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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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24~28 Side Tsukasa 01話

 家に着くと夕飯だと言われ、手洗いうがいを済ませて制服のまま食卓に着いた。

 夕飯を食べていてもどこか上の空。

 足元にハナがじゃれついてきてもかまう気にすらならない。

 母さんに、「どうしたの?」と訊かれたけれど、それに対してもうまく受け答えすることもできなかった。

 久しぶりに受けた衝撃はかなりのものらしい。

 一階のバスルームでゆっくりと湯船に浸かりながら考える。

 どのくらい周りが見えてないなかったのかを――。

 すると、色んなことが露見し始め、さらに落ち込む結果となった。

 御園生さんが駆けつけないことにも気づかなければ、翠がどうして無理を押して学校に通ってきているのか――その読みの浅かったこと。

 バイタルが転送されていたら気づけるのに、というのは驕りではないのか。

 バイタルチェックは常に姉さんや秋兄、御園生さんがしている。それに今は相馬さんも加わった。

 その人たちが今回動かなかった理由はどこにあるのか――。

 あのバングルをつけることで翠は「自由」を得たはずだった。でも、俺がバイタルチェックをしていたら、その「自由」すら奪いかねなかっただろう。

 ありとあらゆる面で、自分の未熟さと傲慢さに嫌気がさす。

 早めに手を打つことは悪いことじゃない。けれど、それを今まで嫌というほどに体験してきて何もできなくなってしまった翠だからこそ、あの装置が画期的といわれたのではなかったか――。

 今日の落ち度はそんなところ。

 それから、自分の気持ち――。

 ただ、側にいられたらいいと思っていた。翠が頼ってくれるポジションにさえいられればいいと思っていた。

 けど、それはもう過去形だ。

 今は男として翠に見てもらいたいと思っている。そういう対象として意識してほしいと思っている自分がいる。

 想いがエスカレートするたびに貪欲になる。

 翠を困らせたくないという気持ちは変わらないはずなのに、このままの関係を続けることに限界を感じ始めている。

 感じ始めている、というよりは、無理なんじゃないかという推測。

 風呂から上がり二階の自室へ戻ると、すでに十時半を回っていた。

 珍しく長風呂だったようだ。

 三十分ほど本を読んでいたものの、まるで頭に入らないので寝ることにした。

 明日も朝は五時起きだ――。

 道場の、あの静謐を感じる空気に包まれたら、少しは我を取り戻せるかもしれない。

 そこに一縷の望みをかけてベッドへ入った。




 道着に着替えて道場へ入る。

 この季節の朝晩は冷え込む。

 今日から衣替えということもあり、気持ち的には少し一新できたようなできていないような……。

 つまり、まだ足元がぐらついたままでいつもの自分とは言えない状態。

 弓を持つにはまだ早い。

 今、矢を放ったところで的中させる自信はない。ならば、射法八節の動作をさらおう。

 淡々と一連の動作を繰り返していると、幾分か気持ちが落ち着いてきた。そこで弓を取り、実際に矢を射る――四射皆中。

 矢を射るのは四射に留め、弓を置き、ほかの部員が来る前に道場の水拭きを済ませ、道場をあとにした。

 時刻はまだ七時半。

 一時間半は道場にいた。今は桜香苑手前の芝生広場にいる。

 翠が好きなリスの石造があるベンチだ。

 また、ここで話したりできるようになるのか……。

 翠が相手というだけで、どうしたらこんなにもペースを乱す羽目になるのか。

 常に予測不能で落ち着かない。


 教室へ行けば優太と嵐に昨日のことを訊かれた。

 それに対し、迷うことなく体調のことのみ話す。

「その割には機嫌悪いよねー?」

 言ったのは嵐。

 やめろ……さっき気を鎮めてきたばかりなんだ。今は何も訊いてくれるな。

「嵐子、やめておこう」

 嵐を止めたのは優太だった。

 時に優太はセンサーが働くらしく、「今は話しかけるな」という空気をきちんと察知してくれる。

「よくわからないけど、また取り付く島がなくなっちゃったわけね」

 嵐なりの解釈をし、追求は免れた。


 放課後になれば図書室に集るのがこの期間の日課。そして、最近は図書棟までのルートで呼び止められることが増えていた。

 話の大半が紅葉祭に絡むことだから、無下にはできない。

 いつものように対応していると、えらく不躾な視線を感じた。

 今現在、目の前にいて俺にクラス会計の仕方を訊きにきている女。

「何……」

 訊けばすごく驚いた顔をしている。

「いえ、あの……本当に話を聞いてくれるんだなと思って……」

 なんだそれ……。

「わからないことを訊きに来られて、俺が話を聞かなかったら解決しないと思うけど?」

「そうなんだけど……なんていうか、藤宮くんって話しかけても絶対に無視する人だと思っていたの」

 俺、そんなことした記憶はないんだけど……。

「身に覚えがない」

「……うん、御園生さんも同じことを言ってた。話しかけられて無視するような人じゃないって……。本当だったのね」

 最後は俺に言うというよりも自己確認ぽい一言で、クスリと笑い「ありがとう」とスカートを翻して去っていった。

 ちょっと待て……翠がなんだって?

 その場にしゃがみこみたい衝動に駆られる。

 そんな俺に声をかけた人間がいた。

「翠葉ちゃんね、呼び出されるたびに言ってるみたいよ?」

「茜先輩?」

 振り返ると、冬服のボレロを脱いでブラウスを腕まくりしている茜先輩が立っていた。

 当然、その隣には会長もいるわけで……。

「司は話しかけられて無視するような人じゃないって。司から話しかけてもらうのはハードルが高いけど、話しかけられて無視をするような人じゃないんだって」

 茜先輩はにこりと笑む。

「司、それだけ翠葉ちゃんに信頼されてるんだよ」

 そう言ったのは会長。

「あの子、強いのね? 私、呼び出されたら泣いちゃう子だと思ってたんだけど、全然そんなことなくって」

 俺だってそう思ってた。でも、実際はこんな状況なわけで……。

 挙句、自分が女だと思われていないから俺が話せるという誤解付き……。

 大きなため息をつきたいところだが、もう溜まったものなどありもしない。出せるため息は全部出し尽くした気分だ。

「俺、今、空回りしてるみたいです」

 気づけばそう口にしていた。

 それに対し、ふたりは「えっ?」って顔をする。

「自分、空回りなんてする人間じゃないと思っていたんですけど……」

 これは弱音だろうか……本当にらしくもない……。

「今の、忘れてください」

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