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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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10 Side Asahi 01話

 最近司が変わり始めた。

 俺はそれを見ているのが非常に楽しかったりする。きっと、ケンも同じことを思っているだろう。

 俺たち三人は幼稚部から一緒で、幼馴染という関係のはずだけど、司の中にその認識があるのかはほとほと怪しい。

 中等部まではどこか近寄りがたかった。

 ま、かまわずに絡んではいたけれど。

 高等部に入ってからもそれは変わらなかったというのに、とある女の子が現れた途端に司を包む空気が変わった。

 話しやすくなったと思う。そして、近くで見ていると、意外と表情が豊かになったかな、と思うわけだ。

 司を変えた子は御園生翠葉ちゃん。今年入学してきた外部生。

 年は俺たちと同じようだけど、一年留年している子。

 留年の理由はたぶん病気か何かだと思う。見た目からして身体が弱そうに見える。

 一見して普通に見えなくもないけれど、体育ができない程度の持病があるのは確か。

 かいつまんでは話してくれるけど、詳しく話してくれたわけじゃない。

 司が彼女を気にする理由は、医者を目指しているからこそ目に入ってしまうだけかと思っていた。けれども、それにしてはかまいすぎ……。

 行動パターンの変化を見てしまうと、「司くん。恋をしましたか?」と訊きたくなる。

 ま、訊いたら訊いたでものすごく嫌な顔をされそうだから口にはしないけど。

 司から恋愛相談されるのなんて想像もつかない。でも、いつかそんな話しもできるようになりたいものだ。

 司、俺は気長に待つよ。俺、これでも気だけは長いほうなんだ。


 生徒会に入って初めて、かな? 床に腰を下ろし、輪になってみんなで弁当を食べたのは。

 たいていがテーブルだし、全員で話をしながら、ということ自体が珍しい。

 翠葉ちゃんっていう子は確かに気になる要素がたくさんある子ではあるけれど、彼女がいるだけでこの場の何かが変わるんだよね。

 そのひとつ――間違いなく約一名の空気が柔らかくなる。ほかの誰でもない司。

 でも、その柔らかさは豆腐とか綿菓子レベルではない。まだまだ金槌で対応しないといけないような物質。

 彼女は調味料のスパイスのようにも思える。

 話をすれば突拍子もなく、変則的な言葉が返ってくる。この辺がとても面白く魅力的といえようか。

 そうだ、ブーケガルニ。きっと、彼女はブーケガルニに違いない。

 出された料理を食べる俺たちは、隠し味になっている数種類のハーブを当てることがなかなかできない。きっと、人が考え付かないようなハーブの組み合わせなんだ。

 俺の中で彼女はそんな位置付け。

 司が惹かれたのはそこかな、なんて思ったりもする。

 確かに容姿も秀でてるんだけど……なんてことは口にしない。

 ジュリアの耳にでも入ったら恐ろしい。

 ジュリアとは、俺の彼女でありフィアンセ。

 父親が日本人で母親がフランス人。その父親がうちの会社に勤務している。

 初等部五年生までは藤宮の生徒だったわけだけど、今はイギリスに住んでいる。だから、俺は長期休暇のたびにイギリスへ行くわけで……。

 おかげで必然的に英語を習得することができた。そして、あの家は日本語英語フランス語が入り乱れた会話をするため、例外なくフランス語も話せるようになった。

 言葉がミックスされることは少なくない。そのほうが表現の幅が広がるというのは真面目な話。


 話を元に戻すと……。

 今は弁当も食べ終わり、二手に分かれて作業をしている。

 司と翠葉ちゃんは蚊帳の外、資料の林で待機中。俺たちは紅葉祭の概要を決めるべく話し合い。

 姫と王子には知らされずに進められるところまでは進めなくてはいけない。それがゆえに、ふたりは蚊帳の外。

 茜先輩は例外という枠付き。

 翠葉ちゃんは生徒会の仕事は初めてだから、今頃資料の林で予算案の過去ログにでも目を通せと言われているに違いない。

「朝陽聞いてるっ!?」

 嵐子ちゃんからせっつかれる。

「聞いてるよ。青木さんから優太にメールがあった件でしょ?」

 話を聞いていなかったわけじゃない。ただ、なるようにしかならないだろう。そう思っていただけ。

「風紀委員が動いているともなれば、もう何かしらそういうグループが発足しているわけよね?」

 茜先輩が心配そうな顔をする。

 そもそも、「発足」なんて高尚なものではなく、ファンクラブから派生――そんな感じだと思う。

「さっき和総が言っていたのは、やっぱりそういうことなのね」

 桃ちゃんが唇を強めに噛んだ。

 これはクラスで何かあったかな?

「『司』って呼べる人少ないからなぁ……。しかも翠葉ちゃんは一年だし司が唯一かまってる子だし」

 優太も心配そうに口にする。

「でもさ、なるようにしかならないと思うよ?」

 俺がそう口を挟めば、みんなから睨まれた。

 怖……みんな翠葉ちゃん首っ丈だからなぁ……。

「いやさ、こういうのって両者の言い分を互いに言わせて少し吐き出させてすっきりさせないと続くんだよ。だから風紀委員は途中から介入することが多い」

「あ、だから優太はいつもあのタイミングだったの?」

 嵐子ちゃんもやっかまれた口だから、余計に心配なんだろうけれど……。

「俺はいつも言われてからすぐに駆けつけてたんだけど、そのときにはたいてい取っ組み合いっぽくなってたよね」

 優太が思い出すかのように口にする

「でも、怪我人は出なかったでしょ?」

 俺が訊くと、ふたりそろって首を縦に振った。

「思っていることを溜め込んだままにしておくと何かやらかすからさ、とりあえずは言い合いさせるんだ。それが一方的な場合は早めに対応するわけだけど、嵐子ちゃんの場合は応戦できてたんじゃないかな?」

 訊けば、「ははは」と乾いた笑いが返ってきた。

「でも、翠葉ちゃんはそういう子じゃないわ」

 茜先輩が心配そうに眉をひそめた。

「そういうときはそういうときですぐに動けるように待機している人間がいるはずだから、そこまで心配しなくて大丈夫ですよ」

「ま、何事もないのが一番だけどね」

 久先輩は心配しつつも、やっぱりなるようにしからない、という結論にたどり着いたようだ。

 ほかの面々は複雑な心境拭えず、って感じかな。

「まぁさ、近くに海斗も桃ちゃんも千里もいるわけだし、少し気をつけてあげればいいよ」

 そう言うと、一年の三人が神妙そうに頷いた。

「どうしたの?」

 っ――!?

 久先輩の少し明るめの声に背後を振り向けば、そこには翠葉ちゃんが立っていた。

「資料見ただけじゃ私は覚えられないので、筆記用具を取りにきました」

 苦笑しながら答えるけれど、今の会話を聞いていたわけではなさそうだ。

 聞いていたら、「なんのお話ですか?」と訊きそうな子だし……。

 すぐに気づいた久先輩には感服。

 翠葉ちゃんはちょっとくらい足音を立てようか……。

「そりゃそうだよねぇ……。あれを頭に入れろって言われたときは俺も面食らった」

 優太が苦笑しつつ答える。

 この苦笑は苦し紛れ、のほうだと思う。

「こっちが形になったら俺もそっちの作業に入るから、それまで司とがんばってね」

「……ということは優太先輩も会計ですか?」

「そう。うちは俺と司と翠葉ちゃんが会計だよ」

 そんな会話に、本当に記憶がない部分があるんだな、と思う。

 俺たちは桃ちゃんから少し聞いただけで、とくに何かを知っているわけじゃないし、記憶をなくしたことは彼女が言うまで知らないことにしておこうというスタンス。

 でも、彼女は言うだろうか……。

 そこが一番のネック。

 頼ってくれたら何かしらしてあげられるんだけど、この子はなかなか人を頼ろうとしない。

 そんなところが少しもどかしい。

 でも、もっともどかしい思いをしているのは司だろう。

 助けたくて仕方ない。支えたくて仕方ない。側にいたくて仕方ない――。

 俺にはそう見える。

「ごめんね。こっちにも予算のことわかる人間にいてもらわないと手がつけられないの」

 嵐子ちゃんがそう言うと、「なんだろう?」って顔をして小首を傾げる。

 本当に、そういう仕草ひとつとってもかわいいよね。

「……がんばってくださいね」

 その言葉に、こっちサイドの人間は皆笑みを深めるわけで……。

 資料の林へ戻っていく彼女の後ろ姿。それはとても線の細いものだった。

 夏休み前から体調不良で学校を休み始め、桃ちゃんの話だと、夏休み中はずっと入院していて治療を受けていたという。

 かわいそうなくらいに痩せ細ってしまった。けれど、一学期の頃よりも司と彼女の距離が縮んだのは明確。

 それは名前の呼び方だけでなく、話し方、言葉遣い、接し方、彼女から司に近寄っていく距離だとか――何もかもが変わっていた。

 対応する司にも変化は見られた。

 表情が柔らかくなったり、急にフリーズしたり――あぁ、それは一学期からそうか……。

 ほかに変わったことといえば、無愛想な顔をしていても、呆れた物言いをしていても、なにもかもが、「翠だから仕方のない」と言っているようにしか見えない何か。

 うーん……愛情だね。

 そんなわけで、俺は面白いものを見させてもらっているけれど……。

 俺からしてみたら司も翠葉ちゃんと同じだ。

 なかなか自分のことは話してくれない。お家柄上、話せないこともあるだろう。けれど、恋愛相談はできるんじゃないの? なぁ、俺と恋バナしてみない? 成績じゃ負けるけど、恋愛においては俺のほうが長けてると思うよ。


 司に思いを馳せているうちに、話の内容は紅葉祭へと移っていた。

 なんというか、今年は大掛かりなことをやるけれど、企画自体を海斗と佐野くんが一手に引き受けてくれるから――あぁ、間違えた……。ふたりに押し付けたから意外と楽。

 そして、持ち込まれた企画というのも意外と面白そうで、予算をつぎ込むのにはもってこいな策だった。

 文化部の参加はもちろんのこと、運動部との交流も図れるように計算してある。

 佐野くんはこういうことに携わったことはないと言っていたけど、かなりいい仕事をしていると思う。

 頭が良く臨機応変に動ける人間というのは彼みたいなことをいうのだろう。

 ほら、俺がこんなふうに傍観して思いをめぐらせられる程度には楽をさせてもらっている。

 そんなとき、司が桃ちゃんを呼んだ。

「簾条、翠のかばん持ってきて」

「すぐ行くわ」

 桃ちゃんは翠葉ちゃんのかばんを持ってすぐに資料の林へと駆けていった。

「具合悪くなっちゃったかなぁ……」

 嵐子ちゃんが口にしただけで、みんながみんな資料の林の方を見ていた。

 そりゃ、あれだけ痩せてしまったあの子を見てしまえば、誰もがそういう心配をするだろう。

「司がついてるから大丈夫だよ」

 と言ったものの、俺だって心配はしている。

 でも、司がついていると思えば妙な安心感がある。

 あいつはまだ高校生で医者じゃない。けど、司が常時読んでいる本は医学書だ。

 司が中等部の時点で高等部の勉強を終わらせ飛び級を考えていたことはなんとなく気づいていた。それを取りやめた理由までは知らないけど。

 司は医者になるべく努力をとっくに始めている。だから妙な安心感がある。

 医学知識があるから、というのとはまた別。

 判断力に優れているのは嫌というほどに知っている。危険な状況ならすぐに湊先生に連絡するなり病院へ搬送するなりするだろう。

 そういう安心感。

 そういう行動力や判断力を恋愛に生かせたらいいのにな。不器用なやつ……。

 ほどなくして司が林から出てきた。

「大丈夫?」

 茜先輩が声をかけると、

「茜先輩、カイロ持ってましたよね? 翠に持っていってくれませんか?」

 茜先輩はすぐにカイロをかばんから取り出し、封を切って駆けつけた。

 司はかばんの中からミネラルウォーターを取り出し、それを持って林へ戻っていった。

 なんで水なんか持ち歩いてるんだか……。さっぱりわけがわからない。

「あそこまでくると末期だな」

 海斗がそう言って笑う。

「海斗、何あれ」

 ぜひ説明を求む。

「翠葉、身体を冷やさないように極力常温のものしか飲まないんです。さらにはこの学校の自販機で売っているものだと、ミネラルウォーターしか飲めるもがない。スポーツドリンクですら、お水で割らないと飲めないって言ってました」

「なるほどね」

 くっ、と笑いがこみ上げた。

 だけど、売ってるものでミネラルウォーターしか飲めないっていうのもまた難儀な話だ。

 それを知っていて、かばんにミネラルウォーターを常備してるっていうのもどうかと思うけど。

 やっぱ、愛だよね、愛――。

 そのくらいに大切なんだろうな。

 不器用でそういう方面はさっぱりなやつだけど、すごく微笑ましいと思ったのは俺だけじゃないはず。

 久先輩なんてずっとにこにこしているし、優太と嵐子ちゃんは見つめ合ってにっこり。

 中等部から生徒会をやっているとはいえ、ここまで俺たちと関わるようになったのはつい最近のこと。

 関わるというより、表情を変えるようになっただけで俺たちが近寄りやすくなったというだけの話。

 正直、彼女の存在はそれだけ大きいわけだ。

 また司が戻ってきて、今度は俺たちを素通りし、秋斗先生の部屋へ入っていった。

 出てきたときには大荷物を抱えていた。

 毛布に羽毛布団、クッションねぇ……。

 でもって茜先輩にカイロ、とくれば察しがつかなくもない。

 おまえ、本当にぞっこんなのな?

 これはやっぱり本腰入れて紅葉祭は仕込まねばならんでしょう。

 仕込んで陥れて、あわよくば翠葉ちゃんを今度こそ司に釘付けにして――。

 ふたりをくっつけたくなってきた。

 周りに文句を言うやつがいたら、やっかむやつがいたら、司、おまえがしっかり守れよ? 俺もふたりの邪魔をされるのはかなり嫌だから睨みは利かせておくけどさ――。

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