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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
78/120

17~23 Side Tsukasa 04話

 バスケの決勝戦のとき、一年B組が陣取っていた観覧席はコートの真正面だった。しかし、そこにいたはずの翠の姿がない。

 観覧席に海斗がいないことから、海斗が付き添っていることは察しがつく。

 具合が悪くなったか……?

 さっき薬を飲んでいたことが気になる。それとも、この場に居づらいと思ったのか――。

 ハーフタイムになると、観覧席から優太が走ってきた。

「翠葉ちゃん、熱気に負けて戦線離脱だって。桃華ちゃんに聞いてきた」

「ふーん」

 ならいい……。

 ――「ならいい」ってなんだ?

 優太が走って知らせに来るほど、プレイに出ていたのか?

 思考がまとまらないことにもイラつく……。

 腹式呼吸をしようと思ったとき、背中に何かが取り付いた。

 きっと猿――会長だ。

「ほかのことばかり考えてると、司のことターゲットにするよ?」

「会長、下りてください……っていうか、下りろ猿」

「ハイハイ。本当に不機嫌だなぁ……うちのメンバー、目で射殺さないでよ?」

 言いながら敵陣へと戻っていった。

 結果的に、試合には勝ったものの、爽快感や達成感なんてものには程遠い。自分の心ここにあらず、という状況が嫌というほどわかった瞬間。


 最終集計と表彰式準備のために、図書棟へ向かう。

 ひとりで歩いていたはずが、テラスを横切るときには翠と海斗、漣以外はみんな揃っていた。

 きっと漣は遅刻。少し遅れてから来るだろう。そう思っていたけど違った。

 図書室の自動ドアの脇で壁にもたれて柄悪く座っている。

 俺たちに気づくと、「しーっ!」と口元に人差し指を立てた。

 皆顔を見合わせ不思議に思いながら近づく。と、図書室の中から小さな声が――歌声が聞こえてきた。

 翠の声……紅葉祭で歌うものだろうか。俺の知らない歌だけど、きれいだと思った。

 簾条が、「聞き惚れた?」などと訊いてくる。

 うるさい……。

「これ以上は待てない」

 そう言って、先陣を切り指紋認証をパスしてロックを解除した。ドアが開くと翠が顔を上げ、それと同じタイミングで会長が声を発する。

「最後の集計やるよー!」

 やる作業といったら、最終集計をもとに賞状へクラス名を書くことのみ。

 書記は海斗と嵐だが、ふたりは賞状を任せられる字は書けない。よって、必然的に筆の扱いに慣れている人間が抜擢される。

 それがどうして自分と会長なのかは謎だけど。

 俺は「道」とつくものとの相性がいいと思う。弓道しかり、剣道、合気道、書道、茶道、華道――一通りやってきた。そして、どれも嫌いではなかった。

 背筋を伸ばし、流れあるひとつひとつの動作に集中することは俺の性に合っている。

 まとまりのない自分の思考を追いやるのにはちょうど良かった。

 が、そうはさせてもらえないらしい。

 少し離れた位置から嵐と優太、翠の三人が話している内容が聞こえてきて、どうにも集中できない。「修行不足」の四文字が頭をちらつく。

「ねぇ、翠葉ちゃん。あれの機嫌なんとかならない?」

「不機嫌モード炸裂で近寄ろうにも近づけないんだよね」

 声だけならまだしも、こそこそとこっちを見ている気配。そんな中、やけに真っ直ぐな視線がひとつ――翠だ。

「……迷惑極まりないですよね」

 賞状からは目を離さず、

「翠、聞こえてるけど?」

「地獄耳」

 ずいぶん言うようになった。ムカつくけど嫌じゃない。

「どうかしましたか?」

 俺に訊いた感じはしなかったから、きっと嵐や優太が固まっていたのだろう。

「いや、翠葉ちゃんって司に対しては結構ポンポン言うんだなって……」

「うんうん、私もちょっとびっくりした」

「夏休み中、ほとんど毎日会っていたし、思っていることをそのまま言うように鍛えられたからだと思います」

 ほとんど毎日とか言わなくていいから……。

「へ~……毎日ねぇ……」

「あのものぐさ男が毎日ねぇ……」

 ほら見ろ……物好きな人間たちの餌食になる。そういうのは勘弁願いたい。

「翠葉ちゃんと司、仲良しね!」」

 一際明るい茜先輩の声。

 この人はほかのメンバーのようにからかってくるようなことはない。それは俺に対しても翠に対しても。

 目の前にある賞状――何がどう悪いというわけではないが、集中しきれていないと自分がわかっているだけに、邪心のこもった字に思えた。

 衝動に任せ、これを丸めて捨てることができたら少しはすっきりするだろうか。

 そんなバカげたことを考えていると、

「……きれい。……するいなぁ……」

 気づけば、すぐそこに翠がいた。

 顔を上げたり視線を移す必要もないところまで翠が来ていて、テーブルに顎を乗せている。

「何が?」

「頭が良くて、スポーツできて、格好良くて、そのうえ字まできれいってどれだけ嫌みなんだろう、って思っただけ」

「…………」

「ツカサっっっ、墨垂れるっっっ」

 咄嗟に右手を掴まれ我に返る。

「もうっ、急に固まらないでよっ」

 おまえな……。

「翠こそ、こっちが急に固まるようなことを言うな」

 なんでもない振りをして賞状に手を戻すも、さっきよりもはるかに集中なんて言葉からは遠ざかってしまった。

 今なら、俺ではなく朝陽に書かせたほうがましなんじゃないか、と思うほど。そんな字ばかりが並び続ける。

 こんな字、秋兄には見せられないな……。

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