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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
95/120

28~33 Side Akito 04話

 ロータリーに車を停めると控えていたベルボーイに迎えられた。

 彼らに荷物を渡す際、「そちらは?」と訊かれたのは彼女のハープ。

「これはいい」

「かしこまりました」

 彼女のハープは俺が持ってしまったから、手持ち無沙汰の彼女は若槻のもとへ行くと、トラベルラグを抱え満足そうな顔をして戻ってきた。

 何か持ちたいというよりは、何かしたいのだろう。

 エントランスには木田さんと数名のスタッフが立っていた。

「木田さん、久しぶりです。急な予約で無理を言ってすみません」

「秋斗様、翠葉お嬢様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 木田さんは俺たちの背後に視線を移すと、蒼樹に向かって腰を折った。

「いらっしゃいませ、総支配人の木田と申します」

「今日明日とお世話になります」

 蒼樹のあとに若槻が、

「広報部の若槻です。お目にかかれて光栄です」

 こういう場において、蒼樹や若槻の対応に心配させられることはない。

 蒼樹は躾が行き届いているし、若槻はホテルでしっかり教育をされている。

「あなたが若槻くんでしたか。お噂はかねがねうかがっております」

 出向という形でウィステリアホテルに入ってからは三年。

 その三年で、若槻は静さんの信用を得て職場での信頼も築いてきた。

 実際、それだけの仕事量をこなしてきたわけで、俺は基本的なスキルと場所を与えたに過ぎない。

 あとはすべてこいつの努力。

「木田さん、お久しぶりですっ!」

「栞お嬢様、ますますおきれいになられたのでは?」

 木田さんは栞ちゃんといくつか言葉を交わすと、

「昼食はどうなさいますか」

「木田さん、自分と翠葉ちゃんは前回と同じように」

「かしこまりました」

「あ、俺の飲み物だけ変えてください。彼女と同じハーブティーに」

「それでは、のちほどお部屋の方へコーヒーをお持ちいたしましょうか」

「実は、コーヒーも酒もやめたんです」

 苦笑しつつ答えると、木田さんは一瞬目を見開き、すぐに表情を改めた。

「さようですか。それではお部屋のお飲み物もハーブティーにお取替えいたしましょう」

 この人には数回しか会っていないものの、俺が無類のコーヒー好きであることもウィスキーが好きなこともすべて把握されている。

 それはウィステリアホテルのネットワークにて、藤宮の人間の嗜好をインプットしているからだろう。

 が、俺が胃潰瘍で倒れたことや手術を受けたことは公にされてはいない。

 つまり、ホテル従業員で知っているのは園田さんと澤村さんのほかに、須藤さんと料理長のみということになる。

 今日のディナーは翠葉ちゃんの味覚や食べられるものを伝えてあるため、最初から胃に優しいものであったり、味付けの薄いものしか出てこない。

 逆に、酒を飲む昇さんや栞ちゃんにはしっかりと味のついたものが出されるだろう。

 そんな微調整をひとりひとりにもてなすのが静さん率いるウィステリアホテルのサービスだ。

「翠葉お嬢様、ただいま森の中にはガラス張りの客室が建っておりますので、そちらのラグは不要かもしれません。暖房設備もございますので、どうぞごゆっくりお過ごしください」

 言われた途端、ラグを持っている彼女の手に力が入ったのがわかる。

 持っているものをすべてを取り上げられるのが嫌なんだな。

 四月から彼女を見てきて、そういうのが少しだけわかるようになった。

 トラベルラグがベルボーイの手へ渡っても、彼女の視線はまだトラベルラベルラグに張り付いていた。

 それも束の間――顔を上げ、手を後ろで組む。

 まるで、持つものがないから自分の手を掴む、そんな感じに見えた。

 その手持ちぶたさの手を俺が掴みたかった。

 ここに、その手を必要としている人間がいる――。

 どうしたら伝えられるのか。どうしたらその手を取れるのか。

 どうしたらこの距離を縮められるのか……。

 考えても考えても答えは出ない。

 目の前にいるのは九つも年下の女の子だというのに、どうして自分が取るべき行動が見えてこない?

 彼女は蒼樹と若槻のやり取りを見て肩を揺らして笑う。

 その動作に、髪の毛が連動した。

 さらり、と揺れてはきれいにまとまる。

 今でも十分に長いしきれいだ。

 でも、両サイドが揃って長かった前の髪型のほうが彼女らしかったようにも思える。

 あのとき、もっと自分がしっかりしていれば――。


「いったん解散」とは言ったものの、みんなが向かうのは中庭のチャペル。

 若槻と並んで前を歩く彼女は、見る場所も何もかもがあの日と同じだった。

 噴水を眩しそうに見上げては、噴水の水溜りを覗き込む。

 違うことといえば、なかなかカメラに手を伸ばそうとしないこと。

「秋斗くん」

「栞ちゃん、何?」

「全然らしくないわね?」

 さっきまでの浮かれていた表情とは別のもので訊かれる。

「俺らしいってなんですかね」

「な? ダメダメだろ?」

 昇さんが栞さんの隣に並んだ。

 ったく、ふたりしてきっついな……。

「少なくとも、翠葉ちゃんが好きになった秋斗くんじゃないわ。……あっ! 花嫁さんが出てくるわねっ!」

 栞さんはタッ、と走り出し、翠葉ちゃんに駆け寄った。

「お子様」

 ふっ、と笑った昇さんは栞ちゃんに向かって歩きだす。

 普通に歩いているだけなのに、「余裕」をかもし出す男。

 なんだか、悔しいな……。

 花嫁に釘付けの彼女の隣に並べば、

「秋斗さん、リィのカメラ」

 と、若槻にカメラケースを渡された。

 今日は三脚は持ってきていないらしい。

「あ、私持ちますっ」

 手を伸ばしてきたのは小さなカメラケースへではなく、ハープの方。

 体重も少しは戻りつつあるらしいが、だいぶ痩せてしまった。

 この先は人が歩ける程度に整備されているとはいえ、木の根がゴツゴツしている場所を歩かせるため、何かを持たせたいわけもない。

 前回、彼女が転びそうになったときにひやっとしたんだ。

 そんなのはもうごめん……。

「このくらいなんともないよ。……さ、森へ行こうか。秋は春よりも日が沈むのが早いから」

 そう言って、森へと続く小道を歩き始めるが、彼女は後ろを振り返り蒼樹たちの動向を見ている。

 俺とふたりになるのが不安?

 そうは思うけど、それを訊く勇気もない。

 尋ねて、そうだと言われて――別行動?

 ――それはちょっと勘弁してほしい。

 ごめんね、選択させてあげられなくて。

 彼女は周りをきょろきょろと見ながら俺のあとをついてくる。

 足元の注意がお留守状態。

 いつ転ぶかとヒヤヒヤする。

 手を差し出して取ってもらえるだろうか。それとも、躊躇されるか拒まれるか……。

 怖いとは思うものの、彼女が怪我をすることのほうが精神衛生上よろしくない気がして、勇気を振り絞った。

「危ないから手をつなごう」

 彼女は俺の右半身を見てから左手を見ると、すぐに自分の右手を預けてくれた。

「……良かった」

「え……?」

「手を……取ってもらえなかったらどうしようかって、そんなことまで考えちゃうんだ」

 本当に格好悪いし、余裕もないしお子様だ。

「あの……私、そんなに不安になるようなことしていますか……?」

 そうじゃないんだ。

 だから、そんな顔をしないでほしい。

「違うよ。俺が自業自得なだけ。普段の行いが悪いとこういうことになるんだなぁ、って改めて実感」

 そう言って、俺は少し笑った。

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