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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
42/120

42話

 吐いてしまった直後、栞さんが帰ってきた。

「ただいま~……わ、大丈夫? はい、お水……」

 タンブラーを渡され、お水で口の中を漱いでいる間、栞さんが部屋の窓を開けてくれる。

「少し換気したらすぐに閉めるから、お布団しっかりかぶっていてね?」

 栞さんは洗面器とタンブラーを持って出ていき、次に戻ってきたときには片手にトレイ、片手には湯たんぽを持っていた。

「胃が空っぽなのは良くないから、数口でもいいから飲みましょう?」

 差し出されたのは生姜葛湯。生姜よりハチミツの香りが鼻腔をくすぐる。

 口を漱いでも、まだ胃液の苦味が残っていたから、ハチミツの優しい甘さが嬉しかった。

 全部飲める気はしないけれど、そこまでは求められいない。

「一緒に飲もうと思って自分の分も作っちゃった」

 栞さんはラグに腰を下ろし、カップを手に持つ。

「栞さん、婦人科ってどんなところですか?」

 痛むお腹を抱えて起き上がる。

「湊に何か言われた?」

 正確には、湊先生がツカサに言ったのを聞いたわけだけど、そこまでの説明が面倒でコクリと頷くことで省いてしまった。

「婦人科がどんなとこ、かぁ……。そうだな、感じ的には耳鼻科や歯医者さんみたいな診察室ね」

 耳鼻科や歯医者さん……つまりは診察台があるということだろうか。

「でも、耳鼻科や歯医者さんよりも特殊な診察台なの。内診台といってね、子宮や卵巣を内部からエコーで見ることができる診察台なのよ。診察台が昇降する際には、足を乗せている部分が開いたり閉じたりするわ」

「……卵巣や子宮ってどうやって見るんですか?」

 体内にあるものを見るとき、胃ならば内視鏡を使う。

「翠葉ちゃん、生理のときにタンポンって使ったことある?」

「いえ、ナプキンしか……」

「そっか。うーん……生理のときに血が出てくる部分、膣はわかるわよね?」

「はい」

「その膣に超音波機器を入れて、子宮の形や子宮内膜の状態を見るの」

 私にとっては衝撃的な診察内容だった。

「……そうよね、翠葉ちゃんの年の頃だとかなり衝撃的な診察よね。でも、一度受診しておくと安心かもしれないわ。子宮筋腫や子宮内膜症はひどくなるといいことは何もないもの。私たちの年になると必ず検診で診る検査よ。それから、妊娠したときにもね」

 胃カメラですらつらいと思うのに、痛いところへ機械を入れられるなんて、どれだけ痛いのだろう。

 エコーは腹部や胸部を撮るときですらグリグリやられて痛かったりするのに。それが内部から、と考えるだけでもぞっとする。

「あの……足を乗せている部分を開いたり閉じたりっていうのは……?」

「言葉のままよ? 足を広げたり閉じたり、という意味。じゃないと検査機器を入れられないでしょう?」

 病院という場所には慣れているつもり。治療を受けるのに全裸に近い状態になることだってある。でも、それとはまた違った羞恥心を感じるのは私だけなのだろうか……。

「診察台と医師の間にはカーテンが設けられていて、診察の進行状況は随時声で知らされるけれど、内診されている状況が患者側から見えるわけじゃないわ。……といっても、やっぱり内科の診察とは雲泥の差よね」

 栞さんが肩を竦める。

「でもね、検査に異常がなければ、そのあとは投薬治療が開始されるだけで、受診するたびに内診を受けなくちゃいけないというわけではないの。そのあとは内科と同じで対面式の診察になるわ」

「診察台に上がるのは一度だけ……?」

「異常がなければね。翠葉ちゃんの年でもよくあるのが子宮内膜症。その場合は経過観察を見るために診察の度に内診が必要になるわ」

 手にしていたカップをサイドテーブルに置き横になる。と、私はあたためなおされた湯たんぽを抱いて悶々としていた。

「ピルってどんなお薬ですか? 今、こんなにたくさんのお薬を飲んでいるけれど、それでも併用できるもの?」

「湊が考えているなら大丈夫なはず。さすがに私にはそこまでの知識はないからなんとも言えないけれど……」

「すぐ楽になりますか?」

「個人差があるでしょうね。でも、生理周期は安定するし、出血も数日で済むという統計が出ているわ」

 数日で生理が終わるのは羨ましい。私の場合、痛みがひどいのは二、三日だけれど、出血自体は十日近く続く。

「あとで湊に来てもらいましょう? 生理中でないとできない内診もあるから」

 栞さんはカップをトレイに載せ部屋を出た。けれどもすぐに戻ってくる。

「そういえば、カップふたつとプレートを一枚洗った形跡があるんだけど、誰か来た?」

 あ――。

「お昼にツカサが……」

「司くんっ!? だって、彼学校でしょう?」

「はい……。誰に電話してもつながらないからって、様子を見にきてくれたみたいで」

「……司くんも心配症ね」

 栞さんはクスクスと笑って部屋を出ていった。

「心配症……」

 確かに、心配症にもほどがある。

 私、今は夏休みほどひどい状態にはないんだけどな……。


 夕方になると湊先生がやってきた。

 今日は黒のニットワンピースで、よく見かけるクロスモチーフの大ぶりなネックレスをしている。

「相変わらず真っ青ね?」

 額に手を置いては、

「今日の昼に司が来たんですって?」

 何やら面白そうに話し始めた。

「はい……。誰に連絡しても連絡がつかないからって……。サイレントモードにしてたの怒られちゃいました」

「ま、過度なのはどうかと思うけど、心配する相手がいることも、心配してくれる人がいることも、どっちも悪いことじゃないわ」

 湊先生は近くのクッションを手に取り腰を下ろした。

「それから、婦人科の件、栞から聞いた。私もちょうどその話を翠葉にしようと思っていたところ。あんたの年だと一番疑わしいのは子宮内膜症だけれど、だとしたら、生理期間じゃないと診察できないこともあるの。抵抗はあるだろうけれど、一度婦人科を受診しない?」

 ただでさえ、特異な内診台での診察。加えて生理中ともなれば抵抗がないわけがない。

「内診には清良女史を指名しておく、って言ったら少しは安心?」

「……藤原さん?」

「そう」

「……ピル、飲み始めたら生理痛は楽になりますか?」

「すぐに痛くなくなるとかそういうことはない。個人差が結構あるのよ。徐々に楽になるとしかいえない話。鎮痛剤は痛みを止めるための薬だけれど、ピルは治療しながら痛みを軽減させていくというもの。ひとつ利点があるとしたら、ホルモン剤の影響で体重を増やせるかもしれない」

 体重……。

「通常はそれを嫌がる患者のほうが多いけど、翠葉の場合は利点と言えるでしょう」

 確かに、私の体重はもとの体重には程遠く、スカートなどはくるくると回ってしまうしまつだ。

 前からワンピースやチュニックばかり着ていたけれど、今はそれが好きだから、というよりは、それしか着られないから、というのが正しい。

「お薬の併用は大丈夫なんですか?」

「大丈夫。まずは低容量ピルっていうものを使うことになる。ネットで見ると副作用がどうのとか色々書いてあるけれど、あんたが今まで飲んできた薬よりも副作用は軽いんじゃないかしら。少なくとも、この生理痛よりは楽なはずよ」

 お薬にプラス要素だけを求めたらいけない。主作用があれば副作用だってある。

 それは鎮痛剤だって同じ。痛みを止めてくれても肝臓や胃に負担がかかる。

 きっと、ピルという薬もそうなのだろう。

「藤宮の生徒にも何人か服用している子がいるわ。うちの学校はそういう教育も徹底しているから、生理痛で悩んでいる子はたいてい保健室に来るか、特教棟等の最奥の間、玉紀先生に相談に行くの。そこで一クッション設けるからか、受診するのにもあまり抵抗はないみたいね。もっとも、翠葉はまだその授業を受けていないから知る由もないでしょうけど……。このくらいの基礎知識なら生徒は男女問わず知ってるわ」

「先生……最奥の間ってなんですか?」

「特教棟の三階、一番奥の部屋が性教育指導担当講師、玉紀先生のもち部屋なの。別名、『恋愛駆け込み寺』なんて言われてたりもするわ。翠葉が補講を受けるのもその部屋になるでしょう」

 あの学校のすべてを把握しているとは思っていなかったけれど、この先どのくらいの時間をかけたらすべて把握するに至るのかな……。

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