帽子
リトル・ティムは、夏の日差しの中をゆっくりゆっくり歩いていた。
「ああ、暑い! 雲はどこへ行っちゃったんだろう? これじゃぼく、病気になっちゃいそうだ。
うわあ、目の前がちかちかするや。」
そうつぶやいたとたん、彼は道の真ん中に倒れてしまった。
それは市場の通りで、買い物客がわいわいと集まってきた。
「子どもが倒れたよ。」
「病気かな。」
「てんかんじゃないか。」
「そんなことより、どこか日陰へ連れて行かなきゃ。」
「おい、だれか、先生を!」
「坊や、大丈夫?」
そんな声が、ティムのぼんやりした頭の中で響いていた。
最後の優しい問いに対して答えようとしたけれど、それはうめき声にしかならなかった。
「こいつは誰のせがれだ?」
「この村じゃ見かけない子だね。」
「よそものか! おい、だれかこいつの親を見かけなかったか? 旅行者らしいが。」
「行商かもしれん。」
そこへ、医者がやってきた。ティムは木陰に寝かされていた。
「日射病だ。帽子もかぶらずに歩いてたのか、坊?」
冷たいタオルで顔を拭かれて、ティムは薄目を開けた。まだ声は出せなかった。
ぼうっとして頭が痛かった。
「よし、この子を家へ連れておいで。動かしても大丈夫だ。」
ティムは医者の家のベッドに寝かされた。
夜になって、ようやく気持ちもよくなってきた。
「先・・生、ぼく、もういいみたい。起きてもいい?」
「もう少し寝ておいで。頭は?」
「うん、もうあんまり痛くないの。ぼく、どうしたんだろう。すごく目の前がちらちらしてぐるぐる回って、立ってられなくなっっちゃったんだよ。ぼく、病気だったの?」
「そうだ。真夏のかんかん照りの下を帽子もかぶらずに歩くような馬鹿者がかかる病気だよ。」
「ああっ!」
昔、母が帽子をかぶるようによく言っていたのを思い出して、ティムはそう叫んで目をつぶり、
そして、先生のほうに目をやって言った。
「ぼく、母さんに言われてたのに忘れてたの。 どうして帽子がいるのかわからなかったんだよ。
だって、走り回るのにすごく邪魔だったんだもの。
だから、ぼく、帽子が嫌いだったんだ。
でも、これからはちゃんとかぶります、先生。
どうしてかぶるのかわかったもの。」
それからティムは少し考えて、また言った。
「ぼく、お金ないんですけど、どなたか少しの間、ぼくを働かせてくださる方、ご存じありませんか、先生?」
先生は、じっとティムのまじめな青い目を見つめた。
「坊のお父さんは?」
「お父さん?--・・・父さんも母さんも死んじゃいいました。ぼく、叔父さんのところへ行くんです。」
なおも先生は、少し翳った青い目を見つめていた。
「わかったよ。じゃあ、ひとつ働くところを教えてあげよう。
地図をあげるから、そこへ行って、2,3日使ってくれと言いなさい。
わたしのほうでも、頼んでおくからね。」
「ありがとう、先生。」
ティムはにっこりほほ笑んだ。
医者は顔をしかめてうなづいた。
翌々日、ティムは元気に出発した。
一方、先生は見送りながらつぶやいた。
「あんな子どもが旅!
なんだって、叔父って野郎は、あの子を迎えに来てやらん?」