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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
75/120

17~23 Side Tsukasa 01話

 試合が終わった直後、体育委員が急に体調を崩し、急遽バレーの審判をやる羽目になった。

 その間に受信したのはメール。



件名 :記念すべき一回目

本文 :お姫様が呼び出し食らったわ。

    特教棟のA階段、一、二階踊り場にて。

    姫と同じクラスの風紀委員がついてるから

    ご心配なく。



 風紀委員の二年代表青木沙耶からのメールだった。

 メールには、見覚えある後ろ姿の写真付が添付されている。

 相手はひとりか? それとも呼び出しに来たのがひとりだったのだろうか。

 画像に写るのは翠ともうひとりの女子。ジャージから二年とわかる。

 迂闊だったと気づいたのは球技大会が始まってから。

 紅葉祭に携わっているときのほうが一緒に行動することが多く、目も行き届く。が、球技大会中はそうはいかない。できるだけ翠の側にいようと思っても、自分は試合に出なくてはいけないし、生徒会の仕事もある。一学期とは違い、生徒会に入った翠は仕事の都合上、クラスの人間とは別行動を取らざるを得ない。簾条と佐野、海斗が同じクラスでこっちサイドの人間とはいえ、やはり試合と仕事に追われて一緒にいられる時間は限られていた。仕方ないから、その間のことは優太に任せたが、それでも万全といえる状態ではない。

 気にしていた矢先にこれだ……。

「藤宮」

 審判席の足元から声をかけられ、

「これ、沙耶から渡すようにって言われたんだけど」

 見覚えある黒いケースを渡された。

 ケースの中には思ったとおりのものが入っていた。

 ワイヤレスイヤホン――藤宮警備が使用している無線イヤホンだ。それを耳にセットすると、会話が聞こえてきた。

『あなた、藤宮くんのなんなわけ?』

 その言葉から始まった。

 呼び出しって本当にこういう内容なんだな。バカらしい……。

 イラつくと審判の判定にもそれが響くようで、さっきから笛を鳴らしてばかりだ。

 不満そうな顔がこちらを向くが、それで俺に何か言う人間はいないらしい。しょせん、そんなもの……。

 目の前の試合を見ながら笛を吹くと、足元から審判席が揺らされた。

 何かと思って見下ろすと、今度は朝陽が審判席の脇に立っている。

「代わるよ」

「は?」

「気になって試合に集中できないくらいなら行ってこい」

 耳を指されてそう言われた。

「…………」

「バーカ、こういうときに躊躇するな」

 早く下りろといわんばかりに審判席を揺すられる。

「悪い……」

「いいよ、借りはどこかで返してもらうから」

 にこりと笑うと朝陽は俺の代わりに審判席へ上がった。


 今から走って間に合うだろうか。いや、とにかく走れ――。

 まだ準決勝の段階だから、外での試合も終わってはいない。

 球技大会は先に屋外競技の決勝が終わるようにタイムテーブルが組まれているため、屋内競技の決勝が始まる頃には全校生徒がこの桜林館に集ってくる。そうなってからでは身動きが取れなかっただろう。その前で良かったとは思うものの、全速力で走れるほど人がいないわけでもなく……。

 イヤホンからは途切れることなく会話が聞こえてくる。

 一瞬足を止めそうになる翠の対応。

『後輩が先輩を呼ぶとき、友達であっても「先輩」をつけないとおかしいのでしょうか?』

 ふざけるな――知らない人間に何を言われたからって呼び方を変えたりしたら許さない。俺の苦労を踏みにじってくれるな。

 相手の女は、

『……いつも一緒にいるのも腹立たしいわ』

 俺はおまえの存在のほうが腹立たしい。

 成績を下げて生徒会をやめろとか、理不尽とも思える言葉にすら翠は真面目に答えを返していた。

『あの……故意的に成績を落とすことはできません。それは生徒会を辞めたくないから、とかそういうことではなくて――ただ、成績を落とすことはできないんです』

 そんなことを言って通じる相手でもないだろうに。案の定――。

『何よそれ、ただ生徒会にいたいだけでしょっ!?』

 激情したような声が聞こえてきた。

「くっそ……」

 この学園施設を不便に思ったことは一度もない。が、今日ばかりは無駄に広い桜林館を恨めしく思う。

 出入り口は各所にあるというのに、観覧席がごった返しているため、階段に座る人間も多い。

 夏真っ盛りでこの熱気ともなれば、館内空調もさほど意味を成さない。

 出入り口から入ってくる風を求める人間も少なくはなく、その辺りが異様に混んでいた。

 女――おまえがどこの誰かは知らない。けど、翠がどんな人間なのかはおまえよりも詳しいつもりだ。翠が言う言葉に裏はない――。

『私、どうやっても成績表では学年一位になれないので、テストの点数だけは一位を目指したくて……』

 翠は言われてたことを額面どおりにしか受け取らないし、それに対して真っ直ぐな答えしか返さない。

 もっとずるくなることを夏休み中に教えておけば良かっただろうか……。

 やっと桜林館の外へ出られたとき、イヤホンに男の声が聞こえた。

『御園生ちゃーんっ、どこー? バスケの試合応援に来るって言ってなかったー?』

 風紀委員の介入――。

 俺は一足遅れたということか……。

 場所は一階と二階の踊り場だと言っていたし、あの写真はテラスから撮ったものだった。

 風紀委員があとを追ったとしたら二階から――それなら俺は一階からその場へ向かうべきだ。

 人がまばらにいる外周廊下を突っ切り、特教棟の入り口へ向かう。

『あのね、今ちょっとお話をしているから先に――』

「お話」じゃないだろ……。

 そう思ったとき、特教棟の一階から二年の女子が出てきた。

 俺と目が合うなり視線を逸らす。

 写真では後ろ姿だったが髪型が同じ――間違いないな。

 俺を避けて通ろうとした人間の前に立ち、

「ちょっといい?」

 声をかければビクリと肩を震わせる。

「な、何かしら」

 女は口元を引きつらせ身を引いた。

 イヤホンから聞こえた声と一致。

「次に翠を呼び出すときは俺も一緒に呼び出してほしい」

 笑顔で言えば血の気の引いた顔で、

「私、何も知らないわっ」

 女は桜林館へ向かって走り出した。

 その後ろ姿を肩越しに見て思う。

「俺にばれないと思ってる時点で浅はかだろ」

 イヤホンからはまだ会話が聞こえてくる。

『ま、内容的にはそれほど過激なものじゃなかったけど、あと少しで顔殴られるところだったじゃん』

 っ――!?

 翠が今一番恐れているのは衝撃や振動だ。殴られるなんて冗談じゃない――。

 なのに、翠はそのことではなく風紀委員の試合のことを気にする。すると、風紀委員は切々と翠を諭し始めた。

 このまま盗み聞きしているのは忍びなく、その場に参戦したい気もする。けれど、もう少しだけ話の成り行きを見守ってみようか……。

『今の、呼び出しとかリンチってやつなんだけど、御園生ちゃんわかってる?』

『え? 今のが……?』

 やっぱりわかってなかったか……。

『……そうですかそうですか、今認識したって感じっすね? 紛れもなく呼び出し。因みに、あれは藤宮先輩ファン』

 いらない説明までどうも……。

『なんか新鮮……』

「『はっ?』」

 俺の声とイヤホンから聞こえてくる声がシンクロする。

 俺は咄嗟に口元を押さえた。

『なんか拍子抜けするくらいリラックスしてるように見えるんだけど……怖くなかったの?』

『怖くはなかった、かな? 驚きはしたけれど』

『御園生ちゃん、気づいてるかなぁ……。最近流れてる噂とか』

 噂……?

『うん。少しだけど知ってる……』

 俺は知らない。これはあとで朝陽にでも訊こう。

『それで今の呼び出しだよっ!?』

『河野くん、噂はどんなに否定しても否定した分だけ尾ひれがついて、噂が助長するでしょう? でも、今の先輩みたいに直接訊きにきてもらえたら、私は違うことは違うって否定できるの。だから新鮮だな、って思った』

 この場はこの風紀委員に任せても問題ないかもしれない。俺じゃない第三者に言われるほうがいいこともあるだろう。

 行き先が不確かになっていた自身の足を桜林館へと戻す。

『頭痛い? 大丈夫?』

 風紀委員、悪いな。そんな返事をされたら頭だって痛くもなる。

『あのさっ、嫌なこと訊くんだけどっ。中学んとき、どんないじめにあってた?』

 中学のとき、か――。

 俺はゴールデンウィークに公園で会った人間しか知らない。けど、あれを見ただけで十分だ。

 俺や簾条が不快に思う程度には良くない環境だったと思う。

 入学してきた当時の、翠の人との接し方を見ていれば、人間不信に陥るほどのものだったと推測するのには十分な材料だった。

 いじめに関する具体的なことまでは考えたことがなかった。それを訊こうと思ったこともない。

 思い出させたくなくて……。

 ただ、前を向いてほしいと、今ここにいる人間たちを見てほしいと思った。

 翠は答えられるのだろうか。話すのだろうか……。今、どんな顔をしているだろう――。

「あのね」と話し出した翠の声はとても落ち着いたもので、ひとつひとつ確かめるように、丁寧に話し始めた。

『こういう呼び出しとかはされたことがないの』

『どんなのがメイン?』

 風紀委員は翠が話しやすいように誘導する。

『んー……たいていはものがなくなるとか? 机の上の落書きや教科書への落書き。あとは机の上に花瓶とか……。でもね、ゴミ箱やトイレ、裏庭を探すとたいていそこら辺になくなったものはあるの』

『それ、「ある」って言わないし……』

 風紀委員に同感……。

『一度、体育の授業中に制服のスカーフを切られてしまったことがあって、あれはちょっと堪えたな。制服本体だったらどうやっても親に隠せなかったけど、スカーフだったから、両親に内緒で新しいのを買うことができたっけ……』

『ほかには?』

『あとは噂と無視、かな。グループに入れてもらえない以前に口をきいてもらえなかったの』

 こういうのは典型的とでもいうんだろうか。それとも呼び出しのほうが典型的?

 俺はそういうことにあったことがないし、藤宮という学校社会自体が少し特殊だ。ほかの学校とうちの学校を比較していいのかに少し悩んだ。

 しかし、どちらにせよ、低俗なのは変わりない。

『悪い、つらいこと言わせて……』

『ううん、大丈夫だよ。……今までは私の何が気に入らなくてそういうことをされているのかがわからなかったんだけど、さっきの先輩は面と向かって言ってくれたから。こういうふうに何が嫌なのか言ってくれたら対処法が見つけられるかなって。そう思うと新鮮だった』

『……御園生ちゃんってほんっとに思考回路がちょっと変~……』

 風紀委員の脱力っぷりが目に浮かぶ。でもそれ、変以前に危険すぎるから……。

『何にせよ、彼女でもなく付き合ってもいないなら、公の場で藤宮先輩を呼び捨てるのはやめたほうがいいよ。それだけで藤宮先輩ファンを刺激しちゃうから』

 それはいただけない……。

『……そうみたいね? ねぇ、河野くん、ひとつ質問してもいいかな?』

 翠もあっさり納得してくれるな――俺がどれだけの時間をかけて名前で呼んでもらえるようになったと思っている?

『もう、この際なんでも訊いてっ! なんでも教えるから』

『後輩と先輩であっても、友達だとしたら、それでも名前の呼び捨てっておかしいこと?』

 少しほっとした。夏休み中に積み重ねてきたものは翠の中にきちんと構築されている。

 俺は知人でも先輩でもなく友人だ。

『人による。もしこれが美都先輩や加納先輩なら、なんの問題もないと思う。御園生ちゃんの場合、相手が藤宮先輩だから問題なんだ。あの人、無愛想だしほとんど女子と会話すらしないけど、幼稚部からずっと王子なんだよね。ついた通り名が孤高の王子。それなりにファンもいるけど当の本人は彼女を作ったこともなければ女子には無関心。そんな人だからこそ、藤宮先輩のファンたちは安心していられたわけで――言わば、共同戦線を張ってられたんだ。それが御園生ちゃんが現れてからというものの、変化が著しい。そのことにファンが慌て始めたんだ』

 安心だとか共同戦線だとか勝手なことばかり言うな。けれど、言われていることはさほど外れているわけでもなく、自分の行動を改めるつもりもない。

 どうして興味もない女子と話さなくちゃいけない? どうして藤宮の名にたかる女どもの相手をしなくちゃいけない?

 そんなのは見合いだけで十分だ。時間の無駄、労力の無駄は極力省きたい。

『風紀委員はいつでも動けるようにスタンバイしてるけど、万全じゃない。だから、自分でもある程度は気をつけてほしい』

『うん、わかった……。助けてくれて、ありがとう』

 最後、「ありがとう」のイントネーションが少しおかしかった。文末に疑問符がついているような感じ。

 もしかしたら翠は、助けられたという現状もきちんと把握していないのかもしれない。

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