失われたカード 賢者の一人語り
短編3作目。
私はカードが出せない。
これはこの世界で生きるうえでとてつもなく不利なことは言うまでも無いだろう。
釜戸に火をおこすのにも、風呂に水を溜めるのにも、どんなことにもカードは使われている。
ただカードを欲すれば眼前に浮かんでくる。
あとはそのまま願いを念じればいい。
それだけで願いが叶うものなのだ。
単純で全ての人が持っている魔法の力。
それゆえこの世はカードありきで存在している。
その中で私は異端だ。
何も最初からカードが出せなかったわけではない。
子供のころは当然のようにカードを使って生活していたし、失うその直前まで使っていた。
「よーし、次は土を盛り上げで人形を作ってみよう!」
「はーい」
子供たちは学校の授業でも積極的にカードを使い、その利用方法を学んでいく。
カードは便利だが万能ではない。
死者を復活させることは出来ないし、人を傷つけることも出来ない。
それが何故かは現在もわかってはいないが、一説によると創造神がそれを許さなかったともいう。
愛し子が暴力に利用することはカードを与えた意義ではない。
創造神バンナムは子供たちの喜びをもってその喜びとす。
とある宗教に伝わる言い伝えだそうだ。
話がずれてしまったな。
子供たちはそういったことを実地で学んでいくと共に、カードを利用した日常生活を学んでいく。
だが、私にはその期間はとても短かった。
「・・・?あれ、出ない」
それは唐突だった。
なんの前触れも無くカードが出せなくなった私は混乱しながらも教師に助けを求め、教師も人生初めての事態に動揺しながらも必死に対応してくれた。
教師陣がカードによる回復魔法を行うも効果なし。
次に教会で『お払い』という名のカードによる癒しを受けるも効果は上がらず。
やがて王都の中央研究所で調べられたりもしたが、原因は分からずじまいだった。
家族は深く悲しんだが、同時に落ち込む私を変わらぬ深い愛で育んでくれた。
将来を思うと悲観するしかなかったが、親として生活の面倒を見るだけなら何とかなる。
幸いというべきかこの国でも始まって以来の出来事はそれなりに話題となり、国から見舞金なども出たため生活で困窮するとまでは行かなかったことも理由の一つだった。
私はある意味では恵まれていたのだ。
「おい、無力の賢者様だ」
王都の大通りを供を連れて歩いていたときだ。
すれ違う人々が視線を下げ、私に気づくと敬意を持って頭を下げてくる。
私も鷹揚に手を上げてそれに応える。
-無力の賢者-これが私の今の名だ。
万物の力たるカードが出せない。それゆえ無力。
そんな何をするにもハンデを伴う身だ、努力しないわけが無い。
人より数倍、いや数十倍の努力を重ねた。
火をおこすために種火を作る方法を探し出し、川以外で水を手にするために井戸を掘る。
病気をすれば治療する方法を見つけ出し、畑ではより効率的に実りの良い作物を育てる研究をする。
いつしか私の知識は人々のもつそれを超え、賢者と呼ばれるまでになった。
最初こそ迫害されるような立場ではあったが、今ではそれを補って余りある力となった。
国王の相談役となり、他国からは識者が知を求めてやってくる。そんな立場になった。
それでも私には渇望するものがある。
カードを・・・失われたカードを取り戻したい。
失われたカードを呼び出す力を取り戻すこと。それが私のライフワークとなった。
過去に前例が無かったわけではない。
極めて稀な例ではあるが過去の文献にも出てくることがある。
長い年月を経て私は一つの伝承にたどり着いたのだ。
『長い年月』と言った所で視線を下げて・・・君も疑問に思ったようだね?
そう思うのも仕方ない。外見だけ見ればこんな容姿だからな。
私はカードを失ったときに成長が止まってしまったのだよ。
実年齢はそうだな・・・君の祖父母より年上かな?
老いることも無いが成長することも無い。鍛えた分くらいは外見相応の体力はつくがね。
それでも・・・
毎朝鏡でこの姿を見るとき、カードが生きるために必要な物だと実感させられる。
私は戻りたいのだ。
あの頃に、何の変哲も無い、カードが使える普通の少年だった頃に。
そして・・・やがて大人になる自分に。
すまないね。歳を取ると話が長くなってしまう。
私は長い研究の結果、古い文献からカードを取り戻した男の話を見つけた。
そこにはその時に唱えられた魔法の言葉も載っていたよ。
今は現代語に翻訳している最中だが、後で国王様の許可を取って実験してみるつもりさ。
うまくいくといいんだけどね。
やがて魔法の言葉の翻訳も終わり、実験の準備も整った。
あとは精一杯念じて唱えるだけだ。
本当にこれで取り戻せるのだろうか。
もし失敗したら、もう一度探すことが果たして私に出来るだろうか。
その時私の心が持つのだろうか・・・
私は湧き上がる不安を払いのけ、今となっては言葉の意味すらわからない伝説の魔法を唱える。
「オバチャン!コノキカイ ツマッテルヨ!」
力強く叫んでみたものの、この身は特に変わった様子は無い。
失敗だったか。そう思ったときだった。
「は~い、ちょっと待ってて」
かすかに声が聞こえたような気がした。
左右を見回し声の出所を探っていると不意に目の前の空間が光り輝く。
やがてそれは見たことも無い不思議な扉の形となる。
二枚の板で構成されたそれは真ん中で分かれており、透明な材質で作られているため扉越しの空間がそのまま見える。
それは不思議な低音を立てて自ら中央から左右に開くと、何も無かったはずの向こうから色鮮やかな前垂れをつけた女性が姿を現した。
その女性は私の頭上をぱっと眺めると、唖然とする私に言った。
「どれどれ。あー、詰まっちゃってるね。坊や、コイン2枚持ってる?もってたら貸して」
私は言われるまま懐の財布から銀貨を取り出す。
「よしよし、それじゃカードが出るように念じて?」
「もっともっと!お、ちょっと出てきたね。これをコインで挟んで・・・」
彼女が銀貨で挟んで何かを引っ張り出すようなしぐさをすると、そこには忘れもしない、私の失われたカードが一枚現れていた。
「はい、出たよ。コインも返すね。」
まだ呆然としている私の手のひらに銀貨を置くと、彼女は再びあの不思議な扉へと入っていった。
扉が閉まる音と共に光が消えていき、もはやその痕跡は辺りに何も無かった。
「また詰まったら呼ぶんだよ」
かすかに遠くであの女性の声が聞こえた気がした。
お読み頂きありがとうございます。
長編を書こうと思ったらなぜかこれを書き上げていた。(ポルナレフAA
前作よりは読みやすかったのではないかと思います。
タグにコメディーとか入れたほうがいいでしょうか・・・