ。

 間合いが違う。

 体の大きさが手の長さが武器の違いが全てヒイロに不利な状況だった。


 何より、怖ろしいのだ。

 そのバイキングの顔が、姿が、真紅の斧が。

 ヒイロには怖ろしくて堪らない。



(逃げたい…逃げないと…)



 じりじりとバイキングから距離を開けながら周りを見渡す。

 


(はぁ?!! なんで!? なんで、皆、こっちを見てるんだ!!?)



 そこでヒイロは気が付く。

 周りから戦いの音が消えている事に。

 いや、戦いそのものが消えている事に。


 魔法船の船員たちも空賊団の団員たちも皆、動くのを止めてこちらを見ている。

 ヒイロとバイキングの戦いをただ見ているのだ。



(フッざけんな!!? なんだそれ!? なんだよそれ!? 助けろよ!! 戦えよ!! なんとかしろよ!!)



 怒り。

 恐怖と共に何とも言えない怒りが込み上げきた。

 何故か戦いを放棄した空賊たちに、そして、その好機にも関わらず助けに来ない船員たちに、ヒイロは憎しみにも似た怒りを込み上げさせる。



(傍観者のつもりか? てめぇ等は関係ねぇつもりか? ヤラれてるこっちは冗談じゃねぇえっ!!)



 ブォッと再びバイキングの斧がヒイロに向けて振るわれる。

 けたたましい音と共に先ほどまでヒイロの居た場所の床が斧によって破壊される。

 


(危なッ…な!?)



 振るわれた斧を避けて、その刃からは逃げ果せたヒイロだが、次に起きた現象に彼は魔剣を体の前に出して出来る限りにその身を丸めて縮めた。

 直後、一瞬にして炎が甲板の上を走り、ヒイロへと襲い来た。

 凄まじい炎がメラメラと燃えてヒイロの身を焦がす。



「ガッ!! アッ…ッ…ぐっぅ……」



 そのあまりの速さに、避けるには体が反応出来ないと身を丸める事で防御をしようとしたヒイロ。

 だが、直撃してしまった彼の体は一瞬にして炎を纏ってしまう。

 その痛みと熱さを神経が感知して、彼の体は甲板へと倒れ込み、のた打ち回る。

 漏れる苦悶の声と掠れる呼吸の音。

 ゴロゴロと熱さと痛みとを地面へと押し付けて打ち消す様に彼は転がった。



「フンッ!!」



 その様子をバイキングが見逃す筈も無く。

 のっしのっしと走り出すと勢いのままに斧を振り下ろした。



「ッざけんなよ、クソ野郎!!」



 だが、それをヒイロは大きく転がる事で回避する。

 痛みと苦しみの中でも彼は冷静に周りを見ていた。甲板の上を転がりながら身に纏った炎を掛け消しながら、バイキングが攻撃を仕掛けてくる事を分っていたのだ。



「オラァッ!!」



 だから、バイキングが斧を振り下ろした瞬間に横へ大きく転がって、その反動で立ち上がり、そのまま斧を振り下ろした直後で身動きの止まったバイキングに向けて魔剣を振るってみせた。



「ぐぅッ…」



 バイキングの肩に魔剣アイゼルの刃が当たる。

 しかし、手練たバイキングも動かぬ筈の体を無理矢理に動かして身をよじる。

 スパッとバイキングの肩の肉が切れるも骨まで達する事は無く。また、切れた肉もそれほど深くはいかなかった。




「クソッ! なんでッ!!」




 上手くいかなかった攻撃にヒイロは怒りで声を荒げる。

 今の攻撃は絶対に決めておきたかった。

 それ程までに彼にとって今の攻撃は会心の一撃だったのだ。

 もう次がない程に。




(駄目だ…怖い…痛い…嫌だ…嫌だ…キツい…つらい…帰りたい…帰りたい…カエリタイッ…)




 急激に湧き上がった怒りの感情が、表に放った攻撃という衝動によって少し下がってしまう。

 すると途端に不安や不満が溢れ出してきた。

 その弱さを含む感情は次第に心の中に広がっていく。 

 それはほんの少しであろうとヒイロの心を折るのには充分なものだった。





「は? なにこれ? ちょっとアンタ何やってんのよ?」



 だから、その声が聞こえてこなければ、きっとそうだったろうに違いない。

 きっとそこで彼は諦めて、バイキングの斧によって無残にも真っ二つにされるか、燃やされて灰にでもされていたかもしれない。



「は?」



「は? じゃないわよ!! ご主人様に散々探させておいてアンタは何やってる訳?」



 いや、散々探したのは俺の方だけど?

 と、ヒイロは思った。

 何をやっていたのか聞きたいのは自分の方だとも思った。

 そして、



「て、めぇ…何やってんだバカ!! なんで、出てきた!! 中に入ってろ!! ドア閉めて、閉じ籠もってろよバカ!!」



 なぜ、ここに来てしまったのか。

 船内に居たのならそのまま隠れていれば良かったのだ。

 ヒイロの事なんて探さずに異変に恐怖して部屋で震えて閉じ籠っていれば良かったのだ。

 しかし、少女は来てしまった。

 ヒイロを探して危険な場所へ来てしまったのだ。



「ばっ!? アンタ…バカって…よりにもよってアタシに? バカって?」


 

 そんな少女は桃色の髪を揺らして頭を振り回す。

 苦悩する様に両手を頭にあてて…。

 いや、実際に少女は苦悩したのだろう。

 ヒイロの事を下僕だ何だと言っていた少女、カレン様はその下僕にバカと呼ばれて頭を抱えてしまったのである。






「バカってのは…バカってのは…バカっていうのはね、アンタみたいなのを言うのよッ!! バカァああああーっ!!!」







 いや、違った。

 なんか怒ってた。







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