第12話:君成す出逢いに、御用心!?(8)
ゾクゾクッとヒイロの体が更なる身震いを起こす。
ギュソーと対峙していた時と比べてこの静かになった街に、全身で感じていた緊張が解け、汗を掻いたことも加えて急に体が寒さを自覚し始めたらしい。
ふと、ヒイロは己の手にある魔剣を見た。
「何か……したのか?」
不意に自分で投げ掛けた問に、ヒイロはギュソーを相手に戦えたのは魔剣アイゼルの仕業だったのではないかと思い始める。
あの時、伊達で怪人と名乗っていなかったギュソーの気迫に恐ろしさで身動きが取れなくなったのをヒイロは覚えている。
ほとんど真っ白な思考の中、アイゼルの呼び掛けで硬直していた筈の体が急に動き出したのだ。
そして、そこから自身でも驚く程にギュソーへと食って掛かり戦った。
それを考えれば、あの時、この魔剣が自分に何かをしたのだと疑問に思っても不思議ではないだろう。
「む?」
「いや、今回は、助かった訳だし……いいよ、うん」
しかし、こればかりは、アイゼルを責める訳にはいかない。ヒイロは先程の恐怖を思い出して体を震わせ思った。
やはり、魔剣は必要だ。
例え、それによる何らかの障害が後々に待っていたとしても、魔剣を使わない自分では後々ではなく今ある現行の障害を除く事が出来ない。
そして、それは、それによって己の希望が潰えてしまうかもしれない可能性なのだ。
そう、『死』という形でだ。
「ねぇ、ちょっと」
ヒイロは話を掛けられて、ようやくこの場にもう一人居た事を思い出す。
そして同時に何の為に、いや、誰の為にあの様な恐怖に晒されたのかも思い出した。
確証は無いが、あの状況を考えれば誰でも自然とそういう結論に達するだろう。
だから、ヒイロは目の前の少女を見て、目元をつり上がらせた。それを見て少女は驚いた表情になり、彼から一歩、距離を置く。
少女は口をつぐんで何も言葉を発さない。
「お前…」
なので、仕方無くヒイロが先に言葉を投げ掛けようとする。
「貴様ッ!! カレリーナ様から離れろッ!!」
「おい、剣を持っているぞ!?」
しかし、そこで兵士たちが引き返して来て、ヒイロと少女を交互に見て何かを悟ったかの様に喚き始める。
仕方無くヒイロは小さく舌打ちをして両手を上げ、敵意の無い事を兵士たちに示す。早々に誤解を解いて置けば話も早いだろうからだ。
後は、目の前のカレリーナ様とやらが兵士たちにこの状況を通訳して貰えばいい。
そうすれば、自分は少なくとも得体の知れない犯罪者では無くなるとヒイロはそう考えたのだ。
ただ、そんな冷めた思考の中で沸いて出始めた苛立ちが彼を不機嫌にさせていく。
何故に、自分が、兵士たちからこの様な視線を受けぬばならないのか。
お前らの大事なカレリーナ様とやらをあの恐ろしい怪人から助けてやったのは俺だというのに。
しかも、そもそもはこのカレリーナ様と言われる少女が自分に関わって来なければ、この状況は自分には関係の無かった事なのだ。
誤解とはいえ、見も知らぬ他人からの不躾な視線を送られてヒイロはどんどん目をつり上げ、周りを睨み付けていく。
そして、そんな中でワラワラと先程まで居もしなかった有象無象の兵士たちが集まり出して、彼を囲み始める。
だから、お前ら何なの?
さっきまで居なかったくせに、お前らに代わって怪人と戦ってたのは俺だぞ?
なのに、何を今更に主役面をしてるの?
ヒイロを囲む数十人の兵士たちが皆、自国の姫である少女から彼を離そうと刃を向ける。
「ちょっ、貴方たち、待ちなさい!」
そんな異様とも言える状況でようやく少女が言葉を発した。
これで勘違いをした兵士たちから解放される。
そう、ヒイロが思った、その時。
「ぐっ!?」
ズンッという強い衝撃が彼の頭に走り、彼は両方の膝から崩れ落ちて地面に倒れてしまう。
「薄汚い賊め!」
そんな、ハッキリとした言葉がヒイロの後ろから聞こえてきて、後頭部を強く殴られたらしい彼は朦朧とした意識の中で、『あぁ、やっぱり』と呟いた。
彼は二人の兵士に両脇を捕まれて立たされ、ダラリと力の入らない体で視線をさ迷わせる。
少女が何かを喚いているのが見えて、その後ろから兵士とは違った背の高い騎士風の男が彼女を抑え込んでいる景色が見える。
そこで、彼の意識は途絶えた。
…
……
………
…………
……………
「これは、問題ですな」
頬の皮膚を張る程に丸みきった顔にコブを付けたような二重あご。
頭上の毛髪は泣ける程に薄いくせ、嫌に自己主張している鼻の下に蓄えられたヒゲ。
アストリナム王国防衛大臣、ベン=カリヤックが謁見の間にて他より三段ほど高く上げられた床に据えられた王座に座るアストリナム王を見上げ、そう申し立てた。
「そもそも、あのような輩を騎士団に、しかも、隊長職に召し上げて、更には七番姫……と、失礼しました。カレリーナ姫様直属の親衛隊にするなどという事自体、おかしいのでございます」
一瞬、アストリナム王はカリヤック大臣のとある言葉に反応してその野太い眉を顰めたが、カリヤック大臣がそれを即座に陳謝した為にアストリナム王は出かけた言葉を喉に留めてカリヤック大臣の言葉を最後まで聞く事にした。
たしかに、カリヤック大臣の言っている事に間違いは無い。
例え、彼が個人的な感情でこの事を特に問題視しているとしても、だ。
カレリーナ姫の親衛隊であるリューレスト=オルグは貴族では無い。
彼は平民の出であり、更には、詳しい経歴という経歴が不透明なのである。
そして、なによりもこのカリヤック大臣がリューレストを騎士団に相応しく無いと思っているであろう点が一つ。
彼の髪の色である。
白に近い、銀色の髪。
カリヤック大臣にとって、それが最も問題にしたい重要な点なのでは無いだろうか。
『白族』
その言葉は、このアストリナムという国においてはさほど問題では無い。
このカリヤック大臣の様な古い考えの者を除いて言えば、まだ……。
そう、他の国と比べれば、天と地、雲泥の差を持って、まだ、さほどの問題では無い。
もちろん、リューレスト=オルグがその白族であるかどうかは定かでは無い。が、疑わしきは何とやらであり、それを嫌うカリヤック大臣などの古い者達にとっては忌むべき物となっているようである。
しかも、過去の経歴が不透明となると尚更に、という事だろう。
しかし、それはアストリナム王も承知の上での判断である。
その上で彼が、リューレスト=オルグが自分の娘、カレリーナ姫を守るに相応しい騎士であると信じて、王である自らが彼をカレリーナ姫の親衛隊隊長に登用したのである。
その事について、アストリナム王に未だ後悔は無い。
「捕まえたのであろう? リューレスト=オルグは、姫を城の外へと出してしまったとしても、彼の者は姫を護り、そして、賊を見事に捕まえた」
アストリナム王は立てた腕を支えに頬に手の甲をあて、玉座のひじ掛けに身を寄り掛からせながら、カリヤック大臣を見下ろす。
「それをして無かった事にせよと?」
その仕草にカリヤック大臣が内心で舌を打ったのが分かる。
「そうだ。そもそもに、カレリーナ姫が城の外へと抜け出したのは、リューレスト=オルグのせいでは無い」
「しかし、親衛隊は如何なる場合でも王族の側を離れず護衛する事にその存在意義があります」
だからこそ、選ばれし者こそが騎士に相応しく、選りすぐられた貴族の子息である者たちだけが王族を護衛する親衛隊員に相応しいのだ。
だからこそ、あの平民の出で、得体の知れないリューレスト=オルグなどという白族紛いの男など論外なのである。
と、カリヤック大臣の全身からは、そういった感情が滲み出ていた。
「そうだ。そして、リューレスト=オルグは見事、城を抜け出した姫を見つけ出し、賊を捉え、姫を護った。違うか?」
しかし、このアストリナム王は、そうは思っていない。
そして、その問答に対しても行う必要が無いと、アストリナム王はひじ掛けに寄り掛かる事で暗に示している。
だからこそ、カリヤック大臣は内心に舌打ちをする。
「わかりました…。しかし、陛下、この国の国防大臣として一つ、お小言を言わせてもらいますぞ?」
ならば、悪あがきにでもとカリヤック大臣はアストリナム王を強く見据えて、そう告げる。
「よかろう」
そんなカリヤック大臣に、不敬ともせずアストリナム王は穏やかに笑みを向けた。
「獅子身中の虫こそ、外敵も及ばぬ程の猛毒持ちですぞ…」
言い終わってカリヤック大臣は、アストリナム王の返事も聞かず、その巨体を揺らして、謁見の間を出て行ってしまう。
余程、内心に鬱積を溜めこんでいるようである。
「ふん……わかっておるわ…」
カリヤック大臣が出て行って、アストリナム王一人となった謁見の間で静かに呟かれる言葉。
「陛下!! 国王陛下!!」
しかし、そんな静かに彷徨ったその呟きを掻き消す様な大声で、カリヤック大臣に続く来訪者が謁見の間へとやって来る。
「何故、彼を牢獄へと入れているのです!? しかも、もう使われてもいない古い方の地下牢に!!」
桃を思わせるその艶やかな髪を揺らして、小さな小さなその姫君はいつもは透き通る程に白く美しい顔を真っ赤にして、飛び込んで来るような勢いでアストリナム王の座る玉座へと歩み寄って来る。
「なんの事だ、カレリーナ」
「…………私は、その様な名前の者ではありません」
不遜にも先ほどのカリヤック大臣よりも強く、もはや睨みつけるという言葉にしかならない目でアストリナム王を見据えるカレリーナこと、カレン。
彼女は高い位置にある玉座にて自分を見下ろすアストリナム王にその怒りを隠す事もせず、語気も荒く問いかける。
「兵に連れられて来た黒髪の少年。彼を何故、牢獄へと入れているのです!?」
「賊を牢獄へと入れるのは、ごくごく当たり前の事である。それがどうした?」
そんな彼女に対して、アストリナム王の方も先ほどのカリヤック大臣と対していた時よりも何やら固い表情を見せる。ひじ掛けに寄り掛けていた体もカレンが所見の間へと入って来た時点で元へと戻し、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに姿勢を正し、微動だにもさせない。
「賊? 彼が? どうして?」
アストリナム王の言葉を聞いたカレンは、なんと馬鹿な話だと驚いてしまう。
自分を助けてくれた彼が賊などと。
「私はそう聞いている。よって、その者を明日、処刑することにした」
「なっ?!」
アストリナム王の更なる言葉にカレンは絶句してしまう。
自分を、この国の姫を助けた者を、もしかしたら英雄と言われても良い者を、よりにも寄って処刑するなどと。
そんな事、馬鹿げている。
「ありえません!! 彼はその賊から私を助けてくれた者なのですよ!?」
「しかし、それが賊の一味という事もある」
「だから!! ありえません!!」
一体、この国王は何を考えているのか。
いや、この男の考えなど理解出来ない。理解などしたくもない。
いつも自分の意見ばかりを押し通し、他の心など、私の事などうでもいいと、これっぽちも考えない。
それがこの男なのだ。
カレンは、このままでは平行線を辿るであろうこの問答に気が遠くなっていく。そして、それと同時に彼女の内にいくつかの怒りがふつふつと込み上げてくる。
分かっていない。
全然、分かっていない。
他人の気持ちなどこれっぽっちも考えずに自分の考えだけで、他人の人生をも決める。
国の王ともなれば、それが必要な能力であり、正しいのかもしれない。
しかし、しかしだ。
「全然、分かってないッ!!」
カレンにとって、それが必要で正しいとは限らないのだ。
もはや、問答は無用と踵を翻して、アストリナム王にその小さな背中を向けて謁見の間を出ていくカレン。
「……」
それを、アストリナム王はただただ無言でじっと見詰めるばかりであった。