風の神様
『…い!…おいっ!』
夢でも見てたのだろうか。
一応覚えてはいるが、俺には悪夢としか思えなかった。
『おいっ!!』
「え?はいっ!」
朦朧としていた中、急に女性の声で呼び掛けられ慌てて飛び起きた。
『…やっと起きたか。こんなとこで寝てると危ないよ?』
こんなとこと言われて周りを見渡すと、森ではあったが俺の知っている裏山の森ではなかった。裏山にいたときと同じ制服のままだったが、ポケットに入れていたはずの家のカギやケータイはなくなってしまっていた。頭の中を整理できないまま、恐らく善人であろう目の前の人に今一番知りたいことを聞くことにした。
「あの……ここはどこですか?」
『は? ここはアルフヘイムの森に決まってんだろ。…あっ、迷子?』
(…アルフヘイム? どこだ、そこ)
「あの、アルフヘイムって? ここは日本じゃないんですか?」
『…アルフヘイムは、光の精霊たちの世界だよ。アースガルドの隣にあるな。お前…大和人っぽいな』
(どうやら本当に転生したらしい…。光の精霊とか、会話の中で普通に出してくる人を見たことがないし、いたら不審者にしか見えないよな)
そう思いながら声の主を確認するために、顔を上げた俺は一瞬息を飲んだ。
声で若い女性だとは思っていたが…
その美少女は、歳は俺と同じくらいで、肩の手前で切り揃えられたエメラルドグリーンの綺麗な髪に、透き通った肌、胸はささやかだがスレンダーで整ったプロポーション、そして吸い込まれそうな深翠色の大きな瞳で俺を見下ろしていた。
ホットパンツにキャミソールという露出の高い服装が更にその魅力を引き出していて、俺はただ見上げることしかできなかった。
『なんだよ? てか、お前、名前は?』
この美少女の粗く男っぽい言葉遣いに多少ショックを受けつつ、彼女の質問に答えていった。
「えーと、神代 由知といいます。あなたは?」
『長いな! ユシルって呼んでもいいか?あたしはヴァーユリーシュ。リーシュって呼んでいいぞ』
そう言って微笑んでくれた。その笑顔の可愛さに心奪われそうになるが
(言葉遣いが……本当に言葉遣いだけが…)
「残念だ…」
『ん??』
残念な美少女が怪訝そうな顔をしている。
「いや、何でもないです。ユシルで大丈夫です。リーシュさん」
『リーシュだって』
「え?」
『リーシュでいいって』
困ったような顔で首を左右に振る残念美少女は本当に可愛いが俺に女の子とそんなすぐ打ち解ける度胸などない。
「いや、でも、初対面ですし…」
『いいって!置いてくよ?』
「やめます。今すぐやめます」
(さすがにこの状況で何も情報が手に入れなくなるのは困る。それに本人がいいって言ってるし…)
『よしっ!で、ユシルは何でこんなとこに寝てたんだ?てか、どこから来たの?』
「…俺も自分でもよくわからないんだけど、転生?したらしい」
『転生ね…前は何の神だったの?』
(…は?神?なぜ神限定?ん?あぁ、神界に転生させるとかなんとか言われたような)
「神とかじゃなくて、人間?えーと、ミドガルドの人間?かなぁ…」
『えぇー!?その若さで嘘でしょ!? ミドガルドで神界に転生できるくらいの事をこなしてきたの? そんな風には全然見えないんだけど…』
神になれるほどの偉業というのはどうゆうものなのか。世界でも救ってこいと?俺がそんなものをしてない事だけは確かだ。
「偉業どころか何もしてない。なんかユグドラシルが転生させるって言って…」
『ユグドラシル!? 世界樹の!? てか、世界樹に意志があるの!?』
何故かはわからないが残念美少女はとても驚いているようだ。
「会話…できたな。ユグドラシルも初めて見たって言ってたけど、それでよくわからないまま俺に意志も力も全部くれてやるって…」
『…意志も力もくれてやる?…え? 全然意味わかんない。何で?』
俺に聞かれても困る。こっちが知りたいくらいなのだから。
「それは俺にもわからない。俺はただ理不尽な運命に負けたくないって、消えたくないって…」
そう、俺はただ足掻いただけ。ただ足掻いた結果、ユグドラシルの気が変わって今があるのだ。どうしても納得できないような顔をした美少女は好奇心満載の瞳を輝かせて言う。
『ん~、あっ!そうだ!証拠っ! 証拠見せて!!』
「証拠? 証拠って言われてもな」
証拠になりそうな物など俺は1つ持っていなかった。というより、制服以外何も持っていない。
『そっか、ミドガルドから転生したばっかりだもんなぁ…ん~…マイリストは…ダメか…』
「マイリスト?」
美少女曰く、マイリストは自分の個人情報が載っているものらしい。個人情報なので普通は人に見せるべきではないらしく、強要するのはマナー違反だと教えてくれた。
「別にいいけど?リーシュは色々教えてくれるし、いい人みたいだし、俺も自分でその…マイリスト?とやらを見てみたいし」
『ホント!?じゃあ、見せてもらっていい? マイリストって言えば出てくるから! ちなみに声に出すと皆に見えるようになって、心の中で唱えると自分にしか見えないようになってるから普段は口にしない方がいいよ。自分の情報はこの世界じゃ大事なものだからね』
(日本でも個人情報は人に見せるものじゃないしな…。てか、なんかリーシュの言葉遣いが若干女性っぽくなってきたような…まぁ、とりあえず)
「えっと、マイリスト」
声に出してみると、こんなものが液晶画面のような板で目の前に出てきた。
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名前∥ ユシル
神格∥ 転生した元人間
経歴∥ ミドガルドにて邪竜ニドヘグに殺害され 、ユグドラシルに意志のみ吸収される。その後、ユグドラシルより意志、魔力を譲渡され転生。
スキル∥ ???
世界樹
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(うわぁ…まんまだ。しかも、元人間の読み方!スキルってのは物凄く気になるけど下等生物扱いかよ…)
俺はヘコんだ……しかし、この状況でこんなものに気付く余裕ができるなんておそらく目の前の美少女のおかげだろう。
後ろから覗いていたリーシュは小首を傾げながら
『あらら~、ホントだね…よくわかんないことばっかりだけど、ユシルが正直者って事だけは、あたし分かったよ!』
慰めているつもりなのか、リーシュが肩をペシペシ叩いてくる。
…女性の、いや、美少女のボディータッチはどんな言葉よりも男を元気付けるのだと、17歳で初めて知った。
男というのは単純だ。
「リーシュ、なんか…ありがとう」
『気にしない、気にしない♪ところで、ユシルはこれから行くとこあるの?』
気付いてしまった。今の俺は食料どころか帰る家すらない事に。
「…ない」
『じゃあさ、ウチ来る? 一人暮らしだから狭い家だけど』
「いいのっ!?あ…でも、女性の一人暮らしの家に男の俺が。ゴニョゴニョ…行きたいけど…」
行きたいが、いきなりこんな美少女の家に行ってもいいのだろうか?ダメだろう、行きたいが
「行きたいけど…」
『うん、2回言ったよね? しっかり聞こえてるからね?大丈夫!そうゆう心配は無用!あたしも他人と話すの久しぶりでさ!ユシルともっと話したいし!それにあたし、めっちゃ強いから♪』
(…♪付くの?…それ美少女が言っちゃいけないやつじゃね?)
俺の心の中を見透かしたようでリーシュが
『ぁ、信じてないでしょ!?ならユシルが見せてくれたから、あたしも特別に証拠見せてあげるね!マイリストッ!』
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名前∥ ヴァーユ・リーシュ
神格∥ 風天、風の神(1等神相当)
経歴∥ インド神話出身。‐天部‐十二天 (風天)。前神界大戦に突然乱入し、アースガルド軍、オリンポス軍の両軍に多大な被害を出し失踪。現在、アースガルド七魔導<風魔導>の地位に就いているが、本人曰く「ひっそりと隠居中」。神界序列50位以内。
スキル∥風爆 終
風魔法 終
槍術 終
???etc…
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(…何これ。風の神? でも経歴の後半残念過ぎるでしょ。
隠居中の読み方!!バレてる!リーシュさん!全員にバレてますよ! )
『本当だったでしょ?一応、あたしに勝てるのこの世界に多くても49人しかいないからね♪さて、ここで話すのもなんだし、家に帰ろっ♪』
「ぁ…う、うん…」
これが初めての神様との出会い。
風天ヴァーユリーシュとの出会いだった。