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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
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06話

 入学式も短いと感じたけれど、この学校の全校集会はどれも短時間で済まされる。

「時は金なり」ではないけれど、時間とは決して取り戻せないものだからこそ、どのように時間を過ごすかを考えさせ行動させる。

 そういう教育方針なのだ。

 これは必ず入学式のときに校長先生が話す題材になっているのだとか……。

 その教育方針は主に部活動や勉強に生かされ、一番わかりやすいものといえば、休み時間の自習があげられる。

 これは教師たちがやらせているわけではなく、生徒たちが自主的に始めたものであり、それが校風となっているのだとか。

 勉強をするときには勉強を、学校行事の際には徹底してイベントを楽しむ。

 まるで、どこかにスイッチがついているのではないか、と思うほどのメリハリある切り替えをできるのは、こういった教育方針の賜物なのかもしれない。

 そんな藤宮高校でも二学期の始業式だけは別物なのだそう。

「あの男が心配するのもわかるくらい長いわよ」

 後ろから桃華さんに囁かれた。

 それは夏休み中にあった大会や試合などの報告兼表彰式があるから。

 忘れていたけれど、うちの学校は文武両道を地でいく学校なのだ。

 学業成績は廊下に貼り出されるし、部活成績は全校生徒の前で表彰される。

 この高校の、「自由な校風で生徒の自主性を尊重する」という謳い文句はそれらを成し得たうえに実現している。

 高校のパンフレットにはさぞすてきな高校であろうことがうかがえる数々の謳い文句がある。

 校内もきれいだし設備も充実している。パンフレットを見るだけでも学校とは思えない贅沢さを披露している。けれど、巷ではもっぱら「ハイレベル校」としか言われない。

 それは学校外の企業が行う模擬テストでの高得点常連者に名前を連ねる生徒が多いことと、数ある部活動の成績が物語っているのだろう。

 運動部は、基本どの部も地区の「ベスト8」には入っていて、それらの大半が「ベスト3」に食い込むというあり得ない成績を誇る。

 この学校の中を見なければ、「あり得ない」の一言で片付けられてしまいそうなものだけれど、実際にこの学校へ入ってみればわかる。みんなそれだけの努力をしている。

 決して努力を惜しまない人たちの集団なのだ。

 こういう精神的な部分の鍛錬においては、幼稚舎から大学までのエスカレーター校だとある程度の方向性――向上心などのベクトルが統一されるものなのかもしれない。

 そのうえ、外部生の受け入れ枠が少ないこともあり、どちらかといえば、外部生が内進生に感化されることのほうが多い。

 ――「郷に入っては郷に従え」なのだ。

 よく、「入ってしまえばあとはなんとかなる」と言うけれど、うちの学校において、そんな言葉は通用しない。

 七十点以下が赤点になると決まっているからには、それ以上の点数を取らなくてはいけないし、赤点を取れば追試もある。追試をパスできなければ進級だってできないのだ。補講を受ければ進級できる学校もあるみたいだけれど、うちの学校はそんなに甘くはない。点数が満たなければ留年が決定する。


 学校長の挨拶は数分で終わり、すぐに表彰式が始まる。

 先に運動部の表彰があり、そのあとが文化部だった。

 運動部もさることながら、文化部だって負けてはいない。

 コーラス部も吹奏楽部もコンクールで入賞しているし、そのほか、放送部は全国高校放送コンテストで複数部門の入賞を果たしている。

 ESS部はスピーチコンテストや弁論大会で優秀な成績を修めていて、映像研究部は映像コンテストに出場していた。

 私の所属する写真部も色んなコンテストに挑戦させられるし、常に加納先輩の作品は入賞する。

 最後のトリはインターハイ入賞者。

 ツカサと佐野くんがステージ脇に控えているのを見て、一番最初に見たかったな、と思った。

 もう立っていられない。これ以上はここにいたらいけない。

 そう思い、後ろに立つ桃華さんに声をかけた。

「血圧が下がるから列から外れるね」

 すると、私の前に並ぶ海斗くんが振り向いた。

「俺がついていく」

 と、背後から右腕を支えてくれる。

「まだ大丈夫だよ。普通に歩ける」

 小さな声でやり取りをしているけれど、回りの人が話をしていなければ必然と目立ってしまう。

 そのため、「いいから」という海斗くんの言葉には素直に従った。

 列から出ると、すぐそこに湊先生がいた。

「いい判断ね」

 その言葉に、近くで待機していてくれたことがわかる。

「あとはこっちで引き受ける。海斗は戻りなさい」

 海斗くんは言葉は発せず、にっ、と笑って列に戻っていった。

 すぐに保健室へ連れていかれるものだと思っていた。けれど、

「愚弟のアレは見てくれるんでしょ? それに、翠葉の大切なクラスメイトだものね?」

 先生はテラスへと続く階段を上り、私を階段に座らせた。

 ここからなら座っていてもステージが見える。

「表彰状。藤宮司殿。競技種目弓道、個人競技二位。あなたは第五十五回全国高校総合体育大会において、頭書のとおり優秀な成績をおさめたので、ここにその栄誉をたたえ、これを表彰いたします」

 あ……賞状とトロフィーとメダル――。

 それは帰ってきた日にツカサが見せてくれた画像と同じものだった。

 佐野くんの表彰が終わると、ふたりはステージ上に並び、生徒側を向いた。

 ステージの下にはそれまでに表彰された人たちが並んでいる。

 ツカサが号令をかけると、全員が一礼し、厳かな空気が一変した。

 ところどころから労いの声や黄色い声、口笛などがどっと沸き起こる。それはまるで、球技大会や陸上競技大会の閉会式を彷彿とさせた。

 ツカサは相変わらず素っ気無い顔をしているけれど、佐野くんはちょっと照れ笑いをしている。

 ステージの下にいる人たちも、クラスで出席番号順に整列している人たちも、みんな嬉しそうに笑っていた。

「さ、行くわよ。ゆっくりと立ちなさい」

 湊先生に促され、階段の手すりに掴まって立ち上がる。

 少しくらっとするけれど、短時間でも座っていられたからか、一気に襲ってくる眩暈はない。たぶん、少しだけ楽になった。

 ゆっくり歩いて保健室へ行くと、

「ベッドで少し休んでから教室に戻りなさい。でも、その前に水分補給ね」

 と、グラスに一杯のミネラルウォーターを飲まされた。

 常温より少し冷たいくらいの水。

 飲めば身体中に染み渡る感じが、自分を植物と錯覚しそうになる。

 三十分も横になっていると、血圧は安定し始めた。

 携帯のディスプレイを見て、もう大丈夫かな、と思う。

 本当に便利な装置……。

 湊先生はモニタリングしていたからあの場所で待っていたのだろう。

 身体を起こし、ストールを羽織る。と、カーテンが開き、

「戻れるの?」

「はい、戻ります」

「今日のタイミングはなかなか良かったわよ」

「いつもあのタイミングで気づけなくちゃだめですよね」

「そうね。それが自分のためにもなるし、周りのためにもなるのよ」

「はい」

「痛みは?」

「少しだけ。でも、このくらいなら大丈夫」

 そう答えたけれど、「頓服だけは飲んでいきなさい」と言われた。


 保健室を出て静かな廊下を歩く。

 時折、上の階で椅子を引く音が聞こえてきて、学校にいることを実感する。

 この季節は校内すべてに空調がきいていて、開いている窓はひとつもない。

 昇降口近くまで来たとき、ようやくむわっとした外気を感じた。でも、不快感よりはあたたかさに包まれる感じで心地よいと思えたり……。

 階段を上り、教室のドアを前にして緊張する。

 きっと今はホームルーム中。

 授業中やホームルームの最中に教室へ入るのは勇気がいる。

 人の視線が自分に集るのが苦手。でも、いつまでもここに立ってはいられない。

 そろり、と後ろのドアを開けると、ドア近くに座る小川くんがすぐに気づく。

「おかえり」

 普通に声をかけられて少し驚いたけれど、「ただいま」とちゃんと答えることができた。

 次は川岸先生から話しかけられる。

「復活したかー?」

 相変わらず大きな声で。

「はい」と答えた自分の声がやけに小さく思えた。

 席に着こうとすると、「何か言っておくことないか?」と先生に訊かれた。

 何か……? ――あ。

「あります」

「その場でいいから」

 言われて、私は自分の席から廊下側を向いて口を開いた。

「朝、ホームルーム前にも話したのだけど、私の体調はまだいつもの状態まで回復していなく

て――」

 何をどう、症状をどこまで話せばいいのかな。

 すごく難しい境界線に悩まされる。

「前に話したことのある症状以外にも全身に痛みがあって、夏休みに集中して治療を受けてきたから耐えられなくはないのだけど、肩を叩かれたり、人とぶつかったり、身体に衝撃があるのは少しつらくて……。でも、それ以外はなんともないので――」

 特別扱いはしないでほしい。でも、これはだめでこれは良くて、と都合よすぎることは言えない。

「そっか、それで私は海斗に止められちゃったんだ?」

 真正面にいる飛鳥ちゃんがポロリと零す。

「そうそう、飛鳥はイノシシ並みだったからさ」

 海斗くんが笑って答える。

「聞いてのとおりよ」

 私の右側――後ろの席の桃華さんがす、と立ち上がった。

「それでも翠葉は翠葉。何も変わらないわよね?」

 桃華さんがクラスを見渡せば、「もちっ!」「当然」「あったりまえだぜ!」なんて声が返ってくる。

「何も変わらないから、そんな顔しなさんさ」

 そう言ってくれたのは海斗くんだった。

「あり、がと……」

 何か言わなくちゃと思ってかろうじて言葉にできたのは短い感謝の意を伝える言葉。

 そしたら、空太くんや和光くんが、

「ようやく『ありがとう』って言ってくれるようになったよね」

「ごめんなさい、はもう聞きたくないよねー?」

 どうしよう、泣きそう――。

「先生、宿題の回収をしてもよろしいですか?」

 桃華さんの提案に、教室の空気が変わる。

「おうおう、きっちり回収してくれや」

 川岸先生も窓際の椅子に座った。

 桃華さんに「座ったら?」と声をかけられ席に着き、かばんから宿題を取り出す。

 下を向いたときに涙が零れた。

 かばんから一緒にハンカチも取り出し目に当てる。

 髪の毛……顔を隠せる長さがあって良かった。

 涙を拭き取り前を向くと、海斗くんがじっと私を見ていた。

「ちゃんと言えたじゃんか」

 頭をわしわしと撫でられ、「目、赤いかな?」と訊くと、「少しな」と笑われた。

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