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第1話:魔が成す、出逢いで御用心!?




 ここは地球である。

 蒼く広がる太陽系のとある1つの命の惑星、地球。

 しかし、ここは諸君らの良く知る地球であろうか?

 ここは諸君らの住まう地球であろうか?




 答えは、否である。



 ここは地球。

 確かに蒼く広く輝ける太陽系の1つの命の惑星である。

 だが、ここは諸君らの知る地球とは少し違う。




 大地には見たことの無い動物や木々が繁殖し、海にはクジラよりも巨大な生物が生息している。森林などの緑が映え渡り、空は蒼く健やかに広がっており、ましてや科学技術の随意である飛行機などは飛んでいる筈も無い訳である。



 まぁ、代わりに、翼を持つドラゴンと呼ばれる生物が飛んでいるが…。




 そう、ここは諸君らの知らない異なる世界。魔物がおり、剣と魔法でそれと戦う。まるで、おとぎ話かゲームの様な世界なのだ。




 さて、この世界についてはまた追々話す事として、諸君!?

 見たまえ、あの白く輝く王城を、そして、その一角のひと部屋で行われている儀式を―――







「これで準備は整ったわね?」




「姫さま、本当におやりになるのですか?」



「えぇ、もちろんよ」




 そこに居るのは、純白のドレスならぬネグリジェを身に纏った姫君と1人の女の使用人。

 さて、彼女たちがこんな月明かりの映える夜に何をしているかというと――




「古代魔方陣による使い魔の召喚。学院で出来なかった分、ここでやらなきゃ! 王室の魔法特区なら私にだって…」




「しかし、姫さま古代魔法陣はやりすぎなのでは…?」




 そこに書かれているのは、魔法陣。

 レンガ調の床に白、赤、青、黄、緑、黒の色で魔法陣が書かれている。




「うるさいわね! 私を誰だと思ってんの? 神の子、カレン=ギースライド・シュフォンベルトよ!? それが、それがぁ! 学院の、学院の魔法陣学の授業で一人だけ、一人だけ何も呼び出せないなんてぇっ……」



 そう言うと地響きが聞こえてきそうな程に純白の姫君は、その場にて地団駄を繰り返す。




「でも、あれは確か、前の生徒が召喚する時に魔法陣の文字を消してしまったから…」




「そうよ! そうなのよっ!! あのブリフナルト家の馬鹿男がぁ~っ!! ……おほん。とにかく、私は今! 欲しいの。いま、私の使い魔を召喚したいの。分かった?」



「……はぁ」




「おっほん、では……。火よ、水よ、土よ、風よ、我が名はカレン=ギースライド・シュフォンベルト」




 己の不満と欲望を隣に居合わせたメイドにひとしきり喋り終えると純白の姫君は、魔法陣の真ん中へ立ち、なにやら畏まった口調で詠唱を始める。



「全ての元素の粒子たちよ、全ての元素の精霊たちよ」




 次第に空から真っ黒い暗雲が城の真上にと集まり出す。

 月夜の晩に集まった黒い雲は下界の全てを闇へと(いざな)っていく。

 そして、次は風も無いのに部屋の蝋燭の火が、ふっと静かに消えた。




「我に力を、我に誓約を、我望む、魔法の源によりて、我、与えられん!」




 ザッと突然、黒い雲から雨が降り始める。

 それから、突如として、天高らかに成り響く雷鳴。

 その重く轟く様は、まるで竜の唸り声。




 だが、姫君はそれに構わず詠唱を続ける。

 部屋に異様な雰囲気の空気が漂い始めた事にメイドが気付く。

 夜であり、雨が降り、空にはどす黒い雲が掛かっているというのに、更にはそれでいて部屋を照らす筈の蝋燭の炎が全て消えてしまったというのに、その部屋は明るかった。

 薄暗く、気味悪く、その部屋は明るかったのだ。




 その薄気味の悪い部屋で姫君は尚も詠唱を止めない。

 次第に姫の佇む真下に刻まれている魔法陣から黄金の風が舞い上がり、バダバダバタと姫の髪や服とその手に持つ魔導書のページが激しく揺らめいていく。



 まさしく、瞬間。

 何かの(はづみとキッカケを得て、辺りを目映い輝きが拡がり包む。

 部屋を真っ白に、または真っ黒に、拡がりながら包み込んで行く。






「………」


「………」



 それからやがて輝きはうっすらに消えさり、部屋には(しん)とした静けさが戻る。




「……何も起きないわね?」




「……何も起きないですね?」




「え? なんなのこの魔導書!? 5万エクトもぼったくっといて偽物!? えっ、えっ、えぇ~っ!?」




 先程まで激しく降っていた筈の雨は上がり、城の頭上に漂っていた黒い雲はすっかり消え去り、部屋の蝋燭には全て何事も無かったかの様に再び炎が灯っている。

 そして、曇りひとつ無い月夜は美しく。

 まるで、微笑むかのように純白の姫君の佇む王城と、どこか遠い土地を月が照らして、見つめていた。













 太陽が燃え盛っている。

 サンサンと輝くそれはあまりにも眩しすぎた。そんな眩し過ぎる太陽の下で荒野を歩く旅人が1人。




 漆黒の髪と瞳。

 白い肌は弱々しく輝き、その腕は年頃の男にしてはやや筋肉が乏しいだろうか。この荒れる砂漠を渡る旅人とは思えないほどのこの少年は深々とフード付きのマントを羽織り、枯れた大地をひたすら歩いていく。



(俺は、いま遭難している。あぁ、そうなんだぁ…)




 彼の名前はヒイロ。

 この広い世界を旅する旅人。ただ、彼が装備するは布の服にマント、旅人ナイフと呼称される短剣。それと薬草が3袋ばかしと飲み水が小さな袋で1つ。

 まったく、まさに旅を甘くみている世間知らずのお坊ちゃんである。




 広がる荒野の大地。




 彼は果てない道ならぬ道に途方にくれていた。




(神様たすけて…)




 枯れた大地に涙すらカラカラ。それに追い討ちをかけるかのように砂嵐が彼に襲いかかる。なんとも運の無い男である。



 ビュービューと風に舞い砂が彼に襲い掛かる。

 前が見えない。

 このまま砂嵐に巻き込まれ続ければ彼は確実に死を迎えるだろう。

 物語はここにて終了。

 なんともあっけない話。

 なんとも早い終わりであった。



 すると、そんな彼の前に古びた遺跡。いつの間にやら、彼自身気付いていなかったようである。




(もう、なんでもいいや。とりあえず、避難出来れば…)




 フラフラと彼はそんなぼろぼろの遺跡の中に入っていく。外は砂嵐。ぼろぼろとはいえ屋根があることはいいことだ。







 遺跡の中は至って普通。

 風化した鳥頭の石像に犬頭の石像。それぞれが見覚えのある武具を装備している。

 なんの遺跡なのだろうか?

 ヒイロは遺跡に入る前に付いた砂ぼこりをすぱんすぱんと音良く落とす。

 そして、入り口を確認する。未だ外は砂嵐が吹き荒れている。心無しか先ほどより強く。


(さて、どうしたものか。遺跡じゃ、食料の確保は期待できないし。飲み水も、……無いだろうねぇ)




 とりあえず、ヒイロは遺跡を奥に進む事にした。

 ぼろぼろの廊下は積まれたレンガがこぼれ落ち、一部、砂と化している。

 真っ四角に造られた通路は古い歴史を思わせ、何年も何年も放ってあったらしく人の居る気配は無い。

 どうやら、食料や飲み水に繋がる出会いも期待出来ないらしい。




(まっ、当たり前か。砂嵐を凌げるだけマシと考える事にしよう)




 ヒイロはそんな事を考えながら遺跡の更に奥へと足を運ぶ。

 だが、ふと、角を曲がった所で急な突き当たり。道を間違えたかとも思ったがここまでは一歩道。いやさ、道を間違えるなど有りはしない。

 では、この遺跡はこれで終わり?




「………」




 なんとも貧相な遺跡だ。

 遺跡だからという物、作られたからには金銀財宝、世界の秘密、どこぞの王家の秘宝などが隠されていても良いものを…。

 この遺跡は入り口から、数十メートルもしない内に行き止まり。なんとも攻略しがいの無い遺跡であった。




(おかしいなぁ。外で見た時には、もっと、こぉ、なんか有りそうな雰囲気の遺跡だったのに…砂嵐で見間違えたか?)




 やはり、砂嵐を凌げるだけマシという事か。

 ヒイロはため息をつきながら、突き当たりの壁に背中を預けようとする。しかし、どうもここまで歩き疲れている様で上手(うま)く力の加減が出来ない。

 ふっと、思わずして体の力が抜け、叩く様にヒイロはおもいっきりに壁に背中を寄り掛からせてしまう。

 途端、ズズズッと背中が真後ろの壁に吸い込まれていく。

 いや、どうやらこれは壁に吸い込まれているのでは無い。壁自体がヒイロの自重により後方へと動いている。 ヒイロは後ろへと下がって行く体をなんとか引き起こすと、自分で勝手に押し下がって行く壁をまじまじと凝視する。




「からくり…扉?」




 押し下がった壁の後に残されたのは、更に奥に開かれた道と階段。




(ダンジョン? 不思議ダンジョン? 王家の秘密?金銀財宝? ……でも、怖いから行かないでおこう)




 なんと度胸の無い旅人であろうか?

 旅人とあろう者が、このような心踊らせる冒険を目の前にして、彼は着た道を戻ろうと後ろへと振り返る。




「…ウゥゥッ、ガルルッ」




(……あれぇ? この子、一体いつの間に現れたのかしらぁ? あれぇ? いつの間に天井に大きな穴がぁ? あ、そっかぁ? あそこから出てきたんだぁ? きっと、隠し扉が開くと同時に天井の扉も開くんだぁ…)




 一瞬、フラッと気が遠くなり、ヒイロは現実逃避しそうになる。

 それもその筈、振り返った彼の目の前には、低音の唸り声と鋭い牙を剥き出すモンスターが1匹。

 紫色の体。

 しかし、それは人というには筋肉が異常で鋭い爪と牙が禍々しく光っている。

 そして、こちらを睨み付ける瞳は血走らせ、ヒイロを今にも食い殺そうといわんばかりではないか。




「ウゥゥガアアアーッ!」



「ひぃいっ?」




 モンスターは有無を言わさずヒイロへと襲い掛かる。



「シャャャヤッ!」




 恐ろしく尖った爪が遺跡の壁を抉り破壊していく。

 もちろん、それはヒイロを狙ってのもの。しかし、爪はヒイロが身を屈め避けた為に、空を通り過ぎ遺跡の壁へと突き刺されて行くのだった。



 モンスターからの突然過ぎる攻撃に身を低めて避けたヒイロだが、全く足が動こうとしない。それどころか、ガタガタと体が震えてすくんでしまう始末。



(なに? なになに? なんでいきなり、ダンジョンモンスターとバトルになる? 訳が分からんぞ!? 逃げなきゃ…そうだ、逃げなきゃ!!)




「グルルッ、ガァァァアッ!!」




 生存本能の為か、やっとの思いで腰を上げるヒイロ。

 彼は後ろに開かれた道をひたすら走り、階段を駆ける様に降っていく。

 降りた先の道を彼は再び必死に走り、紫の化け物から逃亡する。そして、必死に走り続けるヒイロは植物の異常に生息している広間へと行き着いてしまう。

 降った階段から見れば、ここは地下。

 しかし、地下にこれほど見事にジャングルの様な植物たちが生息しているという光景は、一体。

 その奇跡の様な光景はヒイロの思考を一瞬、止めてしまった程である。太陽の光りも届かないはずなのに、水だってここは荒野砂漠の真ん中。何ゆえ、こんなにも青々と生い茂った植物たちが並々ならぬ大きさで生息しているのか。



(なんだよここ? なんで、こんな…)




 ヒイロは神憑ったその緑の世界に思わず、ごくりと息を飲む。




「ガアアアァーッ!」




 しかし、あまりにも見事な緑に呆けている彼の後ろから、けたたましい叫び声が聞こえて来る。

 なんとも、しつこい。

 ヒイロは、自分の居る広間の入り口とは反対方向の向こう側に同じく入り口があるのを見付ける。目の前は険しいジャングルだが、後ろはけたたましい化け物。

 考えている暇は無い。

 なので彼は、異常に生息する植物たちを掻き分けてこの広間を抜け、更に奥へと進んだ。

 途中、途中に小さいのや、中くらいのと無数の広間が立ち並んでいるのが見えたが、とりあえず、ヒイロは一直線に見える大きな扉の広間を目指す事にする。

 そうだ、あれくらい大きければ、あれだけ大きな扉ならば、いくらモンスターといえど破壊はしきれない筈だ。




(あの中に、入りさえすれば…)




 心臓が爆発音を上げるかのように高鳴りをあげる。

 息が苦しい。

 喉が焼けるように痛い。

 胸が肺が喉首が千切れてしまいそうな感覚。




「……はぁ…はぁ……はぁ……」




 ここがこの遺跡の一番大きな大広間であろうか。

 ヒイロは少しだけ開いていた大きな扉の隙間から体をグイグイとねじ込ませて、その広間の中へ入っていく。




「……っ…かはっ……はぁ?……おっ…おおぉ?」




 ヒイロがその大きな扉の広間に入ってすぐ見えた物。

 それは、水が天から流れ落ち、花は室内だというのに様々な種類が多数に咲き乱れ、樹々が生い茂っている光景だった。

 そして、広間の真ん中は床が高らかにせり上がっており、階段が備わっていた。

 その高く上がった床の周りには円を描く湖。

 ヒイロの背丈よりも高くて良くは見えないが、どうやら上には何やら台座があるように見える。

 そして、そこにまた何か――




「グウゥゥオオオォォォオーッ!!」




 心臓と体が大きくはね上がった。

 あの紫の化け物だ。

 どうやら、植物の広間を通り抜けてきたらしい。

 ヒイロは後ろを振り返り、少し開いていた大扉を閉めようと力を入れる。




「っと、あっ………しまったぁーっ!?」



 が、そこで、彼は思わぬ事態にぶち当たる。



Γ隙間があったからなんとか入ってこれたけど、この馬鹿デカイ扉を閉められなければ意味が無いじゃん!?」


 そう、この馬鹿な程に大きな扉が閉まらないのだ。

 ヒイロは、何故か少し開かれた隙間から身を捻り込んで、なんとか入り込んで来ただけであり、この阿呆な程に大きな扉を自ら開いて入ってきた訳ではない。

 というか、人の力でこの大きくそびえ立つ扉が動かせようものなのか?



 ここに来て、ようやく自分の過ちに気付いたヒイロ。

 閉められ無いのならば意味が無い。

 紫の化け物は、力ずくで扉を壊し入ってくるか、ヒイロが入ってきた隙間をその鋭い爪で崩して、穴を開けるかして入って来れるだろう。

 だが、自分はもはや出ることも籠ることも出来ない状況。

 まさしく、絶体に絶命である。




 ドスン、ドスン、と重苦しい足音。化け物が扉の前までやって来たのだ。そして、予想に外れず、化け物は何度も何度も扉に体当たりを繰り返して、扉の隙間を次第に大きく大きく広げ開けていく。



「だっ、駄目だ。このままじゃ、殺される?」




 言い様のない恐怖がヒイロを襲う。

 もはや、立つ事さえままならない。足や腰を引きずり、彼は真ん中で高くそり上がる床の階段を上がる。

 その格好は惨めで不様だ。




「……もし、そこの人間」




「!?」




 すると、なんとか這いつくばって階段を上がりきったヒイロに何者かの声が掛かる。




「だ、誰だ?」



 ヒイロは辺りを見渡す。

 人が居た。

 この遺跡には自分以外に人が居たのだ。




 すがるような気持ちで、ヒイロは辺りを見渡す。助けて! 助けて!! 助けて!!! と、自分に声を掛ける人間を探す。

 だが、そこにあるのは台座に刺された大きな剣と床に生える草花だけ…。

 人間など自分以外、1人もいない。



「お困りのようだな? 我も実は困っておる。どうだろ? 我の頼みを聞いてくれたら、お前の願いを我が叶えてしんぜるが?」



「!?」




 まったく、何の冗談だ?

 先ほどからヒイロに話かける人物。

 いや、これは人物と言って良いものなのだろうか?




「えぇい、ダンジョンの見張りモンスターに襲われておるのだろ? ならば、我を抜かんかい!? 我は、ギースライド・フォン・ダークブリンガー=アイゼル。またの名を、魔剣・アイゼリウス。我にかかれば見張りモンスターなど赤子も同然!」




 そう、モンスターに襲われ、息も絶え絶えに逃げてきた先でヒイロが見た物は、喋る剣、人の言葉を話す魔剣であった。




「さぁ、人間。我を抜け! 力が欲しいか? 力が欲しいのだろう!? ならばくれてやる!! 抜けっ!! 我を振るえば、大地は唸り、海は割れ、空はそなたに平伏すであろう! 我は魔剣、我は最強の剣! 我を抜けば、そなたは今ここより魔王の称号を与えられん!!」


 剣が高らかに声をあげる。

 どこからともなく出てくる声は、確かにヒイロの耳にうるさい位に入ってくる。

 魔剣…。

 これを抜けばモンスターを倒せる?

 こいつがあれば最強の力を得ることが出来る?




「ほれ、はよ抜かんか。我は早く外に出たいのだ。あと綺麗な姉ちゃんたちとイチャイチャしたいのだ。助けてやるから、早く我の封印を解け、このノロマ!」



 正直抜きたくねぇ。

 このままへし折ってしまおうか?

 ヒイロは激しい怒りと苛立ちに、この魔剣への殺意が沸く。

 だが、いまはそれ所ではない。

 逃げるか、戦うか。

 前者は無理で、後者は…?



「お前を抜けば、俺は助かるんだな?」


「我は魔剣ぞ? 我に倒せぬ者無し! 所詮、見張りモンスターはグリフォンであろう?」




「……えづ?違うけど? グリフォンって鳥だろ? あれは人型だぞ? 紫色で筋肉マッチョで鋭い爪と牙がグワァって目だって3つだぜ?」




「……あれっ?」




 ここで食い違う何か?

 一体、何がどうなっているのか。

 ただ、魔剣はそれ以上なにも語らなくなったのであった……。






「て、なんでだよ? 助けろよ! 倒せぬ者無しなんだろ?」




「………」




「ウアガァァァア!」



「ちょっ、なに黙ってんだよ? 助けろよ、助けんかい、助けんかコラァッ!?」


「……だって、グリフォンだと思ってたもん。グリフォンだと思ってたから……人型って、たぶんそれ、バーサーカーデビルじゃん? 紫色じゃん? 筋肉じゃん? 古代モンスターじゃん? あれは、並みのモンスターじゃないもん…。痛いもんあーゆうのと戦うと…」




「いやいやいや、最強なんだろぉっ!? なら、戦えよぉっ!? あいつ、倒せよぉっ!? ていうか、なんだよ、痛いってぇーっ!?」




 あまりの急展開に、ヒイロは思わずその場で地団駄を踏む。だが、その時にも、化け物は扉に体当たりをし続け、遂には扉の隙間から大きな音と共に大穴が空いた。




「う゛ぞぉーんっ!?」




 あまりの衝撃に濁音気味に声を上げるヒイロ。

 次第に、ゆっくりと、だが確実にこちらへと近付いてくる紫の化け物。




「グルルァァッ!」




「わーっ!? ヤバいよ、来たよ、どうしよぉぉおっ!?」




 ゆっくりと、ゆっくりと階段を上がってくる化け物。

 もはや、ここまでか?




「しょーがない。まず、我を抜け。話はそれからだ」




 ヒイロがガクガクと恐怖に体を震わせていると魔剣がそう言ってきた。なので、ヒイロは急いで台座に刺さる魔剣を手に取る。




「い、い、いっ、いくぞ!?」



「うむ、よかろう…」




「…っ、でぁあああーっ!」



 瞬間、キィーンと乾いた金属音が部屋に木霊する。

 そして――




「……なぁ?」


「……なんだ?」



「抜けないんだけど?」



「そうだな…」



「そうだなって、なに? なに、落ち着き払っての? 抜けなきゃ意味無いじゃん? なんで抜けないんだよ? あぁっ!? やっぱり戦う気なんて最初から無いんだ、お前!?」



「馬鹿なっ!? 我とて約束事ぐらい守るぞ! しかし、抜けないのはこちらも予想外だ? お前の魔力が足りないのではないか? 魔法使ったことあるか?」



「し、知らねぇよ、魔法なんて! 生まれてこのかた魔法なんて使ったことなんてあるもんかっ!?俺は、俺は、この世界の人間じゃねぇんだよ!! ちょっと前に、この世界に突然連れて来られただけなんだよっ!!」


「…ふん、なるほど、魔力のマの字もない訳か…」




「んだよ、駄目なのかよ? 魔剣を使うには魔力が必要なのかよ?」






 ここに来て更に予想外の出来事。

 抜けと言われて抜いたが、魔剣は抜けず。

 もう、逃げる事も戦う事も出来なくなってしまった。




「グルル…」




 化け物は階段を上がってくる。

 ヒイロとの距離は、もう数メートルもない。化け物が1歩、また1歩、近づい来る。奴が歩くたびに重い振動がヒイロの体の底に響き渡る。




「もう……、駄目だ。あは、あはははは。なんで? なんでいつもこうなんだろ? 元の世界でも、急に連れて来られた変な世界でも、その先でことごとく俺には悪いことが起きる。グスッ……、もう、いいや。どうせ、ずっとこうならいっその事…」




 これが死に際の走馬灯だろうか?

 禍々しい程の化け物を前にしてヒイロの頭には、これまで見てきた自分の人生が思い出される。まったく、思い出しても良い人生ではなかった。

 ふるふると肩が震える。恐怖のあまり涙よりも先に、下から水が流れる。




「これも、運命か…。我が封印されて、約数百年。これを逃せば、次はいつになる事やら…。魔力がある者ならば仮契約で封印を解いて貰おうと考えていたのだが、そうもいかんか…」




 そんなヒイロの姿を見てか魔剣は何やらぶつぶつと独り言を放つ。




「仮契約で封印を解いて貰ったあと、その仮契約をも解いて破棄して貰い、我1人の自由な生活をと思っていたのだがな…。結局の所、我は誰かの配下として存在せねば意味を成さぬという事か…。ならば、よかろう!! 我も覚悟を決めよう!!」




 ゴッと唸る様な地鳴りが部屋に響き渡る。

 そして、激しく部屋が揺れ始めた。

 部屋の隅々に掛けられるランタンの火がボウボウと激しく燃え上がり、天から流れ出ていた水流がきめ細かい雫となって飛び舞う。土に生える草花は何やら踊るようにゆらゆらと揺れ始め、そして、一陣の風が心地良く広間の中を吹き抜けて行った。




「これは、簡単に切って離される仮契約とは違うぞ!? 我は(あるじが死ぬその時まで仕えよう! 我は主の為に! 我は主の野望の為に! 我が名はギースライド・フォン・ダークブリンガー=アイゼル! またの名を魔剣・アイゼリウス!! ……さぁ、契約だ!我を呼べ!我をその手に取りて、その名前を叫べ!我が名は!?」




 未だ揺れる大地。

 魔剣に触れるヒイロの腕が輝き光る。

 真っ白な光り、または、真っ黒な光り。

 腕が、燃えるように熱く、凍るように冷たい。




「えっ、なんだって? うぇぇと、き、ぎぃいすらいとあいぜる? あっ、ふおん!?」



「主よ、死にたいのか? 死にたいのか? 死にたいのか? ん、死にたいのか、主よ!?」




「わぁーっ、やめてくれーっ!? なんか感情の無い声でそんな言葉を呟かないでくれー!? だいたい、長いよ? お前、名前長いよぉぉーっ!?」




「グオオオオォーンッ!!」




 ヒイロと魔剣が、まるで漫才の様な会話をしていると目の前には既に紫の化け物が迫っていた。

 そして、その巨大な口を開き、ヒイロに襲い掛かる。




「うあ゛あぁぁぁーっ!?」




「えぇい!? 主よ、なんでも良い! 主が呼び易い名前で、我を呼べぇぇぇえいっ!!」



「く、くっそ、カッコ悪りぃだろうーが!? ここで、言えなきゃ、格好、悪りぃだろうがぁぁあーーーッ!!」




 化け物の顎が牙がヒイロの目の前まで迫ってくる。

 見たことの無い程に禍々しいその牙。見ているだけで死にそうになる。



 だが、ヒイロは目を瞑らない。

 彼は目を見開き、前を見据えて名前を呼んだ。

 どこか静かな心となんだか高ぶる心の中で、その名前を叫んだ。




「ギースライド・フォン・ダークブリンガー=アイゼル!! 我が、(しもべ)と成りて、今その力を解き放てぇえーっ!! うぅおおおっ、ぉおおおおおーーッ!?」





 次の瞬間、部屋から音という音が消える。

 そんな無音となった部屋に、耳鳴りが木霊する。

 そして――




 白と黒の光り。

 辺り一面に爆発が見えて、全てを塗り潰していった。






「………っ?」




 どれほどの、時間が経ったのだろうか?

 光りが鎮まり、通常の光景が見え始める。ヒイロの目の前には灰と化した化け物の姿。

 その形は生きていたその時のままの形で生々しく、だが、それは確実に灰と化していた。



「これが……魔剣?」



「そう、これが我だ。手にすれば、世界は主の思うがままに。大地は唸り、海は2つに割れ、空は主に平伏すだろう」




 一体、何が起こったのか。

 事の発端である当のヒイロ本人にも何がなんだか理解が出来ない。



 魔剣の名前を呼んだ時、魔剣の刀身を台座から抜き放った時、体が熱くなり胸が狂うほどに冷たくなった。そして、黒と白の光りが目に見える全ての物を塗り潰して行った。

 そして、その後に見えた物は、既にその体を灰と化した化け物の姿である。



(まるで、溜まっていたエネルギーがいきなり放出された様に爆発したみたいだった…)




 その強大なエネルギーにあてられてこの化け物は灰になってしまったのだろう。

 まるで、密室に溜まった炎のエネルギーを解き放ったバックドラフト現象の様に…。




 これが魔剣という物なのだろうか?

 これが魔剣の力なのだろうか?

 ヒイロは、ただただ自分の手に握られる魔剣を茫然と見ている事しか出来ないでいた。



「では、主、行こうか?」



「えっ? ど、どこに?」




「ん、主は旅人であろう?ならば、我はその旅に同行する。我は主の物なのだからな。主が不幸を呼ぶ体質ならば、我が旅先で起こるその不幸を叩き切ってくれようぞ」



「そ、そうか……あ、ありがとう」




「あと、早く外に出て若くて綺麗な姉ちゃんたちとイチャイチャしたい」



「……テメェ、それが本音か?」






 かくして、奇妙な物語りが小さな歯車の如く廻り始め出した。

 小さく小さく廻る、それは一体、何の物語り?

 ここに1人の平凡な少年が、世界をも支配出来る力を持った魔剣と契約を期してしまった。

 さてさて、ヒイロと呼ばれるこの少年。一体、これからどんな物語りをつむいでいくのであろうか。

 物語りは未だ、始まったばかりなのである。










「…ところで、主よ」


「なんだよ…」



「ここの泉で、先ほど濡れた下の服を洗濯して行った方が良いと思うぞ?」



「……………………うん」




こんにちは。

この魔法陣に御用心は、短編のつもりで書いた小説なのですが…。なんか、自分でも続きが読みたいなぁ…と思ってしまい、おもいきって連載物にしてしまった小説です。


とりあえず、他の小説みたいに無茶苦茶にならないように気を付けて書き上げて行きたいと思います。どうか、皆様、応援と御支援の程をよろしくお願い致します。

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