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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
44/120

44話

 来週の月曜日と火曜日が中間考査となるため、今週の水曜日からは午前授業のみになる。

 午後まで授業があるのは今日までで、紅葉祭の準備自体も今日で一時休止。

 ただ、会計に関してはこの中間考査までの一週間が最後の山場。

 概算での割り当てはすぐに終わっており、用意されている金額を使い果たすべく、綿密な計画が練られる。

 中間考査が終わってからの半月は、微調整程度にしかお金は動かない。しかし、微調整程度とはいえ、全体で見ればかなりの額になる。

 紅葉祭の数日前にはトラブル対応金を残し、運用資金がゼロになる予定。

 ううん――司が「予定」を「予定」で終わらせるとは思えない。

「有言実行」を地でいく人だもの……。

 見たこともない桁数の金額はリトルバンクを介して徐々に減っていく。

 そして、実行委員の会計部隊から上がってくる紙媒体の収支報告との一致も見事なものだった。

「今年はさ、実行委員側の会計部隊は司が選出したんだよ」

 優太先輩が教えてくれる。

「いつもなら立候補で決めるらしいんだけど、やっぱり物事には得て不得手があるでしょ? その辺を考慮して理系の人間で、なおかつ、コミュニケーション能力の高い人間を配置したんだよね。たかだかその前処置でこれだけことがスムーズに進むんだからすごいよ」

 感心しきり、といった感じで優太先輩が話せば、

「さすがは司だな」

 と、朝陽先輩が王子スマイルを作る。

「普段は人のことなんて気にも留めないくせに、こういうときだけは目ざといっていうのもどうなのかしら」

 桃華さんの言葉に周りが頷いたり苦笑を浮かべたり……。

 けれど、言われている当の本人は無視を決め込んでいる。

「もう体調は大丈夫なの?」

 嵐子先輩に訊かれ、

「はい……薬が効けばなんていうことはなくて……」

 すると、ツカサから無言の視線が飛んできた。

 別に嘘をついているわけではないのに、どうしてか後ろめたくなってしまう。

 それはきっと、ODを知られてしまったから。

「テスト明けたら歌合せに入るから、ふたりはもっと忙しくなるよ! 覚悟しておいてね」

 茜先輩に言われてはっとする。

 そうだ――。

 歌は歌うだけではなく、歌合せがある。そして、人前で歌うということをすっかり忘れていた自分に驚いた。

「そんな顔をするんじゃないかと思ってた」

 茜先輩がクスリと笑う。

「最初は司との歌か、私との歌から合わせに入るから、必ずどっちかと一緒よ。それに、基本、翠葉ちゃんの歌のピアノ伴奏には私が入るから」

 茜先輩がいてくれるのは心強い。でも、人前で歌うことに変わりはなく……。

 本番ともなれば全校生徒の前だ。

 なんだかとても大きな山が目の前にそびえた気分。

 おかしい……。

 お話を聞いた時点でわかっていたはずだし、山が急にそびえ立つわけもないのに。

 歌の練習はしていたのに、あまりにも忙しすぎて、歌の周りにあるあれやこれをすっかり忘れていた。


 今は図書室に生徒会のメンバー以外の人が入ってくることはないけれど、中間考査が終われば放送委員の人たちや、関係者が出たり入ったりの場所になるという。

 そしたら飛鳥ちゃんともたくさん会えるかな、なんて一瞬頭をよぎったけれど、きっと間違いなく忙殺されてそれどころではないだろう。

 実行委員は別働部隊として視聴覚室を本拠地にしている。

 クラス委員に関しては、今回はクラスのとりまとめが主な仕事になるものの、うちのクラスのクラス委員は桃華さんが生徒会に出ずっぱり。

 佐野くんはクラス委員だけのはずだけど、どうしたことか生徒会側の仕事に片足どころか両脚近く突っ込んでいる。

 ふたりともクラス委員の集まりには出ているし、学生証が必要となるリトルバンクからの入出金の仕事はしているものの、そのほかのクラスの指揮権は理美ちゃんと小川くんに一任していた。

 クラスの出し物を決めるときには四人柱。

 出し物が決まったあとからは理美ちゃんと小川くんが進行役を引き受け、一年B組は喫茶店をすることになった。

 概要はとてもシンプル。メニューは数点しかない。

 飲み物は紅茶とコーヒーとハーブティ。食べ物はシフォンケーキ、リンゴタルト、パンプキンパイ。

 リンゴタルトとパンプキンパイには旬の食材を使うということもあり、こんな名称がつけられた。

 リンゴは白雪姫を連想して「姫タルト」。カボチャはジャックオウランタンから「ジャックパイ」。

 どっちもかわいい。

 それから、お持ちかえり用にクッキーも二種類。

 あとは給仕する人の衣装の調達。

 型紙から作ろうか、という案もあったけれど、頼みの綱となる手芸部のふたりが部活が忙しくそれどころではないようだったので、結局、男子三人女子三人、計六着の衣装を購入し、あとの人は裏方に徹すると決まった。

 中間考査が終わったらメニューの試食会をするというから、それも楽しみ。

 その際の私のお仕事。

 クラスはあまり手伝えていなかったから何かをしたいとは思っていたけれど、まさかメニュー用の写真を撮ることになるとは思わなかった。

 私が撮った写真をパソコン部の和光くんと時田くんが編集してメニューを作成するらしい。

 ほかのクラスの出し物を見ていると、二クラス合同で迷宮お化け屋敷なんてものもある。

 お化け屋敷は苦手だし、迷路になんてなっていたら、一生出てこられない気がする。

 誰に誘われても絶対入らない……。

 そんなことを決意しながら仕事をしていた。


 生徒会では誰が一番忙しそうか、というならば私以外の女の子はみんな。

 茜先輩はコーラス部と生徒会の掛け持ちでかなり忙しそう。それでも、茜先輩においては楽しくて仕方がない、という印象を受ける。

 嵐子先輩は手芸部との兼ね合いでいつ見ても走っている。さらには書記のはずなのに、誰がどう見ても機動部隊としてツカサに扱われており、さらに走り回る羽目になっている。

 それは桃華さんも同じで、指導側に回っているという華道部と部員数の少ない茶道部との掛け持ち。そのほかにも、クラス委員の集りには常に生徒会側として参加しており、それを理美ちゃんたちに伝えるまでが仕事のうち。

 私はというと、二学期が始まってからすぐ、茶道部に退部届けを出していた。

 お着物もお抹茶も好き。部の雰囲気も先生も好き。でも、カフェインがとことん身体に合わないとわかった以上、所属しているのはどうかと悩んでしまったから。

 今まで、数口くらいならごまかせてきたのだ。でも、この夏――ものが一切食べられなくなってからというものの、以前よりも化学調味料やカフェインに対して過敏に反応が出るようになってしまった。

 好きでも、美味しいと思っても、そのあと数日にわたって具合が悪くなるようでは意味がない。

 相馬先生にも、

「抹茶なんて言語道断だな。自分の身体に合わないものを嗜好品として摂取するなんざ、バカのすることだ」

 と、一刀両断にされる始末。

 そんなわけで、今私が所属しているのは写真部のみ。

 写真部ではコンクールに入賞した作品や、部員のイチオシとなる写真が展示されている。

 私の写真もいくつか展示されてはいるけれど、「これ!」というものは展示していない。

 パソコンに入っているデータを見ていると、ブライトネスパレスで撮った写真以上の出来のものはなく、しかしそれらは表に出せる写真ではなかった。

 久先輩の写真は校内展示で最優秀賞を得たものや、コンクールで入賞したものが数多く展示されていた。また、ここでも客寄せパンダに使われているのは、うちのクラスプラスアルファの人たちが集まって写っている芝生広場での写真だった。

 久先輩は静止画や風景写真を全く撮らない。いつも人物ばかり。

 久先輩が風景を撮ったらどんな世界だろう……。

 少し見てみたい気もする。

 私が撮った写真を見て、「ここはこうすれば」とか「設定をこうするとね」と教えてくれるのだから、きっと風景写真も得意だと思うのだけど……。


 七時になると茜先輩が図書室に戻ってきて、

「今日は司たちの番だね」

 なんの話だろう? 「司たち」の中に自分も含まれる気がしたのだ。

「校内の見回り、グループ分けして交代制にしたから毎日じゃないんだよ」

 久先輩が教えてくれた。

 訊けば、生徒会ではふたり一組になって、それに実行委員が各学年ふたり、合わせて八人が校内を手分けして見回るという形に変更されていた。

 そのときの私のペアがツカサ、ということらしい。

 女の子がひとりで帰りの夜道を歩かなくていいように、という配慮があるようだけど、私とツカサは逆方向だ。それにペアというだけでツカサファンを煽りかねない。

「今は中間考査前だから俺が帰るのはマンションの方。それから、紅葉祭が終わるまではマンションに帰宅するつもり」

 物理的な方角の問題は解決。でも、とは思うものの、今さら私が悩んだところでこの決定は覆りそうにない。

 ついこめかみを押さえてしまったのは、現時点での悩みと生理痛の腹痛のあとにやってくる頭痛のせい。

「頭痛?」

 ツカサに訊かれ、

「うん、ちょっとね……。頭も痛いけど胃も痛いかな」

 苦笑を添えると、

「自業自得に後光が差して見える」

 意地悪な笑みを向けられた。

「自業自得に後光が差して」とは、鎮痛剤の飲みすぎで胃に来ているのは自分のせい――そういうことよね……。

 相変わらず容赦ないなぁ……。でも、これがツカサ、だな。

 ほかのメンバーには「大丈夫?」と心配されたけれど、それほどひどいわけではない。じっとしているよりも動いていたほうが気が紛れる。

 私はツカサ曰く、「自業自得」な行動を取る。

 鎮痛剤と胃薬を飲み下し、さっさと出ていくツカサを追って図書室をあとにした。

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