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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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00 Side Akito 02話

「んじゃ、話の続きを聞かせて?」

 そんな一言で話はもとに戻る。

 十階に着いてからのことはごまかそうと思えばいくらでも端折って話すことができた。けど、そうすることで、ここへ来たことの意味がなくなってしまう気がして、ひとつも残らずすべて伝えることにした。

 俺の脳裏には、今も鮮明にあのときの会話が残っている。それをそのまま話すのみ――。

 ごまかしたり逃げたり、そういうのはもういい。何より、この人にはそんなものは通用しないと思うし、また、そういう自分は見せたくない。

 自分と翠葉ちゃんの会話。そして、藤原さんとの会話。

 起こったこと、話した会話、すべてを話した。

 最後、藤原さんに支えられながら、「ごめんなさい」と口にした君。

 今でもすまないと思ってる。君が謝る必要などなかったのに……。


 翌日の午前中、静さんから連絡があった。彼女が倒れ、俺と司の記憶をなくしたと……。

 俺はそれ以上のことを知らない。そのあと、彼女がどう過ごしているのかも、知らない。

「そうか……ありがとう。だいたいの流れはわかった。でも、君が原因で翠葉が記憶を失うのだったら、十階に移動したその日のうちでもおかしくはなかったよね? もしかしたら、翠葉が記憶をなくした理由はほかにあるのかもしれないよ?」

 ほかになんてあるわけがない――。

「本当に、申し訳ないことをしました……」

 立ち上がって佇まいを改め、下げられるところまで頭を下げる。と、

「頭、上げてよ。理由は君じゃないかもしれないじゃん。それは翠葉にしかわからないことだから、いつか記憶が戻ったら訊くといいよ」

 っ……!?

「何?」

「……俺、翠葉ちゃんに会ってもいいんですか?」

「あれ? ダメなんて一言も言ってないと思うんだけど……あれ? 言ったっけ?」

「いえ……」

「うん、全然かまわないから。翠葉が落ち着いているなら会いに行ってあげて?」

 ……この人、本当に今の話を聞いていたのだろうか。それとも、聞こえているけれど、日常会話が理解できないくらい理解力が低いとか……?

 いやいやいやいや、そんなわけはない。えぇと――。

「そんな難しい顔しないでよ」

 そんなことを言われても、思わぬ展開すぎて対応しきれない。

 あぁ、この人が翠葉ちゃんのお父さんなのか……。このお父さんだから、あの翠葉ちゃんなのかな。

 そんなことを思う。

 いっぱいいっぱいになっている俺をよそに、

「それにしてもさ、やることが派手っていうか、藤宮っぽいよね?」

 零樹さんはおかしそうに笑った。

「でもさ、それで別にどうこうするつもりはない。……それが藤宮だろ?」

 確信でもあるかのような目に見据えられる。

「……っていっても、これは俺が知っている藤宮基準なんだよな。俺の基準になってるのは静。あの男に虎視眈々と好きな子や彼女、奥さんを狙われてみなよ。神経磨り減るってば」

 それはそれはげんなりとした顔で、今日会ってから一番の「最悪」という顔をしてみせる。

「でも、想い人の意思を踏みにじるようなことはしない。……そうだろ?」

 そうできたなら良かった……。

 あのときの俺は、本心でキスをしたんじゃないだろうか。冷徹になれ、と自分に言い聞かせ、まるで仮面をかぶったから仕方ない、と言い訳していたのではないだろうか。

 そんな思いが頭をよぎる。

「キスをした時点で、彼女の思いを踏みにじっていたと思います」

「秋斗くん、ケースバイケースだよ。うちの娘は一筋縄じゃいかない。そうだろ?」

「それはもう……」

「はははっ!」

 零樹さんは軽快に笑い飛ばす。

 俺、ここに何をしに来たんだっけ……。

 このままこの人のペースにはまると、謝罪とかそんな話から逸れてしまいそうで怖い。来た意味がなくなることだけは避けたい。

 話を本筋に戻そう。

「キスマークをつけたときは、彼女のキャパシティなんて考えもしませんでした」

 零樹さんは笑いをおさめ、優しい大人の顔になった。

「誰がキスマークひとつであんなことになると思う? 誰も思わないんじゃないかな? たいていがあんなことになる前に、自分自身でなんとか乗り越えられちゃうもんだ」

 そこまで言うと、両脚の上に組んでいる手に視線を落とした。

「俺はさ、箱庭娘を作り上げちゃった親なんだけど、だからといって、今までと同じように囲って守って――ってことはもうしたくないんだよね。もちろん、翠葉が無意味に傷つくのを見過ごすつもりはないよ。たださ、今までのことにはちゃんと意味があったと思うんだ」

 親の顔――娘を思う親の顔だった。

 零樹さんが顔を上げると、嬉しそうににこりと笑う。

「何よりも、君はあんな状態の翠葉を受け入れてくれている。それがどれほど嬉しいことか、君にはわからないだろう?」

「どういう――」

「君は翠葉を結婚相手に、と考えてくれているんだろう?」

「それをどうして――」

 俺はまだ挨拶にすら伺ってはいなかった。

 彼女と付き合い始めてすぐにでも挨拶に行こうとは思っていたけれど、実際にはそんな間もなくその関係に終止符が打たれた。

「ここに静が来たんだ。君が行方不明になっていたときにね」

「…………」

「俺に会いに来てるんじゃないか、って仕事放ったらかしてわざわざここまで来たんだよ。あの仕事の鬼が。今の時代、電話って便利な代物があるのにさ。意外と抜けてるよね?」

 零樹さんはくすくすと笑う。その姿にも、纏う雰囲気にも覚えがあった。

 蒼樹も似たものを持っているけれど、それ以上に翠葉ちゃんの纏う気に似ている。

 静さんがここまで来たのは、通信経路を使わないためだろう。

 俺が失踪したことをどこにも漏らさないための正攻法。

「あぁ、でもね、正確には放ったらかしてきたけれど、澤村さんが見事な手腕で、商談の場を白野のウィステリアホテルに移したって話だったかな。澤村さんって静のサポートうまいよね? 感心するよ。俺には絶対無理だなぁ……」

 まるで世間話でもするような口調で話す。

「ま、そのときに静が色々と話していったわけだよ。秋斗くん、お見合いも全部拒否して断って、仕舞いには、今藤宮を出るために起業準備してるんだろう?」

「っ……!?」

 あれだけ秘密裏に動いていたというのに、静さんにはもうばれているのかっ!?

「ばれてないと思った?」

「はい……」

「残念だったね。しっかりとお見通しだったよ。……いつか、翠葉と結婚することになっても、翠葉を会長夫人なんて座につかせないためであることや、自分が関わることで翠葉に及ぶ一切の害をなくそうとしてくれていること。そこまで考えているやつだから、来たら話くらいは聞いてやってくれって。俺、初めて静にお願いされちゃったよ」

 ……蒼樹にフォローされて、静さんにもフォローされて――俺、格好悪……。

「零樹さん」

「ん?」

「ここまで先に言われて今さら何を言えばいいのか――でも、決して中途半端な気持ちではないんです」

 この際、それだけをわかってもらえればそれでいい。

「うん、わかってるよ。わかってるから何も言わないできた。そして、これからも何を言うつもりもない」

「…………」

「男に二言はないよ?」

 そう言って、柔らかに笑う。

「知ってる? 男親が娘の恋愛に口出しすると、えらい確率で嫌われるって。俺、それだけは避けたいんだよねぇ……」

 どこまでが本心で、どこからが俺に対する気遣いなのか……。

 この人の真意が見えてこない。

「秋斗くん、君はさ、俺の親友である静、それから、信頼のおける息子たちが信じてる人間なんだ。そんな人間を疑ったりはしないさ。それに、今日会って話した限りでも、君の誠実さは伝わってくる。ここまで謝罪に来たという事実がそれを物語っている。これ以上に俺は何も求めないんだけどな」

 少し困ったように笑った。

 この際、俺はすべてをさらけ出してもいいだろうか。それは甘えになるのだろうか。でも――。

「すみません……俺、かなり戸惑ってます。俺はここへ許しを請いに来たはずで――」

「あぁ、じゃぁ形だけね? 許す。うん、許す許す、許した」

 この人が本当にわからない……。

「あれ? ダメ? それっぽく一発殴ったりしたほうがいいのかな?」

 首を傾げる様は翠葉ちゃんと一緒なわけで……。

「でもさ、仕事に影響でるのはまずいと思うんだよね?」

 気になることはもうひとつ。

「あの、碧さんは……」

「あぁ、あれはかんかんに怒ってたよ。蒼樹に負けないくらい翠葉らぶだからね」

 やっぱり……。

「でも、翠葉と蒼樹の親だよ? しかも俺の伴侶。大切なことにはすぐ気づく」

「大切なこと……?」

 零樹さんは大きく頷くと、

「翠葉のための行動だったんじゃないか、って。蒼樹より少し遅れたタイミングで電話がかかってきた」

「蒼樹と違うところはフォローじゃないところかなぁ? それこそ、俺や蒼樹、静なんてかわいいものだよ。碧さんは悪どいよ~?」

 ニヤリと笑うと、

「もし、翠葉のもらい手がいなかったら、秋斗くんに一生世話してもらおうとか言ってたからね」

「…………」

「あぁ、固まってる固まってる」

 そりゃ固まるでしょう……。

 思わず残りのポカリを一気飲みした。

「あの、すみません……。それ、切に希望なんですが……。でも、本当にそれでいいんですか?」

「翠葉が望みさえすればね」

 それはそうだ……。

「でも、結婚っていう方法を取らなくても世話はしてもらえるしねぇ」

 それでも別にいいんだけど――と思う俺は性根が腐っているかもしれない。

「嘘だよ。俺はさ、翠葉が笑っていてくれればそれでいいんだ。ただ、笑うためには泣くことも知らないとね。幸せっていうのは、つらいことを知っていれば小さなものでも大きな幸せに変換できるんだよ。俺は翠葉にそういう子になってもらいたい」

 親が自分の子に望むもの? 求めるもの?

「挫折って悪くないよ。絶対に次につなげられるじゃん。それに、自分の娘だからね。それくらいはできるって信じてるんだ」

 子どもに絶大な信頼を寄せているというのはこういうことを言うのだろうか。

 期待というよりは信頼。羨ましいくらいの親子関係。

 翠葉ちゃんや蒼樹がどうしてああいう人間に育ったのか、少しわかった気がした。

 子育てにおいて、何が正しく何が間違いというのはないのかもしれない。

 翠葉ちゃんは確かに世間知らずだけれど、それでもいい子だと思うし、蒼樹はシスコンすぎるとは思うものの、それを不快には感じない。

 藤宮以外の家の中を初めて知った気がした。

「あぁ、そろそろ時間か……」

 零樹さんの腕時計が鳴った。

「秋斗くん、ここまで来てくれてありがとう。君と話ができて良かったよ」

 手を差し出され、咄嗟にその手を握る。

「翠葉とは先日会ったばかりなんだけどさ、すでに翠葉欠乏症なんだよね。誰かとみっちり翠葉の話をしたかったんだ」

 は……?

「さ、戦場へと戻らねば」


 来た道を戻りながら、

「碧には俺から連絡を入れておくし、あいつも今はもう怒ってるとかそういう感情はないから大丈夫だよ。だけど、蒼樹と唯の許可だけは得てみたらどう? ま、反対なんてしないと思うけど」

 肩越しにそう言われた。駐車場まで戻ってくると、

「帰り道、気をつけるんだよ? くれぐれも、物思いにふけって事故とか起こさないように!」

「零樹さんっ」

「何かな?」

「俺、本当に翠葉ちゃんに会いに行ってもいいんですかっ!?」

 ふわりと笑うその顔が、翠葉ちゃんにかぶる。

 顔は蒼樹なのに、雰囲気は翠葉ちゃん。

「いいよ。行って求婚でもなんでもすればいい」

「…………」

「ただし、相手は翠葉だからね? 一筋縄じゃいかないよ」

 そう言って、手をヒラヒラさせながら建物へ入向かって歩いていく。その後ろ姿を見ていたら、

「零樹さーんっ! ここ、何か違うことになってませんかっ!?」

「あぁ、ここね。このほうが採光優良物件だと思わない?」

「確かに……。それで設計変わってたんですか?」

「ごめんね。でも、一応計算も全部済ませて付箋をつけてたはずなんだけど……」

「だーかーらっっっ! 付箋紙の粘着には永久持続性はないって何度も話してるじゃないですかっ! もぉ~……それ、絶対にどっかに落ちてますよ。次こそはセロハンテープを使うなり、ホッチキスを使うなり、最悪図面に直接書き込んでくださいっ」

「はーい」

 なんとも暢気な会話である。が、目の前に建つそれは――。

「作品には人柄が出るな……」

 そう思えるものだった。

 決して都心のホテルのように大きなものではない。個人の邸宅を少し広めにし、何棟もつなげたようなもの。

 球体の建物が目を引くが、この自然の中に建つそれは、木々に溶け込み、違和感を感じさせない。

「完成が楽しみだな……」

 蒼樹が零樹さんを目標とする理由が少しわかった。

 数時間後、零樹さんからメールが届いた。



件名 :応援してるけど

本文 :起業するのは翠葉のためじゃないほうが

    いいと思うよ。

    翠葉が振り向かなかったとき、

    仕事がうまく軌道にのらなかったとき、

    そういうときに使える言い訳は

    ひとつ残らずなくしたほうがいい。

    一筋縄じゃいかないものだらけだね?

    がんばれ、青年っ!



 これはどう取るべきか……。

 でも、きっとこの人の言葉には裏なんてないんだろうな。

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