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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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07 Side Asuka 02話

「あー! なんだかお腹の底から笑った感が否めない。腹筋に響いてるんだけど、私午後練大丈夫かな?」

 そんな私の一言を気にせずふたりはお弁当箱を開く。

「で、どうしたの?」

 香乃に訊かれ、床に身を投げ出して笑い転げていた私はむくり、と起き上がり、少し離れたところで制服をはたいてから希和と香乃の用意してくれた椅子に座った。

「香乃、参考までに教えてもらいたいんだけど……」

「ん?」

 ……かわいいじゃないの。小首傾げて小動物風味……。

 翠葉~……ここに翠葉のお仲間発見だよ~。小動物ご一行様。

 考えてみたら希和も小動物っぽかった。なんていうかハムスターっぽい。香乃はリス、かな? うん、シマリスチック。

 今日のお弁当がバターロールでのサンドイッチということもあり、それをハムハム食べている香乃はまさに木の実を両手で抱えて食べるリスのようだった。

「飛鳥ちゃーん?」

「な、何?」

 頭が妄想でいっぱいになっているときに話しかけられるとびっくりする。

「何、じゃなくて、飛鳥ちゃんがここへ来たのはどうしてでしょう? って話だよ?」

 あぁ、そうだった。

「あのさ、香乃……佐野のどこが好き? どんなところが魅力? なんで好きになったの?」

「へ?」

「は?」

 ふたり揃って、「へ」と「は」か。ハ行とはこれまた難易度が高い。

 あれ……?

「なんでふたりとも驚いた顔をしてるの?」

 訊けば希和がたじたじとする。

「飛鳥ちゃん、あんなに近くにいるのにわからないのっ?」

 そう言ったのは香乃だった。

 うーん……確かにものすごく近くにいるとは思う。それは間違いないと思うんだ。

 だって、教室にいてわいわい話してるときって基本は佐野と海斗、桃華と翠葉の五人だから。

「なんというか、イイヤツなのは知ってる。外見的容姿が多少格好いいということにはさっき気づいた」

「あぁ、この子は……」

「ハムっ子希和さん、なんでしょう」

「何、そのハムっ子って……」

 希和に説明を求められ、先ほどのシマリスとハムスターのたとえを話せば、

「シマリスもハムスターもかわいいけど、飛鳥ちゃんは外見的容姿からいえば猫だと思うの」

「希和、それは危険だと思うの……。そしたら私たち飛鳥ちゃんの獲物よ?」

 この会話なんだったっけ……。なんの話をしていたのかが怪しくなってくる。

「ほらっ、まさにこんな感じっ!」

 香乃がプリントの裏にサラサラっと落描きを始めた。

 そこにはハムスター希和とシマリス香乃が猫飛鳥に追われる図が描かれていた。

 さらっと描いてこれだもんな、恐るべし美術部員。

「でも、佐野くんの魅力なんて訊いてどうするの?」

 希和に訊かれて首を捻る。

「どうって……知りたいと思っただけなんだけど。変かな?」

「……カノンが佐野くんの魅力を話して飛鳥ちゃんが好きになっちゃったらカノンは困るんだけどなぁ……」

 希和はまるで自分が困るというように口にした。

「それはないと思うんだ」

 私が答えると、

「飛鳥ちゃんは海斗くん一筋だもんね?」

 希和、それを知ってて言わせるかっ!? でも、そっか……そうだよね。香乃だって不安に思うよね……。うーん……もしかして――。

「私、すっごく嫌な子?」

「ちょっとね」

 希和がさっくりと答えるのに対し、香乃は困った顔であわあわしている。

 希和はニコニコしているけれど、桃華のおっかないニコニコとは別のもの。何って毒がない。

 佐野が私を好きなのって、いつの間にかうちのクラスに知れ渡っていて、これといって隠したことがない。佐野も佐野で気にしていないふうだし……。

 ――「立花が気にすることでもないだろ? ま、俺の気持ちが迷惑っていうのであれば別なんだろうけど」。

 なんて言われたら、「はぁ、そうですか」な感じになるわけで……。早い話が放置だったのだ。

「ごめん、本当に考えが足りてなかった。私、行くね」

 まだお弁当箱を開いていなかったことだけが不幸中の幸い。

「飛鳥ちゃんっ」

 立ち上がろうとした私の手を掴んだのは香乃。

「一緒にお弁当食べようっ?」

「う、うん……」

 やばい、シマリス香乃のかわいさは半端ない。メガネの向こう側にある目が潤んでいるから余計に。

「さっき、なんで好きになったの? って訊かれたでしょう?」

 香乃はにへ、っと笑顔になって話し始めた。

 どうやら、きっかけは一学期の球技大会にあったらしい。


「七倉、その手ちょっと見せて?」

「へ? 佐野くん?」

「御園生が零してた。七倉が右手かばってプレイしてる気がするって。……腫れてはいないみたいだけど、この筋痛みあるでしょ?」

 そう訊かれたのだそう。

「ん、ここのところちょっと根つめて描いてる作品があるから、それでかなぁ……」

「腱鞘炎、甘く見ないほうがいいよ」

 佐野は自分が持っている貼り薬をペタリと貼って、きれいにテーピングまで施してくれたらしい。

「途中で様子見に行きたかったんだけど、集計に時間かかって行けなかったんだよなぁ。球技大会終わっちゃったから注意にもなんにもならなかったけどさ、その手だったら球技大会出るべきじゃなかったと思うよ」

 正面から真っ直ぐに目を見て言われたそうだ。

 想像できなくもない。なんだかんだと佐野は真面目で面倒見がいい。

「メンバーには補欠がいるし、球技大会なら替えがきく。でも、自分の腕の替えはないよ」

 なんだかとっても佐野らしい一言だ。

「佐野くん、中学のときに怪我をして手術してるんだって。だから、身体は大切にしなくちゃいけないって怒られたんだ。絵を描くことが好きならなおさらって言われたの」

 球技大会明けには、

「本当は授業のノート取るのもきついでしょ。形だけ適当に取ってる振りしてな。俺のノートでよければコピーするから」

 と、申し出てくれたのだとか。

「佐野らしいなぁ……」

 ふと口をついた言葉。

「そう。私はそういうところが好きなのかもしれない」

 照れ笑いする香乃はとてもかわいかった。

 恋してる女の子だなぁ……。

「何が、どこがって指定はできないんだけど、佐野くんの性格が好き、かな。下手な言葉を使わず自分の言葉を話してくれるところとか……。だから、妙な説得力があるのかなぁ……。考え出したらきりがない。飛鳥ちゃんは海斗くんのどんなところが好き? 答えられる?」

「――顔?」

 希和と香乃が絶句して私を見た。

「嘘だってばっ! そんな白い目で見ないでよっ」

 ふたりにそんな目で見られると、小動物の信頼を失った飼育係の気分になる。

 そんな気分を紛らわすために、パクパク、とお弁当を口に放り込んだ。

「はぁ……でも、海斗くんかっこいいからねぇ……」

 希和が言えば、

「うんうん、格好いいし運動できるし頭いいし優しいし」

 香乃もここぞとばかりに言葉を並べる。

「なんかさ、初等部の頃の人気男子にありがちな要素が満載だよね? 強いて言えば、顔が良くなくてもスポーツか勉強のどっちかができたらモテる、みたいな……」

 希和の言葉に固まる。

「飛鳥ちゃん、どうかした?」

 香乃に顔を覗き込まれため息をつく。

「それね、図星なのかなぁ……って時々考えるの。私、幼稚部から海斗と一緒だから、そういうのの延長にいたりするのかなぁ、って。そんなおバカな理由で未だに好きなのかなぁって思うんだよね」

 だれ~んと力を抜いてうな垂れると、

「飛鳥ちゃん、その延長線は長すぎ……」

 香乃からの一言。

「いったい何年間好きなの?」

 希和に訊かれて、指折り数えてみる。

 初等部に上がる頃には大好きだった。ってことは何? 初等部六年間と中等部三年間と今だから――。

「ざっと九年以上になります」

「「長すぎっっっ!」」

 そうだよねぇ、長いよねぇ……。

「っていうか、海斗くん、どれだけ飛鳥ちゃんの人生に食い込んでるんだろう」

 ううう……希和、痛い、痛すぎる……。私の人生の半分以上です。

「いい加減次に行けって話だよねぇ……。でもさ、いないんだよ。海斗以上に目を引く人間が。興味持てる男子がさ。似てるから秋斗先生の顔見てるのも好きだし」

「どうしようもなく救えないねぇ……」

 希和ぁ……真顔で言わないでぇ……。

「飛鳥ちゃんのはさ、希和が言ったのには当てはまらないと思うの。だって一時的な感情の錯覚にしては長すぎる恋だもん」

 長すぎる恋……。

「それ、長すぎる春にして欲しい~……」

「うーん、切実だよね」

 と、香乃が苦笑い。

「だとしたら、飛鳥ちゃんがほかの男子を目に入れようとしているのはすごい進歩なんじゃない?」

 希和の言葉にまたドキリ。

 ほかの男子を目に入れる――私、海斗を諦める準備を始めているのかな? それは佐野を好きになろうとしてるってこと?

「飛鳥ちゃん、私ね、誰の応援もしないって決めてるの」

「……香乃?」

「誰の恋も応援してあげたいけど、佐野くんと飛鳥ちゃんは例外。だって、佐野くんの恋愛を応援しちゃったら自分がつらいし、飛鳥ちゃんの恋愛を応援したら佐野くんがつらい。だから、私は自分の恋愛を応援するの。そうやってがんばったうえでなら、佐野くんが飛鳥ちゃんとうまくいって幸せになっても、飛鳥ちゃんが海斗くんとうまくいって幸せになっても、おめでとうって言える気がするから。だから、佐野くんに惹かれてもいいよ? だって、彼はそのくらいに格好いいもの!」

 香乃は目をキラキラさせていた。

「それにね? 私は、佐野くんが飛鳥ちゃんのことを好きなのを知ったうえで好きになってしまったわけで、そういうのって誰が先とか誰があととか、関係ないと思うの。だから、出逢ったのは佐野くんのほうがあとでも、佐野くんが海斗くんの上を行くことがあるかもしれない。飛鳥ちゃんが惹かれる要素を持ってるかもしれないよ?」

 そう言ってニコリと笑う。

「どう?」

 希和に訊かれる。

「うちの子、カノンに惚れた?」

「惚れた……っていうか、オチました。立花飛鳥は七倉香乃子に惚れましたとも。マジ惚れですよ。っていうか、佐野なんかに惚れずにこっちに惚れたわっっっ」

 真面目に言ったのに、ふたりには大爆笑された。私もつられて笑う。

「うちのクラス、いいクラスだよね」

 私が言えば、ふたりとも首を縦に振る。とても嬉しそうに。

「仲が良くて、黒いところがなくて、そこがいい。いじめとかもないし」

 希和が最後にした言葉が引っかかった。

「いじめ、ね。なんかあった?」

「んー……それ相応にね」

「うちのクラスは桃華と海斗がいるからまず問題ないと思うけど、ほかのクラスは今回のクラス編成でどうだろうね?」

 翠葉の中学のときの話は本当にひどいと思った。でも、うちのクラスに限ってそんなことはないと言い切れても、学年全体で考えるならば話はまた別。

 いじめのない学校なんてきっとない。先生の目の届かないところというのは必ず存在する。

 うちの学校の風紀委員は、いじめや嫌がらせ、それらの取り締まる権限を持っている。

「劣悪」と判断したものに関しては、徹底的に調査して、証拠資料を揃えて学校へ提出。時には校内警備員すら自由に配置することができるのだという。

 そういう機関があると知っているからこそ、表立ったいじめは見つけられない。それはつまり、より教師の目の届かないところへ、と発展させ、より陰湿なものに姿を変えるのだ。

 それでも、取り締まる機関がないよりはマシ。つまりはそういうこと――。

「そういえば、飛鳥ちゃん、時間大丈夫なの?」

 香乃が準備室の時計に目をやる。

「うっわっっっ、まずっ、行かなくちゃっ!」

 慌てて立ち上がり、お弁当箱をかばんに突っ込む。

「飛鳥ちゃん、また恋バナしよう!」

「香乃、希和、話聞いてくれてありがとう!」

 勢いよく美術部のドアを開ければそこには先輩方がずらり――。

「し、失礼しましたぁっ!」

 時刻はぴったり一時。部活が始まる時間だったのだ。

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