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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
41/120

41話

 お昼はスープ、夜もスープ――。

 蒼兄はひとり分だから、と適当にパスタを作って食べていた。

 あまり料理をする人ではなかったけれど、唯兄に触発されているのか、最近は三人でキッチンに立つこともある。

 作ってもらったからせめて片付けだけでも、とは思うのに、お腹が痛くてそれどころではない。

「ごめんなさい……」

「いいよ。元気になったらお好み焼きでも作って」

「うん……」

「タンブラーに水を足してサイドテーブルに置いておくから」

 と、蒼兄は部屋から出ていった。

 すでにベッドの下には洗面器がセットされていて、いつ吐き気が襲ってきてもトイレまで行かなくていいようになっている。

 本当に、毎月つらくて嫌になる。女の子をやめたくなる日々だ。


 翌朝には栞さんが来てくれた。

 私は野菜のドロドロスープを飲み、薬を飲んで横になる。蒼兄はその傍らで湊先生に電話をかけ、欠席の旨を伝えていた。

 栞さんはうちの家事をしている途中で昇さんから連絡があり、病院へ届け物をしにいくことになった。

「翠葉ちゃん、ちょっと病院まで行ってくるわね。その帰りにお買い物も済ませてくるから……二時間くらいで戻るけど大丈夫かしら?」

「大丈夫です」

「冷や汗全開で言われてもあまり説得力ないわね」

 栞さんは少し悩んでから、

「コンシェルジュにお願いしちゃおうかなぁ……」

「っ……本当に大丈夫ですから」

「そう……? じゃ、ちょっとだけ出かけてくるわね」

 と、部屋をあとにした。

 全身に痛みがあるときと同じ。

 どんなに痛くても薬が効く効かない、効く時間が長い短い――。

 それは人がいてもいなくても変わらないのだ。

 栞さんが出かけたのは十一時半を回った頃だった。

 お昼になっても動ける気はせず、栞さんが帰ってきたらスープをあたためてもらおうと思っていた。

 薬を飲んで少し痛みが引いているから、今のうちに少し寝よう……。



「……い、翠」

 どうしてツカサの声が聞こえるんだろう。夢……?

 痛みで血の気が下がっている額が少しあたたかいと感じた。

 目を開けたけれどまだ暗い。

 どうして……?

 額に手を伸ばすと、ホットタオルに触れた。

「具合は?」

「……ツカサ?」

「ひどく痛むようならコンシェルジュに車を出してもらって病院へ行こう」

 どうしてか、制服姿のツカサがいた。

「ツカサ、学校……」

「今、昼休み中……。御園生さんには連絡取れないし、秋兄は仕事でいないし、栞さんの携帯は圏外。姉さんも病院側で会議中――当の本人は携帯に出ない」

 じとりと睨まれる。

 それでお昼休みに来てくれたのだろうか……。

「具合は? こんなに冷や汗をかいていて悪くないとか大丈夫とか言おうものなら、信用は地より深くに落ちると思え」

 相変わらず容赦ない……。

 でも、できれば言いたくないなぁ……。

「……すごく痛いし気持ち悪い」

 それだけで勘弁してほしかった。

 ツカサは数秒静止して、

「あぁ、生理か……」

 結局ばれてしまうのだから悲しい……。

 ツカサは拍子抜けしたふうで、「昼は?」と訊いてきた。

「まだ……栞さんが帰ってきたら食べようかなって……」

「何か用意してあるの?」

「スープ……」

「なら、あたためてくる」

 ツカサは部屋を出ていった。

 ツカサはお昼ご飯を食べたのだろうか……。


 五分ほどして戻ってきたツカサの持つトレイには、スープカップがふたつとトーストが一枚載っていた。

 それで、一緒に食べてくれるのだと気づく。

 でも、お弁当は……?

「弁当は夕飯にでも食べる」

「……ありがとう」

「っていうか、なんで携帯に出なかった?」

「……サイレントモードにしてありました」

「……あっそ」

 ツカサはサイドテーブルに目を移すと、

「何これ……」

 無機質な声を発した。

 あ――。

「鎮痛剤であることはわかる。でも――翠、これを今日何錠飲んだ?」

 訊かれたくなかった。見つかりたくなかった……。

 オーバードーズしていることを知ったら、ツカサが怒らないわけがない。

 というよりは、すでに怒られている気がする。

「何錠?」

 もう一度訊かれて観念する。

「日にちを跨いでからなら、八錠……」

 すでに一日の分量をオーバーして二日分を飲んでいることになる。

「翠……」

「ごめんなさいっ。でもっ、湊先生も紫先生も知ってるっ」

 だからいいと言うわけじゃないことも知っているけれど、それでも痛みに耐えられないのだ。

 ツカサは携帯を取り出し誰かにかけた。

「――うるさい。今、翠のところにいるんだけど――だから、あとにして。翠、鎮痛剤八錠飲んでるけど? それ、黙認してるって本当? ――ふーん……。あぁそう、わかった」

 いつも無愛想で、湊先生に対してはとくに素っ気無い。けど、それとはまた少し違う感じ。

「ツカサ……?」

 恐る恐る声をかけると、

「何」

 感情のない声だけが返ってきて、

「食べないと冷えるけど?」

 スープを指して言われた。

 重い身体を起こしトレイのカップに手を伸ばす。

 少しずつ飲み、吐き気を感じることなく飲み終えたけれど、あとから襲ってくる吐き気が怖くてサイドテーブルの薬に目をやる。

 飲みたいけど、ツカサがいる――。

「飲めば?」

「…………」

「飲んでも数時間しか効かなくて、あまりにひどいと戻すんだろ。……だったら飲めばいい」

 納得してその言葉を口にしているようには見えなかった。

 私だって好きでこんなに薬を飲んでいるわけじゃない。

 それに、こんな痛み――ツカサは一生わからないじゃない……。

「その薬……飲みすぎると肝臓をやられるんだ」

 知ってる……。

 紫先生から何度も聞いた。

「毎月のことならそのたびに血液検査くらいしてもらったら?」

 ……もしかして――。

「ODしたことを怒ったんじゃなくて副作用の心配をしてくれたの……?」

「あのさ、俺をなんだと思ってるわけ? 翠の生理痛がひどいのは知ってるし、翠が率先してODするほどバカだとは思ってない」

 今度こそ怒られている気がした。

 司は手元の時計に目をやると、トレイを持って立ち上がった。

「そろそろ戻るから。……姉さんが、今度婦人科にかからせようかって言ってた。生理痛になら、ピルの服用とかそういう治療法もある」

 そう言うと、私がお礼を言う前に部屋を出てしまった。

「ピル、か……」

 前に勧められたこともあるけれど、婦人科という科にはかかったことがなくて、なんだか抵抗があって受診できずにきていた。

 栞さんが帰ってきたら少し訊いてみようかな?

 サイドテーブルの薬シートに手を伸ばし、それを飲む。

 胃薬と吐き気止めも一緒に。

「薬が効いている間は寝よう……」

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