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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
69/120

08~10 Side Ranko 01話

「司はすぐ図書棟?」

 優太が振り返って司に訊く。と、

「その前に翠をピックアップ予定」

 我が校の王子様は医学書をかばんに入れながら答える。

 下を向いていると伏目がちにも見え、その表情もまたため息もの。

「ふーん……じゃ、俺と嵐子は飲み物を買ってから行くよ。なっ?」

「うん!」

「何それ……」

 司は手を止め、不愉快そうな顔をする。といっても、普段からそんな表情ばかりだけど。

 格好いいんだからもっと笑えばいいのに。あーあ、もう眉間にしわ寄ってるし……。

 いくら格好良くても取り付く島もないのになんでこんなに人気があるんだろう?

 私にはちょっと理解ができない。標準以上に抜きん出て格好いいのは認めてるけれど。

 品行方正、頭脳明晰、眉目秀麗、スポーツ万能――しかも、家は藤宮グループときたもんだ。

 ここまで揃っていれば人目を引くし、好奇の的にもなるだろう。

 でも、性格に難ありよ……。みんなわかってると思うんだけどなぁ……。

「いや、司が翠葉ちゃんとふたりがいいかなー? と思って」

 優太がニヤニヤと笑いながら言う。思わず私も便乗。

「なんたって、『ツカサ』って呼ばれてるしね~?」

「何が言いたい?」

「何も~? ね、優太?」

「そうそう、別に何も言いたくないよな? ただ、ふたりでいたいんじゃないかと思っただけだよな?」

「じゃ、お先にー!」

 そう言って先に教室を出た。


 あの、誰にも関心を示さなかった司が、今はひとりの女の子にご執心。意外すぎて面白い。

 最初はどんな子なのかと好奇心の対象以外の何ものでもなかったわけだけど、初めて翠葉を見たときには正直呆れたものだ。

 こんな美少女じゃないと司の目には入らんのか、コノヤロー、と。

 翠葉は同姓の自分から見てもかわいいと思う。性格は、まともに見えてかなりの不思議ちゃん。なんていうか、天然とも少し種類が違う気がする。そして、鈍い――。

 普通、「付き合ってほしい」と言われて、「どちらにですか?」と答える子はそうそういないと思う。少なくとも私の周りにはいなかったタイプだ。

 思考回路が少し変わっていることから話を聞いていて面白いと思うし、その話を聞いたときには大笑いもしたけれど、少しだけ瀬田せたくんに同情もした。

 彼はまだ翠葉が好きなのかな? でも、瀬田くんが翠葉と話をしたことがあるとは思えないから、こういう子、って知らないで告った気がする。

 あの見かけだけに惹かれた、そんな気がする。それを悪いとは言わないし、ほかにもそんな男子はたくさんいると思う。

 それに、私も人のことは言えない。優太のことは一目惚れだったのだから。

 翠葉は鈍いしなかなか踏み込んできてくれないけど、いい子だとは思う。でも、中身を知ったら引く男子もいるかもしれない。

 やっぱりちょっと特殊。あれは扱える人間と持て余す人間が絶対いる。

 ま、あの容姿で性格も良くて溌剌としていて聡明で――とまで揃ったら、それこそ出来すぎで胡散臭い。あ、そういう意味では司もそうか……。

 なんだかんだと似たもの同士だったりするのかな?


「ね、茜先輩たちにも連絡しておこうよ」

 私の提案に優太が賛成する。

 茜先輩と会長は一緒にいるだろうから、どちらかにかければいい。

 私が携帯を取り出し茜先輩にかけると、

『はいはーい!』

 かわいらしくも元気な声が聞こえてきた。

「今、ちょっといいですか?」

『うん、今から図書棟に行くとこ』

「それなんですけど、少し道草してから行ってください」

『何? 何か面白いことでもあるの?』

「ふっふっふ……司が翠葉を迎えに行ってから図書棟に行くって言ってたので」

『あら! じゃぁ、のんびり行かなくちゃね』

「そう思いますよね?」

『もっちろん! でも海斗と桃が一緒な気がする~……』

「桃華はクラス委員だから宿題の提出で先に職員室じゃないかな?」

『あ、そっか。でも、海斗は? 千里は遅刻魔だからいいとして……。ま、そこまで厳密に仕組まなくてもいいか』

 そんな会話をして電話を切った。

「なんだって?」

 隣を歩く優太に訊かれる。

「ん? 海斗が一緒だったらつまらないよねって話」

「ちょっと一年B組寄ってく?」

「あ、そうだね」

 あわよくば、先に海斗をこっちで回収してしまえばいいだろう。

 階段を下り海斗たちの教室を覗くと、桃華と陸上少年が教卓の前にいた。

 教卓の上には夏休みの宿題と思われるものが山積みになっている。

「あれ、たぶんふたりじゃ持てないよ。行こう」

 背中を押され、階段を下りる。

「あのふたりだったらさ、運ぶ人のもうひとりには翠葉ちゃんじゃなくて海斗を指名するよね?」

「あ、そっか」

「そういうこと」

 にこりと笑われて思う。

 私の彼、春日優太も間違いなく格好いい。だって、私が一目惚れしたくらいだもの。

 飛鳥は幼稚部から藤宮だけれど私は違う。家がそこまで藤宮に近かったわけではないし、両親もそういうことには拘らない人たちだった。

 それに、何よりも近所の友達とすごく仲が良かったから、そのまま小学校中学校と地域の学校へ進むのが当たり前だと思っていた。高校もそのつもりでいたんだけど――。

 成績は上の下くらいだったから、そこそこの高校に行けたと思う。

 本当は高校から服飾科のある学校へ行きたかったのだけど、残念ながらこのあたりにそういった高校はなかった。だから、高校までは普通科に通い、そのあとは服飾科の学校へ進むつもりで、とくに学歴とかそういうことを考えたこともなかった。

 就職先は間違いなく自分の親の会社だし……。ただ、受験生というだけで塾に行くことになった。

 うちは自営業で両親共に忙しく、どこかで勉強を見てもらう環境があったほうが安心、という安易な考えのもと勝手に決められ、「いってらっしゃい」と言われたのだ。そのときは「えええええっ!?」と言いはしたけれど、その塾に行かなければ優太とは出逢わなかったし、藤宮の生徒にもなりはしなかっただろう。


 優太は中一からその塾に通っていたという。

 私たちの通う塾はふたつの中学の中間にあることから、どっちの生徒も通ってくる塾だった。そして、クラス式ではなくマンツーマンで教える個別塾だったのだ。

 机がひとつひとつパテーションで区切られており、ひとりの先生が複数人の生徒を受け持って順番に回る。だから、友達がいようといまいと話をする機会なんてほとんどない。

 人がいると騒ぎたくなる私にとってはうってつけの環境だった。

 ある日、私が問題を解くのに行き詰っていたとき、先生はほかの子を見ていて先に進めなくなってしまった。数学は大の苦手で、ひとつの問題に躓くと次の問題を見る気も失せる。

「もう無理……数学やだ~……」

 机に突っ伏していると、

「寝てたら怒られるよ」

 頭上に声が降ってきた。

「え?」と顔を上げると、すごく格好いい男子が立っていたわけで……。

「寝てたわけじゃないの。問題が解けなくて……」

 言うと、問題を見て「中三?」と訊かれた。

「うん……」

「それはさ、この公式じゃなくてこっち」

 彼は自分のシャーペンをカリカリと問題集の端に公式を書き始めた。

 机の前にしゃがみこみ、

「基本はこれと同じなんだけど、ここにこれがつくときはたいてい引っ掛け問題」

 前に解いていた問題と比較しながらわかりやすく教えてくれた。

「わかった?」

「すごくわかりやすかった。ありがとう!」

「どういたしまして。お互い受験がんばろうね」

 そう言って去っていったのだ。

 その日、授業が終わってから探したけれど、見つからなかった。

 先生に訊いても誰のことかはわからず、名前を知ることすらできなかった。

 大きな塾ではないのに、なんで見つけられなかったかな……。

 それから数日後、塾の駐輪場で偶然会った。

「あっ!」

 思わず声をあげてしまったのは私。それに気づいて、「この間の」と立ち止まってくれたのは優太。

「あの問題はもうクリア?」

 笑って訊かれた。

 その笑顔の爽やかたるもの――あっという間に恋に落ちた。

 それから互いの自己紹介やどこの中学なのか、そんな会話をして会えば自然と話をする仲になった。


 マンツーマンの塾というのはほとんど生徒間の交流がない。

 時間もそれぞれ一コマ、二コマと違ったりするし、来る日によって教科担当の先生が違ったりするから、同じ学校の子がいてもあまり出くわすことはないのだ。

 時々、予約を入れる時間を一緒にしたりすることはあるけど、一緒にしたからといって遊べるわけでもないし……。

 ところが、優太とは塾に来る曜日や時間がいつも一緒だった。

 一緒というよりは、優太のほうが塾に来る頻度が高かっただけ、というのはあとで知った話。

 夏期講習の頃には、塾が終わったらコンビニに立ち寄るのが定番になっていた。そして、アイスをひとつ食べる時間分だけ一緒にいる。

 食べ終わると、「じゃぁ、またね」と家路につく。

 私の家は塾から徒歩五分で、優太の家は自転車で十分くらい。家まで送ってくれることもあった。

 私は初めて逢ったときから優太の容姿に釘付けだったけど、中身に惹かれるまでにそう時間はかからなかった。

 二学期が始まると、塾がない日は図書館で一緒に勉強するようになった。

 優太が水泳部で屋内プールがある学校に行きたくて藤宮を目指しているというのはその頃に知った話。

 ただ単に学力があって藤宮を目指しているわけじゃなかった。そのくらいにはレベルの高い高校だし……。

 実はすっごい水泳バカ。冬でも泳ぎたい、でもスクールは常に競争を意識させられる場所で息が詰まるのだという。

 それが嫌でスクールはやめたらしい。

 高校で屋内プール完備の高校は非常に少ない。藤宮以外だと県外になり、自宅から通うことが困難になる。それでも冬にも泳ぎたい、という理由で藤宮を目指していた。

 水泳のためなら勉強もがんばれる、そんな人だった。

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