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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
43/120

43話

 その日の夕飯は私と湊先生と栞さんの三人だった。

 蒼兄は大学が長引いて夕飯の時間には帰ってこられなかったのだ。

 栞さんは九時過ぎまではゲストルームにいて、昇さんから「今から帰るコール」があると十階へと帰っていった。

 そして、十時を回る頃、蒼兄が帰ってきた。

 ドアからちら、と顔を覗かせて、

「ここで夕飯食べても平気?」

 きっと食べ物の匂いのことを気にしてくれているのだろう。

「大丈夫だよ。今は匂いで吐き気がするとかそういうものではないから」

「じゃ、あたためてくる。翠葉も生姜葛湯くらいは飲もう?」

「うん。じゃ、少しだけ……」

「わかった」

 お腹は痛いし吐き気も残っている。でも、ピークは過ぎた気がした。

 明後日からは頭痛だな、なんて思っていると、手洗いうがいを済ませトレイを持った蒼兄が戻ってきた。

「明日ね、栞さんに付き添ってもらって婦人科へ行くことにしたの」

 ローテーブルにトレイを載せた蒼兄が顔を上げる。

「……そうか。湊さんに勧められた?」

「うん。検査して異常があってもなくてもピルの服用をしてみないかって」

 三人でいるときに少しだけネットで検索をした。

 内診で受けるのは経腹エコーではなく経膣エコーだと教えられたものの、それがどんなものなのかが全く想像がつかなくてネットで検索したのだ。実際の超音波機器の形状やどんな診察台なのかを知るために。

 知ると余計に行きたくなくなった。でも、あまりにもひどい生理痛は放置していいものではないらしく、一度は検査を、というようなことも書かれていた。

 だから、仕方なく受診することを決めたのだ。

「本当……女の子って大変だよな」

 蒼兄が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「ものすごく嫌な言い方だけど、翠葉を見ていると、自分が男で良かったと思ったりしなくもない」

 それはひどい……。

 でも、そうだよね。個人差はあるにしても、痛む可能性があるものを持ちたいとは思わないよね。

「こんなことまで栞さんに甘えちゃって良かったのかな?」

「さっきお母さんにも電話で訊いたんだけどね、蒼兄が付き添うよりも栞さんが付き添ったほうがいいみたい」

「……ま、それもそうか」




 翌朝一番で藤宮病院の婦人科を受診した。

 学校に着いてからは、教室へ行く前に湊先生にご報告。

 保健室のドアをノックしてから入ると、「おかえり」と当たり前のように迎え入れられる。

 その言葉もいかがなものか、と思わなくもないけれど、自分がいてもいい場所がここにはある、とわかる言葉で迎えられるとほっとしてしまう。

「検査結果はこっちにも送ってもらったけど、異常はなかったみたいね」

 先生のノートパソコンにはエコーの画像が表示されていた。

 もうなんとも言えない気分だ。

 内診台という診察台に上がってからというものの、あれ以上の羞恥と拷問はないと思った。

「思い出して赤面するんだからかわいいわ」

「先生っ、あれ、すごく恥ずかしいうえにすっごく痛かったですっっっ」

 もう二度とやりたくない……。

「あら、そんなに痛かった?」

「先生もやったことありますか?」

「あるわよ」

「……すごく痛くて、痛いって叫んじゃいました」

 婦人科はほかの科とは少し違ったつくりで、診察室とは別に内診室と書かれているドアが間隔狭くずら、と並んでいた。

 見かけはトイレの個室が並んでいるようにも見えた。中は長方形のスペースで、それこそ、着替えるスペースと内診台がある程度。

「痛い」と叫んだあの声は、両隣の診察室に聞こえていたのではないだろうか……。

 診察をしてくれる先生が知っている人でも知らない人でも恥ずかしいのは変わらなかっただろうし、痛いのも変わらなかったと思う。

「まぁ、翠葉は人よりも痛みの感知度が鋭いからね。その分痛かったのかもしれないわ。でも、検査に異常がなかったのなら、当分は内診なんて必要はないし、ピルの治療にも入れる」

 そう言って見せられたのは、薬のシートがビニールのケースに入れられたものだった。

 ビニールのケースには曜日が書かれている。

「日曜日から生理が始まったから……今週の土曜日から毎日同じ時間に一錠。二十一日で一クール。全部飲み終わったら生理がくる。その間、七日間の休薬期間を置いてから二クール目が始まる。薬は学校から出せるようにしておくから」

 お薬説明書なる冊子とお薬を渡され保健室をあとにした。


 教室に入る前に一呼吸。

 金曜日に休んで土日も学校には来てなくて、昨日も休んだ。

 土日を挟んだから実質的には三日しか休んでいない勘定だけれど、紅葉祭前で日曜日も関係なくなっている今となっては四日休んだ錯覚を起こす。

 この学校は違う――そうとわかっていても、長年身体に染み付いたこの緊張感を拭うのには時間がかかりそう。

「わ、翠葉だっ!」

 あ、飛鳥ちゃん……。

 前方から歩いてきたということは、トイレへ行っていたのだろう。

「もう大丈夫?」

「うん、薬が効くくらいには……」

「桃華が生理痛じゃないかって言ってたけど、翠葉も生理重いの?」

 少し訊きづらそうに尋ねられる。

「うん、毎月の生理に戦々恐々」

「私もひどくて、ピル飲んでるんだ」

「本当っ!?」

「うん。生理が始まったときもすごく不安定で、あの痛みは拷問級だよね」

 気持ちを分かち合える人を見つけて思わず目が輝いてしまう。

「今は……?」

「飲み始めて一年になるけど、楽になったと思う」

 同じ薬を飲んで楽になったという人がいると思えば、心なしか気持ちが上向きになる。

「内診やだったでしょ? お疲れ様」

「ううう……すっごく嫌だった。痛かったよぉ……」

 思わず涙目になる私を、飛鳥ちゃんはよしよし、と労わってくれる。

「あれを知っちゃうと、性行為は怖いって思っちゃうんだよね。なっちゃん先生曰く、心が伴う行為と単なる検査は全くの別物、らしいけれど……」

 苦笑しながら飛鳥ちゃんは教室のドアに手をかけた。

 ――性行為。

 あ、と思う……。膣の中にスティック状のものが入るという状況は性行為と同じことで――。

 さらなる衝撃を受けつつ教室に入れば、

「おはよっ!」

 クラスメイトは今日も変わらず声をかけてくれる。

 そして、私も「おはよう」と返す。

 緊張する必要はないと――あと何度自分に言い聞かせればいいのかな……。

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