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「クリスマス・パーティだとっ!?そんなもん却下だ、却下!」
ベルン会長が大声でわめきながら、書類を机にたたきつける。
おいおい、会議中だぞ。
仮にもこのアントワール学院の生徒会長なら、そう簡単に感情的になるんじゃないっての。
ま、5年生まである高等部で、若干3年生にしてベルン会長が生徒会長に選ばれたのは、彼の家がここアントワール地方を治める伯爵家だからっていうコネで選ばれた会長だからね。
仕方ないっちゃ仕方ない。
5人いるアントワール伯爵の子どもの中でも末っ子のベルン会長は、あまやかされていたっぽいし。
上の兄姉様方は、けっこう優秀な方だったみたいなんだけどねー。
アントワール伯爵のお子様方といえば、優秀かつ眉目秀麗で色っぽいと評判なのに、大声でわめくベルン会長は、容姿は整っているけど、どう見ても子犬だ。
それも無駄にきゃんきゃん吠える駄犬。
馬鹿な子ほどかわいいっていう包容力のある女子には人気みたいだけど、こんなやつに実権もたせたら、周りが迷惑するだけだっての。
と、迷惑かけられている筆頭のわたしグレイシア・ハンプトン生徒会副会長としては考えてしまう。
いや、顔はかわいいんだけどね。
アントワール伯爵家特有の、すこしウェーブのかかった漆黒の髪と吊り上がり気味の目には、ときどきどきっとする。
ただ中身がコレだからなあ。
一瞬のときめきなんて、即座に霧散するよね。
わたしはそっと会計のエドガーと目を交わす。
ベルン会長が駄犬といっても、ふだんは人前で怒鳴るなんてことはない。
生徒会役員だけが集まっている時には、よく怒鳴るわ喚き散らすわ、下手をすると泣き始めるわで最悪だけど。
なのに、企画書を見ただけでこの剣幕。
なにがベルン会長を、ここまで怒りにからせたんだろう?
アントワール学院では、生徒によるイベントが盛んだ。
というか、イベントを企画・立案して成功させられたら、アントワール伯爵が目をかけてくださって、将来の就職や人脈づくりに大いに役立つから、生徒たちは力を入れざるをえないんだよね。
とうぜん、イベントを企画してくる学生たちも真剣に企画を提出してくる。
下級生はいたらないことも多いけど、会長を激怒させるレベルのネタ系の企画を提出してくる子はいないはずだ。
というか、ベルン会長ってば、ろくに書類も見ないで却下したよね。
クリスマス・パーティ自体は、予算的な都合から今までアントワール学院で開催されたことはないけど、毎年企画は提出される人気イベントだ。
そんな激怒する理由はなさそうだけど。
わたしはベルン会長の手から書類を抜き取り、エドガーに渡す。
エドガーがざっと目を通す間に、ベルン会長に睨み付けられている企画者の女の子を観察した。
ふわふわした栗色の髪の、かわいい女の子だ。
見覚えがあるなと記憶をさぐる。
そうだ、確かわたしやベルン会長と同じ3年生の、転校生だ。
その少女は、小動物のようなかわいらしさで、あっというまに3年生男子の心をつかんだという。
「めぼしい男子は、みんなあの子がたぶらかしちゃうんだよ!グレイシアもエドガーくんとられないように気をつけなよ!」と、忠告してくれた子もいたなぁ。
わたしとエドガーは、ただの生徒会仲間なので、とるもとられるもないのだけど。
ベルン会長に迷惑をかけられまくっているせいで、ベルン会長以外の、今期の生徒会役員は仲がいい。
エドガーとわたしは同学年同クラスということもあり、よく一緒にいるせいか、近頃すっかり恋人だと思われているようだ。
わたしたちの話の内容のほとんどは、ベルン会長の愚痴と生徒会の仕事なんだけどな。
それはさておき、目の前の少女だ。
確か名前は、アリス・カイナシ。
彼女の噂を思い出すと、企画者の補佐として彼女の後ろに控えているのが、見目のよい男子ばかりだというのも納得だ。
アリスちゃんは、大きな目に涙をためて、ベルン会長に訴える。
「あ、あのぅ、でもぉっ、ベルン会長!クリスマスって、異世界ではすっごくメジャーなイベントなんですぅ。アリス、子どものころからずぅっと憧れていて、この学院に入ったら、絶対クリスマス・パーティするんだって思っててぇ……」
お、おぉう……。
イベント企画者のアリスちゃんの、あまったれた話し方に度肝を抜かれた。
訴えている内容も、個人的な願望だけ。
イベントを開催することで得られるだろう学院の生徒への貢献とか、対外的なアピールとかの利益的な説明は一切なし。
そんなんで却下された企画を見直してもらえると思ってるのか?
転校生だから慣れていないのだろうが、アントワール学院で企画を提出する3年生で、このレベルの子は少ないぞ。
わたしはアリスちゃんの背後の男子に目くばせをする。
(おい、愛しのアリスちゃんのために、援護しろ)
このままじゃ通る企画も通らない。
というか、なぜかかたくなに却下を言い張るベルン会長に話を聞いてもらうのも難しいだろう。
だが付き添いの男子たちは、ぽぉっとした顔でアリスちゃんを見ているだけだ。
だめだこいつら。
後でクラスと名前をチェックしておこう。
使えないやつ名簿にご招待だな。
こちらとしては、アリスちゃんの企画を援護する理由もない。
このまま彼らを追い出してもいいのだけど、とエドガーに目を向ける。
するとエドガーは「はい」と手をあげた。