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第15話:空飛ぶ船に、御用心!?(2)





「うぇっ!? ちょっ?! 近い!! 近いよッ!!?」


「うん。君さ、この黒は自然のものかい?」 



 スッキリとした短めの金髪に碧眼の少年。 

 優しげな笑みを浮かべてその少年はヒイロの髪の毛を指で摘んで、そう問うてくる。



「は? あ、当たり前じゃないか? て、近いから…さっきから、スッゲェ近いからぁっ!!」


「なるほど、当たり前ね…なるほど」



 うん、うん、と何や一頻りに頷くと金髪碧眼の少年は、今度はヒイロの顔に自分の顔を近付けて来て、じーっとヒイロの瞳を観察し始める。



「再度、聞くけど。この、眼も、自然のものかい?」



 それから、人差し指をヒイロの目元に当ててから同じ様な質問をする。



「だっ! から、近いし!! 当たり前だ!! ての…」



 対してヒイロは少年の手を払い除けて、体を離すように彼の体を押し出す。

 まったく、何だと言うのだ。

 と、胡乱気な視線を送り、はたと先ほどの少女の事を思い返して、何と無しに視線で辺りを見渡す。

 もちろんの事、少女の姿は見付からない。



「なるほど、当たり前か。当たり前、うん、当たり前だ」



 いい加減に鬱陶しい。

 ヒイロの姿を下から上へと探る様に視線を上下させながら、ブツブツと1人で呟く金髪碧眼少年にヒイロは嫌気が差してきて直ぐにでもその場を去りたくなった。



「あーと、俺は人を探しているどころだったんだわ。…じゃ! そういうことで!」



 突然と姿を消した少女の事は気になるが、それよりも、この目の前の少年が鬱陶しい。

 暗に付いてくるなよ、との言葉を含ませてヒイロ

は手を出して別れの挨拶を告げると、返事など聞くもんかという風に歩き出した。

 とにかく、前へ。

 突き当たれば、右か左かに曲がる。

 しかし、ただ同じ様に歩いていては、ぐるりと一周りするだけで、元の場所に戻って来てしまう可能性もある。

 ならばとヒイロは歩く先で見掛けた階段を上り、また、階段を見掛ければ下り、上へ下へ右へ左へと進み続けた。



(おいおいおい、案外、広いぞ、この船…)

 


 そうして、歩いていても歩いていても道が続く船内に気が付いた。

 外から見た時は、どうであっただろうかと思い返してみるが、どうも、それよりも中が広い気がするのは自分の勘違いか。

 もしかしたら、これは魔法の空飛ぶ船。

 やはり、船内にも魔法が掛けられてあって、空間が拡張されていたりするのではと、ヒイロは思い至り。

 魔法、凄ぇ!

 と、また、一人で勝手に感嘆をするのであった。



(さて、ここまで歩けば大丈夫だろう)



 それから、ようやく、彼は歩みを止めてひと息をつく。

 もはや、ここが船内の何処で、自分は何処に向かえばいいのかさえ分からなくなってしまった。

 が、しかし、目的の事は達成された、と思ったのだ。



「健脚だねぇ、うん。黒目黒髪で健脚と。なるほどなるほど」



「………」



 背後霊が喋った。

 いや、違う。これは、もっと怖いものだろう。

 ヒイロは口元を引くつかせながら、後ろを振り向く。



「………」


「やぁ! 見事な歩きっぷりだね、見惚れてしまったよ」



 黙れ優男。

 ヒイロは思った。

 この金髪碧眼の少年。ハリウッドスターばりの爽やかな笑顔でそんな事を述べているが、やってる事はストーカーと同じである。

 ヒイロはその少年の屈託の無い笑顔に白目を剥きながら少々の嫌悪感を抱く。



「ナニカヨウデスカ?」



 それから、意を決して自分に付き纏う少年にそう聞いた。

 もし、少年が何かそれっぽい事を言った瞬間に魔剣アイゼルを抜く気である。



「あは? 怖がらせてしまったかな? すまないね。君のその黒が気になってね。知らないかい? この辺りでは、黒は珍しいのさ。特に黒目に黒髪は…」



 意味が有ってね、と金髪碧眼の少年はまた爽やかに笑みを浮かべる。

 悔しいがこの少年の笑みは絵になっていた。外面も然ることながら内面から出てくるこのイケメンオーラ。なるほど、ストーカーでは無かったとヒイロは一応の安心をした。

 黒目と黒髪が珍しかったから付いて来てしまったと少年は言う。

 なるほど、理由は分かった。

 だが、ヒイロの胸の内は釈然とはしなかった。



「あぁ、そうだ! 自己紹介がまだだったね。僕の名前は、ロックウォード=ヴァン=ブリフナルト。気軽にロックって呼んでくれたまえ」



 キラキラと何やら周りにエフェクトが掛かっているのを幻視する程に金髪碧眼の少年、ロックウォードは爽やかなイケメンであった。

 その何処となく気品ある振る舞いは、ヒイロとの育ちの違いを見せ付けられてあるいる様で。



(欠点! 欠点を探せ! こんな奴にも何か欠点が有るはずだ!!)



 つまり、要するにヒイロはロックウォードのその端麗な容姿と洗練された内面に少々嫉妬してしまっていたのであった。



「えっと、良ければ君の名前も聞かせてくれないかな?」



 キラーンと光るほどの笑みをロックウォードがまた浮かべる。

 だが、それにヒイロはまた嫌な表情を作り、ロックウォードに胡乱気な視線を送る。

 それから、渋々と言った風に名前を告げる。



「ヒイロって名前だけど…?」


「へぇえ、ヒイロ!」


「あ? なんだ? 文句あんのか? 悪かったな、変な名前で!!?」


「え? いや、はは。いい名前だと思うけど?」



 天敵を見る狂犬の如くロックウォードに噛み付いた対応をし始めるヒイロ。

 しかし、そこはやはりイケメン。

 ロックウォードはさらりと事も無げに笑みを浮かべてスルーしてしまう。

 しかも、ヒイロの名前を褒める事も忘れない。



「そんな馬鹿な!? そんな、馬鹿な事があるものか!! こんな完璧なイケメンが存在する訳がない!! 欠点だ!! 欠点があるはずなのに!! は!? やはり、魔法か!? 魔法世界のせいか!?」



「あははは、面白い人だね、君は」



 何が面白い事がある物かぁ!?

 と、ヒイロはその場で頭を抱えて、ヘッドバンギングをする様に頭を上下に揺らす。

 ここに超えられない顔面格差があった。

 つまりは、そういう話である。



「で、見たところ君は…学院の魔法学徒では無いみたいだけど…何故、この船に乗っているんだい?」



 なんて、ヒイロが己の容姿の平凡さを嘆いてみせた所で、ロックウォードからの質問が飛ぶ。

 それにヒイロはビクッと体を跳ね上げて反応して、彼は頭を抱えていた手を降ろしてから一拍、



「ノーノーチガウヨ? アヤシクナイヨ? 犯罪者トカ? ソウイウノチガウヨ…?」


 と、怪しさ満点の挙動を取ってしまうのであった。



「うん? 犯罪者? 怪しいの?」


「違う! 違うぞ!?」


 取り繕う様に慌てふためていヒイロは再度、否定する。いまヒイロの脳裏に浮かぶものは先程のカレンとのやり取りだ。

 それから、己が断頭台に上がる風景。


 これは、不味い状況なのではないか?

 青い顔で冷や汗を流しながらヒイロは身の証をしなければと、そればかりに気が流行る。



「俺は…そう! かれりーな? カレン様? に使える従者? で、今日はその護衛? の為にこの船に乗っているんだ、うん! そう! そういう事だ!」



 それで、遂にはカレンの思惑通りの答えを自らが言ってしまう。

 途中で、『あれ? これはこれで何か不味いのでは?』と考えはすれど口にしてしまったら止まらない。終いには、それが1番の解答であると、自分自身でも納得してしまう始末である。



「…へぇ」



 しかし、ヒイロのその答えにロックウォードはスッと眼を細める。



「ほ、ホントだぜ?」



 それを疑いの眼だと感じたヒイロは身じろぎをしてロックウォードの視線から逃れ様とする。

 もう一度、真実だと念押しの言葉を言いながら。



「シュフォンベルトの従者…なるほど」












 


    

 ロックウォードは目の前の少年を見て、ある事を思い出していた。


 黒髪に黒目。

 それはある一つの神話と、ある一つの伝説に登場する英雄の姿である。

 ニつの物語は別々の話でありながらも、語られる英雄の姿はとても似ている物だった。

 ロックウォードは幼い頃に祖父が聞かせてくれるその神話が好きだった。そして、その伝説が書いてある書物も好んで読んでいた。


 元々、神話自体は世界中でも語られている有名な物である。

 ただ、故郷の神話はそれと同じ根を持つ話でありながら、英雄について少々違った事が加えて語られていた。それ故に故郷ではその違った部分が重要な物だと考えられ、また、他の国との違い故にその神話はとても神聖な物だとされていた。


 そして、その神話と似ているが故に、その伝説もまた故郷では誰もが疑問に思う事なく信じられている。



「君はシュフォンベルト家の血脈なのかい?」 



 もちろん、ロックウォード自身も信じている。

 だから、一目見て、彼に、この黒髪のヒイロと呼ばれる少年に興味を持ったのである。

 また、その目の色を確認して、より深い興味を持ったのだ。



ーー 黒目黒髪、その者、闇の色を持ちて世界に現れた ーー



 神話も伝説も、その物語りは、その1文から始まっている。 

 "黒"は闇の色。

 神話の為に、そういう風潮が出来たのかは分からない。だが、世界の人々にとっての黒はそういう事になっていた。

 また、この世界が如何様にして創られているのかは分からない。だが、人の身体に対して"純な黒"という色はあまり与えられてはいないのだ。

 逆に、鉱物や動植物、また、魔物といった様な物に対しては多岐にわたり見られ、人間よりは気軽に与えられいる様である。

 それが加護なのか呪いなのか、それもまた、誰にも分かりはしない事であるが…。


 兎に角、人の身体に黒というのは珍しい。

 黒目に黒髪となれば、尚の事。


 もちろん、目や髪の毛の色を本来とは別の色へと染める事は、一般的ではないが、出来ない事ではない。身を隠す為や、詐欺などの犯罪に使われる事がある。

 しかし、黒にする事にあまり得はないであろう。

 先に言った通り、黒とは目立つ色だからだ。

 

 では、この目の前に居るヒイロと名乗る少年はどうか。

 目立つからという理由で、黒色に染める事も無い事は無いだろう。その場合、ロックウォードは落胆しなければならないが。

 そも、先述の様に身体の色を別の物に染めるという行為は一般的ではない。そのやり方や道具は専門的な物になり、綺麗な染め方になれば、それに比例して金銭もそれなりに掛かる行為である。

 また、世界の理で、色は魔力粒子に従う傾向がある。場合によっては、魔力粒子に逆らう事象となり、それなりの魔術的な干渉も必要となる。

 

 もし、ヒイロという少年の色が染め物であったなら。

 それが両目と髪の毛、全て。

 それに加えて、見栄えが劣悪になる簡易な処置ではなく、何処からどう見ても均一で綺麗に見える手の込んだ色染で。

 これ程の苦労をしてまで身体の色を染めるとなると、それは余程の物好きか、余程の大罪人であるかの一つであろう。

 しかも、また、それで選んだ色が"黒"となると。

 もはや、言葉もない行為と言える。



「は? シュ、フォン…ベルト? いや、違うけど?」



 ロックウォードはまず彼がシュフォンベルト家に名を連ねる人物であるかどうかを聞いた。

 伝説によれば、その家は黒に強く関係しているらしいから。

 答えは否であったが。



(シュフォンベルト家の者では無い…血は入っていないという事か…いや、しかし…)



 ならば、伝説を語り、金に飽かせてシュフォンベルト家が少年に色を付けたかとも考えた。

 しかし、目の色も髪の毛の色も、染めたにしては、綺麗に揃えられた黒である。

 見れば見るほどに、ロックウォードが観察すればするほどに、ヒイロという少年の色には不自然さが無かった。

 では、やはり、本人の言う通り、これは自然的に発生した黒と見るべきだろうか。




(そうなると…面白い話になるのだけど)




 観察を終えて、ニヤリとロックウォードはほくそ笑む。

 彼はシュフォンベルトの血では無いらしい。

 だが、黒を持った人間だ。

 しかも、本物の。



(伝説は神話では無かった。多分、近くはあったのだろうけど、違った。なら、もし、彼がそうなら…)



 自分の望みが叶うだろうか。

 と、ロックウォードはヒイロを見て更にその笑みを深めた。



「とにかく、俺はけっ……して!! 怪しい者じゃないから。か、カレン様の護衛だから」



 そんなロックウォードに嫌な予感がしたのだろう。

 ヒイロ少年はこのまま話していて、色々とボロが出る前に早くロックウォードと離れた方がいいと思ったのか、ここで別れる事が絶対にいいとの選択をしたらしい。

 そして、そんな彼が口を開いた。



「悪いけど、その、カレン様にも…守秘義務? とかあるから、これ以上、俺に」



 だが、全てを言い終わらない内に、突然、空飛ぶ魔法船が大きく揺れ動いた。

 ズンッと身体が押さえ付けられる様に揺れたかと思うと、今度は横に大きく揺れてヒイロとロックウォードはたたらを踏んだ。



「な!? なんだ!!?」



 あまりの揺れ方に壁に手を付いて倒れ込まない様にしながらヒイロが大きな声を上げる。



「なんだろう…アルバトロスが揺れるなんて…」



 それに己の剣を杖の様にして床に立てて揺れに対処したロックウォードは静かな口調で返事をした。

 言いながら、ロックウォードは何やら不穏な空気を感じ取っていた。



『か、か、海賊! ちが、違う! 空!! 空賊!! 空賊だぁーーーーっ!!』



 そして、その予感の通りにすぐ様、二人の居る廊下よりも上の階層から、大きな声でその様な叫びが聞こえてくる。



「は? 空賊? 空賊だって?」



 ヒイロ少年が叫ぶ。

 空を行く魔法船だから、それを襲うのはやはり、空を行く魔法船で、つまり、その賊は空賊となる。

 それは、間違いではない。



「空賊…とは珍しい。アルバトロス以外にも、空に浮かぶ船が存在しているとは…ね…」



 ロックウォードは、またもや笑みを浮かべた。

 彼はこの状況を少し喜んでいた。



(黒目黒髪は神話だ、伝説だ。なら、その力は真実か?)



 ロックウォードは、ヒイロという少年に興味がある。

 また、その力に興味があるのだ。



(どうにかして、試せないかな?)



 ロックウォードの耳に船の上部から大勢の喚く声が聞こえてくる。

 船員たちと空賊たちがぶつかり合って争っているのだ。言葉にならない野太い雄叫びが、口に出すのも憚れる汚い言葉が、叫びとなって聞こえてくる。



(魔法学徒には期待できないだろう。賊の相手なんてね…)



 今、この魔法船アルバトロスに乗っている魔術学院の生徒たちは皆、魔術師として未熟な部類に入る者たちばかりだ。

 船員たちの奮闘に期待しても良いが、ここは、いっその事、このヒイロという少年にぶつけてみては?

 と、ロックウォードは考えたのだ。



「大変な事になってしまったね」


「う、え?」



 そうして、彼はヒイロの肩を後ろから掴むと、そのまま体を押して歩みを進めた。



「は? ちょ? 何してるんだ? え?」



 当然にヒイロは困惑するがロックウォードにとって、それは構わない事だった。



「いやね、空賊が襲ってきた。ということは、キミはここに居るべきではないのじゃないかなと思ってね?」


「べきじゃない?」



 それは、どういう事か。

 ヒイロ少年がロックウォードにそう続けて聞こうとする。



「だって、キミ、護衛だろ? こんな所で突っ立て居ないで主人を助けに行かなきゃ…差し当たって、空賊が居そうな…甲板にでも、ね?」



 だが、その前にロックウォードがそう不気味な事を告げてきたのでヒイロ少年は続きの言葉を飲み込んでしまう。

 それから、何を言っているだコイツは?

 という様な表情で目を見開いてロックウォードを見詰めてきた。



「おや? そうじゃないのかい?」



 だから、ロックウォードはクスッと小さく笑う。



「キミはシュフォンベルトの護衛なんだろう? なら、主人を護るために戦わなくちゃならない…そして、主人が見当たらないなら、もしかしたら、その主人は空賊の前に居るのかもしれない…だろ? なら、戦わなくちゃ、空賊と!」



 滅茶苦茶である。

 こじつけにこじつけたロックウォードの言葉。

 だから、ヒイロはロックウォードのそんな言葉を聞いて肩に置かれた彼の手を振りほどこうとする。

 なんだ、その滅茶苦茶な理論は?

 とでも言いたげに。

 そして、何故、自分がそんな得体の知れない空賊やらと戦わなければならないのか、と。



「助けに行かないのかい? 護衛なのに?」



 しかし、それをロックウォードは許さない。

 滅茶苦茶なのは、ロックウォードも承知の上なのだ。



「それとも、キミは本当は護衛なんかではなく…空賊の仲間なのかな?」



 それでも抵抗するヒイロにロックウォードは今度は脅しを加える。

 甲板へ向かわないのはヒイロが空賊の仲間だからではないか、と。



「な!? そんな訳!? あるかよ!!」



 それにヒイロが叫ぶように否定をする。

 もちろん、そんな事はロックウォードも分かっている。

 だが、それで引き下がる事はしない。



「なら、証明をしないと。キミが空賊の仲間では無く、真にシュフォンベルトの護衛である事をね」



 と、ロックウォードはヒイロに告げて、グググッと力強く彼の体を押し進めた。

 偶然にも船内を縦横無尽に歩き回ったヒイロとロックウォードのニ人が居る場所は甲板までの距離は近い。

 ほんの少し進んだ先の階段を上がれば、そこはもう目的の場所であった。



「さぁ、あとはここを上がるだけだ」



 運は自分に味方した。

 ロックウォードは期待に胸を膨らませて嗤った。

 逆に、ヒイロは観念したのか項垂れてしまい、そんな彼に黙って従ってしまっている。

 ニ人は階段を上がっていく。

 それから、ヒイロを前にして、船内から甲板へのドアを開いた。



『オラァ! 雑魚共! どうした、どうしたぁ!? かかってこいや!!』


『ギャハハハハッ! よく見りゃあ、ガキばっかりじゃねぇーかよ!! お頭ぁ、こいつはチョロい得物ですぜぇ!!』


『おう、アニキ! ウチらと同じ魔法船やし。きっとすっげーお宝があるじゃんね?』


『ワッハハハ!! そらぁそうじゃろ!! 同じ空を飛ぶ船やし!! どえらい物があるに違いない!! よぉーし、オメェら!! もっと、やったれやぁっ!!!』


『『『おおおおおおおおおーーーっ!!』』』




 サッと視界に差し込むのは太陽の光だ。

 そんな急な光にロックウォードは瞼を狭めて顔を顰める。

 それから彼の白ずんだ視界に一拍ほど置いて、その光景は目に入ってきた。


 ワラワラと甲板の辺り一面に群れを成す賊という賊。

 彼らは各々が好き勝手に甲板を闊歩しており、それぞれがこの船の様子を調べている様だった。

 床を見れば、この魔法船の船員が何人か倒れているのが見える。

 また、甲板の隅に黒いローブを着込んだ年端もない子どもたちが集まってうずくまっている様子も視界に入ってきた。



「これは…少しよろしくないかな?」



 ロックウォードは呟いた。

 彼は、目の前の光景を見て己の見込みの甘さにようやく気が付いた。

 甲板では、予想通りに件の空賊たちと魔法船アルバトロスの船員たちが戦っている。

 我が物顔で好き勝手に暴れまわる空賊たちと、それに立ち向かい、また、警護対象の魔術学院の生徒たちを護る船員たちの構図である。

 戦況は、魔術学院の生徒たちを護る事をしなければならない分、アルバトロスの船員たちの方が押し負けていた。

 しかも、いまはまだ、アルバトロスの船員たちも現状を保ちつつあるが、それは薄氷一枚の均衡といえるもの。

 時間が経つに連れて、この戦況が悪化の一途を辿る事は目に見えていた。



(…これは、まいったな…)



 もともと空を行く故にか戦闘を予想していなかった魔法船アルバトロスには航行に必要な人数ぐらいしか船員が乗船して居ない。

 だが、逆に空賊たちはそれに比べて襲うことが目的故にその数は切りがない。

 空賊船に乗せれれば乗せられるだけの戦闘員の数が居る様子で、魔法船アルバトロスと並走する様に空を走る空賊船には、まだまだかなりの数の空賊たちが居て、こちらの方を伺ってはワーワーと大声で騒ぎ合っている。

 ちらりと、その空賊船の様子を伺いながらロックウォードは、腰に差す己の剣に手をやった。



(思った以上に空賊たちの戦闘能力が高い…しかも、数が多いときた…)



 決して、アルバトロスの船員たちが弱い訳ではない。

 腐っても、魔術学院側が雇い入れた者たちだ。

 それなりの力のある者たちで構成されたメンバーあろう事は情報としてロックウォードも知っている。

 これが、ただのそこらの海賊か密航者であったのであれば、なんの事もなく船員たちがすぐさま解決していたであろう。

 しかし、この空賊たちを相手にしては、それが出来ていない。

 それはつまり、この空賊たちの能力が高い事を示しているのだ。


 だが、考えてみれば、物珍しい空飛ぶ船。

 それを扱う者たちが賊徒といえど、ただ普通な訳がないのだ。



「やれやれ、神話だ、伝説だ、と。目の前にして、少々、気が流行っていたみたいだ…なッ!!と」



 ロックウォードは手にした鞘に入れたままの剣を横に振るう。

 すると、ロックウォードを狙う様に剣を振り上げていた空賊の一人の顔面にそれが当たり、その空賊が激痛のあまりに床に倒れ込んだ。



「あはは、これで、物見遊山という訳にもいかなくなってしまったよ。はぁ…どうも僕はいつも、上手くいかないなぁ…」



 倒れた空賊の頭に蹴りを入れてとどめを刺して、ロックウォードは自嘲した。

 一人を倒したら、それが発端となって次から次へとロックウォードを倒さんが為に空賊たちが彼に群がった。

 ロックウォードはそんな空賊たちを相手に剣を奮う。








… 






 


 ヒイロは呆けていた。

 今がどういう状況なのか、流石にヒイロにも分かっている。

 分かっているが、彼は、また動けないでいた。



「ひへへ、なんだ、おまえ? ビビッちまったのかい?」



 そんな彼に一人の空賊が話し掛ける。

 馬鹿にする様な声色だ。



「見たところ、そこに集まって震えあがっているガキたちの護衛か何かだろうが。ひひひ、その護衛がヒビっちまってるんてんだから話にならねぇーな? えー、おい? ひひひ」


 小汚い空賊の男の言葉にピクリとヒイロは肩を僅かに揺らして反応する。



(護…衛…?)



 ヒイロの心臓が破裂しそうな程に忙しなく鼓動している。

 身体の何処か知らない奥底からじんわりと鬱陶しい熱が出て、彼の全身を覆う。

 脱力感と胸の苦しみがヒイロの感覚を埋め尽くす。

 ヒイロの身体が今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたいと感じてるのだ。


 しかし、ここは空の上。

 逃げ場は無い。

 それに、ヒイロは言ってしまった。



『 あのね? アンタが唯一、助かる道は、黙って私に従う事よ 』



『 だって、キミ、護衛だろ? 』



『 とにかく、俺はけっ……して!!怪しい者じゃないから。か、カレン様の護衛だから 』



 そんな物は反故にしてしまえばいい。

 しかし、そうなれば己の行く末は?



「ひひひ、ビビってんのか? ビビってんだな? いひひ」



 目の前の様な賊徒か、それとも。



「ッ…ハァハァ…ハァ…」



 変に喉が渇く。

 息が、辛い。



(アイゼル…)



 ヒイロは、魔剣の柄を強く握りしめた。











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