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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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03~07 Side Momoka 04話

 二学期の始業式は、夏休みにあった数々の試合やコンクールの表彰があるため非常に長い。長すぎる……。

 きっと翠葉は途中で具合が悪くなってしまうだろう。けれども、翠葉の前には海斗がいるし、後ろには私がいる。もし急に倒れたとしても、頭をかばうことくらいはできるだろう――そう思っていた。

 でも、そんな心配はなく、翠葉は自分から私に声をかけてきた。

「血圧が下がるから列から外れるね」

 翠葉はステージを振り返り、少し残念そうな顔をする。

 それはそうだろう。これから佐野と藤宮司の表彰が始まるのだから。

 会話に気づいた海斗が振り返り、「俺がついていく」とすぐに翠葉の右腕に手を添えた。

「まだ大丈夫だよ。普通に歩ける」

「いいから」

 海斗の二言目には素直に従った。

 ……こんな子だったかしら? ううん、違うわ……。

 自分で体調が悪いとか悪くなるとか、そういうことを人に話す子ではなかった。

 蒼樹さん……翠葉が変わりました。今朝、話には聞いていたけれど、本当に――。

 でも、それがあの男の「努力の賜物」というのがやっぱり面白くない。


 始業式が終わり教室へ戻るとき、少し離れた場所から藤宮司がうちのクラスの集団を見ていることに気づく。

 こういうとき、携帯とはとても便利なものだと思う。

 電話帳から番号を呼び出しかけると、「はい」と短い返事が聞こえた。

 この声も好きだったのよね……。

「お姫様情報よ。さっき、自分から列を外れたわ。そのあとは湊先生が回収してくれたって言ってたから、今頃は保健室。それだけよ、じゃぁね」

 通話を切ると、

「今の相手、司だろ?」

「そうよ。あの男が不機嫌オーラ全開でうちのクラス見てるから」

「ま、司に射殺されるよりはいいわな」

 なんていうか、面白くはないけれど、少し感謝はしている。翠葉が体調のことを話してくれるのはやっぱり助かるから。

 さて、私も教室に戻る前に担任を捕まえなくちゃ。

 列から外れると、そのあとを海斗がついてきた。

「どこ行くの?」

「どこかの誰かさんがもう少し様子を見ていてくれたら助かったんだけど……」

 と、さっきの教室でのことを話す。

「あ、やば――俺、未然に防ごうと思ってやらかしちゃった感じっ!?」

「ま、翠葉の身体のことを思えば勝手に身体が動いちゃうわよね。でも、二学期は行事も多いし、何よりも長いわ。それを考えるなら、翠葉が自分で自分の体調を話せたほうがいいと思うの」

「なるほど。それで廉ちゃんとこに行くのね」

 海斗は即座に目的座標を確認する。

「かっわぎっしセンセっ!」

 海斗が呼べばそこら中の人が振り返る。そして、呼ばれた人間も呼んだ人間を発見しやすい。

 背が高いって便利よね……。

 図書棟に入る前に先生を捕まえることができたのは海斗のおかげだった。

「なんだ、おまえら。御園生なら保健室だぞ?」

「その翠葉のことで……」

 と話せばことは早かった。

「簾条、おまえ、大企業の秘書希望とかって前に話してたけど、教職も向いてると思うぞ?」

 そんなことを言われ、「また教室でな」と別れた。

 教職、ねぇ……。どう考えても食指が動かないのだけど……。


 ホームルームの始めには二学期の行事日程表や、二学期で必要になる教材が配られる。そのあとは行事の際に必要となる実行委員の選出や宿題の回収。

 この辺は中等部と高等部の差はほとんどない。

 話が一段落つき実行委員の選出タイムになろうかという頃、「おかえり」という声が響いた。

 教室の後ろのドアに視線を移すと翠葉が立っていた。翠葉は「ただいま」と小さく返事をする。

「復活したかー?」

 先生が声をかければ、「はい」と高い声が発せられた。

 声量がなくても不思議と通る声。

 教室の隅を歩くように席まで戻ってくると、先生が声をかけた。

「何か言っておくことないか?」

 そうね、このタイミングがいいだろう。

 翠葉は椅子にかけた手を止め、

「あります」

「その場でいいから」

 翠葉は自分の席からクラスの中央に身体を向けた。

 緊張していると見て取れる表情。でも、クリアしておいたほうがいい。

「朝、ホームルーム前にも話したのだけど、私の体調はまだいつもの状態まで回復していなく

て――」

 突然のことにどこから話をしたらいいのかがわからないのだろう。少し視線を落とし、言葉を探しているのがわかる。

「前に話したことのある症状以外にも全身に痛みがあって、夏休みに集中して治療を受けてきたから耐えられなくはないのだけど、肩を叩かれたり、人とぶつかったり、身体に衝撃があるのは少しつらくて……。でも、それ以外はなんともないので――」

 ――きっとこの先は言えないだろう……。

 翠葉、だから何? 何も変わらないわよ。

「そっか、それで私は海斗に止められちゃったんだ?」

 飛鳥が翠葉を見上げると、海斗が苦笑を浮かべて飛鳥の方を向いた。

「そうそう、飛鳥はイノシシ並みだったからさ」

 ほら、何も変わらないでしょう?

 みんなの視線は翠葉に集っていて、その視線に絡まれたかのように翠葉は動けなくなっていた。でも、そこまで言えれば十分。

 私は席を立ち、クラス中の視線を自分に集める。

「聞いてのとおりよ。それでも翠葉は翠葉。何も変わらないわよね?」

 教室を見渡せば、「もちっ!」「当然」「あったりまえだぜ!」なんて声が返ってくる。

 翠葉、何も変わらないわ。だから、もっとうちのクラスを信じて――。

「何も変わらないから、そんな顔しなさんさ」

 海斗が声をかけると、翠葉は今にも泣きそうな声で「ありがとう」と口にした。

 ほら、聞いた? 翠葉が「ありがとう」って言ったわよ?

 近くの人間に視線を移すと、すぐに反応がある。

「ようやく『ありがとう』って言ってくれるようになったよね」

 空太が人懐っこい顔でにこりと笑う。こういうとき、空気を読むのが空太はうまい。

「ごめんなさい、はもう聞きたくないよねー?」

 理美の言葉にこの辺りが頃合だと思った。

「先生、宿題の回収をしてもよろしいですか?」

 私の提案にニヤリと笑う担任。

 海斗、やっぱりあの笑顔に似てきてるわよ……。

「おうおう、きっちり回収してくれや」

 手元にある、クラスメイトの宿題提出冊子数が記されているプリントを片手に教壇へ向かおうとした。その際、未だ立ったままの翠葉に「座ったら?」と声をかけると、翠葉は席につきかばんから花柄のハンカチを取り出す。けれども、まだ身体は起こさない。

 きっと泣いている……。

 あとは海斗に任せるわ。そんな意味をこめて、海斗の肩を軽く叩いた。

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